しのぶサンタの誤算今宵はという響きが似合うクリスマス。しのぶは今世、伝説ともいわれたサンタクロースとして責務を全うしてる。と言っても年に一度しかないので、女子高生とサンタの二足の草鞋である。アルバイト?いや、無報酬だから。
「メリークリスマス」
すやすやと寝息を立てる子供達に囁きながら枕元にピンクやブルーで彩られたプレゼントを置いていく。どうやら今日はここでお泊まり会みたいだ。子供たちが1箇所に集まってくれるのは配達する上で大変助かることこの上ない。真っ赤な衣装にはミスマッチはこの寺の本堂を見渡す。ここのお陰で予定より早めに仕事を終えることができた。自分も早く帰って下拵えしておいたローストチキンを焼くとしよう。考えたら急激に空腹感がやってきた気がする。空の袋を抱えて真っ赤でふちに雪を象ったケープを勢いよく翻し壁を通過する。
「あれ?しのぶちゃん?」
どうやら通路に出たらしいが緊急事態にしのぶは固まる。見覚えのある男が小首を傾げてマジマジとこちらを観察している。
「ど、童磨…?な、ぜ?」
このサンタさん効果でしのぶがいる一帯はみんな眠りに落ち、起きることはないはず…。しかもよりにもよって前世の仇、今世はストーカー手前の軟派野郎と遭遇するとは。ちなみにクリスマスデートに誘われたが秒で断っている。
「ん、ここ俺の家。今日子供会でここが会場なの。まったく、お母さん達の相手も子供より楽じゃないね。それで俺は夜の見回り役。しのぶちゃんは…壁から出てきた…?」
その質問には答えられなず、口をつぐんで目線を逸らす。絶対的な力を信用しきっていたためこんなトラブルの対策など考えたことがない。咄嗟にごまかせないかと無理矢理口を開く。
ぐぅ〜〜
口より先にお腹が鳴った。
「…しのぶちゃん」
恥ずかしさと気まずさで沈黙が流れる。
「何も聞かないで欲しい?」
願ってもない言葉に力強く首を縦に振る。スカートの裾をぎゅっと握って早くこの場から去りたい衝動を抑えている。
「じゃあ、こっちにおいで」
喉の奥で悲鳴を押し殺す。聖なる夜、好意を抱かれている相手、秘密ときたら漫画、ドラマの見過ぎかもしれないが貞操の危機感しかない。背筋に冷や汗がダラダラと伝うのが分かる。まさかこんな形でハジメテを迎えるかもしれないなんて…。しかも好きでもない男に。なんとか隙を付いて逃げられないか20通りくらい案を練りながら差し出される手を取る。床板がひしゃげる音が耳に響く。どこに連れて行かれるか不安ご悶々と募って頭を重くしてただ、木目をなぞることしかできない。
「はい、どうぞ」
ゆっくり、顔を上げて死地を認識する前に胃を掻き立てる匂いが先にきた。
「わぁっ…」
連れて行かれた先には彼の部屋だろうか。個室であったが中央に小さなテーブルが置かれており一人にしては豪勢な種類の料理が並べられている。
「秘密にして欲しかったら俺とクリスマスディナーしよ?子供と保護者の相手でまともにご飯食べれなくてさ。お腹空いてるでしょ?」
覗き込むように悪戯な笑顔を向けられてはっとなりつい頬がむくれる。有難い展開ではあるが、自己意識が過剰であったことは認めたくない。けれど、机に並べられ湯気の立つチキンやオードブル、カルパッチな前にはすぐに頰が緩む。
「んんっ…仕方ないので一緒に食べてあげます」
「ありがとう、しのぶちゃん。こっち座って」
一つだけ用意された椅子を引いてエスコートされる。目の前の美味しそうな料理に目を奪われながら一応、ブーツを脱いで窓の外に置き、大人しく椅子に座った。
悔しいが料理はお世辞なしに美味しかった。取り寄せかはたまたいらしたお母さんたちの手作りなのか。部屋の中が殺風景だからと机には複数の蝋燭により雰囲気の密度が上がっている。
「美味しい?」
「はい、悔しいですけど…」
「よかった。頑張って作って」
「貴方が作ったんです?」
もしかしたら、私より遥かに料理が上手かもしれない。手が止まらなくて困る。
「そうだよ。大人数の仕込みには骨が折れたけど、しのぶちゃんに食べてもらえるなら報われるね」
嬉しそうに微笑む彼の表情に少し見惚れてしまった。顔がいいのは知ってる。タイプではない。きっと蝋燭のせいでいつもより煌びやかに見えるだけだ。そう、自分に言い聞かせて大きめ切った一口で頬張った。
「ご馳走様でした」
顔の前に手を合わせ感謝を込めてあいさつをする。デザートにショートケーキも頂いた。これも彼の手作りらしい。お店の味であった。
「お粗末様でした」
テキパキと片付けをし始めるので手伝おうとしたら、服が汚れちゃうよと止められた。皿などを抱えて部屋を出る童磨の背中を見送って扉が閉じた後も視線はそのままに小首を傾げて指に顎を乗せる。
過剰な求愛行動に目を瞑れば、顔よし身体よし気立て良し、料理もデザートも見事に作れて子供の相手にも慣れている。理想の男性とはこういう人のことを言うのかとなぜ、自分は彼の求愛を受け入れないのか自分自身で疑問になってきた。いや、立派な理由があるけれど。今まで断ってきたため初めて同じテーブルで食事をしそんなに不快感がなく、むしろ楽しかったことに気づく。とか言って今までの迷惑行為がチャラになるわけではない。
「どうしたの?」
「な、なんでもありません!」
フルフルと顔を左右に振って絆されそうな考えを吹き飛ばす。
「そう?…まぁ、いいや。これも用意してたんだ。よかったらもらって」
可愛いピンクの包装紙に包まれた箱を渡された。サンタの使命を背負ってる今、逆の立場からのアプローチに怯む自分がいる。あぁ、美味しい料理を食べたせいで身体の内側から弱らせられているみたいで、前世とは立場が逆転してるのではないだろうか。プレゼントと童磨を交互に見る。
「いいよ、中身見ても。気に入らなかったら捨ててもいいから」
許可を得たので包みを剥がして蓋を開ける。
「SABONだっけ?そこのバスセット。今年、大学受験でしょ。疲れたらそれ使ってよ」
環境、立場、心情、色々なタイミングが重なり急激に彼の想いが真摯に伝わってしまっている。この心の城壁にヒビなど入れなくないのにぐっと唇を結んでもらった箱を抱きしめる。
「捨てません、大切に使いますよ。ありがとうございます」
けど、覗き穴くらいの綻びくらいは許してあげよう。
「あっ、お返しなんて期待しないでくださいね!」
これで絆させたと思わせなくはないので予め宣言しておかねば。
「別にいいよ。だから、来年も会いにきてねサンタさん」
首の後ろに巻いた長いリボンが攫われて彼の唇に触れる。
「………次はブッシュドノエルがいいです」
「うん、作って待ってるね」
しのぶはバツが悪そうに背を向けた。決して彼に会いに行くのではない。美味しい食事をしにここにくるのだと言い聞かせる。窓を開けてブーツを履き、窓の縁に腰掛ける。
「童磨」
「ん?」
「メリークリスマス」
かけられた言葉を返すがもう、相手の姿は宵の闇に溶けていた。一筋の光が横切るを捉えながら開いた窓を締める。
「教祖様…?」
「あらら、起きちゃったのかい?」
目を擦りながら幼い少女が窓の外を見上げる。もっと見えるように抱えてあげた。
「あのね、プレゼント、あったの!サンタさんきたの?教祖様、サンタさんと会ったの?」
「うん、会ったよ。さっき帰って行ったばかりだ」
「いいなぁ、私も会いたい!プレゼントありがとうって言いたいの。来年もきてくれる?」
「来てくれるよ。俺が美味しいケーキを食べさせてあげるって約束したからね」
「教祖様すごい!わたしも!わたしもお手伝いする!」
「ありがとう。じゃあ、来年もプレゼント貰うためにいい子におやすみしようか」
来年も再来年もできればずっと一緒に過ごせますように。
あわよくば早く自分だけのサンタに。