I wish 両親、というか主に母親からの尋問は数時間に及び、あとは二人で話すから、と両親は寝室に移動していった。ようやく解放され、よろよろとリビングのコタツに潜り込む。
悪い事に巻き込まれてる訳じゃないのは信じてもらえたけど、こってり絞られた上に大学は絶対に卒業すること、ちゃんと就職すること、おまけに留年した分の学費を返すことまで約束してやっと許してもらえた。
留年したのは俺の勝手だから、言い訳も異論もない。むしろ親にどうやって説明しようか、というのがずっと気がかりだったから、今は後ろめたさから解放されてホッとした気持ちの方が大きいかもしれない。返す金のことを考えると、少し憂鬱ではあるけども。
大きく息を吐き、背中を丸めてコタツのぬくもりを堪能する。お前はいつも変わらない温かさで俺を受け入れてくれるよな。マジ愛してる。一生離さないぜ。
籠の蜜柑を取り、剥きはじめると、犬が目ざとく気づいて寄ってくる。食う?と鼻先に差し出してみたものの、すんすんと軽く匂いを嗅いだだけでどこかへ行ってしまった。期待外れだったらしい。
手の上の蜜柑をそのまま口に放り込むと、甘酸っぱい果汁が舌の上に広がり、緊張で乾いた喉を潤してくれる。コタツと蜜柑、往年の中澤と闘莉王にも負けない名コンビだ。
テレビを点けてみたら、この時期らしくバラエティの特番をやっていた。今年の出来事を振り返りつつ、来年のトレンドをいち早く紹介するという内容だ。
知らない若手芸人が、最近出来たというラーメン屋の食レポをしている。住所を見ると大学の近くだ。こんな店があるなんて知らなかったな。ろくに大学行ってないせいだけど。
そういや去年の今頃はまだ受験生だったんだよな。センター前の追い込みに必死で、テレビどころじゃなかったな。まるで遠い昔みたいだ。
あの頃の自分に、お前は無事に志望校に受かって上京するけどアパートに大が転がり込んできて、何やかんやでジャズドラムにのめり込んで留年する羽目になるぞ、と言っても絶対に信じないだろうな。
『いやー、今年はまさに激動の一年でしたね!』
ひな壇に座った芸人の大声に、心の中で同意する。本当に、何もかもが大きく変わった一年だった。
番組は注目のデートスポットの紹介に切り替わって、しっとりしたBGMと共に煌びやかなイルミネーションの映像が流れ始めた。
(あ、これ聞いたことある)
確か、前に雪祈に聴かされた曲だ。ビル・エヴァンスだっけ?ジャズがこんなにも世の中に溢れてるなんて、音楽を始める前は気付きもしなかった。
手足が無意識にドラムのリズムをなぞり、脳内でちょっと叩いてみる。以前の俺なら確実にデートスポットに食い付いてたのに、人って変わるんだな。
ふと、人間の血液は大体4ヶ月で全部入れ替わるって生物の先生が言ってたのを思い出した。もしそうだとしたら、春先にここを出た時の血は一滴も残ってないってことだ。変わるのも当然か。
今の俺の身体を流れてるのは、熱くて激しいジャズの血だ。
そろそろ終わりに近づいているらしく、出演者が来年の抱負を述べ始める。
『結婚したいです!いい男捕まえます!』
『絶対M-1獲ります!今年ラストイヤーなんで!』
思い思いに決意を口にする姿に、少しだけ胸が痛くなる。
来年はJASSにとっても勝負の年だ。「十代でソーブルーのステージに立つ」という目標のために残されている時間は多くはない。
そしてそれは、俺が音楽を続けられる時間もまた、刻々と少なくなってるってことだ。
今更になって、両親とした約束の意味が重くのしかかってくる。音楽をずっと続けるつもりはなかったけど、それでもいざ「終わり」が近くまで迫っていることを意識してしまうと、急に寂しいような、心細いような気持ちに襲われた。
俺にとっての次の一年は、どう始まって、どう終わるんだろう。
『それでは皆様、良いお年を!』
晴れやかな声にハッと顔を上げる。考え込んでいたら、番組が終わっていた。画面の中では司会の女子アナが笑顔で手を振っている。
……良いお年を、ってなんかいい言葉だな。毎年飽きるほど聞いてる言葉なのに、不思議と今日は心に響いた。この先何が起こるかなんて誰にも分からないけど、願うのは自由だ。
先のことを考えても仕方がない。俺に出来ることを精一杯やろう。今はただ、もっともっと熱く血を滾らせて、前に進むこと、上手くなることだけを考えていたい。
そして、どんな結末になっても、いつか笑って振り返れるような時間にしよう。
良い一年になるといい。
おわり🍊