媚薬を飲み干さないと出られない部屋2 こぽ、こぽ、と気泡が淡いピンク色の液体の中を踊り、昇ってゆく。隣で豪快に飲む茨の姿に圧倒されてしまい、おもわず凪砂の手が止まる。
いや、こんな事で止まってなんかいられない。今、手に握られているのは三本目。茨は既に二十本の内の半分をボトルに全て注いでしまっているので、机の上にある小瓶は全て凪砂が飲み干さなければならない分だ。茨はいつだって凪砂に優しく、気遣いを忘れない。無理をしないようにと声を掛けてくれたが、それはお互い様なのに……そんな思考を挟んでる間にも刻一刻と時間は過ぎ、茨のボトルの中身も減ってゆく。
慌てて三本目を飲み干し、四本目のアルミキャップを開けた。
***
「ぷ、は。甘ッッッッッッたるい! やー、これはカロリー考えたくないですねぇー!」
ボトルを空にして、半分を飲み干した茨はそのまま机の上に残る中身の入った小瓶を手に取る。
「ちょ、茨……ッ!」
「もう、一本や二本多かろうが少なかろうが大して変わりませんよ。これが最後みたいですし、さっさと飲み干してこんな部屋からおさらばしましょう」
ぐい、と勢いをつけ互いに手に取った一本を飲み干せば、ガチャリとわざとらしい解錠の音と同時に、扉が勝手に開いた。扉の外に見える景色は、茨も凪砂も見覚えがある。
「……あれは、マンション、かな?」
「みたいですねぇ。まあ、星奏館とかに帰されるより全然マシかと」
椅子から立ち上がると、凪砂の身体がゆらりと揺れ机に手をつく。
「閣下!?」
「……ちょっと、ふわふわする、かも」
「お手を貸しましょうか?」
「……ん、大丈夫。ふらついてしまったのは、立ち上がった瞬間だったからか、かも」
口ではそう言いながらも、凪砂の額にはじっとりと汗が浮かび、呼吸が浅い。身体が無意識にそうさせているのだから、指摘は逆に自覚させてしまう可能性もある。茨は出そうになる言葉をぐっと呑み込んだ。
「……茨は、大丈夫?」
「自分ですか?生憎、薬が効きにくい体質なので、今のところ不調はありません」
「……そう。我慢、は、していない?」
「えぇ。お気遣い、ありがとうございます」
若干ふらつく足取りの凪砂を横目で見ながら、茨は隣に並んで歩く。凪砂の足取りはかなりゆっくりだが、目の前に見えている扉は開いたままで閉まる気配は無い。なんとか扉に辿り着き、二人揃って見慣れたマンションの一室の部屋に出る。星奏館でもなく、事務所でもなく、超プライベートな時に使うためだけに茨が買ったマンションの一室だ。
「……知った場所に出ると、安心するね」
「えぇ、そうです、ね……っ!」
今しがた出てきた部屋の様子を確認しようと振り向けば、そこにはマンションの壁があるだけで、そこにあったはずの部屋も、扉も、綺麗さっぱり消えて無くなっていた。最初から不思議な事が続くなと思っていたが、いよいよ自分も疲れてきたのかと頭を抱えたい気持ちもあるが、兎にも角にも凪砂の体調の方が心配だ、と茨の思考はあっという間に切り替わる。
「とりあえず閣下、ベッドまではもう少しなので頑張って下さい。もし、立ち上がるのが辛いのなら、肩をお貸ししますが」
「……ん、ありがとう。でも、いばら……私、大丈夫、だから」
「『大丈夫』って自分で言う人は一番信用できませんので、失礼します」
「ぁ、ちょ……っ、と」
想像していた通り、凪砂の体温は普段よりも高くなっていて、少し汗ばんでいるくらいだった。やばい、気付いた事によってこっちも意識してしまう……。茨は頭を振り、可能な限り冷静に努め、凪砂をベッドまで運んだ。
ベッドに横になり身体を落ち着かせた凪砂は、緩慢な動きで洋服のボタンを外し始める。何の断りもなく、突然の行動だったため、茨はぎょっとして慌てて視線を逸らす。
「……あ、つ」
「閣下、自分、水取ってきます」
どんな理由でも良かった。とにかくその場を離れたくて仕方なかった。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、やけにひんやりと冷たくて気持ちいい……と思った所で、茨は自分も少なからず体温が上がっている事に気付く。額を撫でれば、じっとりと滲んだ汗がつく。時間差があるとはいえ、こんなに症状がはっきりと現れるのなら、相当強烈な媚薬なんだと容易に想像できた。