媚薬を飲み干さないと出られない部屋「「媚薬を飲み干さないと出られない部屋??????」」
二人は扉の上に掛けられた部屋の名前と思しき言葉を、一言一句間違えることなく、ライブの時に歌声を重ねるように一人分の声で読み上げた。
「えっ、セックスしないと出られない部屋ではなく?」
「……どういう部屋なの、それ」
「あぁ、いえ、閣下はお気になさらず。なにやらそういうイタズラめいた部屋がある、という都市伝説みたいなものです」
茨と凪砂は己の置かれている状況を把握しようと、今居る部屋の様子を観察する。
真っ白で殺風景な部屋。壁に窓は無く、一つだけ出口と思われる扉がある。簡易的なベッドが部屋の隅にあり、中央には机が一つと、椅子二脚。
それと、机の上に置かれた茶色い小瓶、計二十本。大きさは市販の栄養ドリンク剤と同じぐらいだが、ラベルは無い。開封された跡も無いため、完全に謎の液体としか言い様が無かった。
茨は机の上にある小瓶の一本を手に取り、その瓶の下敷きになっていた小さなカードを取る。
カードの裏に何かメッセージが書いてあったのか、カードを眺める時間が長くなればなるほど茨の眉間の皺は深くなり、最後にふーっと長いため息をつき、読み終えたカードを凪砂に手渡した。
内容は要約すると『卓上にある媚薬二十本を飲み干せばこの部屋から出られる。どのように分けて飲んでも構わない。制限時間は無く、達成出来れば自室に戻ることが出来る』という事らしい。
「……茨、これって」
「冗談かと思いましたが、先程部屋の壁の一部を確認しました。壁の向こう側にある筈の空間は……感知できませんでした」
「……私たちは、オカルトめいた現象の中に居る、ということ?」
「非現実的かと思いますが、置かれた状況が状況です。受け入れるしかないでしょう」
やれやれ、とわざとらしく声をあげながら茨は椅子に腰を下ろし、机の上に並ぶ小瓶を観察する。
「……飲んでみる?」
「正直、気が進みませんがこのままここに居ても進展が無いのであれば、飲むしかないでしょうね……」
パキパキとアルミキャップが開かれる小気味よい音が、静かな部屋の中に響く。臭いを嗅ぎ、指先を浸け少量を舐め取る。人体に害を与えるような特徴は無く、かつ即効性の毒物……という感じでも無い。ただ、問題は、めちゃくちゃに甘い。
指先に少し付いたのを舐めただけなのに、ガムシロップを直接流し込まれたような、角砂糖を口の中いっぱいに詰め込まれたような、とにかく甘すぎる。甘さに顔をしかめていると、その様子を見守っていた凪砂が心配そうに声を掛けてくる。
「……茨、気分悪い?大丈夫?」
「えぇ、問題ありません……。ただ、非常に、味に癖がありまして」
「……味に」
「滅茶苦茶に甘いです。ゲロ吐きそうなくらい」
「……まぁ、とりあえず飲んでみるね」
凪砂はそう言って茨の手に握られていた小瓶を取り、口を付ける。あ!と茨が叫ぶ頃には、小瓶の中身はほとんど飲み干されてしまっていた。
「……チョコとはまた、違った甘さだね」
「当たり前でしょう! というか、何を勝手に飲……! 体に害が、あったら、ど、どう! 」
自分だけが取り乱していることに気付いた茨は、一度深呼吸をして、己を落ち着かせる。凪砂は未だ経験したことのない甘さに顔をしかめ、机の上に並ぶ残りの小瓶を見ていた。あと十九本……。
「…………とりあえず、このような常識が通用しない空間であれば、欲しいと望んだものは荒唐無稽なものでない限り手に入ると思いますので、とりあえずボトルなりジョッキなり、大きめの容器があるの助かるのですが……はい! 出ましたね!」
それは突然、茨の目の前に現れた。空のペットボトル。サイズはおよそ1.5リットル。ボトルの口にはキャップが無く、ご丁寧に漏斗が刺さっている。
二本目を飲もうと小瓶に口を付ける凪砂をよそに、茨は軽快にアルミキャップを開け、瓶の中身をひっくり返しボトルに注いでゆく。
「……豪快だね、茨」
「まぁ、そんなクソ甘ったるいのを小分けで飲むなんて気が狂いそうなので、それこそ一気に飲んでしまった方が楽ってもんですよ」
むせ返るような甘い匂いが漂ってくるが、それも気にとめず茨はどんどん小瓶の中身を開ける続ける。
「ふむ。こんなもんですかねぇ」
たぷん、と淡いピンク色の液体がボトルの中で揺れる。
「閣下、ご無理はなさらぬように。残ったら、自分が処理致しますので」
そう言って茨は腰に手を当て、ぐい、とボトルの中身を飲み始めた。