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    床下2023

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    床下2023

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    3/19配布予定だった本です
    準備号になりました
    ギャグえろほんを目指して滑りました

    #ルクフロ
    luxflo

    3/19準備本


    何がきっかけで目をつけられたかもはや覚えていないが、ウミネコと渾名をつけた先輩にフロイドがお呼び出しをくらったのは卒業手前のことだった。
     てっきりあれだと思ったので、フロイドはとりあえず目潰し用にポケットに大量の塩を入れて、ついでに「卒業オメデトー」といつでも応戦できるように、店の花瓶からわさっと適当に花も引っこ抜いて束ねて中に鋭利なものを隠して向かった。当時のオクタヴィネルで節目に人通りの少ない場所に呼び出される時の常識だったのだ。
     殆ど右から左に流してフロイドはいつ開戦になるのかじっと待ち構えていたけれど、相変わらずの話の長さに辟易し「で?」とご用件は何ですかと聞き返してしまった。
     手持ち無沙汰で花束の大半はもう毟り終わって、仕込んであったアイスピックは出番を待ち構えていたのだけれど、ルークの視界には入っていなかったようで凶器ごとそっと手を握られて「私の恋人になってほしい」と頼まれた。
     どうすんだこれと助けを求めて後ろを振り返ると、揺すりのネタを求めて離れたところで見守っていたジェイドは笑い過ぎて泣きながら待ってとジェスチャーするばかりで使い物にならず、アズールは「総資産をそれとなく確認しろ」と面白がってハンドサインを出してきていた。
     もう一度ルークの方を向き直りよくよく見れば、全然お願いしている様子ではなくて笑ってしまった。「ヤダっつったら?」と聞くと、何回でも言いにくるつもりだというようにニコニコしていた。
     そこから諸々あって、最終的にはフロイドが折れてやったのだ。「いーよ、番になっても」と。
     まぁ最初から悪い気はしていなかったのかもしれない。嫌だったら今頃ルークの掌にはアイスピックであけた穴があっただろうから。
     ぼんやりと窓の外を見ていると、準備が整ったらしいジェイドが「行きましょうか」とわざわざ手を引いて、ベッドから降ろしてくれた。


     話は少し前まで遡る。
     フロイドは身内二人に嵌められて、薔薇の王国に出している店舗まで飛ばされていた。フロイドの仕事は本社の近隣店舗の運営が主であって、最初はそんなところに行くつもりもなく「いや、オレ忙しいじゃん見たらわかんだろ」と断ったのだ。フロイドとジェイドは一番古い従業員ではあっても、他にも従業員はたくさんいるので、わざわざフロイドが出向かずとも本社の誰かを行かせりゃ良いだろ、と。
     それでうまくいったのならこんな話にはなっていませんよとアズールは呆れたように溜息をつき、ジェイドも困った困ったといつもの楽し気なそれで、結局は揉めに揉めて、いつものパターンでフロイドが飛ばされることになった。
     薔薇の王国の都心。駅近の好立地で、他店とやっていることはほぼ同じだが何故か成績が悪い店舗。
     フロイドが聞かされていた前情報はそうだったが、出勤初日で「嘘じゃん」と顔を顰めてしまった。
    パティシエのマンボウの人魚以外は一匹も使える奴がいなかったので、まず人数の時点で何も同じではなく、二階より上には見るからにフロイドの実家と同業のような不動産が入っていてどこが良くてここに店を出したんだっけと首を傾げる要素が揃っていた。
     ありのままアズールに連絡を入れれば当然、採用からやり直しになり、クビにしなかった奴らを数人鍛えてどうにか普通のバイトが出来上がるまでに一週間。そこからさらにフロイドが抜けて滞りなく回るように仕上げるのが一週間。
     あっという間に一ヵ月が過ぎ、その間のフロイドの休みは勤務時間中の昼飯だけという状態だった。
    いくら最高七十連勤したことがあるといっても、フロイドにだって限界はある。追い打ちのように二階にお住いの輩に絡まれて、そこでまず一回フロイドの記憶は途切れた。
     気が付いたら病院にいて、目覚めたのを確認したリドルが「話が違う、僕は帰るよ」と言ってメスを置くというどうにも現実味がない状況だった。目覚めるのが少し遅かったら多分、エラか何かにメスを入れられていた。知らないけれど、リドルの顔をみれば大体のことはわかる。
    何してんのどうなってんのと聞こうとしたが掠れて声が出せず、やむなくフロイドはリドルの触覚を引っ張って、そこでまた記憶がなくなった。
    次に目が覚めた時には路上に転がされていたが、おやおやおやおやと慌てて近付いてきたジェイドに拾って貰えてどうにかフロイドはちゃんとした病院で、温かいベッドに収まることが出来た。
     ちゃんとした検査を受け、ちゃんとした医者に、ちゃんとした診断をされた結果、フロイドは栄養失調に過労に全身打撲についでのように側頭部を殴られたたんこぶまでついた立派な重症だった。
     渋々、アズールも「仕事のことはジェイドにやらせますので」と言ってくれて暫くはだらだらと休んでいたが、すぐに「ちゃんとした病院、無理だわ」とフロイドはアズールに相談する羽目になった。
    最初にどうしてリドルのところにぶち込まれたのか理解するまで数日とかからなかった。ちゃんとしているが故に、やたらと優しく対応されるし厳しく管理もされるし何をするにも人がついてくるし。何も悪いことはないのだけれど、性に合わなかっただけだ。
    何で六時からまずいメシを食うまで見張られて夕方六時に寝るのかすらわかんねぇんだけどと泣きついて、結局はリドルのところに舞い戻った。その対応は別に全国共通、フロイドが陸に上がってから健康優良人魚で病院がそういう場所だと知らなかっただけだと知ったのはそこから数日後だった。
    「金魚ちゃんにお願いがあってぇ」
    「他を当たると良い」
    「他とかないし。金魚ちゃんにお願いしたくて」
    「いいや、ある。フロイド、僕たちが卒業して何年経っているとお思いだい?」
    「それ今関係あんの?」
    「数が数えられないようなら頭も打ち付けているだろうね。やはり元の病院に戻るべきだ、キミは」
     この国にはいくらでも病院はあるからね、とリドルは口調だけは病人に接するように優しめに言いながら、適当な紙に地図と病院名を書き込んでいた。「これを見せてタクシーの人に頼めば連れてって貰えるから」
    「駄目なんだって。ちゃんとしたとこだとゆーっくりしか治してくれねーんだって」
    「まるでここがちゃんとした病院ではないみたいな言い方をするけれど、ここだった同じ治療しかしてあげられないよ」
    「金魚ちゃん優秀だし、やろうと思えばパッと治せんでしょ。卒業してもずっと友達じゃんオレら」
    「在学中から友人だった覚えがないからやはり記憶が混濁しているよ。君の友人はアズールと、ジェイドしかいなかったはずだ。さぁ立って、自分で歩けるね?」
    「痛くて歩けないって」
    「そう。じゃあ車椅子を貸してあげるから座ったまま帰ると良い」
     椅子が勝手に動き出したかと思えば、フロイドを乗せていつのまにか開いていた扉の外まで弾き飛ばされ、凄い速さで病室前まで送られてしまった。
    フロイドはどうすっかなと首の後ろを摩りながらとりあえず明日も行くかとその日は諦めた。
    翌日からも懲りずにリドルのところまで遊びに行っては食い下がっていると、フロイドの期待していたよりはずっと早くにリドルが「わかった」の返事をくれた。元より短気なのだ。


    「オレ、車椅子生活とか訓練学校ぶりなんだけど」
     訓練学校で歩行訓練したとき以来だ。変身薬が馴染むまでちょっとずつバーを使ってゆっくり歩きましょうね~という注意事項を無視して、階段上からジャンプしてみたところ綺麗に両足が粉砕し、魔法医術を駆使しても一週間は動けなかった。完治させてしまうと自己治癒力がどうたらで渋々、安静にしてジェイド達の無様な歩行を指差して笑っていた。
    懐かしくなってゆらゆらと脚を動かしていると、車いすを押していたジェイドは「ありましたね。僕も両足折ってやろうかと何度思ったことか」と溜息をついていた。
    「ジェイド、諦めて海の学校に通いますって荷物まとめてたことあったもんね」
    「ふふ、山に登りたい一心で頑張ったんです」
    「超迷惑だったわマジで」
     歩きたくないと大きすぎる怪魚が不貞腐れていたのも面倒だったが、自由に歩けるようになったらなったで山に入ったきり帰らぬ男になり、訓練学校の教員と一緒に探し回る羽目になった。そういう帰らぬ兄弟いっぱいいたし諦めますとフロイドは言ったけれど、親御さんに連絡しますと言われてはやむをえなかったのだ。何でジェイドさんをしっかり見張っていないのかとママに怒られるのは嫌だったので。「テメェ入学したら二度とやんなよ、次はねーから」と前もって忠告したのでそれ以降は放置できていたが。
    廊下の突き当たりにあるエレベーターに乗り込むと、ジェイドは何回か仕事のメールを見ては疲れた顔をしていた。
    「なぁに? 仕事忙しいの」
    「貴方が抜けて大変なんですよ」
    「は、ざまぁ」
    「まったく……でも、そうですね。アズールもこれに懲りたのか色々見直しているみたいです。有給なんてそこになければないですよと言っていたというのに」
    「良かったねぇ」
    「フロイドのおかげですね」
     話しているうちに目的の階について、扉が開く。そういえばと気付いてジェイドの方を振り返ると、どうかしましたと首を傾げられた。
    「オレのスマホどこ? なんかずっと返して貰えねーの。ウミネコくんにも連絡してやんねーと」
    「おや、貴方いつからそんなまともなことを言う人魚になったんです」
     既読無視当たり前、予告なく訪問当たり前、と指折り数えられてくすくす笑われる。何も否定はできないが、色々あったのだ。
    「安心してください。このあと返して貰うようお伝えしてありますから」
    「マジ?」
    「あとルークさんにも遅くなってしまいましたが連絡してはありますので、ご心配なく」
    「連絡したんだ」
    「お休みを取ってこちらに来ると大騒ぎでしたけど、そこまでこちらの病院に長居するわけでもないのでとお断りしてしまいました。すみません」
    「いーよ、別に」
     フロイドとしてもそのつもりだった。何もしなくてもメシが出てくるし、ずっと眠い音楽は鳴ってるし、綺麗な部屋だが何も無いし酒も煙草も無しなので、もう飽き飽きだったのだ。早いところ撤退する。そのために色々、恐ろしい書面にサインまでした。というかさせられた。最初の一文からして、術後どうなっても特にこだわりませんというそれだった。
    読み終わる前にサインさせんのは詐欺じゃねーのとフロイドは一応、言ってはみたが取り付く島もなく「患者は黙って横たわっていろ。余計な口を挟まなくてよろしい」と素人は黙ってろされてしまった。
     コンコンとジェイドが扉を叩くと、どうぞと許可が降りて扉を開けて貰えた。
     てっきりついてくるものかと思っていれば、ジェイドは「それでは、僕はこちらで待たせていただきますね」と診察スペースの手前で車椅子から手を離してフロイドに声を掛けた。
    「え、一緒にきてくんねーんだ」
    「良い大人でしょう。それに付いていたところでやれることもありませんし」
    「つめてー。まぁ良いや、じゃあね」
    「はい、また後程」
     見送られてしまったので、そのまま自分で車椅子を動かして「金魚ちゃん来たよ~」と中まで進んだ。
     杖を片手に何かぱらぱらと確認していたリドルは「時間通りだね」と比較的に穏やかな口調で返し、見ていたものを置いてフロイドの方に向かってくる。
    「大人になったものだね、キミがまさか時間厳守で現れるだなんて」
    「社会人だもん。当たり前じゃん」
    「患者の緊張を和らげる目的の雑談はここまでにしておくよ。自分で車椅子から降りられそうかい?」
    「今の雑談だったの? 話下手かよ」
    「何か言ったかい」
    「ううん。宜しくねぇって言った」
    「結構。杖を貸してあげるから、そこに座って」
     杖を差し出され、そこと手で案内されたところに視線を移すと、見覚えのある形状の木製の椅子が置かれていて呼吸が浅くなるのを感じた。
    無数の釘が植え付けられている座椅子部分、手足を拘束するためのパーツ、胴体のところを括るベルトまでちゃんとあるタイプの立派な審問椅子。
    「座んの? オレが? そこに?」
    「そう言っている」
    「話がちげぇ~……マジで言ってる?」
    「キミ……自分で頼んだことを忘れているようだけれど、本当に大丈夫かい?ボクは適切な処置を然るべきところでしてもらえと言ったはずだよ。それをキミが、どうしてもボクに、どんな手段を用いても構わないから、どうしてもお願いしたいとそう言ったんじゃないか」
    「拷問で過労と栄養失調が治んのかよ、どんな勉強したらそんな医者になんの?」
     とりあえず車椅子から離れないように手に力を込めつつ、フロイドはいやいやと首を振る。いざとなったらこの杖でリドルの頭部を殴ってでも逃げようとは思っているが、もしかしたらフロイドへのただの嫌がらせであって、「ふ、雑談はここまでにしよう」と言ってくれる可能性もなくはない。
    「何か勘違いをしているようだけれど、治療のためであってボクはキミに嫌がらせをしたくて言っているわけではないよ」
    「はぁ?」
    「ぱっと治してほしい、ということだから瀕死にしてやむない状況にしたうえで魔法で治そうとしているだけだ」
    「頭がおかしいってぇ……」
     じりじりと車椅子を後退させて、フロイドは出入り口の方をちらりと見ればしっかり扉が隠されていて計画的すぎてうんざりした。舌打ちしてから杖を向けていると、リドルがカツカツと距離を詰めてきたので大きく振り被ったが、背後からすっと出ていた腕に掴まれ容易く逆側に曲げられてしまった。
    「~~~ッ」
    「何をやっているんだキミは」
     呆れたようにリドルが目を細めたので、振り返ればジェイドが「すみません、お手伝いした方が良い気がしたので」とぱっとフロイドの手を離した。
    怒鳴り散らす間もなくジェイドはさっさと杖でフロイドの後頭部を叩いて気絶させた。

     
















    薔薇の王国からフロイドが撤退したのは数日後のことだった。
     全治数ヶ月が時短の全治一週間になり、フロイドは病院から晴れて退院し、駅まで歩く道のりで初めて自分からルークに事前に電話をかけた。「今日泊めてぇ」と。
     この一ヶ月だか二ヶ月だかで人間的に成長したわけではないが、何度か生死を彷徨って色々とすり減っていたのだ。
    何でも良いのでウィウィと言ってもらおうとしたのもあるし、行くぞと予告しておけば動かないだろうしと考えて電話をしてみれば、思っていた以上に「勿論!!!!!!」と声を大にして迎えに行く今どこなのかと大騒ぎだったので速やかに切った。
     暫く放置していたのだから、それはもうぐちゃぐちゃに撫で回して、あと餌を作って、散歩にも連れて行かなきゃいけないし、いちいちやることが多い。働いていない頭でやることを考えながら、フロイドは電車に乗り込んだ。
     思惑通りルークは玄関で犬みたいに待ち構えていた。が、フロイドの尾鰭はそこで稼働限界だった。
    「フロイドくん⁉」
    「えら、待てしてた……うっ……」
     急に壁に凭れて呻いたフロイドに慌ててルークは支えに入ろうとしたが、触んなボケ!と怒声で返されてポカンと口を開けた。
     情緒不安定なのか、どこか痛むのか、明らかに痛そうではあるが一体どこをとルークが確認しようとするとフロイドが指差していた。
    「あし……尾鰭、くつ、じゃま……」
    「靴? ああ、脱がせろと。待っておくれ、触らないようにというなら魔法で……」
    「傷付けんなよ絶対」
    「むぃ」
     がっと顔を鷲掴みにされながらルークは丁重に靴だけ消して、玄関にそっと置くとフロイドも手を離した。
    「いってぇなクソ…中身捻れてんのかこれ……人間やめてやる」
    「ノン、ムシュー。こんな所で人魚に戻ったら色んなところにぶつかってしまうよ」
    「攣ってんだから尾鰭消したら治んだろ」
    「攣っただけ……?」
    「動かなすぎて馬鹿になってんだよ尾鰭が……」
     壁にくっついたままフロイドは海に帰りたいと珍しく弱々しくぼやいていて、ルークはこの数ヶ月で彼に何がと心配になって背中をさすった。

     
    「まさか病み上がりに一人で帰ってくるとは……」
    「ジェイドに頼めるわけねーじゃん」
     何度となく喧嘩はしたが、こんな大人になってまであれほど大暴れすることになるとはフロイドも思っていなかった。
     リドルのあの一件はドッキリだったのだ。主にジェイドによる。まさかそれにリドルが乗るとは思わなかったのでフロイドは最後までずっと「いや、どっち?本気でやってた?」と引きながら退院した。
     普通に脅かして満足したのか、あのあと数日はリドルがかつてないほどまともに優しさをみせてくれたのでリドルのことは許しはしたが。
     病室で目覚めたあとは最悪だった。ジェイドがおや、具合はどうですかと病室の扉を開けてからずっとフロイドはキレてベッドを壊したし、窓も割れたし、折角治ったのに止めにきたリドルにぼこぼこにされ。
    「二度と顔見せんなって怒ったばっかだから」
    「それなら私が迎えに行ったのに」
    「お家で待ってて欲しかったのぉ」
    「そんなどうでも良さそうに言わないでおくれ」
    「終わった話とかどうでも良いだろうが」
     こてこてと脹脛を揉みながら適当に相手をしていると、ルークは隣に蹲み込んで膝を軽く叩いた。
    「頼りにされなかったぁって?」
    「意地が悪い」
    「こんな満身創痍で会いに来たっつーのにメルシーもなんもねーのかよ」
     どん、と横揺れしてぶつかってやれば、くすくす笑いながらフロイドの荷物を拾って立ち上がっていた。目で追っていると、手を差し出される。
    「歩けそうかい?」
    「無視しやがった」
    「メルシー!」
    「取ってつけやがった」
    「会えて嬉しい。中でゆっくり話をさせてほしいよ、こんな所ではなく」



    ルークの住んでいる家は親戚から譲られた訳ありの戸建で、部屋数も多いし風呂も広いしリビングは走って回れるし庭にもガゼボまである。
     本人曰く「叔父様が扱いに困っていたから」と管理人がてら住むことにしたとかなんとか。幽霊でも出るのかと思っていたが、部屋の中身がたまに入れ替わるぐらいだとルークは笑っていた。
    「廊下ながぁ、照明多すぎ」
    「まるで初めて来たみたいな言い方をするね」
    「暗い時しか通んねぇからちゃんと見てなかった」
    「ふふ、確かにキミがくる時間だと明かりは消えているね。今日みたいに前もって教えてくれたならつけておくけれど」
    「前もって決めてたらね」
     そんな日があるかどうかはともかく。
     店の営業時間が終わってから来ることばかりなので、日付が変わるか変わらないかの夜中が多い。疲れて死んでいたら行かない日もあるし、疲れて死んでてわざわざ行く日もあるのでフロイドにもわからないのだ。


     事の顛末を話せば、ルークは聞かされていた話とまるで違う!とずっと青ざめたり、スンッてしながら相槌を打っていた。
    「三回ぐらい名前も知らねぇ兄弟に挨拶してきた」
    「オーラララララ……本当に無事に帰ってきてくれて良かった」
    「まぁでも金魚ちゃんの腕は確かだった。見てこれ、綺麗にくっついてる。動かすなって言われたから首からぶら下げてっけど骨までちゃんと綺麗になってんの」
    「千切れたのかい⁉ 栄養失調と過労と聞いていたのだけれど……」
    「馬鹿のせいでマジで最悪だった」
     血が繋がってんだよなぁとそこから疑いたくなったのは初めてだった。疑いようもなく容姿が物語っているわけだが。
    「お見舞いに行くべきだったね、申し訳ない……」
    「そんなことより風呂かして。病院帰りでどーにかしてぇの」
    「ウィウィ! すぐに」
    「あ、申し訳ねーついでに手も貸して」
    「勿論」
     あれこれ言ってやれば、首が取れそうなぐらい頷いて風呂場に向かって行った。
     椅子の背凭れに寄りかかりながらバタバタと動き回る音を聞きつつ、フロイドはつっていた布を外して軽くあげようと左手を前に動かした。
     動かすな、やるな、触るなと言われたらまぁそれは試しにやってみてからだよなと思う。ぐ、と力を入れたとたんにだらんと肩から下全部が弛緩したので、どうやらそういう魔法らしい。
     完全にリドルへの信用度が下がっていたので、動かした瞬間腕がぼろっと取れたりするのかと少し期待していたのだ。実際そうなったら困るが、とりあえず大したことはない禁止事項で良かったと胸を撫で下ろした。


     洗われた髪を摘みながら「髪切りてぇー……」とフロイドがぼんやり言うと、背中を擦っていたタオルがぴたりと止まった。
    「何?」
    「私が、と言おうとしてやめただけさ。自分で切っていた時にヴィルから大変不評だったのを思い出してね」
    「やりたがり」
     手貸して、は別に背中洗うぐらいで良かったというのに何故か当たり前に髪まで込みだった。
     やりたいならやらせてやるかと任せれば、目に泡入れるような下手さだったので「わざと?」と聞くと、次からは丁寧だった。
    「利き手側は避けるべきだろうか」
    「あー……さっき試したけど良いんじゃね。洗うだけなら。動かさなきゃへーき」
    「ウィ、任せておくれ」
    「背中やり終わったら一緒に入ろ」
    「うーん……」
     微妙な返事が聞こえて、ぐっと背中を後ろに倒せば押し戻すようにぐいぐいやられる。
     仕方なくシャワーの向きを変えてルークの頭から引っ掛けると嫌そうに首を振っていた。
    「そんな無理矢理……入るとも。喜んで」
    「喜んでー」
     全然喜んでる風じゃねぇなぁとシャツを伸びるぐらいひっぱって捲ってやれば、それは嫌ではなかったらしく特に何も言われなかった。


     バスタブに入りながらぐでんと半分身を乗り出していると、向かいで座っていたルークがおかしそうに蛇口を捻り水を出し始める。
     冷水が入ったところでそんなに変わりはしないので、上がるか悩んで目線を向けた。
    「茹でられている」
    「あっっっつ……」
    「珍しいことばかりするから……怪我以外にも何かあったのかい?」
     ぴちゃぴちゃと水をかけられ、首にも冷やした手を当ててくる。黙ったまますり、と懐いてやればアザラシみたいだと不名誉なことを言われた。
    「鰭脚類と一緒にすんじゃねぇよ……」
    「ふふ、上がってから話そう?」
     のぼせてしまうとバスタブに手をかけたので足で脇腹を小突いて止めた。きょとんとしながら大人しく座り直していたので意思疎通はできたらしい。
    「ウミネコくんにさぁ……」
    「うん」
    「餌やって、丸洗いして、散歩連れてって、ブラッシングしてやんなきゃって……はぁ、むり、上がりてぇ」
    「上がろうね」
    「すきーって言わねぇんだもんお前、今日。怒ってんの?」
     クソ生意気な…と忌々しげに呟いて、もう半分どころかほぼ足湯にしていると、ルークは顔を覆ってしまった。
     どういう感情だよと聞きたかったが、長くなったら困るからと諦めて立ち上がった。
    「先上がる」
    「私もすぐに……」
     顔を覆ったままくぐもった声で何か言っていたけれど、フロイドはひとまず「ごゆっくりぃ」と頭頂部を押して出て行った。 

     金髪に冷風をあてながら髪をわさわさと触って乾かしていると、「これは提案なのだけれど」と話し掛けられた。それなりに大きな声で言われたので、同じように大声で返してやる。
    「あ⁉ なにー?」
    「一旦止めてからにしようか」
    「お前が話しかけてきたんだろーが、ドライヤーしてやってんのに」
     なぁにー! とドライヤーの先でガンガン叩くと肘を思い切り入れられて急に冷静になってくる。なんだかこれ、大昔にもやったと。何も進歩しちゃいないのだ。ルークの毛の長さが若干変わって手間が増えたなぁぐらいしか。
     カチっとスイッチを切って無かったことにした。
    「なぁに?」
    「暫く私の家にいるというのは」
    「暫くってどれぐらい?」
    「八十年ぐらい」
     八十年。今が二十いくつだからこいつやっぱ百は越える自信があるってことかぁとフロイドはどうでもいいことを考えつつ、「長くね」と端的に返した。
    「じゃあ、ずっと」
    「一緒に住んだら通えねぇから駄目なんだって」
     遮るように言うと、ルークが悲しげに眉を下げた。やっぱり通いが良い?と顔に全面的に書いてある。
     ウツボのオスにとって番のところに通うのは当たり前で、逆は落ち着かないことがもう大昔に実証済みだった。
     どう出迎えて良いのかもわからなかったし、いつ来るのかと考えるのが本当に向いていなかった。種続柄だから無理と断って話はそこで終わったのだ。
    「キミのご両親もそうなのかい?」
    「? 一緒に住んでる。仲良しだから」
    「レ・ミゼラブル……体よく断られてしまったということだね」
    「ここには住めねーけど、一緒にいないとは言ってないじゃん。良いよ、八十年ぐらい通ってやるしそれより長くなっても別に。それじゃヤダっていうなら何か考えるし」
    「何か?」
    「例えばだけどウミネコくんが、ウミネコやめてホンソメワケベラの人魚になるとか」
     丸い頭を右手で綺麗に整えながらそう返すと、ルークは黙ったまま見上げてくる。
    「じゃあ一週間だけ。その腕が上がるまでここにいておくれ」
    「また無視しやがって……今さぁ、凄い傷付いた。やっぱ怒ってんだろ。何?オレがここに通わなかったから怒ってんだったらそれはジェイドに言えっつーんだよ」
     この世の悪いことは全部あいつのせいにしておくからと片腕を引っかけて首を絞めると、簡単に抜け出て正面から抱きついてくる。
    「怒っていないよ、何も。無視もしてない。一緒にいてくれるのならどこでも、どんな形でも構わないさ、私だって」
    「そっかぁ~」
    「信じていないね」
    「めんどくせぇ奴だなって今ちょっと後悔してる。なんか嘘ついてんな~って思ってても詰めずに許してやってんだからそこは喜んどけって」
    「好きだよ、私はキミのそういうところが」
    「へ~じゃあ一緒に寝る?」
     言えば唇を押し付けられて、食まれて舐められた。首の後ろに片手を回して同じようにあむあむやってると、ようやく嬉しそうにしている顔が見えた。
    「んだよ、やりたかっただけ? 謝って損した」
    「謝ってはいないじゃないか」
    「そうだっけ」
     忘れたと顔中にキスしていると、急に耳殻を舐められて声が上擦った。
    「みみぃ! くすぐってぇんだって」
    「もっと触らせてほしい」
    「いーよ、左腕あがんねーけど」
     付き合ってやるよとルークを押し退けて、フロイドはさっさと寝室の方に行ってしまった。




    「っ、うぅ……」
    「フロイドくん」
    「うう、ぐ……」
    「あの、」
     空気を読まない・読めない男すら、掛ける言葉がなくなっていることにさらにショックでフロイドは伏せたまま枕に顔を押し付けてじわじわ泣いた。
     絶対安静になるよう左腕に呪われている。ちゃんと聞いて動作確認までしたが、勃たなかったし痛覚もなにもなくなってただの虚無で、気付いたルークがちょっとやめようかと離れてこのありさまだった。
     ルークとしてはそんなことよりも体調を気遣ってのことだったが、フロイドは付き合ってやるとかなんとかベッドで堂々と待ち構えておきながら駄目だったのが恥ずかしくなって死んでしまった。
    「オレのせいじゃな……」
    「わかっているとも、ジェイドくんのせいだ」
    「……や、ごめん。マジでびっくりして泣いただけだから。尻に指突っ込んでもちんこ触っても何もねーってどういうことってびっくりしただけで全然。もういけるけど続きやる?」
    「ええと……」
    「口とか手とか貸すし……」
     ぐ、とようやく身体を起こしてルークの方に顔を向けた。静かに首を振られ、再びばたんとベッドに伏せたが今度は別に泣くこともなかった。
    「フロイドくん」
    「はぁい」
    「キミを抱き締めて眠りたい」
    「………………………………………………」
     沈黙が長いなと思いながら、ルークも隣に転がって仰向けになる。
    フロイドがひたすらルークのことを可愛がってやろうとするのと同じぐらい、ルークも甘やかしてどうにかしてやりたいのだ。そうしたらもっと、と考えていると立ち直った男が頬杖をつきながらルークの方を見つめてくる。
    「抱っこしてあげる」
    「オレが、してあげんの」
    「ふふ」
     じゃあそうして、とフロイドの上に容赦なく乗っかってやれば「質量おかしいんだよ」と文句をつけられた。








    小エビの地域には「厄日」というのがあるらしい。
    「何それ祝日~?」と聞けば、何してもうまくいかない日とか悪いことばっかりおこる日のことだとかなんとか。
    フロイドはようやく、なるほど昨日のことかと意味を正しく理解できた。身内からは面倒を押し付けられ暴力を振るわれ、さらに雄としてどころか雌の機能すら奪われた。
    いやそれは元から無かったとフロイドは死んだような顔をしたままベッドから降りた。
    「はぁ~……」
    「大きい溜息だ」
    「こっち見んな」
    「泣かないで」
     目元を覆っていると、ルークが困ったようにしていたので「なんかメシ作って」と唐突に話題を変えた。
    「私が作っても良いのかい?」
    「気分じゃねーんだもん」
    「とっておきのものが冷蔵庫にあるんだ」
     ふぅんと興味なさそうにしたまま服を着ていると、可愛い男は枕をぽいっと手離して小さく歌っていた。


     トントンと何か軽快に切っていた音までは良かった。野菜か何かだと思って無視していると、殻か何かをむしる音と油にそのまま放り込んだような音がして目を細めてしまった。
    「ねー何揚げた今」
    「内緒」
    「踏みつけてガリって音する虫だったら末代まで殺すから」
    「おや、海の生物は平気で虫も食べるじゃないか」
    「フナムシ食べる人魚なんていねーよ」
    「あれは虫ではないような……」
    「知らね」
     テーブルに突っ伏して目を閉じる。概ね何が出てくるか匂いでわかるものなので虫が出てこないことはわかっているが、手持ち無沙汰だったので聞いただけだ。
    「暇ぁ……」
    「せっかく仕事を休めているのだから、好きなことだけしていておくれ」
    「ゲーム機かーして」
    「オーララ……あいにく持っていない」
    「チッ使えねぇな……」
     好きなことはいつもやっているし、ゲームもない、漫画もない、あとは……。特に思いつくものがない。
    「無趣味なのかも」
    「もうすぐだから待っていて」
    「そのバキバキ鳴らしてんのが気になる」
     喋りながらずっと鳴ってるのだ。そんなに足がたくさんあるやつ揚げてんのかとチラッと見れば、サッと蓋で隠されてしまった。


     皿の大きさに対して、海老フライの量が多すぎるし、明らかに皿からはみ出した大きさのやつもいる。
    「でっかぁい」
    「ちょうどオマール海老がいたところだったのさ」
    「朝から揚げ物だし」
     いただきますとフォークを突き立てて頭から齧っていると、ルークはニコニコしながら小さいエビを拾っていた。
    「美味しいはず」
    「自信があるとこわりぃけど、ほぼ素材」
    「美味しいということだね」
    「んー」
    「美味しいと思うのだけれど」
    「店に出すのは無理じゃね。エビが美味いってだけじゃ」
     あっという間に半分消え、ルークが感心したように皿とフロイドを交互に見ていた。
     ジェイドほどではないがフロイドもそれなりに食べれはする。人並み以上、ジェイドの三分の一以下だが。
    「食べ終わったら散歩に連れて行ってくれる?」
    「アハ、いーよぉ」
     お庭で走り回りなぁとけらけら笑っていると、
    キミを引っ張って回らないとねと言われて萎えた。本当にやりそうで。


     散歩と称してだいぶ離れた森の中まで連れて行かれ、フロイドは二十回目にはなるが「帰るってぇ」と声を掛けた。
    「私を置き去りにして帰ろうとしないで。リードの代わり手を繋いでいて貰わないと迷子になりかねない、私が」
    「ウザァい」
     繋ぎにくるたびにパシン、パシンと掌を叩いてやるだけでも、ルークはきゃっきゃと騒いでいた。
     獣道で見つけたこれは何、あの木は何、今飛んだ鳥が何と一人でボーテボーテと。
    「微塵も成長してなぁい」
    「うん?」
    「ウミネコくんって変わんないね〜」
    「そうかな」
     フロイドも基本は変わらずだが、こうして甲斐甲斐しく番のご機嫌を取ったりするようになるとは正直思っていなかった。
     海にいた時からずっと、気が乗らない日に遠出してやるなんてまず無い。どれだけ頼まれたとしても。
    「はぁ〜……」
    「溜め息をつきたくなることがたくさんあるね、ムシュー」
    「足痛くなっちゃった。帰れねーよもう」
    「本当に?」
     その辺の切り株を少し払って座ろうとすると、ルークはさっと布切れを被せてきた。流れるように出てきたそれに何で?と首を傾げれば何故か得意げにしていた。
    「ハンカチぐらいみんな持ってんだよなぁ、大人だから」
    「ノン、学生時代から持ち歩いていたさ」
    「あっそ」
     スニーカーの紐を結び直しながら、ルークがペラペラ喋るのを無視して右から左に流していれば、そういえば、と切り出され顔を上げた。
    「私がキミに想いを告げた時のあのアイスピック付きの花束」
    「んぇ」
    「瓶詰めにして飾ってあるんだ。帰ったら見てみるかい?」
    「怖い話じゃん」
    「美しい思い出話じゃないか!」
    「アイスピック飾ってんなよ、店から一本消えたと思ってたわ」
    「キミが私に押し付けたというのに……」
     押し付けたことはすっかり記憶から飛んでいた。アズールたちも側で見ていたというのに、回収してこいとも何とも言わなかったので消耗品ぐらいくれてやれということだったんだろう。
     そんな後生大事に飾られることになるとは誰も思わない。
    「ずっと大好きなんだ。色褪せないね、この先も」
    「ほんとにぃ?」
    「ウィ!」
    「じゃあ帰ろ。だぁいすきなオレのお願い」
    「ノン!」
    「我儘クソ野郎……」
     きらぁいと足で蹴飛ばせば、元気じゃないか、まだ行こうとさらに奥を指差していた。





     帰り着いた頃には周りは暗闇だった。
     庭にぽつんと建てられたガゼボ以外は。ライトアップか何かだと気にも留めてなかったが、ルークが「おや、来客だ」とさらりと口にしたのでフロイドは二度見してしまった。
    「ユーレー?」
    「ノン、トリックスターのところでいう地縛霊というやつだね。この土地に根付いている先住の方さ」
    「ユーレーじゃん」
     発音は一緒じゃねぇかともう一度ガゼボを見れば、フッと灯りが消えてしまう。
    「祓っちゃった」
    「単に照れてしまったのだと思うけれど。まさかキミがいる時に来てくれるとは。そのうち紹介できるかもしれない」
    「ペットかなんかかよ」
     何も驚きはしないが、住人として紹介されても「ウツボの人魚でぇす」とでも言えというのかと面倒になって顔を顰めた。


    「げぇ……」
     先にリビングに入ろうとしたフロイドが立ち止まったので、ルークもフロイドの横の隙間から覗いた。
    「どうかした? あ、」
    「盗難じゃん」
     あったはずのフロイドの荷物が無くなっているし、ダイニングテーブルも大きいソファーも消えて、ベッドだけが真ん中に置かれていた。
    「オレもしかしてここで寝ろって言われてる? 余所者消えろ的な?上等だよ。十年近く通ってて余所者もなんもねーし。セカンドハウスだし」
    「そう怒らないでおくれ。とても善良な方々なんだ。ベッドを近場まで運んでくれるなんてゲストを歓迎しているようじゃないか」
    「どこがぁ? つーかコレお前が自分で戻してんでしょ。メーワクじゃね」
    「迷惑だなんてとんでもない。この家が広すぎて寂しく感じる時はむしろありがたいぐらいさ」
    「はいはい」
     ぼすっと置かれたベッドに乗り上げてスマホを弄り出すと、ルークがくつくつ笑い出したので振り返った。
    「おかしいことあったぁ?」
    「ムシュー、見てごらん。キミの上の方を」
    「あ? ワァ……」
     ピカピカとリビングの天井にぶら下がっていたシャンデリアが物凄く台無しな光り方をしていた。七色でちょうどハロウィーン時期に見た鏡の間のダンスフロアのあれ、ミラーボールだ。
    「えー歓迎されてる?」
    「されているだろうね」
    「マジ? ハロー……ボンソワ?」
    「きっと陽気なお兄さんと認識されている」
    「ウミネコくんに言われたらしめーだよ」
     大丈夫か、急にシャンデリアを落とされたりしないかと数分は見上げていたが、特に何とも無かったので再びスマホを触り始めた。
    「ジェイドくんかい?」
    「絶縁中だから連絡しない。金魚ちゃんに腕治ったけど代わりに雄として死んじゃったって送ったら自業自得だってさ」
    「報告している」
    「どうにもなんないってさ。ふざけやがって死ね」
     カッとフロイドの所だけにライトが当てられ、うわ眩しっと目を閉じてしまった。
    「ふふ、ライトアップされている」
    「何なんだよ」
    「怒らないでということでは?」
    「怒ってませーん。悲しみに暮れてんの」
     パッと色味が変わったのでまたフロイドは上を見上げてしまった。見えないものにも気を遣われているのが余計に辛くなってスマホを投げてベッドから降りた。
    「風呂入ってくる」
    「洗おうか?」
    「どうにかできるし。魔法使えればなんとでも」
    「必要だったら呼んでおくれ」
     ひらひらと手を振って要らないというジェスチャーをすると、どっと背後から身の詰まりすぎた重たい男にどつかれて「ぐぇ」と潰れた声が出た。


    「私が二階で寝ようか?」
    「…………」
    「……申し訳ない。忘れておくれ」
     昨日、フロイドが大騒ぎしていたのが案外堪えたらしく、ルークは悩んで回答を間違えていた。すぐに訂正を入れたのでフロイドも胸倉を掴む前に手を大きく振って誤魔化した。そもそも全部の元凶はジェイドだから。
    「常識とかデリカシーとか? 森に起き忘れたんだろ色々、気にしてねーよ」
    「じゃあ、今日も一緒にここで寝てくれるかい?」
    「じゃあ、今日こそしゃぶらせろよ。せめて。お願い」
    「ノン。昨日と同じように眠るだけで幸せだから本当に気にしないで」
    「オレが気になって寝れねーって。数ヶ月放置されてさぁ、やっと来たと思ったら何にも使えねぇって悲しいし生殺しじゃねーの」
     逆だったらまぁ、フツーにどうにかして勃たせろよとか思いそう。いやわからないが。早く治らないかな〜てギリギリ絞めながら毎晩眠るかもしれない。
     とにかく詫びの気持ちを受け取ってくれねぇのかと情に訴えたつもりだったのだ。そうしたらフロイドもでかい顔したまま隣で眠れる気がして。
     ちら、と見上げれば明らかに悲しんだ顔のルークがいた。
    「一度だってキミに無理強いしたことがあっただろうか」
    「ないかも」
    「不満そうに見えていたかい? 昨日の私は」
    「知らねぇけど。疲れてすぐ寝ちゃったし」
    「そもそもフロイドくん、口淫はあまり……」
     はっきり言いやがって! とフロイドは枕を殴った。断られると思ってはいたがついでにディスられた。
    「手は?」
     服の上から触ろうとすると、すっとフロイド の服を捲られ脇腹のあたりを人質にとられた。
    「エラをどうにかするよ」
    「こわぁ」
     ぎゅうと片手で巻きついて、ちゅ、と頬を掠めてから目を合わせる。
    「もう言わねーよ。治ったらめちゃくちゃにして。それでチャラな」
    「キスはしても?」
     べろっと舐めてから口を開けてやれば、舌を突っ込まれて吸われ、上顎を舐められる。
    「んっむ、…ぅ」
     くい、と首に手をかけられて、しばらく歯列をなぞられたり、舌を絡めて、唇を吸われた。
    「んぅっ……っ、ふ、…っんぁ」
    「……耳」
    「っ…」
     耳が何だと考えている間に舌が入ってきてぞわぞわした。
    「お……?」
     マジか。首から上はこれは普通にいつも通りじゃねぇか。思わずバチっと手で耳を叩きながらどうなってんだと天井を見上げれば、シャンデリアがキラキラとピンクに輝いていた。


    フロイドが起きた時、やたらと首が痛かった。
     摩りながら、そのまま犯人の男の頭を鷲掴みにしてグググと力を入れてやると、慌ててルークは飛び起きた。
    「テメェ、落としたろ」
    「オーラララララ……申し訳ない。本当に申し訳ない……いたたたたた」
    「やだぁやめてって言っても耳弄って乳首摘んできたくせに、オレがお前の下着に手ぇ突っ込んで握ったら気絶させんのは道理に合わねぇだろ」
    「止めたかい……?」
    「察しろよ」
     面を見たらわかっただろうがとフロイドは見下ろして、ルークはこくこくと頷き再び謝った。
     擽ったいということは上半身は普通なんだろうかと実験的に始まって、脱いでくっついて、色々舐めたり、引っ張ったりして、ちょっと調子に乗ってしまった。お互いにだ。
    「はぁ〜……忘れよ。二度と耳いじんなよ擽ったいから」
    「キミに無理強いはしないさ」
    「昨日しちゃったじゃん」
    「忘れようという話では」
    「そうだった」
     欠伸をしながら薄暗いリビングの中を見回せば、昨日長々と照明係をしてくれていた奴は消えたのか、フロイドが適当なタイミングにライトアップされることもなかった。
    「夜行性なのあれ」
    「いいや? いつでも関係はないから、帰ってしまったかも」
    「ふぅん……あ、つーかオレの荷物!」
     部屋の内装をいじられたところはどうでも良いが、フロイドの鞄は返して貰わなければ。
     投げ散らかしたシャツを探していると、ルークが枕元からごそごそと取り出した。
    「まだ随分と早いよ」
    「んー……」
     三時過ぎ。外は日の出すらまだだった。喋ったので眠気は飛びつつある。着替えてベッドから降りると、じっと見上げてくる男が物言いたげにしていた。
    「起きたしうろうろしてくる」
    「荷物を探すなら私も……」
    「いらねーって」
     ベッドを降りようとしているのを押し込んで、とんとんと叩いてから部屋をあとにした。
     

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