sealing wax(Q53)初めて「彼」についての話を聞いたのは、大学二年生の春だった。
辺鄙すぎないとはいえそこまで煌びやかでもない自分の故郷を離れ、都会にある大学へと進学した僕もようやく二年生となり、大学生活にもそこそこに慣れてきた頃。──夕飯は何にしようか、近所のスーパーは火曜が卵の特売日だから、今日はカニ玉でも作ろうかな──なんて考えながら都心特有の小さく雑多なアパートへの帰路をシュミレーションしつつファイルをカバンへ仕舞っていると、いつも世話になっている教授から直々に「碇くん」と声をかけられた。
「はい、なんでしょうか」
一体何の用だろう。まさか今日提出のレポートに不備でもあったかな...と少し心配にはなったが、老教授の温和な雰囲気がそのままなのを確認すると、僕は安堵して再び柔らかく笑う。
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