この国の魔法使いは、一人前になると使い魔と契約を結ぶ。
生涯でたった一度。その生を終えるまで、互いに信頼し合える唯一無二の使い魔を。
藍忘機は将来有望な魔法使いだった。
強い魔力、深い知識、その美貌も相まって若い魔法使いたちの憧れだ。
そんな藍忘機にもただ一つだけ欠けているものがある。
一人前と呼ばれても差し障りのない実力を持っているのに、いまだ使い魔と契約できずにいたのだ。
藍忘機は気難しく、かつ対話が苦手だった。
使い魔候補たちはそんな彼のことが理解できず、一生を捧げるのはごめんだと言った。
彼はそれでもいいと思っていた。無理に一緒にいて相手に不快な思いをさせるのもするのも嫌だった。
それでも使い魔探しをやめなかったのは、兄が羨ましかったからかもしれない。
兄とその使い魔はとても仲睦まじく、幸せそうに見えた。
自分もそんな存在と出会うことが出来たなら。
その日、兄とその使い魔が出会った森へとやってきた。
木漏れ日がきらめく森の中、兄に教えられた森深くの泉を目指す。
泉には妖精たちがよくやってくるそうだ。
たどり着いた泉には、沢山の蓮が咲き誇っていた。
淡く輝く桃色の花弁。森に薄く立ち込める靄、木々の合間から降り注ぐ陽光。
その光景はとても幻想的で美しい。
「ふふ。綺麗だろう。俺たち雲夢の妖精の自慢の蓮たちだ。」
魅入っていた藍忘機に、声をかける者がいた。
藍忘機は余韻をそのままに、声の主を仰ぎ見る。
そこには光のカーテンを背に、美しい薄桃の羽を震わせる一人の妖精がいた。
鱗粉がキラキラと輝き、彼の周りを覆うように舞う。
その表情は朗らかで、口元は悪戯気に笑み、瞳は好奇心に輝いている。
後ろで一部をまとめた髪は森の清廉な空気に揺蕩い、ふわふわと揺れる衣に柔らかそうな耳と羽。
美しく可愛らしい。
幻想的な泉の様子と相まって、それは天女のような、神々しさすら漂う姿だった。
「なんとか言えよ。他では見られない光景だぞ。綺麗だろ?」
妖精を見上げたままうんともすんとも言わない相手に、彼はこてんと小首を傾げそう問いかける。
「...ああ。とても美しい。」
藍忘機はその口元に微笑みを浮かべ、珍しく自ら問うた。
「私は藍忘機という。君は?」
藍忘機が手を差し出すと、何かハッとした様子の彼は頬を染めて一つ瞬いた。
「俺は妖精の魏無羨。よろしくな。美人ちゃん」
藍忘機の手に彼は小さな手を重ね、はにかみ微笑んだ。
やっと見つけた。私の使い魔。
その後、森の泉へ足繁く通う藍忘機の姿が、度々目撃されるのだった。