月が昇り始めた夜半、蓮花塢の厨に男ふたりが忙しなく動いている。正確には一人が動き回り、もう一人がその男について回っているだけではあるが。
「魔法のようだ」
ついて回っている方の男がぽつりと呟く。藍曦臣は、意気揚々と料理の手伝いを申し出て、つい先ほど蓮花塢の主人にあなたは手を出すな!と免職を申しつけられたばかりだった。まな板の上で大ぶりの鯇魚(タンユイ)の頭を落としながら、江澄が片眉を上げてにやりと笑った。魚の下処理を終えてさっと油にくぐらせると、何やらみじん切りにした野菜と水に溶いた片栗粉を追加して、小鍋の蓋を閉じる。同時並行で細長い麺を茹でながら、今度は水にさらした蓮根を取り出し、目にも止まらぬ速さで薄切りにしていく。厨でひときわ存在感を放つ大鍋に油をうすく引き、葱、生姜、辣椒、そのほか藍曦臣の知らぬ色とりどりの薬味が放り込まれると、ジュワッという音を立てて水蒸気がもくもくと上がった。江澄の体格のわりに細い首筋から、汗の粒が流れ落ちていく。なんとなく、目を離せなかった。江澄が思い出したように呟いて、我に返る。
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