1122いつものスーツだけど、シャツは新品を下ろした。
普段はつけない胸元には君の好きな色のハンカチをしのばせる。
ネクタイもとっておきのやつを締めると、事務所を出た。
「あ、おはようございます」
入口のところですれ違いかけた陸君が挨拶してくれるのを、おはようと笑顔で返すと、なんだか不思議そうな顔でこちらを見ているのに気が付いて首を傾げる。
「あ、おでかけなのかなって…いつもよりお洒落?だし」
慌てたように理由を言う陸君に、少しの悪戯心をくすぐられてふふっと笑うと、唇に人差し指を立てた。
「ないしょだよ?…デートなんだ」
「そうなんですか…えっ?!」
目を白黒とさせる様子を後目に、じゃあね、と外へと出る。
デート、という言葉がくすぐったくて思わず笑みがこぼれる。
外は曇天、雨が降り出しそうな重たい雲だから、傘は必須だけど、心のうちは晴れている。
「まさしく、”雨に歌えば”」
まずは花屋で君の好きな花を買おう。それからケーキ。
鼻歌を歌いながら、街へと繰り出した。
秋というにはやや気温が低くなって落ち葉の零れる道を進むと、君の眠る場所が見えてくる。
平日のせいか、天気のせいか、あたりに人気はなく、道を歩く自分の足音だけがやけに耳についた。
「…久しぶり」
前に来たのはいつだったかな、と思いを巡らせながら、手を伸ばして石の上に落ちた葉っぱをはらった。
「今日は出掛けにね、うちの子に会ったよ。前に言ったと思うけど、七瀬陸君っていう子。君とのデートだよって言ったらすっごく驚いててね」
他愛も無いことを話しながら、用意した布で石を拭う。汚れてないように見えても、拭いてみるとやはり汚れてはいたようで、本格的に掃除をはじめて花をいけて腰を上げるまでには結構な時間がかかっていた。
「よし、じゃあ仕切り直そう」
汚れた手を叩いて、ダブルボタンのジャケットを着直してピシッとボタンをしめる。
「待たせてごめんよ」
途中のケーキ屋で買った真っ白なケーキの箱を開けて見せる。
「ここのブランデーケーキは紡くんも好きだって言ってたんだ。そういうとこも君に似ているね」
にこにこしながらケーキを食べる姿を思い出しながら、小さく笑う。
「僕も、紡くんも元気にやってるから、心配しないでゆっくり待っててくれると、嬉しいなあ」
さわ、と風が木を揺らして、その赤く色づいた葉っぱを散らした。
まるで返事をされたように感じて、目を細める。
いつだって、どこにいたって。
雨の日も、嵐の日も。
「君を愛してるよ、結」