ミ~ンミンミンミン‥
暦の上ではとうに立秋を過ぎてはいるものの、日本の気候は未だ猛暑の空気が漂っている。それは今、オーサム・ワンとシュンのSPトリオが滞在しているこの地でも変わらなかった。
ここは都心にある小さな墓地。シュンの亡き母、シオリが眠りし地でもある。カザミ一族所有の墓もある事にはあるのだが、周囲の反対を押し切ってイチローと結婚した彼女の事を今なおも快く思わない者もいるためか、最終的には彼が私財を使ってここに建てたのだった。う~ん、金持ちの家系ってつくづく面倒くさい。
シュンも数年前に自分がロスヴォルモスに赴くまでは日々、社長業で多忙を極める父に代わり、お盆と命日の度にトシと一緒に墓参りによく来ていたのだが、父も父でこっそりと花束だけは添えていくようで、二人がここに来た時には既に花束が添えられていた事が何度かあったものの、愛する妻を亡くしたトラウマを掘り起こすようでそれ以上は言及できなかったのだ。
で、今年はというと‥。
その一角にぽつんと佇んでいる簡素ながらも王道に沿った作りの墓を囲むようにダンとドラゴ、ウィントンとファルクロンがスポンジや歯ブラシ、シャワーヘッド付きのホースを手に何かに興じている。
その付近ではリアとシュンが竹箒で周囲のゴミを集め、アジットが小さい鎌で周辺の草を取り除いている。ライトニングもそのか弱い両足を駆使して地面をほぐし、草を取りやすくしている最中だ。
「ちょ!?ウィントン!もう少し上!そうそう、そこで小さめのシャワーな」
「そんな事言って~、ほんとは単に自分が涼みたいだけじゃないの~?」
「いや、俺は純粋にシュンの母さんの墓を綺麗にしたいだけだって。そうだろ、ドラゴ」
「ダンの言う通りだ。親友の故人を敬うのも人間ならではの行いだからな。私も大いに興味がある」
人間サイズの歯ブラシを抱えながらドラゴもダンの言い分に大いに頷く。パートナーの性なのか、彼の勤勉な行いに感心しているのか。まあ、多分前者だろうけど。
「だったら口より先に手を動かしてよね!私だって洗う方をやりたかったのに二人が泣いて頼むからわざわざその役を譲ってあげたんだからその分きっかり働きなさいよ!」
「そうです。リア様の言う通りですよ」
はす向かいで竹箒で掃き掃除をしているリアとケーコが水遊びしているとしか思えない二人に一喝する。昔馴染み相手でもいけない事を敷かれるのは長年の友だからこそできる技でリアも例外ではなかった。
「俺は一切関係ないからな!」
とんだとばっちりを受けたと思ったのか、ファルクロンが両手の歯ブラシをぶんぶん振り回して抗議をするも、幸か不幸か周囲には気づかれていない。
「まあまあ二人とも。ダン達だってこの地で色々巡りたいのにも関わらず、こうやって手伝っているんだからそれ位にしておいた方が」
次いでシュンが苦笑を浮かべながら先の二人に恫喝されている二人に助け船を出す。
「やっぱシュンだけだよ~。俺の気持ちをわかってくれるのは~」
「もーシュンは相変わらず二人には甘いんだから~。でも、確かにこの猛暑でホースを持ったらつい水遊びをしたくなっちゃうわね。ごめんなさい‥そうだ!後でシャークターに頼んで何か涼しげな技でも‥ってそう言えばシャークターは?」
「さっきから姿を見せてないけど‥て他の四人もいないね」
ようやくここでフェネカ、フェラスカル、シャークター、ピンチタウラーがいない事に気付いた一同。その話題にお墓を水洗いしていたダンとウィントンの手も止まる。
「どうせそこら辺で涼んでるかオタカラガー!とか言ってトレジャーハンティングでもしてるんじゃね?」
「ピンチタウラーだけは涼しい所でぐーすか寝てるだろうけど」
「ピンチタウラーがどうかしたって?」
「あんあんっ(何々~?俺も混ぜて混ぜて~)!」
今、この場にいない四人の爆丸達の所在について好き勝手言っていると周囲の草むしりを終えたアジットとライトニングがこの場に加わった。
大量の草が詰まったゴミ袋はどこか重そうだけど、当の本人達は充実した表情を浮かべている。すっかり土まみれのライトニングの両前足もどこか誇らしげだ。
「ありがとうございますアジット様にライトニング様‥ピンチタウラー様もすっかりお疲れですね」
ケーコがアジットからゴミ袋を受け取りながら、炎天下での草むしりを成し遂げた一人と一匹に労いの言葉を向ける。
「その花冠はどうしたの?」
アジットの頭に置かれた花冠に最初に気づいたのはシュンだった。
花冠の中心ではピンチタウラーが一仕事を終えてすうすうと寝息を立てている。
「これはピンチタウラーが集めてくれた草花だけで作ってみたんだ。これも墓に添えようと思って」
「いいアイデアだね。ありがとう」
彼が作った花冠は元は雑草と共に捨てられるはずだった野花で急ごしらえで作られたものの、これだけでも故人を敬う気持ちが伝わってくる。
「ありがとうアジット、ピンチタウラー。こんな素敵なリースならシュンのママも喜ぶわね」
シュンに続く形でリアもアジットに感謝の言葉を述べ、目線を彼の頭上へと向ける。
いつもは超がつく程ののんびり屋だが、今日ばかりは皆と一緒にここまで働いて相当疲れたに違いない。リアに見守られながらもなおもまどろみ続けるピンチタウラーに彼女は労いの表情を浮かべた。
それにしてもピンチタウラーも出た事だし、もうそろそろ他の三人の爆丸の出番じゃ‥と読者も待ちくたびれているであろうその時‥。
「リアー、お宝ぎょうさん見つけてきたでー!」
「フェネカ!」
「フェラスカルやシャークターまで!」
突然、墓地の傍らから猛ダッシュで飛び出してきたのは件の三人の爆丸だった。
三人とも口や両手に持った何か戦利品らしき物をリア達に見せつけるようにこの場に置く。
「これは玉のようにピカピカなぶどうの玉にしわしわでくしゅくしゅだけど枕に向いているオレンジの実、それにそれに饅頭とか煎餅とかもせしめてきたでニャンス」
「俺は獣の様に四本の足が付いている野菜のデコイだ!この雄々しさ、シュンの奴にも見習って‥てどうした?皆険しい顔を浮かべて‥?」
フェネカはシャインマスカット、フェラスカルは鬼灯とお饅頭とお煎餅、シャークターはきゅうりとなすで作られた精霊馬。どう見ても近くの墓から拝借した物ばかりだった。
「今すぐ返しに来なさーいっ!!!」
弁解の言葉より前にケーコが怒号と共に竹箒を振り回しながら、ちょこまかと逃げる三人を追い回す。
その気迫には周囲の蝉達の泣き声をも一気に書き消すようだった。
(こんなに騒がしくなっちゃったけど、母さんは許してくれるよね‥?)
「これでよしっと」
「うわあ、見違える程にさっぱりしたね~」
「ダン様、ウィントン様、お疲れ様です」
長年の汚れを洗い流してさっぱりした墓の水分を拭き取り終えた二人をコーダとの買い出しから帰ってきたトシがペットボトルの麦茶で労う。
グビッグビッ‥
「あーうまいっ!もう一杯っ!」
「いや~働いた後の麦茶は五臓六腑に染み渡るね~」
一瞬で飲み干さんとばかりに豪快に麦茶を一気飲みするダンといかにも壮年男性っぽく飲レポするウィントン。
「皆さんの分も買ってきたのでよかったら‥」
トシが残りのメンバーに二人と同じペットボトルの麦茶を渡している横では一息付いているコーダの隣で水飲みを使って水を飲んでいるライトニングの背中の上で六人の爆丸がペットボトルの蓋を使ってちびちびと飲んでいる。
そしてしばしの水分補給を終え、作業再開。
先程、ダン、ウィントン、ドラゴ、ファルクロンによって丁寧に洗われ、見違える程に綺麗になったシオリの墓が皆の手で幾多の花々で彩られていく。
次いでトシが用意してくれた精霊馬やお供え物を墓前に供え、最後にアジットが作った花冠を墓石の上に置いた所でこれまでの和やかさから一転、厳粛なムードへと変わっていった。
ダン達はもちろん、いつもは何かにつけて騒がしいライトニングやドラゴを除く五人のGR組の爆丸もめずらしく墓前で喪に伏す準備を整えている。
「シオリ様、今年のお盆は三年振りにシュン様がここへ参られました。それもあちらでできたご学友達と共に。この方達は少し‥いや、結構騒がしいですが皆、シュン様にとってかけがえの無い存在です」
墓前で亡き家人に近況を報告しながらトシは一束の線香に火を点け、煙を燻らせ花束に火が当たらないように供えていく。
「よろしければあなた達もどうぞ」
と彼がダン達に火の付いた線香を一本ずつ渡していく。犬であるライトニングの分はコーダが代わりに供えておくけどね。
線香の先からは優しげなラベンダーの香りが煙から漂っている。
どうやら先程の彼のようにここに供えて欲しいという意思表示だろう。
最初にダンとドラゴ、次いでウィントンがもらったばかりの線香をそっとトシの線香の上に添えていく。
「俺たちもすっかりカザミ家の公認だな」
「そうだね。こうやってシュンの母さんの墓参りも手伝えたし」
二人の会話に無言で頷きながら、リアとフェネカも同様に線香を同じ所に添える。
(どうなるかと思っていたけどやっぱりみんなをここに連れてきてよかった‥)
リアに次いで線香を添えた後でシュンは久々の墓参りが無事に終わりそうな事に安堵しつつもまたしばらくは母の元へと赴けない寂しさをも感じていた。
「どうしたシュン。前にお前が言ってたじゃないか母さんの願いはここで叶うには足りなすぎると。それに今日はここにいる母さんにオーサム・ワンのみんなの事を紹介するためにここに来たんじゃないのか?」
不意にシュンが見せた寂しげな表情に気づいたシャークターが声をかける。
そうだった。久しぶりのお盆のお墓参りにオーサム・ワンの面々を呼んだのは僕のわがままからなんだ。
最初はロスヴォルモスに帰る前にトシ達が付いて来るとはいえ、一人でここに赴く予定だったが、ついさっきまでシュン達が滞在していた瑠璃ヶ崎海岸での経験を経て、墓前の母さんにもこの数年でオーサム・ワンと出会ってこんなにも成長した事を伝えるためにダン達も一緒に連れて来たのだが、アジットが最後の線香を添えている所を見ると無事にこなせそうだ。
「言っておくがシュン、これ位の我儘なら許容範囲だからな。母さんに俺達の事をどーんと売り込んで来い!」
「売り込んで来いって、これじゃ会社の営業だって」
少しとんちんかんなシャークターの励ましに背中を押され、シュンが再び墓前に足を運ぼうとしたその時、見知った二つの影が浮かび上がってきた。
「なんだ、お前達も来ていたのか」
「おお、これ全部シュン達がやったのか?すまなかったな。全部任せてしまって」
「父さん!マサト兄さんまで!」
遅れてこの場にやって来た父、イチローと従兄のマサトに最初に驚いたのはシュンだった。
けれど、ほんの数日前まで亡き母の事でまたしても長くギクシャクしていた空気はすっかり取り払われ、互いに再会の喜びを分かち合っている。
トシ達と一緒ながらも子供と犬と爆丸だけで墓の手入れまでこなしているのに感心しているイチローに対し、マサトは相変わらずの仏頂面だが、こう見えても内心では従弟が友達と上手くやっているのに安心しているのかもしれない。でなきゃこの場に花束持参で赴かないし、そもそも、仕事だとかで理由を付けて欠席している。
「か、勘違いするな!私はただ、社長として社長‥じゃなかった、叔父の付き添いで来ただけで別にお前のためだとか微塵に思ってないからな!」
「はいはい、そういう事にしておいてあげる。それにしても素敵な花束ね。ありがとうマサト」
受け取ったマサトの花束を手早く墓前に添えるリア。
その花束からは簡素な作りながらも彼なりの弔いの想いが伝わってくるようだ。
「だからそんなんじゃないぞ!そんなんじゃ‥」
隠しきれてないツンデレを見逃す優しさが込められたリアのツッコミにマサトはあわてて否定の言葉を述べてはいるものの、案外まんざらでもないようだ。
「ほんとお前の身内は面倒くさい奴らばかりだよ」
「ああ、こういう時位素直になればいいのに情けないぞ、いい大人が‥」
「たはは(そういう二人だって人の事言えないと思うよ)‥」
武闘派同志、シンパシーが合うのか、シュンの右肩の上でシャークターとファルクロンが好き放題に言っている。
「やっぱマサトってツンデレじゃね?」
「本人は気づいてないだろうけど」
「あんあんっ(ツンデレ?なにそれおいしいの~?)」
ファルクロンとシャークターに便乗して聞き耳を立てるだけだったダンとウィントンもマサトをからかい始める。
もうその辺にしておかないと‥。
「おい、お前ら!今のはよ~く聞こえていたぞ」
マサトイヤーは地獄耳。瞬時にダン達のからかいを察知し、じわじわと反撃の狼煙を上げていく。
「えー、俺達何も言ってないよな‥てファルクロン、シャークター汚いぞー!」
「相変わらずお前の友達は騒がしいな」
「そうだね、たはは‥」
端から見れば大人げない攻防に発展したマサトとダン達、そして、またしても我先にとトシの足元に隠れてやり過ごしたファルクロンとシャークターを苦笑混じりで見つめるシュンの横にイチローが立つ。
彼の両手には溝萩、鬼灯といったいお盆用の草花に加え、百合、桔梗、撫子、コスモスとマサトの花束に負けず劣らずに彩られた花束が。その大半はシオリが好きだった秋の花ばかり。
「シオリ、ずっとここに来られなくてすまなかった‥」
弔いの花束を他の供え物の邪魔にならないように置き、トシ同様に一束の線香をくゆらせる。
「なんか羨ましいな」
「そうね」
母の墓前で一緒に両手を合わせる父子の姿にリアとアジットが今はもう会いたくても会えない自身の父親の姿を投影する。
傍らではトシと共に拝礼を終えたコーダとケーコの足元で早くも厳粛な空気に飽きてきたライトニング、フェネカ、フェラスカル、ピンチタウラーがすうすうと寝息を立てている。ピンチタウラーに至っては未だに眠っているままなのだが。
ダンとウィントンはと言うと、先程の度が過ぎたからかいでマサトにこってり絞られたようだ。同様にファルクロンとシャークターも運悪く彼に見つかり、利き手で物理的に絞られている最中だ。
「墓参りは初めてだがこうやって家族の絆を改めて考える日でもあるのだな」
爆丸組の中で唯一、真面目にこなしていたドラゴがシュンの肩に乗る。
その言葉にシュンも改めて今日のこの日の意味を噛み締める。
思えばベントンからの指令で瑠璃ヶ崎海岸に爆丸とジオガンの調査で来ていたのが、母が生前に父に託した願いの顛末を知る事で自分が生まれた事で母を亡くす事になったシュンと父が長年抱えていた亡き母への贖罪とわだかまりが消えただけでなく、再び止まっていた父子の時間がまたも動き出した。
そこで出会った祠の守り神、アクオスピラビオンと彼女の使役ジオガン、クリオネールとの海中での激闘も自分が生まれた事で母が亡くなったシュンの悔恨を打ち破るための試練だったのかもしれない。
それを讃えるかのようにラベンダーの香りとともにどこからか吹いてきたそよ風が試練の代償である短く刈り取られた彼の髪を軽やかに揺らす。
この髪型はまるで母の面影がすっぽりと消えたようでまだ落ち着かないけど、今の暑い季節には丁度いい。
風に乗ってゆらゆら採進む線香の煙に促されるようにシュンの足が再び、母の墓前へと向かわせる。
「母さん、僕の友達を紹介するね。みんな少し騒がしい面々だけど、僕の大切な存在なんだ」
蝉時雨が響く中、シュンはようやく新たな願いを一つ、叶えたのであった。