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    ミズアワ

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    ミズアワ

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    千年と少し前の護廷十三隊の下地を作っていたころのやまささ。
    金勒さんと千日さんが多めに出てくると思います。

    変なところで終わっていますが、続きます。多分。気長に待っていただければ幸いです。

    ※過去捏造多め
    ※主従色が強め
    ※以前上げた『おもひつつ』のタイトルを改めたものです。内容は一部変更しています。

    あしびきの久しく口にした名は舌触りがよく心地よかった。ああ、こんなにも口ずさみやすい音だったのかと今更ながら気づく。
    そうだ、名前を呼ばれたのだ。もう暫く呼ばれてはいない名前を。己を呼ぶ嫋々とした声の優しく温かなことを。
    まどろみの記憶は遠い日々のものであったが、思い出したそれには悲しさよりも懐かしさを感じていた。
    唇を動かし、もう一度懐かしい名を呼び、瞼を開く。
    朝靄が消えていく湖畔を見た。さざ波が立った瞳は怯えていた。しまった。と己の手落ちを後悔したが後の祭り。宙を伸ばしていた手の動きは淀み、そして何も掴まず握らず触れずに膝の上に戻った。開いていた唇はきゅと引き結ばれる。
    いつの間にか縁側で眠っていた体を起こした元柳斎は座して控えていた雀部を見やる。どこかぎこちない表情で青年は微笑む。
    「起きていらっしゃいましたか。申し訳ございません。しつこくお呼びしてしました」
    「いや……構わん」
    謝ろうとする自分に疑問が沸いた。なぜその必要があるのだろう。
    秋も深まってきていたが、今日のような小春日和にはこうして縁側で昼寝をするにはちょうど良い。慣れぬ執務の日々に無意識に疲れていたのだろう。今日のようなうたた寝はいつのまにか元柳斎の日々に馴染んできていた。元柳斎はわざと欠伸をすると、何用かと雀部に問うた。
    「厳原殿が瀞霊廷の工事の進捗報告に参られています。如何しましょう。急ぎではないと厳原殿は仰っていましたが」
    急ぎでない仕事をわざわざあの金勒が元柳斎の私邸を訪ねてまで報告に来ないだろう。きっと至急取り決めたい事案ができたのだ。元柳斎は喉の奥で唸るようにため息を吐く。
    「いや、通せ」
    「畏まりました。それではお呼びを……」
    「雀部」
    去ろうとした雀部を呼び止める。如何しましたか?と青年は居直り主を見つめる。欠伸の次に咳払いは流石にわざとらしさが極まる。元柳斎は眉間に皺の凹凸を作る。
    「……何か、聞いたか」
    短く、そう聞いた。
    「……なにも」
    同じ間合いの沈黙の後、雀部はそう答え「では」と頭を下げ金勒を呼びに縁側を去っていった。
    庭木は葉先から色づき始めているのを眺め、元柳斎は胡坐をかいたまま、腿に肘をつき額を抑える。あの声を聴いていたころには無かった傷を指でなぞる。

    ***

    応接間に通されていた金勒は「居眠り姫め」と飴色の硝子の眼鏡を光らせ、元柳斎を笑った。
    「待たせたのは詫びるが、その呼び方はよせ」
    「遅れるのが悪い」
    金勒は正面に座った元柳斎に静かに見つめ、持参した書類を広げた。
    「思うたより多いな」
    「それだけ問題は山積みということだ。よかったな、仕事が尽きないぞ」
    「仕事の鬼もいいが、たまには休まんと貴様の奥も嫌がるだろう」
    一枚、紙を取った元柳斎は数文目を通しながら、雀部に茶を頼む。隅に控えていた雀部は頷き、部屋を出ていく。その後ろ姿を金勒は無感情な半眼で見つめていた。
    「雀部がどうかしたか?」
    元柳斎は金勒の視線を追い、首を傾げる。
    「いいや、話を進めよう」
    長く続いていた瀞霊廷の修繕と新たにできる護廷隊隊士の寮の完成は間近に迫っていた。やっと形づいてきた護廷隊であったが、新たな人材の確保と組織の拡大に伴い、寮が必要となってきていた。誰しもが通いで舎へ来られる訳でない。また尸魂界の中心となっていくのだから瀞霊廷は不夜城とならねばならない。寄せ集めではないが、流魂街から来た腕っぷしに立つ隊士には生活の場が必須となってくる。また読み書きのできない者も少なくない。塾も大きくしていくべきだ。
    進捗と問題点を迅速かつ的確に金勒は説明を始める。組織の金回りなど元柳斎は苦手としていたのでこういった差配は昔から算盤勘定が得意な金勒に任せていた。
    話を聞きながら「改めよう」「そこは我慢してくれ」「次の機会に聞いてみよう」「お主の良いようにせよ」と元柳斎は議を重ねる。
    雀部はふたりの邪魔にならぬように茶を運び、協議する内容を黙って聞いていたが、暫くすると断りを入れ、部屋を出て行ってしまった。
    「先からあれはどうした。しおらしいな」
    金勒は眼鏡の山をついと押し上げ、元柳斎に聞く。普段の雀部なら元柳斎の見聞きすること発することを一言一句聞き逃さぬように頷いて聞いていたりする。
    「さぁな」
    ぐぶぐぶと茶を飲み干す元柳斎に金勒は眉間を狭めた。
    「右腕だろう、お前の」
    「始終そばに居れとは言ってはおらん。雀部の好きにすればよい」
    「……なるほど」
    言葉とは裏腹に納得はしていない金勒の声、元柳斎は鼻息を鳴らす。そうしていると、替えの茶を持って雀部が戻ってきたので、元柳斎は気にすることなく金勒との話を進めた。
    今回の修繕や寮の建築に関する出資は有力貴族に頼んでおり、その礼と接待について話し終える頃にはカラスの黒羽が映える赤い夕空が屋根の上に広がっていた。「また来る」と金勒は荷物をまとめる。「夕餉を食っていかんか」と聞くと「たまに帰らねばどやされる」と肩をすくめた。
    「そうだな」
    太い眉を下げ、元柳斎は雀部に金勒を邸宅まで送り届けるよう命じる。青年は嫌な顔一つせず、草履を履いて金勒の後ろをついて行った。
    一人、残された部屋には己の影が長く伸びている。黒々としたそれを見つめ、ため息を零す。
    考えることが年を重ねるごとに多く大きくなっていく。今回のこれが終わればまた次の政があり、並行して別の仕事も各隊長たちへ差配しなければならない。しかし、今日の、今の頭の内ではその考えを押しのけるように懐かしいあの声が己を呼んでいた。
    春風のように温かくほころぶ花の甘い香りをした白くやわらかな手のひらがゆっくりと鼓動と同じ拍子を打ってくれたのを。もう誰も呼ばなくなって久しい二つの名前を呼び合っていたことを。薄桃の唇が柔らかく動き、微笑むのを。まだ傷のない額に重なるぬくもりを。
    「元柳斎殿」
    気づけばまた時が進んでいた。振り返ると金勒を送り届けたのであろう雀部が火の灯った油を持って立っていた。明かりがいるような闇が広がっていることにも気づかぬとは。
    「大丈夫ですか?」
    雀部は短い眉をひそめ元柳斎の元に寄ると心配そうに声をかけた。その声は昼間の失態を思い出させ、元柳斎はきまりが悪くなりそっけなく「なんともない」と腕組をしながら返した。
    「そう、ですか。夕餉の時刻ですので、お運びしますね」
    燭台に明かりを移した雀部はそういって部屋を後にした。

    ***

     屋敷替えってことかな、これは。
     嫌味のように嘯く唇はしかし、面白そうに持ち上がっていた。滑らかな褐色肌に短い癖がかった白の跳ねっ毛、黄金色の瞳はまるで蛇や猫のように忍んで得物を狙う獣を彷彿させる。雀部はその何を考えているか分からない表情がやや苦手だった。
     座敷の奥で座した四楓院千日は広げた書状を些末事のようにひょいと投げてしまう。さっと虚空に現れた手は書状を取り、いつのまにか雀部と千日の前には坊主頭の男が膝をついていた。知らぬ男だが雀部は彼が刑軍の一人であると察してはいた。口布で面を隠した彼は書状の折り目に沿って畳むと雀部を見ることなく掻き消えた。どこまで話したっけ。と千日は微笑む。それは隠密機動の総司令も兼ねている抜け目のない男の目だった。
    「元々のお住まいがある方で隊舎まで通える場合は選択できます。四楓院殿の場合もそれが適応されますし、こちらから出処されても構いません」
     怖気づきはしない。雀部には後ろめたいことなどないからだ。
    「ほかの奴らはどうするって?」
    「尾花殿と執行殿、齋藤殿は即答で使われると、厳原殿は通うと仰っていました。まだ何名かは聞けていません」
    「みんな、それぞれだな。で、その隊長専用の屋敷ってのは使わないとどうなる?」
     しかし、四大貴族の一当主でありながら誰に対しても奢ることなく話す姿は好ましく思っていた。
    「そうですね、四楓院隊長が使われないのなら暫く空き家となります」
    「ふん。それは勿体ないな」
     千日は腕組をしてぐぅ~と体を傾ける。なにかに使えないかのう。と瞼を固く閉じて考える。「時々使われるのでしたら、問題ないかと」と雀部は言う。
    「こういう時の即断っていうのはあんまり気乗りしないんだよな。まぁ、儂の方から十字斎に答えよう。それでもいいか?」
     ピクと自身の蟀谷が動くのに気付いたが雀部は「総隊長殿にそう伝えます」と平伏することで隠した。

     しばらく、刀を振るう仕事はしていないが、こうして日々の細やかな職務に追われているといつのまにか日は真上から少し下がった場所にあった。
     高い鳴き声の主は鳶だろうか。秋空を旋回する姿を見止め、雀部はその軽やかな動きをじっと見つめていた。死神も空を駆けることことはできるが、あそこまで自由に飛ぶことは叶わないだろう。
    「       」
     ふと、雀部は短く呟いていた事に気づき、唇を手のひらで隠した。
    「……いけない」
     それは自分が零すべき言葉でない。自分にはその資格はない。そもそもその言葉が何を意味するかを踏み込んではいけない気がしていた。
    『勘違いするなよ』
     数日前、静かな声で告げられた言葉は昂る感情を冷やすのには十分だった。
    「私は右腕であって、それ以上でも以下でもないのだ」
     高い秋の空にはいつのまにか鳶は消えていた。

    ***

     その屋敷の主は波のようにうねった黒髪を後ろに流し、貴族の雅やかな雰囲気とは縁遠い骨太な男だった。
     雀部を連れて訪れた元柳斎を屋敷のものは丁寧に案内してくれた。
    「わざわざ礼などいいのに」
    「そうもいきません。京楽殿のご出資のおかげで何とかここまで来ることができた」
    「いやいや。これも瀞霊廷立て直しのため。貴族として当然の務めと思っています。四大貴族には及びませんが古来よりこの地で生きてきた当家もぜひこの務めには参じなければと思ったまでです」
     元柳斎が平伏するのをやめるように屋敷の主――京楽は厚い唇で下弧を作る。
     変わった貴族だと雀部は元柳斎に倣い顔を上げる。えらのある四角い顔、上背は雀部の一回りは大きい京楽は貴族というより武芸者という方が似合っていた。実際、この当主の剣の腕もなかなかだと聞いている。
    「いえ、回り者がなければ立ちいかぬのが今の世の常。京楽殿には今後も護廷隊を引き立ててくださればなによりと思いますれば」
     そうして二言三言、元柳斎は礼を告げ、祝宴の話を切り出す。
    「なるほど。参加したいのは山々なんだが、その、奥の具合が」
     京楽は角ばった顎を撫でる。見た目に寄らずまだ彼は若い。
    「おめでたとお聞きしたが」
     元柳斎の言葉に京楽は無骨な顔には似合わない、いや可愛らしいはにかみを浮かべ、いや~と頭を掻いた。不思議なものです。
    「私が父親になるというのは」
     雀部はそのまっすぐな瞳に宿る、なにやら柔らかな光に胸がざわついた。なぜかは分からなかった。
    「父君がご存命のころから貴公を知ってはいるが、儂にはもう京楽殿は立派に当主を務めておると思うが」
    「貴方に言われると恐縮だ。生まれるのが男なら源字塾へ通わせたいと思っています。雀部君のような立派な剣士に武勇ある子になってほしい」
     そう言った京楽は元柳斎の後ろに控えた雀部を見つめる。





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