海の雪 泳いで泳いで、いつも間にか深い深い場所まで来ていた。しくじった。と思ったが、今の俺には問題ない。海面からの光も届かない。真っ暗けっけ。
だけど、なんでか周りが見えるのは、あの人の言う『わだつみ』に成ったからだろうか?まぁ、いいや。寄る辺がなくても、ここではふらふらしていても何にもしなくても咎められない。居てもなにも言われない。後ろ指を指すヤツもいない。そもそも指なんてどいつも持ってないけど。良いところだ、ここは。
目を閉じて、流れに身を任せてみる。
名前を呼ばれるのが聞こえる。変わらないうるせぇ声。うるせぇから放っておこう。
「ばーん。こんなとこまで降りてきてたのか」
俺を包む水の流れが変わる。それであの人が隣に立っているのだと分かる。
「寝てるんで」
「起きてるじゃねぇか」
あの人の声は怒っていない。仕方ねえな。と笑っている。
薄目を開けると、あの人の周りが吹雪いて見えた。
「雪?」
思わず呟いて目を開いてしまった。あの人は瞬きをして「おはよう、伴」と手をかざした。
体を起こして、俺は首に引っ掛けてた航空眼鏡を目に当てて辺りを見回す。そこいらに白い、細かい何かが頭上から降り注いできている。摘まんで指で磨り潰す。ふわぁと水中に塵みたいにそれは広がって消える。
「多分、朽ちた死骸の塵とか砂とかが降ってんだなぁ」
あの人は顎を撫でている。ふわふわ、ふわふわ、白い塵は俺たちより深く沈んでいく。なるほど、あれは成れの果てか。
「海の底でも雪が降るんだと思いました」
息を吐いても白くならない。ただ、生きている証みたいに小さな泡がぷくぷくと昇っていく。
あの人は驚いた様子で俺を見ると「貴様の言葉は美しいな」と言ってきた。美しいっていうのは、多分俺には似合わないけど、あの人は喜んでこう言ってくる。
なんだか真っ直ぐ見られてこっ恥ずかしいので、もう一度上を見上げる。
あぁ、俺もこの雪もどきと同じになりたい。死体も糞も砂もなにもかも、この見えない底に積っていく。俺もあの人の死体もいつか骨も雪みたいに溶けて消えちまうのだろうか。分からねえけど、舞う塵に色はねえけど、なんとなく積っていけることに安心できた。