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    zakuron97

    @zakuron97

    童しのの色々を上げる予定です

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    zakuron97

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    前回アップした。クリスマスの話の続きがやっと書きおわったのですが、時期が間に合ってないのでオンリーに便乗しました💦
    ちょい、煉蜜表現があります。

    #童しの
    child
    #藤ノ花心中
    doubleSuicide

    しのぶサンタは時間外労働を回避したい。受験なんてただの通過に過ぎない。
    然るべき勉学に励んでいればそう難しいものではないと思っている。
     小さな明かりだけを頼りに英文の綴りをノートに書き連ね、ピリオドまでしっかり書き終えれば、右手への重労働も終わりを迎える。

    「んーーーっ」

    丸め過ぎた背中を伸ばす為に腕を上げ背中を逸らし大きく息を吐いた。時計に目をやると12時を越える手前だ。
     そういえば、まだお風呂に入っていない。12月の寒さに肌を晒す億劫さで一瞬、朝に入ろうかと思うが低血圧の自分にはその方がハードルが高いとも思った。
     睡魔がヒタヒタと近寄るのを感じながら両手を使って立ち上がる。いつも朝が早い姉妹に最新の注意を払いながらお風呂場へ向かう。
     最近、浴室を改装され温風機能を追加した。いつもは身震いが治まらず、気の引けた冬の入浴は快適になり、この時間が楽しみにもなった。
     今日は頑張ったのでアレを使おう。
     普段使いの棚から少し上に上品な装飾があしらわれているボトルたちがいる。その中の一つを取れば、いつもより甘く爽やかな香が鼻を楽しませ、鼻歌となってこの商品の評価が表される。
    髪に身体に泡に塗れた全身を流して、貼り直した湯船に浸かれば極楽そのものだ。

    「……はぁ…」

     誰もいないのに声を出してため息をつく。全身に刷り込ませた匂いが湯気と共に身体を包み込みリラックスとはまさにこの事だ。特に頑張ったと自分を褒めたい時はよくこのセットをキメている。
     意識が飛ばさない程度に頭を空っぽにして足先の水面を惰性で眺める。
     この匂いを認識すると一人が思い浮かぶ。このバスセットをくれた人物。もう、これをもらって一年が経とうとしているのかと時間の早さを思い知らされた。昨日まで相変わらず私を好きと言って相変わらずに付き纏ってくる。私も相変わらず拒絶をしてるのだが、去年から変わったことが一つあった。

    ********

    お風呂にあがりにセットのボディクリームを塗り込めば先程の寒さが嘘かのようだ。ホクホク湯気を立てながら、冷蔵庫から蓋つきのグラスを取り出した。ソファに座り、深夜の通販番組をBGMにしながら、グラスの蓋を開ける。

    「…わっ…」

     ふわりと甘い香りに誘われて中を覗いた。星やハートにくり抜かれた果実たちとナタデココがゴロゴロ入っている。それが透明な甘い香りのシロップに浸かっているので恐らくこれはフルーツポンチだ。スプーンでまず一口。

    「〜〜〜っ…!」

     フルーツに染み込んだシロップの甘さが疲れた脳に響く。果肉も程よい歯応えを残しつつナタデココもプリプリ。まさに身体が全てにおいて喜んでいる。勉強を苦に感じたことがないがご褒美があって嬉しくない訳がない。
     歯磨きを忘れないことを念頭に置きつつ、至福のひと時を堪能した。

    *******

    「しのぶちゃん、おはよう。今日は受験勉強の息抜きにどっか…」
    「行きません」

     最後まで聞かなくても答えは決まっている。
     家を出て学校に向けて少し歩くと小さな公園があり、ここが奴の待ち伏せポイントだ。白橡の色素の薄い髪にお日様がよく似合う虹色を双眸に携えた男は何度糾弾しても私への執着を辞めない。車両の通行を妨げる鉄柵に腰掛ける姿は長身も相まって絵になっていると思うが大前提に私のストーカーなので見惚れるなんてあり得ない。

    「そんな根を詰めることないのに」
    「私は必要な分をきちんと管理して無理のないスケジュールを組んでいるので問題ありません」
    「じゃあ、俺の差し入れはあんまり力になれなかったかな?」
    「…………」

    その問いかけに不機嫌に口を閉じる。

    「……そんなことありません…。今回も大変不服ですが……凄く美味しかったです」

     後ろ手に持っていた紙袋をズイっと渡した。彼は満足そうな表情でそれを受け取る。

    「へへっ、嬉しいな。そろそろ、俺にも見返りがあってもいいんじゃない?」
    「警察に通報されないだけ有難いと思ってください」

     用が済んだので、捨て台詞と共に通り過ぎるが、奴は自然に隣に並び歩き始める。

    「俺は一途にしのぶちゃんに会いにきてるだけなのに悲しいなぁ」
    「私の同意がない時点でストーカーなんですが…」

     隣で花を咲かせている大の大人へ呆れ気味のため息をついた。もう、この時間にも慣れ始めている自分がいる。
     出会いは高校二年で当初はあんなに逃げ回っていたのにこうして一緒に通学路を共にするとは。あの頃の自分に無駄な労力を使わせてしまったことを深くお詫びしたい。きっかけは突如として現れるものだった。

    「そろそろだね」

     こちらの一人思考を読み取っているかのような抜群のタイミングの話題振り。

    「そうですね」

     視線は前の向いたまま淡白に返す。見なくても相手がどんな顔をしているかもう、空気を通じて肌で感じ取れる。
     冷たい風が肌を刺し、年の境目が目前に人々が慌ただしく歳を越しの準備をする前の大イベント。

    「ね、クリスマス当日さ。午前中デート…」
    「行きません」

     最後まで言わせまいと食い気味に断りを入れる。本当に折れない男だ。呆れのため息は白く色づいて溶けてゆく。同時に歩速を早めても長い足の男はぴったりと隣から離れない。

    「じゃあ、夜は腕によりをかけて待ってるね」
    「……………」

     応答がないことに不安を覚えた男がこちらを覗き込んでくる。
    あの時からやたら煌びやかに見えるようになってしまった自分が憎い。

    「去年、約束したよね?忘れちゃった?」

     忘れられるわけがない。人生の最大の秘密をこの男と共有してしまった日なのだから。
     最悪の日だと思いたかったが、それを相殺するくらいに素敵な出来事も不本意ながら起きているので結果プラマイゼロ……のプラスよりだ。

    「行きますよ…ちゃんと覚えてます。たの、しみ……です」

    あの時の失態を思い出して居た堪れなさに頰が熱くなる。早くこいつから逃げたいはずなのに何故かポロっと反対の言葉が出てしまいハッとなった。
     違う違う……そんなわけない、このストーカーとの約束が楽しみなんて、ちょっと胃袋を掴まれたくらいで。そうだ、私はご飯が楽しみだと言いたかったんだ。
     先程のは気の迷いだとブンブン顔を横に振る。そして先程の発言の訂正をしなければ、前に向いていた視線を上にやった。

    「……っ、うん!……うん!しのぶちゃん好き!」

    時すでに遅し。眩しいエフェクトがイケメンを顔から発しられていてお花も見える。

    「調子に乗るな…っ!」

    両手を広げて近づく童磨の鳩尾に肘鉄食らわせるが、怯みもせずしのぶの腰に長い腕がまわる。さらに顔も近づいてくるからすかさず顎を押さえこみこれ以上の進行を阻む。
     体格差もありこれが精一杯の抵抗だ。

    「離れなさい…っ!」
    「しのぶちゃんが可愛いから無理…」
    「あー、もうっ!!」

     口は災いの元、そう自分に嫌悪しながらもなんとかストーカーを引き剥がし登校することは成功した。

    *****

    「ふぅぅぅううっ……」

     そんなに重くはないカバンを、大袈裟に机の上に置いて大きなため息をつく。

    「しのぶちゃん、おはよう!朝なのにもうお疲れなの?そんな疲労困憊のしのぶちゃんも哀愁が漂ってきゅんきゅんしちゃうわ」
    「蜜璃さん……私が何に疲れているかご存知ですよね……」
    「そんなことないわ…朝から童磨さんに抱きつかれそうになっているとか」
    「ばっちり見てるじゃないですか」
    「ふふふっ、いつもの光景だもの」
    「私は凄く困ってます…」
    「でも、受験が終わったらもうすぐ卒業でしょ?」
    「………あのままだったら大学に行ってもずっと同じです」
    「あらっ!そう……そうなのねしのぶちゃん」
    「………?なんですか?」
    「いいえー?なんでもないわよ」

    何か引っかかるような言い方に言葉を詰めようとしたがら時間切れだ。
     チャイムが響き、散らばっていた生徒たちは整頓された各自の席へ戻っていく。私たちも例外ではない。

    「あっ、しのぶちゃん。お昼、理科準備室一緒に借りてもいいかしら」
    「はい、構いませんよ」
    「ありがとう!」

    手を振る彼女を横目に途中だった身支度を整えて着席する。
    あの意味深な反応はなんだったのだろうと授業が始まればそれはするりと頭から抜け落ちた。

    ******

    「実はクリスマスイブにデートすることになって…❤︎」

    掴んでいた卵焼きがきんぴらの上に不時着する。

    「ま、まさか………あの彼とです?」
    「ええっ、その彼です❤︎」

    対面の蜜璃は両腕で頬杖をつきながら、幸せで溶けてしまいそうな甘々な笑顔で盛大に惚気ている。

    「おめでとうございます。でも、残念ですね。午前中だとイルミネーションが…」
    「いいえ、しのぶちゃん。ディナーデートなの」

     蜜璃の言葉にしのぶの肩が跳ねた。周囲を見渡し口元に手を添え小声になる。

    「サンタの日ですよね?」

    蜜璃もまたしのぶと同じサンタクロースであった。

    「大丈夫大丈夫!終わった後に会う約束をしてるの。向こうも職場のクリスマス会に参加しなくちゃいけないらしくてその後二人きりで…きゃぁあっ❤︎」

     興奮が頂点に達したのか黄色い声が良く響いた。
     ふと、しのぶの頭に学生を深夜に呼びつけるなど相手の感覚を少し疑う。しかし、幸せそうな彼女に水を差すのも気が引けるのも事実で素直に共感してあげられなかった。
     また、自分も去年を失態を思い出して己を顧みて口を挟む権利はないのではないかとも思い箸が止まってしまう。

    「あっ、違うのよ。しのぶちゃん…私がどうしてもその日にプレゼントを渡したいって言ったら私の家まで車で来てくれるの。その後、うちで軽くご飯食べる予定で家族にもちゃんと了承は得てるのよ!凄く誠実な人だから、最初は諌められたのだけど私がワガママを通してしまったの。だから…」
    「………ごめんなさい、私、口に出てましたか?」

     心の中を読まれたのではないというくらいに適切な返答に思わず口を手で隠す。嫌な思いをさせてしまったと申し訳ない気持ちになる。

    「いいえ、しのぶちゃんは友達思いでしっかりしてるからきっと心配しちゃうと思って」
    「…………私も白状します」

     罪悪感から去年の出来事を蜜璃に話すことにした。童磨にサンタクロースとバレたこと二人でクリスマスディナーを食べたこと来年の約束をしたこと。しのぶも蜜璃のことは言えないのだ。
     無意識に口に出してしまっている。本人に、楽しみにしていると。

    「まぁまぁまぁっ!しのぶちゃんまさか童磨さんとそこまで発展してたなんて…!?」
    「はっ、発展はしてません!これ以上したくありません!あれは事故なんです!」
    「ふふふ、照れなくてもいいのよ」
    「照れてませんっ!」

     これは何を言っても理解してもらえないなと抗議すること諦め、今まで止まっていた箸がようやく動きを再開した。
     あれは雰囲気に流されたのであってもう次は同じ失態を起こさないと決心している。あの日から胃を掴んだと確信したのか差し入れがほぼ毎日続いていて、毎朝、顔を合わせないといけなくなって困っているんだ。
     差し入れは最初は断ってたけど、しつこいから一回もらったら病みつきになってしまったとかではないんだ、決して!!!

    「もし、待ち合わせに遅れそうなら連絡ください。応援に行きますから」

     自分のことはさておき友人の朗報には喜ばずにはいられない。できることなら何でもするつもりだ。

    「そんなの悪いわ!大丈夫、ちゃんと使命は責任を持って完遂するつもりよ!でも…本当にもしも何かあったら連絡するわね」
    「はい、お任せください」
    「うふふっ、しのぶちゃんと恋バナできて楽しいー。お互い早く終わらせてデートを楽しみましょ❤︎」
    「だから、恋バナでもないですし、デートじゃありません…!」

     結局、最後まで蜜璃の認識を変えることはできず、昼休みは終了してしまった。

    ******

     デートではないただ、一緒にご飯を食べるだけでその日がたまだクリスマスイヴなだけだ。
    けれど、郷に入れば郷に従えというように風習は大事にしないといけない。いつも貰ってばかりでは悪いし、あいつも調子に乗ってしまう。
     今日はクリスマスの当日。まだ、日が高く上がる昼中にしのぶはクッキーとにらめっこをしていた。
     だらだらと脳内で言い訳を重ねながら目の前のツリー型クッキーを袋に詰める。アイシングもばっちり施しており、袋の中がカラフルで可愛らしい仕上げとなった。
    恐らく、プレゼントを用意されていると思うのでそのお返しだ。形に残るモノではなく後腐れのないお菓子にした。前者ではこちらの意図を歪めて受け取りそうだと予想したからだ。
     赤色のリボンをキュッと結んで完成だ。
     さて、これから片付けをしようと一息付くと携帯が鳴る。

    「蜜璃さんからだ…」
    ディナーの準備は完ぺき❤︎と豪華なチキンやオードブル、ケーキなどの食事の写真が添付されていた。文面からでもはしゃぐ彼女の姿が目に浮かぶ。しかし、量が多い、軽い食事と言ってはなかったか。
     それに対し私は…クッキーは地味かしら。いやいや、別に私は義理なんだからそこは比較するところではない。イベントで浮つきそうになる心を押さえ込んで先程の考えを一掃する。私は喜んでもらうなんて気持ちなくて、でもきっとあげたらめちゃくちゃに喜びそうだなと脳内ではしゃぐストーカーを想像する。
     私と肩が触れただけでも凄く喜ぶのに物を送るなんてしたら、勘違いがより酷くなるかもしれないからこれくらいでいいんだ。      
     前者の考えてを払拭してしのぶはメインイベントへ向かう為の準備をする為に2階へ上がっていった。

    ********

     いつもは広いだけで閑散としている本殿が賑やかである。
     宗教の自由が法律で定められているためここも例外ではない。
    本当に平和になったなぁと何百年前かの記憶を思い起こしながらオーブンで焼き上がったばかりのローストチキンをテーブルの真ん中に置いた。

    「「「メリークリスマス!!」」」

     自分の腰位の位置ではしゃぐ子供たちがお決まりの言葉とともに並べられた料理へ歓声を上げながら手を伸ばしてゆく。
     その光景を少し離れたところで眺めながら紙コップの烏龍茶で一息の休憩についた。
     ここ数年、檀家との交流を兼ねて子供たちにクリスマスパーティーを開くことにも慣れが出てきた。
     最初は父親に面倒なことを押し付けてきたなと思うが、別にできないことはないので毎年大成功を納め、檀家の子たちが友達を呼び規模は少しずつ大きくなってきている。これは来年は一人で仕切るのはさぞ骨が折れることだろう。何か企画の段取りや料理の仕込みなのどはほぼ一人でやっているからさてどうしたものかとぼんやりもう来年のことを考える。

    「童磨くん、いつもありがとう。ごめんなさいね、友達も呼んでしまって…」
    「いえ、お構いなく。こちらこそご参加頂いたことが1番の感謝です。今後ともご贔屓にお願いします」
    「まぁ、童磨くんにならぜひともお願いしたいわ。貴方がいればここは安泰ね。住職もいい息子さんを持ったこと」
    「ありがとうございます」
    「けど、まだお若いのにいいの?せっかくのクリスマスだし、彼女さんとか約束してないの?」
    「大丈夫ですよ。彼女とはちゃんと約束してあるので」
    「あらっ!まぁまぁ…そうよね。童磨くん程のイケメンに相手が居ないわけないわよね」
    「あはは、ありがとうございます」

     とは言っても恋人ではないがここで茶々を入れるのは面倒だ。そういう体にしておこう。自分が目指すの先に間違いないのでそれが今か後か差はその程度だ。
     昨年の事がなければ自分はまだ彼女にとってストーカーのままで、好きな人ことはどこまでも知りたいのは当たり前のことだと思うのだが、上手く伝わらない。
     胃を掴むことには成功したので、これを起点に彼女が俺を見た時の眉間の皺が一つ減るくらいには仲を深めたい。
     まずは今日のクリスマスディナーに全力で挑まなければ。好奇心が旺盛な彼女の事だ、ちょっと変わったメニューを入れた方が興味を惹いて来年の約束が取り付けやすくなるかもしれない。
     一度練ったディナーコースを思慮する。子供会が落ち着いたら、早急に準備を始めなくては。

    「教祖様……」

     一人の少女が童磨の元へ近寄ってきた。服の裾を掴み消え入りそうな声で話しかけてきた。

    「おやおや、どうしたんだい?もう、お腹いっぱいになっちゃった?まだケーキもあるのに」
    「……んー、暑いの。ぼーっとする」

     裾を引く手は弱々しく、瞳孔もぼんやりとしている。もしやと思い小さな額に手を当てると体温にしてはかなり熱い。

    「すみません、この子の親御さんに連絡してきますので子供たちの事お願いします。ケーキ冷蔵庫にありますから」

    少女を抱き上げて別の客間に移動した。携帯でご両親に連絡すると30分以内で迎えに来てくれるそうだ。

    「もうすぐ、お母さんが迎えにきてくれるから待っててね」

    小さな体に毛布を巻いて膝に置き少女の髪を撫でて落ち着かせてあげる。

    「教祖、さま…」
    「なぁに?」
    「サンタさん…ちゃんと来てくれるかな…前はここでもらったのに場所、間違えたりしない?」
    「大丈夫だよ。サンタさんはちゃんとみんなのこと見てるから必ず持ってきてくれるよ。明日、元気になって起きたら目の前にはプレゼントがあるはずだ」
    「………うん、教祖さまはサンタさんと友達なんでしょ?来る前に伝えて欲しいの。お熱うつらないように気をつけてねって」
    「分かった、伝えておくよ。だからもうお休み」

     何度か小さな頭を撫でると寝息が聞こえてきた。
     今頃愛しい彼女は子供達のために準備してくれているのだろうな。彼女の労りを称賛すべく早くディナーの準備に取り掛かりたい。下心?それはもちろん100%を込めているに決まっている。
    下心があるからこそ、人はここまで繁栄してるのだから、同じ人して何の羞恥も感じない。
     けれどイベントだからといって大胆になってはいけない。難攻不落の彼女の心の壁を少しでも薄くできるように誠実かつ紳士的な対応が求められる。叶うのならそのしなやかな指や真珠のような艶やかな頰に触れ、あわよくば……。

    「…けほっ、けほっ!」

     一人の妄想に耽っていたら、現実に引き戻された。いけない、こんな小さな子がいるところで気持ちが先走っている。前世も含めて心躍るということが実感できるのが、喜ばしい。そんな気持ちにさせてくれる彼女に早く会いたいがまだ夜までには長いなと一人ごちた。

    *****

    「メリークリスマス」

     定番の言葉とともに色鮮やかな紙に包まれた箱を寝息を立てる少年の傍に置いた。
     赤い服に白い袋を抱え、サンタクロースとしての時間が開始された。チャームポイントの首の後ろの大きな薄紫のリボンがはためく。
     勢い良く足を踏み出して壁をすり抜け、ソリへ飛び乗った。
    今のところ滞りなく配達は進んでいる。一番の大所帯の童磨の所を最後に効率的に回る予定だ。もしも、早く終わるようなら蜜璃のところを手伝おうと考えていて、それが終われば、私のクリスマスが始まる。
     去年のご馳走を思い出して忘れていた空腹感が込み上げてきた。あのチキンの味は忘れられない。今年も出してくれるだろうか。期待を胸に手綱を握る手に力が入った。

    「……………」

     ガッとソリの手すりへ額を自らぶつけ、停止する。これは思考をリセットするための強行手段である。
     なにが、楽しみだ。ちょっと失言が多すぎやしないか。
     あの時すっかり胃袋を掴まれていて流れで約束してしまったんだ。判断力が正常ではなかったのだと。離れたいと思っている相手に次を与えてしまった失態について自分自身に言い訳をする。
     次は間違えない、もうこれっきりにするんだ。
     改めてあいつから逃げるのだと強く意思を確認する。気持ちを切り替えてた矢先、携帯の着信に体が跳ねた。

    『もしもしー、しのぶちゃん。そっちはどう?』
    「こちらは順調ですよ、蜜璃さん。ヘルプが必要だったら言ってくださいね」
    『こっちも大丈夫!しのぶちゃんこそ、なんかあったら連絡してね!」
    「ふふ、ありがとうございます」
    『じゃあね、お互い素敵なクリスマスを過ごしましょう』
    「そ、そうですね…」

     こちらは決して甘ったるい関係性に持ち込む気はないのに、彼女の嬉しそうな声に反論するのがはばかれる。とりあえず、曖昧な返事をしておこう。
     途中報告も聞けて何事もないようで安心した。
     冷たい空気を吸い込むと熱った顔が少し冷めた気がすると思いたい。


    *****


     昔から個々はそれぞれが独立している為、群れることに意味などないと思っていた。だって物心がつけば、ほとんどの事は自分だけで事足りるからだ。食事も勉強も娯楽だって二人以上必要な事は多くはない。生きていく上で絶対に友人や恋人が居ないとダメというわけではないことを悟ったのは一体何歳の時だっただろうか。気まぐれに求められれば応えていた時もあったけれど、友好関係とは押し相撲だ。互いが同じくらいの力を込めていないとすぐに崩れるもので要するに軽薄だの素っ気ないなど深い信頼関係を自然に築くことが難しい内面だったみたいだ。
     だから、一人でいいと思っていたけど、それはある日一変したのだ。

    「…うーん、もうちょっと砂糖とレモン汁を足そうかな」

     腕の中のボウルからは甘酸っぱい香りが立ち、赤いベリーソースの最終調整に入る。
     これも彼女に喜んでもらいたい一心だ。
     一人でも構わないと割り切ったのに価値観がぶち壊された。小柄な背丈に今にも羽ばたきそうな蝶の髪飾り、瞬きをするたびに光がはじける深紫の瞳。
     あの瞬間は今でも息ができないほど時間が止まったように動けなかったのを覚えている。
     前世の記憶が蘇ったのもその時だ。それは彼女も同じだったようで出会った瞬間から俺の好感度は地の果てであった。
     そこから、頑張って頑張って距離を縮めて(強制的に)今は餌付け役兼ストーカーまで上がってきたのである。
     ストーカーが不名誉ではないか?否、ストーカーとは恋愛感情が行き過ぎる奴の事をいう。つまりは俺が彼女に対する愛情を過負荷になるくらいあると認識してもらっていることが大事だ。きちんと想いが伝わっていることを証明している。
     あとはしのぶちゃんに受け入れる器を作ってもらえばいいことだではないか。
     生まれて初めて自分から求めた。俺の運命の人。もう、彼女が居ないと生きる気力さえ湧いてこない。早く会いたい、一緒にご飯を食べてケーキもそしてプレゼントも忘れないようにしないと。
     心なしか会えるのが楽しみで身体が熱くなってきたようだ。瞼を閉じれば思い浮かべるのはしのぶの顔だ。ずっと見てたいがこうしている間も時間は過ぎている。料理の準備を進めないといけないが、瞼が重いし、身体の動きが鈍い。首から上に向かって熱が集まっていく感覚があり、これはこれは、もしかして…。
     嫌な予感にギクリと身体が強張る。

    「……あっ」

     身体がフラつき手を伸ばした先には何もなかった。
     大きな地響きが鳴るがここは離れで本殿にいる子供たちを起こしてはいないだろう。
     なんとか受け身を取って仰向けに倒れることができた。
     全身へ巡る痛覚が落ち着いていた頃に落胆のため息をつく。最小限の被害で止めようとボウルを抑え込んだら見事にエプロンがベリーソースをすべて平べていた。
     作り直しが余儀なくされたが、移ってしまった発熱により身体が怠い。むしろ、ソースが冷たくてちょっと気持ちが良い気がする、
     少しだけ、休もう。無理に体を動かさずここで体力回復した方が最善だと思う。5分、休んだら片付けをして、彼女に不本意だが、中止を告げなくては。
     あっ、そういえば連絡先をまだ教えてもらえてないんだった。
     脳内でのシミュレーションが実行不可だと強制的にシャットダウンされてしまった。


    ******

     コンクリートの壁から恐る恐る、しのぶが顔を覗かせる。去年の記憶と照らし合わせても間違いはない。ここは童磨の部屋だ。
     予定どおりに仕事を終わらせてやって来たのだが、見渡す部屋の様子かこれから食事をする様子には見えない。もしや、別の部屋に用意されているのだろうか。
     白いブーツは窓の外に残して黒いタイツで階段を降りていくとすぐに明かりが着いている部屋を見つけた。まだ、準備中なのかとも思ったが、物音らしい物音がない。
     もしや、サプライズを用意されているのではと察しの良いしのぶは気づいた。前回は私自身がサプライズになってしまったので意趣返しだろうか。突然のクラッカーが来ても驚かないように身構える。
     硝子戸に手をかけて、ゆっくりと中の様子を窺った。顔を半分程出したところだが、まだ何もない。拍子抜けだとカラカラと音を立てて戸を開け切るが、足音一つ近寄ってこない。
     目線を動かすとテーブルの上にはまだ作りかけの料理の数々。途中で何処に行ったやら、またほんの少し目線を下に移すと一気に血の気が引いた。

    「…っ童磨!!!」

     初めてまともに名前を呼んだ気がする。そんなことは一瞬で消し飛び巨体を床に投げ出す男に駆け寄った。
     こちらが大きな声を上げようとピクリとも動かない。一体、何が起こっている。誰が、何が、何でと思考か空回りする。
     ふと、ヌルッと指先に不穏な感触で一気に思考が真っ白になった。
     床に着いた手を静かに返す。

    「なに…これ…どっ……」

     一気に血の気が引く。自分の手に付いた液体は赤色をしていて、これと同じものが彼の腹部に大量にあったから。
     いつ死んでもおかしくない前世とはもう関係ないと思っていた。トラブルはあれど誰もが死んでいない穏やかな平穏が続くと思っていたのに、確かにこのストーカーに罵声として死ね、くたばれと発言したことはあったが、感情の比喩表現で決して本気だった訳じゃない。この様な別れ方は絶対に本意ではないのだ。

    「ど、ぅま…童磨…っ」

     喉が固まって声が上手く出ない。身体も縫い付けられたように動かなくて、目の奥が熱い。目から涙が溢れるまでそう時間は掛からず、赤いスカートに跡ができる。
     ちゃんと、言えばよかった。いつもお菓子をありがとうって貴方のおかげで受験も頑張れそうだと。ほぼ、毎日待ち伏せするのはどうかと思うが、部活帰りの夜道など本当は感謝したい場面も確かに合って、正直に言うとうざったいと思っているが、彼との交流が楽しいと思っている自分もいて、あの時間が未来永劫失われることにひどく喪失感を感じていることに気づく。
     幸せそうに気持ち悪い笑顔で自分を呼ぶあの人の顔が脳裏に浮かぶ。こんなにも自分の中で大きな存在になっていたなんて…。
     涙を垂れ流しにしていると、鼻の奥も熱くなってきた。これはこぼしてはいけないやつだ。喉に力を入れてズズッと鼻を啜る。  
     頭がパニックになって気づかなかったがこの周辺に強烈な果実の匂いが立ち昇っている。
     先程、手についた赤い付着物に鼻を近づけた。
    それは味が連想できるほどに濃厚で甘酸っぱい果実のジャムの様だった。

    「〜〜〜〜〜っ!!」

     瞬時にこの状況を理解した。飛んだ勘違いを起こした自分がとてつもなく恥ずかしい。
     首から上が一気に赤くなる。確認すればすぐに分かる事だったはずなのに、頭の片隅でこいつは鬼だという先入観を勝手に抱いてしまっていたから、この事態を正しく見ることができなかったのだと言い訳する。もう、この人は鬼じゃない、私の仇でもない。ただ、私のことを好きなだけの変わった男。
     軽く咳払いをして、彼の頭を抱き上げた。首の脈を測りトクトクも血流の振動を感じる。自分の心臓が止まりかけていたのか恥ずかしさで血圧が上がっているのか心臓がバクバクしていてちょっと脈拍が測りづらかった。
     ひとまず生きていることに安堵する。先程、肌に触れて分かったが、体温が高い。額に手を当てると予想通り、意識が朦朧としてしまいそうな程の熱さをしている。早くベッドに寝かせて休ませないといけない。

    「童磨、童磨。しっかりしてください。こんな所で寝たら悪化します」

     大きめな声で呼びかけて軽く頬を叩くが、変わらず死んだ様に眠っている。この巨体を私が担いで上の階の自室に連れて行くなんて絶対に無理だ。
     頭を膝の上に乗せて携帯を取り出す。今頭の中にある一つの案について実行するかどうか思い悩み、唸りを上げて携帯の画面を凝視する。本当に私は甘え下手だと思う。
     意を決して、受話器のボタンを押す。例え自分にとって不利益だとしても彼女はお願いしたら、来てくれるだろう。そう分かっていながもこの手しか思いつかなかった。罪悪感を抱えながら元気に応対してくれる声に更に胸が痛んだ。

    ******

    「よいしょっと!」
     ポスンとスプリングが音を立ててしなる。そんなに手荒にはしていないが、ベッドに寝かされた相手は今だに目を覚ます気配を見せてない。

    「蜜璃さん、ありがとうございます」

     しのぶは童磨に布団をかぶせ、濡らしたハンカチを額へ乗せる。

    「他ならないしのぶちゃんからのお願いだもの。これくらい助けた内に入らないわ」

     ここまでこの巨体を運んでくれた恩人は、腕を掲げて大きく胸を張る。

    「まだ、途中だったのに、本当にごめんなさい。この後は私も手伝うので蜜璃さんの約束に間に合うように頑張りましょう!」

     この人も温かくしていればこれ以上は悪化しないだろう。蜜璃の手伝いを終わらせてからまた様子に見にくれば良い。
     首の後ろのリボンの緩みを結び直して気合いを入れた。

    「その申し出は受けられないわ」
    「…えっ??」
    「いつもしのぶちゃんが言ってるじゃない。病気は引き初めが一番大事だって!だから、しのぶちゃんは童磨さんのところに居てあげて」 
    「……ですが!」
    「とにかくいいの!私は大丈夫だから!しのぶちゃんは童磨さんに付いてあげて!じゃあね、メリークリスマス」

     しのぶの言い分も聞いてもらえず蜜璃の圧に押され、彼女が壁の向こうへ消えていくのを見守ることしかできなかった。
     ベルの音がすぐに遠ざかっておりもう視界にも捉えられない程までになっているだろう。窓の外を少し眺めてからベッドの横へ椅子を移動させて音を立てないように座る。
     蜜璃への罪悪感を募らせつつも頑固な彼女の事だ。力技で押し戻されるのが予想でき無理に追いかけることは断念することにした。
     視線をベッドに戻すと首を傾げたのか、湿らせたハンカチが彼の額からずり落ちていた。先ほどまで冷えていたハンカチはすっかりぬるくなっており、こんな簡易なものでは足りない。人様の家の物を勝手に使うのは申し訳ないが緊急事態のため事後にて許しを頂きたい。
     台所に戻り、ボウルと氷を見つけるのは容易かった。床に落ちたベリーソースの後始末をして大きなテーブルの上に残されたおもてなしの品々にラップをかけて、冷蔵庫へ収めていく。綺麗に盛り付けられている料理たちは彼のやる気の度合いをよく表しているではないか。ミートボールは星型のニンジンと一緒に串に刺さってるし、花束をみたいに束ねられた野菜スティック。カルパッチョのサーモンはハート形に並べられている。本当にこれをあの大人が作ったのかと思うとそ口元がニヤけてしまう。あの大きな手でファンシーな料理たちが出来上がる可笑しさはもちろんのこと、これらはすべて自分の為に作られたのだと優越感がそこにはあった。
     楽しみしている。それは紛れなく本心だとずっと目を背けてきた気持ちにようやく向き合うあう。それは、この夜がもう迎えられないのを確信しているから。去年の失態を有耶無耶にする機会が訪れたんだ。
     ボウルに氷を入れて少量の水を加える。溢さないようバランスを取り、洗面台の近くには畳んだばかりにタオルがあって複数枚確保した。
     もう一度冷やしたタオルを額に乗せて帰れば、もうこの人との約束はこれで終わる。来年からは義務感に苛まれる事なくアプローチを諦めるまでへし折ってやればいいんだ。
     冬の寒さも相まって痛覚を刺激する冷水にタオルを浸して絞る。それを額の形に沿って折り畳んで額に乗せてそのまま、また後ろの椅子に腰を下ろしてしまった。
     このまま帰ればいいのに、なんで私はまたここに腰を据えているんだ。わざとらしい自問自答をしてる癖に身体は動いてない。
    様子を伺うとまだ呼吸が浅いし、汗もかいてるから起きた時に水が必要かもしれない。
     起きる前に準備しないといけない。下に降りて不躾ながら冷蔵庫からミネラルウォーターを拝借する。これを枕元置けばもう、私にできることはないので帰ろう。
     階段を上がりながらまだ揺れ動く心を固めた。先ほどから気持ちが宙ぶらりんみたいで落ち着かない。頭と心で温度差があるみたいに居心地が悪い。この煮え切らない気持ちはきっと奴の料理が美味しそうだったからだと言い聞かせる。再び音を立てないようにドアを開け中を窺う。小さな寝息だけが耳をついた。
     ペットボトルを枕の横に転がしておく。

    「………………」

    これでお役目御免。今日の目的は全て達成することができた。サンタの仕事も終わらせたし、ストーカーとの約束もちゃんと私は守った。今回はあちら側のトラブルでお流れになったのだからこちらには非はない。ここを去って幕を引けばそれでこの不本意な繋がりもなくなる。そう思うと心が晴れやかなはずなのに爪先は今だにベッドに向いている。
     何もないただの沈黙が部屋の温度をより冷やした。

    「……なんで起きないのよ」

     本当に帰るからね。と寝ている相手に念を押している。ポロリと裏腹な言葉が溢れてしまってキュッと唇を結んだ。首から頭にかけて熱い。
     何を言っているんだ私は。病人相手にワガママで理不尽な言葉を投げかけるなんて、この人が目を覚まして帰る私を引き止めてほしいと思っているみたいじゃないか。
     客観的な意見を思い上げたつもりだが、そう思うと自身が思うならそう思うっているというのが本当だ。一気に羞恥心が込み上げてくる。こんなに自己中心な気持ちが芽生えてしまうなんてきっと私は疲れているんだ。やっぱり早く帰って休息と反省をした方が良い。そうだそうしよう!

    「………んっ………あれ、しのぶちゃん?」

     もう自分ではタイミングが良いのか悪いのか判断できなかった。一人芝居の恥ずかしさに逃げ出したい気持ちがあるのだが、上手く動けない。

    「えっ?……今、何時…嘘っ…しのぶちゃん、ごめんね。今すぐ準備を…」

    しのぶの脳内が散らかってる間に正気を取り戻した童磨は瞬時に状況を理解してベッドから急いで降りる。しかし、まだ起きたばかりの身体はまだ頭に追いついておらず、体勢を崩す姿に慌てて駆け寄る。

    「貴方、倒れるくらいの高熱だったんですよ!無理せずおとなしく寝ててください」

    目の前の状況から、しのぶのほうが冷静になった。童磨の片側に寄り添い体を支える。自分の感情に振り回させるよりも今は目の前の病人が先だ。

    「ごめんね、ありがとう。でも、お願いだからもう少しだけ待ってて……」

     目眩がするのか額を押さえ上目遣いでこちらの袖を指先でキュッと掴まれると突然。ドクンと心臓が大きく跳ねた。
     不整脈だろうか。無意識に心臓部を鷲掴みして心拍の異常がないか確認する。あの一際跳ねた以外は特に何もない。

    「5分、いや3分でいいからここで待ってて」
    「あっ、こら!待ちなさい!」

     こちらの静止も聞き入れず、童磨は部屋を出て行く。しのぶも慌てて追いかける。あんなフラフラな状態を目を離せるわけがない。年に一度の特別な日が嫌な意味で忘れられなくなるのはたまったものではない。
     病人の癖に明らかに違う歩幅のせいで直ぐには追いつけない。なんとか見失わないように追いかけるとキッチンへ入っていく。私の分だけでもご飯を用意するつもりか。そんな気遣いは不要だ。直ぐにでもベッドに引き戻さないと。

    「良い加減にしなさい!早くベッドに戻りますよ」

     少し強めに戸を開けて威圧をかける。ベッドで大人しくできない大人なんてタチが悪すぎる。大きな背中に向かって大きく歩を進めて距離を詰める。あと2歩で手が届きそう位置で巨体がゆっくり振り向いた。

    「しのぶちゃん、メリークリスマス」

     差し出された皿にはケーキが乗っていた。去年、しのぶがリクエストしたブッシュドノエルだ。

    「…っ、貴方、ケーキなんてまた後でも!」

     自分の体調より私へのケーキを優先するとはつい頭に血が昇って声が荒げた。

    「ごめんね、でもこれだけは一切れだけでも今日食べてほしい。今日、子どもたちと頑張ってつくったんだよ」
    「………あっ」

     先ほどは失言であると無意識に口元を押さえる。

    「大元は俺だけどクリーム塗ったり、苺やお菓子乗せたり、それは子供達がやってくれたんだ。サンタさんに食べてもらうんだって凄くはしゃいでね。あっ、ちょっとお菓子乗せすぎて形が隠れてるんだけど、どければブッシュドノエルだよ!だから、お願いだ。今、これだけでも食べてくれないかな?」

     同意したいのは山々だが、嬉しいとは容易く口にできないくらいの高揚感と先ほどの罪悪感が体の中で喧嘩をする。
     この後、なんと言えばいいか分からず小さく頷くことしか出来なかった。

    「よかった。すぐ盛り付けるから待ってて」

     今は自分はどんな顔をしているだろうか。目の奥と頰が熱くなったり、とか言って背筋は冷ややかな汗をかいている。きっと酷い顔に違いない。病人にこれ以上の負担はかけたくないのに彼の気持ちを尊重しなくてはと大人しくテーブルについた。

    「はい、どうぞ」
    「……ありがとうございます」

     切り分けられケーキに載っていたお菓子とクリームが添えられていて、それをフォークで一口サイズに掬いクリームに付けて口に運んだ。

    「とっても……美味しいです」

     控えめな甘さに果実の酸味が絶妙でとても美味だ。気持ちがこもっているのかやけに胸に響く。私はちゃんと笑えているだろうか。目から込み上げてくるものをくっと奥歯を噛んで耐える。

    「うん、ありがとう。これで子供たちにもいい報告ができるよ。じゃあ、俺は部屋に戻って寝るよ。しのぶちゃんは食べ終わったら気をつけて帰ってね」

     事を済ませた童磨はそそくさとドアの奥に体を半分忍ばせる。

    「部屋まで私も一緒に付き添います」
    「ダメだよ。しのぶちゃんの移るかもしれないでしょ。今日は来てくれてありがとう。ごめんね、こんな形でしかおもてなしできなくて…おやすみ、しのぶちゃん。メリークリスマス」

     こちらを捲し立てる勢いで言いたいことだけを言い切ってキッチンの戸を閉められた。中途半端に立ち上がっただけでもう一度、椅子に腰を下ろした。
     自分に与えられた事は目の前のケーキを味わう事だ。先程と同じように口に運ぶ。

    「…………っ、美味しい」

     今度は我慢しなくていいと自然に涙がこぼれる。美味しい、美味しいと心の中で反芻させる度にポロポロと机に小さなシミを作っていく。それは何かが壊れていく感覚に他ならない。
     今まで必死に守ってきたのに、頑固たる意志を持って臨んできたのに一度ヒビが入ったものは修復することはできず、時間とともにその強度は下がる一方だった。それが崩れぬと過信していたのは自分だし、見過ごしていたのも自分。なんとなく分かっていたけど、もう、最後の一撃で目を逸らしたくなるほどその言葉を見つけてしまった。

    好き……。

     美味しいとすり替えてたその2文字が涙がと共に降ってくる。

    好き…。

     もう自分でも歯止めが効かない。この気持ちが徐々に体に浸透していくのが分かる。頭では到底理解し得なかった。
     前世では仇のくせに、今はストーカーにくせに、人の話は聞かないし、人目を憚らないし、神出鬼没で心臓に悪いし、とにかく迷惑な奴な奴のくせに。
     そう毒を心の中で吐き捨て貶す。なんとしてもこの気持ちを否定してしまいたかったから。けど、優しくて、他人を思いやれる情をちゃんと持っている人なんだということも知っている。
     私に近づく男や危害を与える人には容赦がないから、一時期、私以外には凶器なのではと人間性を疑っていたが、自分の事より子供たちの為にと動ける慈愛に偽りなど一片も感じられなかった。
     そして、私のことがどうしようもないくらい好きなんだともう十分に知っている。私と話す時、溶けそうなくらいに幸せそうな顔をしていたり、やたら大袈裟に喜びを表現する姿は他の人とは違う特別感を確かに感じていた。
     最初はとてつもなく不本意でその矛先が他の人に向けられればと願っていたハズなのに今はその考えはどこかへ行ってしまった。

    好き…好き、好き。

     取り繕っていた壁の向こう側には大きな存在が隠れていた。前世から絶対に抱いてなるものかと可能性すら見捨てた気持ち。
     今こうして泣いているのは素直に好きになれないチグハグな立場を嘆いているかもしれない。本当は前世のことなどどうでも良かった。けど、意地でなにかと理由を探し取り繕っていた。前の私をの面子を守りたかったのかもと思うが結局は全て後付けで言い訳にしかならない。
     最後の一口を飲み込み、添えられた麦茶で口直しをする。
     ほぅと息をついて全て平らげた皿を見つめた。
     もう、すべては私の中だ。

    *****

     ベッドに入ったらすぐに睡魔が側までやってきたが少しの抵抗で少しだけ今日を振り返る。
     今までの人生の中で失敗ってなかなかしてこなかったのだけれど、今日は間違いなく失敗した。せっかく取り付けた約束もなんの成果も得られなかった。せっかく胃を掴んだと思ったのに。義理堅いしのぶだからこそ、約束すれば絶対に来てくれる。あとはこちらの誠意を精一杯表現できれば現状打破が見込めたのだが、まさかの自分のコンディションが崩れるといことは想定外であった。彼女の秘密を知ったから、半ば脅しの意味も含まれてこじつけたのにまた最初からやり直しだ。
     自分の内面では決して彼女は振り向いてくれない。であれば有能であることをアピールしないといけないのに、体調管理ができていないとまた株が下がったに違いない。十分に反省をしてまた頑張ろう。頑張るとは自分には縁遠かった言葉だから、熱のせいか逆に少し楽しくなってきた。こんなにも頭の中を埋め尽くす彼女はむしろわざと嫌ってくれているのではないかとこの心躍る時間が過ごせることを感謝したい。
     段々と意識が遠のいていき額のタオルがズリ落ちた。戻す気力もないのでこのままでいいやと思っていたが、触れていた布の端っこの感覚がなくなった。意識が落ちていくことは止められず頭の端で再び額が冷える感覚は心地が良い。
     優しい彼女のことだ。様子を見にきてくれたみたいだ。
    もう、大きく口が開くことができないくらい身体が活動を抑制してくる。
     ありがとうとかろうじて声は出たのでちゃんと伝わってるといいな。

    「メリークリスマス…」

    鈴が鳴ったような透き通った声と共に彼女の匂いがふわりと香り、頰に一瞬何かが触れた気がする。それを追求する前に微睡にすべて攫われた後だった、

    ******

    「あーん!やっぱり一人じゃギリギリだわー。かと言ってしのぶちゃんをあそこに残したのは間違ってないわ、私!」

     泣き言を言いながらも自分の行いに後悔はないと頭をブンブンと振る。なんとか終わらせることは出来るが帰ってからの準備は乱雑になってしまいそうだ。せっかくのイブにできるなら全て準備万端で迎えたい。
     最後の家の配達を終え、部屋を出たらすぐに携帯を鳴らした。

    「もしもし、煉獄さん?蜜璃です…実は今日のディナーの件なんですけど…」
    『むむっ、随分と元気がないな。せっかくのサンタの衣装が勿体無いぞ!』

     サンタ?なんで私の格好が…。そういえば、声がなんだか妙に近い気が。

    「えっ!?」
    「よく似合っているぞ、甘露寺!これは俗に言う、サプライズというやつだな!!」
    「えっ、なんでここ?」
    「弟の友人宅で迎えに来たのだからすでに寝入っていたのでな。朝に改めることにしたんだ。ところで君はなぜ?」
    「煉獄さん、本当に眠くないんですか?」
    「まったく!大人気ないが君とのディナーが楽しみで目が冴えている!!」

     サンタの効力が効かないことがこの目力から物凄く伝わってくる。

    「とはいえ、女性がこんな時間に夜道を歩いてはいけない。連絡をくれれば迎えにいったのだが、君がここにいる理由が言えないのと関係が?」
    「……あっ、あの、えっと…」

     眩しい程に真っ直ぐな人であるが決して馬鹿ではない。むしろ鋭すぎるくらいなのだ。冷や汗がダラダラと背中をかける。
    蜜璃の秘密もバレるまであと10秒。

    ******

    「「「教祖さまありがとうございましたー!!!」」」

     小さい手を大きく振る子供たちに2階の窓から振り返す。
    早朝、目を覚ますとすぐに親御さんたちに連絡を取り迎えに来てもらった。ぐっすりと寝たおかげで頭は昨晩より冴えており、年末は両親の不在のため、ちょうど、お手伝いさんが来てくる日だったのでその人に親御さんたちの出迎えをお願い出来たのはよかった。
     これで一息付いたと窓に背を向け寄りかかる。先程は言ったように両親は不在でその間の寺の管理は自分の仕事だ。早く体調を直してやらなければと目を閉じて浅く息を吐いた。切り替えた視界の端にいつもはない物に気づく。机の上にそれは鎮座している。
     少しの思考停止ののちに、期待を膨らませがらそっと手に取る。
     メリークリスマスとタグが付けられた袋の中にはツリー型のクッキーが数枚。それとすぐそばに二つ折りにされたメモがある。

    「……………っ!!!」

     その中身を確認した瞬間に身体の怠さを感じさせないほど俊敏にベッドボードにある充電中の携帯を手に取った。メモを見ながら、親指で順番にタップし、耳元に当てる。何度かの呼び出し音の後、ブツっと信号が受信された。

    『はい、もしもし』

     感激で喉の奥が震える。まさか朝から声が聞けるなんて思ってもみなかった。

    「……昨日はありがとう。しのぶちゃん」

    【起きたら電話しなさい。090-××××-×××× 胡蝶しのぶ】

     綺麗な文字で書かれたクリスマスプレゼントを愛おしそうに掲げながら、背中からベッドへダイブする。嬉しいと跳ねる子供の気持ちに共感できた。
     今までで一番嬉しいプレゼントである。昨日で好感度はただ下がりしたと思っていたのに一体どこでこんな徳を積んだのだろうか。

    『大したことはしていません。貴方をベッドに運んだのは蜜璃さんなので』
    「でも、彼女を呼んでくれたのはしのぶちゃんだし、介抱してくれたのもしのぶちゃんでしょう?だから、ありがとう」

     メモの角度を意味もなく変えて何度も心の中での読み直す。これは本当に都合の良い夢ではなく現実なのだと噛み締めた。

    『それより、具合はどうですか?』
    「しのぶちゃんのおかげで、大分良くなったよ。熱は下がったし今日一日安静にしてれば全快できそう…それでさ」

     今、このタイミングなら昨日のやり直しを受け入れてもらえるかもしれない顔が見れないので声色を伺いながら、そっと切り出そう。電話口に集中していると耳の端にドアの開く音がする。
     お手伝いさんがそっと様子を見にきたのだろうか。しかし、すこぶるタイミングが悪い。ここはそっとジェスチャーで後にしてもらおう。
     ここまで0.5秒、上半身を起こして視線をドアに向けた。

    『「そうですね、大分、顔色が良くなったんじゃないですか。じゃあ、私は帰っても良さそうですね」』
    「えっ!?」

     携帯が手からこぼれてベッドに不時着する。

    「ふふっ、なんて顔してるんですか」

     悪戯が成功した子供みたいにおどけた笑顔が可愛すぎる。
     赤い服は着ていないけど、俺だけのサンタが一日遅れでやってきた。

    おまけ******

    「………………」
    「なんですか?そんなにじっと見て」

     ストーカーが好きな人に変わってしまった屈辱から翌日、お見舞いと託けてその人の家へとやってきた。ベッドに寝かしつけるや否や視線が突き刺さる。

    「今日はおしゃれだね、しのぶちゃん」
    「そうですか?」

     お前に対して身なりが気になり始めたとは決して言えない。
     そもそも、昨日の気づきも同情からの勘違いかもしれないと最後まで疑ってかかってたけど、元気そうな顔を目の当たりにしてほっとしてる自分がいるのとぎゅうっと胸が締め付けられてる自分を見つけてしまった。多分、初めての感覚なので恋と呼称してもいいだろう。

    「………もしかして、このあと誰かと会うの?」
    「えっと…いやこれは」

     先程の理由を言うまいと言葉が詰まる。早くなんでもないと言わないと。

    「どこの誰?何時に?どこで?何するの?」

     矢継ぎ早に質問が飛び、手首が掴まれてグッと顔が近くなる。突然の童磨のドアップは心臓に悪いし、反射的に顔に熱が集まってきた。

    「貴方とは関係ないじゃないですか」

     顔を見られまいと反射的に売り言葉を投げ顔を背けて逃げようとするがこちらの力の利用されてベッドに腰が落ち、太く長い手が上半身を拘束する。

    「………ちょっと!?」

     後ろから抱きしめられていると思うと今度は心拍数が上がったしまう。バレてしまうと必死にもがくが力では敵わない。

    「……このまま閉じ込めればもう行けないよね」

     低い声が支配を匂わす。その声に逆に冷静になった。また、こいつは身勝手に相手をねじ伏せるつもりか。

    「怒りますよ……」

     暴れるのをやめ、一言だけ鋭利に告げる。
    びくりと拘束する腕が跳ねると腕の力が抜けていく。

    「…っあ、ご、ごめんね…。しのぶちゃんが他の男と歩いてる姿、想像したら、耐えられなくて…」

     ポスンと肩に頭が乗る。いつもなら、虫唾が走っているはずなのにこの甘えをなぜか許してしまう。

    「しのぶちゃん、お願い…。俺、もっと頑張るからさ…他の男なんて見ないで」

     私はいつ男と出かけると言ったのか。被害妄想も程々にしてもらいたい。それに私はずっと前からお前しか見てません。いくら目を逸らしたくても。いい意味でも悪い意味でも目に毒なのよ不服なほどに。
     いい加減気づきなさい、馬鹿……。

    「私は今日はここで過ごしてから家に帰ります。寄り道はしません」
    「本当?」
    「こんなことで嘘なんかつきません。それにこの後、人に会ったら貴方の病気がうつるでしょう」
    「しのぶちゃんに近づくやつらにはちょうどいい天罰だ」
    「それ呪いじゃないですか。やめなさい、他人に迷惑かけるのは」
    「……しのぶちゃん次第だよ」
    「そうやって、全部私のせいにしないでください」
    「ごめんね…でも、どうしようもないくらい好きなんだ…」

     私も、と釣られそうになった。ギュッと唇を結んで堪える。我慢なんて今まで苦じゃなかったのに喉の奥から言葉が暴れ出してる。
     恋はこんなにも手がつけられない代物なのか、少しだけ、この人の気持ちが分かったかもしれない。

    「そうですか…困りましたね」

     同意するフリをして自分に投げかける。どうしたら私は素直になれるのだろうか。
     来年、また同じ気持ちでいられたならその時は彼が望む言葉をプレゼントしよう。

     童磨の一番のプレゼントが更新されるまであと一年。
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