トロピカル 期間限定商品、というのにそこまで心が躍らない。昔からそうだ。特に欲しい訳でもなく、流行と話題性で固められたそれよりも、普段から変わらずにあるもので十分だった。
だから「いつもそれですね」と聞かれ「ダメか?」と返した自分の声をなぜか硬く聞こえた。
「ダメじゃねーですけど。飽きねーのかと思って」
一人掛けソファーが向かい合わせになったボックス席。
俺が飲んでいるのはアイスコーヒー。目の前に座る伴はレモンスカッシュの濡れたグラスを引き寄せて、ストローを吸う。きゅ~~とグラスの半分までレモンスカッシュは減った。
適当に入った全国チェーンのカフェにはでかでかと期間限定商品とポスターが貼られていた。一度はそれを見て「こんなん、やってんですね」と呟いた伴は通常メニューからこのレモンスカッシュを選んでいた。
「飽きんよ。そもそも、喉が渇いているから甘いものを選んでないだけだ」
「ふーん」
つまらなさそうにした伴は立てかけていたメニューを引き出し、特に意味もなくページをめくり始めた。
「お前は、意外にいろいろチャレンジするよな」
「チャレンジっていうか、飲みたいの選んでるだけですよ。気になることなくしてーんで」
「それがチャレンジャーってことだよ。あまり好まん味で失敗したくないだろう」
「あんた、そんなことで怖くなるんですね」
「怖いって、そんなこと……」
違和感を覚え、思わず口を噤んだ。
店内の賑わいはそこそこで、各テーブルからのお喋りやキーボードを打つ音、ペンを走らせる音が際だって聞こえてくる。
「……っ、伴」
「怖えですか?坂ノ上さん」
やっと声を出した俺に頬杖を着いた伴はふふっと笑い、まだほとんど残っているアイスコーヒーのグラスに指を伸ばし、つうぅとなぞった。重なった伴の指の下を伝い、水滴が一筋流れる。それは俺の背中を流れる汗の様にも思えた。
今、握り拳一つほど開いた俺の膝の間を割り込むように伴の足が伸びている。サンダルを脱いだ素足の爪先は俺の股ぐらをツイツイと突っついてきている。
幸いにも、隣の席は空だが、いつ誰が来ると分からない。
「伴、止めなさい」
「じゃあ、これ頼んだら止めます」
伴は期間限定メニューを掲げて俺に見せてくる。たいそうな名前の付いたトロピカルフロートは元気のよさそうな黄色いジュースの上にソフトクリームが乗っかっている。
「お前が飲みたいなら、頼め」
「あんたが飲むんです」
「俺ぇ?」
「当たり前でしょう。冒険してみてくださいよ」
伴はテーブルの呼び出しベルを押す。ピンポーンとクイズの正解音が鳴り響く。
「ソフトクリームが乗ってるぞ。飲みきれるかぁ?」
「じゃあ、ご褒美はなしでいいんですね」
「ご褒美?」
俺は急な言葉に首を傾げるが、ぎゅっと股ぐらを爪先で握られる感触にあっと声が出てしまった。
伴の目はにんまりと上弧を描く。
「これ、もとの硬さに戻してやってもいいですよ」
「男に二言はないぞ、伴」
腹を冷やすかもと気弱でいた思いが掻き消える。
俺の膝の間から足が引っ込められ、店員がやってきた。
見ていろ、この悪戯坊主め!
俺はテーブルの上のメニューに人差し指を突きつける。
「うきうきアロハ気分トロピカルフロートをひとつ!」
(「あんな生真面目な面で注文するなんて、愉快でしたよ」と伴はホテルのベッドで思い出し笑いをしていた)