「さぁっっっむ!」
外に出て0.2秒で後悔した。
クリスマスイブにピザ屋の宅配バイトなんて、引き受けるもんじゃねぇ!!
* * *
とうに辞めたサークルの同期から、助けを求めるLINEが来たのは昨日のことだった。
『玉田、助けてくれ』
『久しぶりじゃん!どうした?大丈夫か?』
『今ピザ屋でバイトしてんだけど、インフルで熱出ちゃって……明日代わりに出てくんない?」
『明日って、イブじゃん!』
『そうだよ!しかも日曜だから穴あける訳にいかなくて、店長にも絶対代わり見つけてこいって言われてんだ』
『他に頼む奴いねぇの?』
『それが、おととい部の同期飲みやって、出た奴全員熱出してて……学部の友達は家遠かったり予定入ってたりでさぁ』
『マジか……』
『頼む!もう玉田しか頼れる奴いないんだよ!』
そう言われると断れない、自分の性格が恨めしい。悲しいことに予定はないし、せっかくのクリスマスに寝込んでいる相手がちょっと可哀想になってしまったし。最終的に時給が普段の5割増になるという条件にも惹かれて、引き受けてしまったのだった。
まあ店は歩ける距離だし、雪祈もデパートのバイトだから練習もないしいいか。
……と思っていたら、間の悪いことにその日の夜から東京には大寒波がやってきて、イブ当日はここ十年で一番と言われる寒さになった。
日が落ちるとさらに気温が下がって、出勤した時には外はまるで冷蔵庫の中みたいになっていた。
「玉田くん、悪いけどよろしく頼むね」
人の良さそうな店長が渡してきたのは、貼るタイプのカイロ2枚とペラッペラのサンタ服。ド⚪︎キあたりで調達したであろうそれは、1ミリも防寒の役に立ちそうにない。
「玉田くん元サッカー部なんでしょ?体力あるって聞いてるよ」
店長のニコニコ顔を見た瞬間に理解した。あの野郎、だから俺に頼んできたのかよ!心配して損した!
今更断ることもできず、自転車の鍵を渡され、後部の荷台にピザの箱を積み込み走りだす。途端に正面からキンキンに冷えた風が吹きつけてくる。
案の定サンタ服は少しも寒さを防いでくれないし、風が中に着た厚手のジャンパーさえも突き抜けてくる。
自転車を漕げばあったまるよ、なんて言ってたけど店長、これは無理っす。
手袋をしていても、すぐに指先の感覚がなくなっていく。剥き出しの耳と鼻が千切れそうだ。寒風の中ではカイロももはや用を成さない。
このクソ寒い中、配達が終わったたらまた店に戻ってピザを受け取って……何往復すれば終わるんだろう。
最悪だ。早く帰りたい。
この時点で既にそう思っていたけど、この後更なる不幸が待っていた。
「やば〜い、サンタさん来たんだけど(笑)」
ドアを開けるなり、若い女が甲高い声を上げる。チャラそうな男が、「うわマジじゃん(笑)」とか言いながら後ろから覗き込んでくる。どう見ても、クリスマスイブにお家デート♡を楽しんでいる真っ最中のカップルだ。
そう、今日は恋人たちの聖夜。ピザを注文するのなんて、大部分がカップルであろうことに気づくべきだった。
カップル。
カップル。
陽キャ集団。
カップル。
女子会。
ファミリー。
カップル。
カップル。
カップル。
配達先では誰もが安っぽい服を着て震えるサンタに憐れむような視線を向け、あるいは雑な笑いのネタにした。
それもまあまあ鬱陶しかったけど、何よりみんな笑顔で、楽しそうにしているのが却って辛かった。
クリスマスは大切な人と……なんてCMを思い出す。賑やかで温かい空間を離れて寒空に漕ぎ出すたび、虚しさが心を支配していった。
「くっそー、どいつもこいつも楽しそうにしやがって……」
思わず愚痴がこぼれる。
大学に入りたての頃は、俺だってクリスマスまでには彼女を作ってロマンティックな夜を……なんて考えてた時期もあった。
だけど現実は?毎日家に篭ってドラムの練習ばっかして、彼女と座るはずだったソファは専ら大の寝床にされている。今だって充実してはいるけれど、あまりにも思い描いた未来と違いすぎる。
世の中ってこんなカップルだらけなの?一人なのって俺だけ?あれ、てか、性の6時間ってクリスマスイブの夜だよな……てことはさっきのカップル達はこの後……うわああ、気づきたくなかった。流石に凹む。
「何やってんだべ……」
本格的に帰りたくなってきた。
通り沿いのコンビニの明かりが眩しい。あの中はあったかいんだろうなぁ。めちゃめちゃ頑張ったし、せめて一服してもバレないんじゃねぇ?もうサボろうかなぁ。
信号を待つ間にも、思考はぐるぐるとマイナスのループにハマっていく。
心が折れかけたとき、鈴の音のように高く、澄んだ声が響いた。
「あー!サンタさん!ママぁ、サンタさんがいるー!」
振り返ると、通りの反対側で小さな女の子が
こちらを指差している。あーちゃんと同じくらいに見えるから、3歳くらいだろうか?可愛らしいピンク色のダウンを着て、頭のてっぺんからつま先まで、モコモコに着膨れている。
隣にいる母親の手には小さなケーキの箱。これからパーティなのかな。
「ほら、サンタさんお仕事してるから、邪魔しないよ」
「サンタさーん、がんばってねぇー!」
女の子が叫ぶ。
サンタさんって、俺だよな?そうか、この歳だったらまだ、サンタさん信じてるか。ってことは、あの子は俺のことを本物のサンタの仲間だと思ってるんだ。
急に責任重大な気がしてきて、思わず背筋を伸ばす。いたいけな子供をがっかりさせる訳にはいかない。
寒さで固まった頬を無理やり引き上げ、親指を立ててみせると、女の子が嬉しそうに母親を見上げる。母親は小さく頭を下げて、小さな手を引いて歩き出した。
女の子は何度も振り返っては、手を振り続ける。こちらも大きく手を振って応えた。
ちょうど信号が変わって、自転車を漕ぎ出す。
あんがとな、と心の中で呟く。一瞬腐りかけたけど、おかげで持ち直せた。
彼女がくれた「頑張って」の言葉は、冷え切った心の中に小さな明かりを灯してくれた。
どんなに気分が最低だろうと、この服を着てるからには、俺は今サンタなんだ。せめてあの子に恥じないないように、今日はやり切ろう。
「俺が、やんだよ……!」
店に向かって、またペダルを強く踏み込んだ。
* * *
「玉田くん、ピーク超えたしもう上がっていいよ。ありがとね」
本日13組めのカップルにピザを届けて店に戻ると、店長に声を掛けられた。
「うっす、お疲れ様した」
「いやー、本当助かったよ。これ、今日のバイト代と、頑張ってくれたから僕からのお礼ね。友達と食べて」
封筒と一緒に渡されたのは、Lサイズのピザ一枚とポテト一箱、それからコーラの缶が3本。
「マジすか、ありがとうございます……!」
一気にテンションが上がる。頑張ってよかった。
店を出るとすぐに、雪祈に電話を掛けた。
イブは女の子とデート……と思いきや、あえて当日は避けているらしい。本命だと思われたら困るだろ、なんてムカつくことを言っていたから、今夜は空いているだろう。
「あ、雪祈。バイト終わった?ピザ貰ったからさ、俺んちでパーティしようぜ」
酒買ってきて、と伝えて電話を切る。いきなりどうした、とかぶつぶつ言ってたけど、集まるのは嫌いじゃないみたいだから来るはずだ。
続けて大の携帯を鳴らす。珍しくすぐに出た。
「まだ練習してんのかよ、大!クリスマスパーティやるぞ!早く帰ってこい!」
ピザが冷めないうちに帰りたくて、歩くテンポを上げる。
男だらけなのは残念だけど、このメンバーで集まれるのもきっと今のうちだけだから。
こんなクリスマスも悪くない。
おわり🎄