試し読みサバナ寮※18日発行予定<サバナクロー>
「……板渡り、って。マジっスか」
両手を背後で括られたまま、ラギーは天を仰いだ。
足元は幅三十センチ程度の長い板。一メートル先は海の上。
視線の先ではボロボロの海賊旗がこれまた用を為さないだろう千切れた帆と共に揺れている。
部活が終わって帰り支度をしている最中。突然放り出された先は幽霊船の甲板だった。
フジツボや貝殻、ヒトデに小さなサンゴまでくっつけた巨大な船は元は海賊船だったのだろう。
舳先には朽ちたセイレーンの飾り。何故沈まないのか不思議になる足首程度まで水に浸かった船底。かつて誰かが暮らしていた跡も、戦利品だったものも、見る影もないガラクタに成り果てている。
そしてそこに巣食っていたのは、船と運命を共にしたのだろう海賊たちだった。
体中に張り付いた甲殻類や棘皮動物。欠けた部分の意味など理解したくない。
相手は死者だ。攻撃に意味など無かった。
駆け回り這いずり、或いはどこかしらに隠れたサバナクロー寮生たちは一人、また一人と見つかり捕らえられ、そして、お楽しみの時間が始まった。
一度に殺さないのはここが逃げ場のない海の上であり、それが海賊の流儀であるからだ。
「ラギー先輩!!!!!」
五人の海賊に取り押さえられながらもジャックが叫ぶ。彼は寮生の中で最も長く抵抗した一人だ。やはり筋肉は正義なのかもしれない。
ひょいと振り向いて見回したその先に、獅子の耳と尾を持つ寮長の姿はない。
(うん、まぁ、そーっスよね)
青ざめた寮生たちにニヤリと負け惜しみのような笑みを向け、ラギーはそのまま足元の板を強く蹴り海へと身を投げ出した。
浮遊感の数秒。そんなもの、マジフトをやっていれば嫌でも慣らされる。
そして、最初に落とされるのが早々に抵抗を諦めたラギーであったならば気づくと、あの人は確信していた。
「ほい、っと」
一部だけ波のない静かな水面に着地して、ラギーは船に張り付くように作られた巨大な氷の足場を見渡した。
「すごいっスね、このサイズでこれだけの透明度の氷を、しかも波がある海でとか」
話す間にも詠唱も無く風の刃がラギーを縛める縄を断ち切る。
「寮長は伊達じゃない、ってことっスか。レオナさん」
「黙れ」
船は通常甲板に近いほどに面積が広く、水の抵抗を少なくするため船底の中央にある竜骨に向かうほど先端は鋭角に、そして幅は狭くなる。
水の上に居る手段が確保できればそこは巨大な死角だ。
小舟などでは巨大な船の進行に巻き込まれて沈みかねないが、コバンザメのように足場を作成すればそのまま気付かれずに隠れ潜むことはできる。
しかし、全員分受け止められるだろう足場を、この透明度で作り上げるというのは並大抵の技量ではない。サバナクローでもレオナくらいしかできないだろう。
魔力桁違いの妖精族でありチートキャラな竜族ならば片手間にやりかねないがそこのところ口にしたら寮長の機嫌が最下降するのはわかっているので、ラギーは静かに口を噤んだ。
いつまで経っても水音がしないことに甲板上は違和感を覚えているはずだ。
波音に混ざるざわめきを聴きながら、そういえば海賊は迷信深いと誰かが言っていたのをレオナは思い出す。海に呑まれる前にラギーが消えたとでも思っているのかもしれない。
(さて、これからどうする)
マジフト部でも司令塔であり様々な嵌め手搦め手まで駆使して臨機応変に打開策を導き出す彼でも、不死の存在を倒す必要など初めてのことだ。
ゴーストなど日常に居るどころか一部は教師でもあるこの学園で、今更不死だろうと怖いと思うことは欠片もないが。ただ面倒だとは思う。
問題はダメージが意味をなさないという点であり、こちらへの疲弊にしかならないという事実だった。
改めて周囲を見回せばそこは色を失った空と濃い灰色に濁る海しかない。ここが最近流行ともなり始めた異界案件ならば、脱出はかなり難しいのだろう。
冷静に考えれば何度も巻き込まれて無事に帰ってきている某四人がおかしいだけである。
『キングスカラーはこの程度の異変からも帰れないのか?』と嫌味でも何でもなくきょとんとした顔のドラゴンが脳裏を過ぎり、レオナの口元が少し引き攣った。
言いそう、というだけであって実際言われてはいないが。
(一人ずつ死角から襲って海に落としゃ何とかなるか。這い上がるのを上から狙い撃ちすれば時間は稼げる)
攻撃には防御の三倍労力がかかる。それはマジフトも戦も同じことだ。
敵が倒せないというのならば防御に徹する。安全を確保したら他の打開策にも頭が回せるだろう。
本当に脱出できるのか、という冷徹な頭の奥底に残る疑問にはきっちり蓋をして。
まだ船の中にいる可能性もあるから敵の数は未知数。もう数人落とされたら彼らとも合流して四方から一斉に襲い掛かり、海賊をパニックに陥らせる。
ちらりと横目でラギーを窺えば、同じ部活でありレオナの戦略の方向性を良く知っている彼はシシシッと声は出さずに笑った。
「…………」
「………………」
「「……………………?」」
おかしい。誰も上から落ちてこない。そのまま殺されたのかと一瞬身が冷えたが、その状況で悲鳴が上がらないのもまた不可解だ。
ラギーが消えたことで予想以上の混乱が起きているのだろうか。今攻め込んだ方が有利になるかもしれない。
「レオナさん、オレちょっと昇って様子を」
凍った水面から甲板を見上げたラギーがそのまま固まる。
視線を辿って顔を上げたレオナは、綺麗な弧を描いて落下する影に気付いて大きく目を見開いた。
落下、というよりも吹き飛ばされたが正しいといえるような勢いで遠くに水しぶきが上がる。理解を諦めてしまった脳に遅れて叫び声が届いた。
獣人の視覚は、それが海賊の一人であることを認識していた。
「………ジャックか?」
他にサバナクロー寮生で、あの距離まで大の男を吹き飛ばせそうな心当たりなどレオナには無い。幾ら人間よりも体が頑強な獣人と言えど限度は流石にあるのだ。
「あー。『ラギー先輩の仇』とか思ってそうっスよね…」
そんなことを喋っている間にも、遠くで更に二つ水しぶきが上がる。甲板上では乱戦となっている可能性が高い。
「行くぞラギー!」
「はいっス!」
レオナがマジカルペンを向ければ船の右舷に氷が幾つか階段状に張り付く。獣人、それも身のこなしの軽いネコ科であればこの程度の足場よじ登るのは容易だ。
とん、と軽く氷の足場を踏んで船べりまで駆け上り、レオナとラギーは気配を消しつつ騒ぎとなっている甲板を窺う。
「は?」
「え」
思いっきりのフルスイングと共に、二人の頭上を再度海賊が飛んで行った。その向こうではジャックが力任せにもう一人の海賊を持ちあげ海に放り込んでいる。
「ジャック、大丈夫か?」
「おう! ラギー先輩の仇だ…っ!!」
怒りに満ちた二対の視線が戦意喪失気味の海賊どもを睨む。
確か、彼らは陸上部のはずなのだが。
「助かったぜ、デュース」
間に合わなかった人への悔しさを滲ませながらもジャックは素直に礼を言う。
彼の逞しい背を守るのは、同じ部活の同学年の友だった。
しかし、宇宙猫っぽい表情のその他寮生たち、そしてレオナとラギーの視線はデュースの持っている武器に一心に注がれている。
それは、高校生活でも今後の人生でもあまり見ることなどないだろう、釘を無作為に打ち込まれたバットだった。
「……何で、釘バットなんだ」
「………攻撃力の、強さっスかね…」
実際に使うところなど見たのは治安の悪いスラムで生まれ育ったラギーをして初めてである。あれが普通なのだとしたら薔薇の王国怖い。
「おらぁっっ!!!」
ぱこーん、ととてもいい音と共にデュースに飛び掛かろうとした海賊が宙を舞う。
あの音でスイングできるのなら野球部に入った方が良いと思う。
「はぁぁあああーーー!!!!」
そして背に覆いかぶさり止めようとする海賊をジャックが回し蹴りで海へと落とす。
ヴィルが見ていたら映画研究会のアクション担当としてスカウトしそうな見事な動きだった。
暴れ回る二人に海賊たちが釘付けになっている内に、レオナはラギーを伴い囚われている寮生たちの縄を切っていく。
後輩二人の獅子奮迅の戦いとその手慣れっぷりについてはもうツッコミは入れないこととした。
「ら、ラギー先輩!?」
「キングスカラー先輩も! 無事だったんですね!」
両手の指を超える数の海賊たちを海に放り込んでおきながら息も乱さない一年生二人が同時にレオナたちを見付け、驚きの表情が喜びに変わる。
「ジャック君心配し過ぎっスよ。下にレオナさんが氷の足場張ってたんでそこから逆転仕掛けるとこだったんスから」
「そ、そうだったんですか…」
「まぁ物理で倒せるとは一切思ってなかったっスけどもね…」
「殴れれば倒せます!!!!!!」
多分この学園で最も怪異を知り尽くしたと言っても過言ではないデュースが自信満々に言い切った。
普通は無理だと言いたいところなのだが、サバナクロー寮でもジャックが物理で倒している。彼は確か悪霊系特化チート能力は持っていなかったはずだ。
ただ、一部地域では狼を神に近い獣として崇めることもあるらしいから霊的なものに対する抵抗値は高いのかもしれない。
「ま、こっちとすりゃ誰が倒そうと構わねぇがな」
くぁ、と欠伸を一つ。形勢逆転された海賊たちは勝てる見込みのないデュースやジャックよりもラギーとレオナへと標的を変える。
「…甘いんだよ」
しかし、寮長の名は伊達ではない。
飛び掛かってきた不死の海賊をひょいと風魔法で持ち上げ、勢いを殺さぬまま海へと叩きこむ。対抗策さえ見つかってしまえば、不死の上に胡坐を掻いて有象無象の集団と成り果てた海賊どもよりも魔法士の集団であるサバナクロー寮生の方が上だ。
「お前ら、思う存分やれ!」
どちらが海賊なのかわからない勝鬨を寮生たちが一斉に上げる。一般的に肉食系の獣人よりも弱いとされる草食系獣人すら、足元をその身体能力で駆け回って敵を翻弄し、千切れたマストのロープへと飛び回る。
縄にぶら下がったまま海賊の背を蹴飛ばして、海へと続く悲鳴を見下ろしながら寮の中で一番小柄な兎の獣人が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ジャック、ラギー。お前らは這い上がってくる奴らの処理だ。二年は船倉の探索、一人も逃すな」
既に甲板の上に居る海賊は数えるだけになっている。またいい音で一人かっ飛ばし、デュースはそういえば何か伝言があったような、と難しい顔をした。
「あっ、そうだ! キングスカラー先輩!」
「あ?」
ポケットを探り、デュースは折りたたまれた羊皮紙をレオナの前に出す。
「これっ、悪霊に対する結界の護符です! シュラウド先輩から預かってきました! 二枚あります!!」
全員叩き落した後でマストにでも張ればこの船に霊的なものは入ってこられないということか。イデア、マレウス、シルバー、デュースの四人がそういったものへの対抗手段を身に着けているという噂はレオナも聞いている。
「それと、鏡舎から外に出られません。僕たちが元凶を見付けますので安全を確保して待機してください!」
「わかった。お前はそろそろ別の寮に行け。ここは俺らだけで十分だ」
サバナクローだけがこういった異変に巻き込まれたとは思っていない。部活で一緒に居たはずの他の寮の者たちが居ないということは、各寮がそれぞれ異界と化し、寮生たちは各々が所属する場所に飛ばされたと思うのが正解だろう。
「はい! 御武運を!!」
時代劇めいた言い回しはあの湿っぽい寮の銀色の騎士譲りのものか。
ふ、とわずかに笑み、レオナはふとデュースを呼び止める。
「それ貸せ」
ポケットから銀貨を一枚取り出すと、彼はデュースの持つバットを取り上げる。
ふわりと浮いたそれの周囲を魔法の焔が取り巻き、溶けた銀が薄くその上に膜を引いた。
聖別したものではないが、銀そのものは魔除けにも使う。多少の強化にはなるだろう。
「あざっす!!!!」
腰を九十度に曲げて礼を言い、デュースは船長室のドアへ手を掛ける。
その中、本来ならば舵輪のあるべき場所に見慣れた鏡が鎮座していた。
25番目のサバナモブ
お、緊急連絡場所できてんじゃん
26番目のハーツモブ
あ、サバナも来た
そっちも無事か?
27番目のサバナモブ
一回全滅しかけたけどもな
不死の海賊相手に全員捕まって処刑されかけた
28番目のイグニモブ
何それ怖すぎか
拙者イグニ所属で良かった…
29番目のサバナモブ
一人ずつ板渡されて海に放り込まれるところで、乱入して来たバスターズ最年少とブチギレたうちの一年の一人が海賊ども海に落とし始めてな…
まぁ、寮長が海面に氷で足場作ってたから落ちても安全だったらしいけど
30番目のイグニモブ
待って待って待って情報多い
サバナ何でそんな荒事慣れてんの…
31番目のハーツモブ
うちの♤毎度のことだけども何してんだ
32番目のサバナモブ
凄かったぞ。
釘バットでホームラン級の当たりかっ飛ばしてた。
33番目のイグニモブ
そんなんゲームでしか見たことないわ
大乱闘ス〇ブラかよ…
34番目のハーツモブ
そだ。サバナにも言っておくけども
そっち安全確保できたら異界の中捜索して
もしかすると異界にする呪いの品とか核みたいなのあるかもって
35番目のサバナモブ
おう、寮長に伝えてくる