嫉妬の萌芽 ふと、重みを感じてシグレは目を覚ました。
腕の中には、猫のようにシグレの胸板に頬を擦り付けてすうすうと寝息を立てる銀色の髪の少女が一人。
(アカネ……ああ、寒くて一人では眠れないからと、直前に懐に入ってきたのだったか)
冬の深夜。冷えた空気で寝ぼけた頭が次第に冴えてくる。アカネは十になったばかり。普段隣で寝ている彼女の兄は、城に仕官するからと、先日この家を出て行ってしまったばかりだった。それ以来、アカネは時々寂しいから共寝をしたいと言ってシグレの布団に潜り込んでくる。アカネとは幼少のみぎりに将来結婚しようと約束をしたが、あの頃はその言葉と意味をシグレ自身そこまで深く理解していなかった。しかし、直に元服を迎える齢になるにつれて、その言葉と意味にほんのりと色が付き始めてきたのをシグレ自身も自覚している。まだ十の少女だ。子供過ぎてどうこうするなどと言う気にはならないが、将来的にはきっと、と嫌でも意識をしてしまう。
「うぅん……あに、うえ……」
アカネがぽつりと寝言をこぼす。夢の中でも兄を追いかけているのか、一緒にいたいと思っているのか。どんな気持ちでいるのだろうと思い、ふとその顔を覗き込むと、アカネの頬をつう、と一筋、涙が流れていくのが見えた。
「…………」
アカネの背にそっと両腕を回し、ぐっと力を入れる。
(今、お前の傍にいるのは俺なのに)
この家を先日出て行ったアカネの兄シオン。シグレにとっても大切な幼馴染で、かけがえのない友だ。彼自身がアカネのことを溺愛しているのも知っているし、アカネも兄のことを守りたい一心で剣を取っているのも知っている。それでも、こう願わずにいられない。
(お前の一番になれたらいいのに)
アカネの一番がシオンではなく自分になれば、アカネも兄を想ってこんな涙を流すことなどなくなるはずだ。俺だけを見てほしい、俺だけのものになって欲しいという欲望は、日に日に増すばかり。いつか婚姻することを約束しているけれども、彼女の胸の中の一番がシオンのままでだなんて、そんなことは耐えられない。
腕の中のぬくもりをぎゅっと抱きしめる。少なくとも今だけは、アカネは俺の腕の中のもの。その体温をじっくりと嚙みしめながら、シグレも再び夢の中へと落ちていった。