花のそよぐ日 薄桃色の花雨が、嵐山の前を歩いていた迅へと降り注いだ。桜並木が大きく揺れて、空も地面も巻き上げるような強い風と共に視界が遮られる。溺れるような花の中でも、彼の着る鮮やかな青色はよく見えた。
「はあ。すごい風だったな」
「迅、すごかったぞ。花びらに包まれてるみたいだった」
「ほんと、息したら花びら吸い込むかと思ったよ。見て」
迅が嵐山の目の前で閉じ込めるように合わせていた両手を開くと、手の中からいくつもの花びらがこぼれおちて風に乗った。
長くとどまっていた冬の気配はようやく去り、暖かな春がやってきた。嵐山が迅の微笑ましい行動に笑っても、もう息は白くならない。
「なんだか動いてるなとは思っていたけど、花びらを捕まえてたのか」
「あれだけ降ってたら試したくなるだろ? ちなみにけっこう難しい」
「次は俺もやってみる。それはそうと頭、花びらだらけだぞ?」
「あれ。さっき払ったのに」
色素の薄い茶髪には髪留めのようにいくつも花びらが乗っていた。迅はもう一度髪を払うがそれでもなかなか落ちていかない。嵐山が軽く迅の髪を払って、ようやく花びらはどこかへと飛んでいく。
「とれたぞ。迅は花に好かれてるな」
「十九の男に対してファンシーすぎない?」
「似合ってるしいいと思うぞ? それに、もう十九じゃないだろ。迅、誕生日おめでとう!」
嵐山の言葉に、迅が照れくさそうに口を緩める。
「嬉しいけどさ、今日祝ってくれるの何回目か覚えてる?」
「数えてないけど、三回ぐらいじゃないか?」
「うそ、五回は言ってる。最初は日付変わったときだろ。朝起きたときに、プレゼントくれたとき。さっきそこの出店のたこ焼き買ってくれたときに、今」
そう言われると、そんな気もする。嵐山が思い出すように視線を動かすと、迅は声を出して笑った。
「覚えてなさそうだなって思ってた。祝われすぎると嬉しい通り越して照れてくるんだって初めて知ったよ」
「前に忙しくて会えない日あっただろ。こうしてゆっくり祝えると思うと、いくらでも言いたくなってしまって」
「おまえなら五年後も十年後も同じ感じで祝ってくれそうだなあ」
「もちろんそのつもりだ。十年でも二十年でも、おめでとうって言うぞ。覚悟しておいてくれ!」
「覚悟って、誕生日にすることか?」
嵐山の力強い言葉に迅は顔をほころばせた。
「……あ、ほら嵐山。そろそろ来るよ」
迅の言葉から数秒後、ふたたび風が吹き抜けて、嵐山に花びらが降り注ぐ。辺りが薄桃色に隠れて、急いで手を伸ばす。手で包む形を作っても花びらはひらりと手を撫でてどこかへと飛んでいく。迅の言うとおり、思ったよりも難しい。
視界をよぎる花の影をめがけて嵐山は手を閉じた。
「取れた?」
「たぶんな」
嵐山の手の中をふたりしてのぞきこむ。
「あれ、めずらしい。鳥がつついたのかな」
花びらが小さく揺れている。嵐山の手の中には、きれいな形をした桜が咲くようにひとつ乗っていた。
「きれいだな。どこかに落としてしまうのもったいないな」
「じゃ、ここだ」
そういって迅は桜をつまんで嵐山の髪へと乗せた。突然のことに驚いた嵐山は、いたずらが成功したように楽しげな迅と目があった。
「ほら、おまえもよく似合ってるよ。かわいい」
その笑顔がまぶしくて、嵐山は目を細めた。
この一瞬があまりにもしあわせに満ちていて、頬があたたかくなる。この表情を見ていると、何度だっておめでとうとお祝いしたくなってしまうのだ。
穏やかな風が花を揺らす。自然と手を繋いで、迅と嵐山は春の風に乗るように歩き出した。