36話で見た気がしてた料理が壊滅的な宵越の王宵関が野菜だけ盛られた皿を片手に肩を落としていたと聞いた王城は、彼の為にカロリー低めの料理を作ろうと思い立ち、嬉々として立ち上がった。
隣に座って口いっぱいに王城の作った料理を詰め込んでいた宵越がそれを見上げるように視線を上げて続く。
「どうしたの?食べてていいよ?」
「んぐ……もぐ……」
何かを伝えようとしてどうやら自分が喋れないことに気がついた彼は、口の中のものを慌てて咀嚼し、ゴクリと音を立て飲み込んだ。
むせて咳き込むその背中を叩きコップにお茶を注いで渡す王城がもう一度優しい調子で、今度はゆっくり食べるようにと諭す。
彼手ずから釣ったと言うマスの入っているクーラーボックス、王城はそれを肩に担ぐと早々に備え付けの水場へと向かおうとするので、慌てて手を伸ばした宵越は肩にかけられたクーラーボックスのヒモの端を掴んで引っ張った。
「手伝う」
少し気恥ずかしそうな申し出と、慣れないことをしているという自覚のせいで強ばりをみせる表情を前にして、王城はとてもではないが断ることはできなかった。
『あれ、これってもしかして一緒に料理ができるってこと?』
宵越に指示をして野菜と道具をいくつか持ってもらい、王城は調理の準備をしながら、一緒に並んで趣味である料理ができるという事実に気が付き心が躍る。
これを機会に少しでも店屋物ばかりの彼の食生活が改善されるよう、自分が教えられることは出来れば教えてあげようと密かに意気込んだ。
初心者であることはわかってたので、さすがに魚はさばけないだろうと踏んで、野菜をざっくりと切ってほしいと包丁を渡す。
彼は自信満々にソレを受け取りまな板の上に指定の野菜を置くと、当然のような顔をして振り上げた包丁をまな板へと振り下ろした。
ガンッと包丁とまな板から出ているとは到底思えないような音と一緒に、あまりにもざっくりと切られた野菜がごろごろと転がっていく。
切られてなお大きな野菜の塊を前に少しも疑わない宵越を見て、王城は真顔でその手から包丁を取り上げた。
「ごめん、言うの忘れてたんだけど、先に皮をむこうか」
「おう」
そう言って、取り上げたものの代わりにピーラーと人参を渡す。彼は疑問を持つ事無くそれを受け取ると、王城に説明される通りに刃を当てる。
力任せに押し当てたが為に刃が深く入り、分厚く剥がれていくソレはかなりむきずらそうだった。
すぐ横で繰り広げられる、王城が生きてきた中では見たことがないほど力任せに進んでいく皮むきに、魚をさばくどころではなった彼はハラハラとした様子でその手元に注目していた。
「おっ」
「わぁっ!!」
ずるっと手元から滑った人参が宵越の手から離れ、皮と一緒に流し台に落ちる。
王城が今までにない緊張感を持っているにも関わらず、当の本人は何ともないような顔をして落ちた人参を拾い上げた。
それから左手の指をじっと見つめているので、王城はまさか怪我でもしたのではないかと心配して声をかける。
「もしかして怪我とかした!?大丈夫?見せてみて」
「あぁ、いや」
差し出された王城の手の上に、言われるまま大人しく乗せられた宵越の手は血も出ておらず真新しい傷もない。
外傷の有無をその目で確認した王城は、なんでもないなら良かったと胸をなでおろしたが、宵越は手を傾け、親指の甲を王城が見やすいように調整する。
「爪が削れた」
平坦な口調でそう言った宵越の爪は、血こそ出ていないが妙に薄くなって凹んでいる部分があった。
王城は血の気がさっと引いていくのを感じ、宵越の手から今度は青ざめた顔でピーラーを取り上げる。
「宵越君、これ洗って手でちぎってもらってもいいかな?」
「おう、任せろ」
先程から返事だけはとても良い彼は、言われた通り目の前に差し出されたキャベツを1枚むしるように剥いで洗い、大きなボウルの中にちぎっていく。
王城はその手元を確認し、流石に何も問題がないことに安堵した。
隣で宵越が懸命に剥いでは千切りを繰り返している間に王城は猛スピードで魚の腹を開き根菜を切る。
結果、王城の指示により宵越が野菜を全て手でちぎり、それ以外の工程は王城が全ておこなう事でひとつの料理が完成した。
宵越の口元に味見と称して出来たてのソレを運ぶと、素直に口が開いたので舌の上に乗せてやる。もぐもぐ咀嚼した彼はうまいと声をあげ、それはキラキラした目で王城を見た。
「よかった、こういうのって手でちぎると味が染みやすいんだ。宵越君のおかげで美味しくできたよ。手伝ってくれてありがとう」
その賛美を受け取る宵越はそれは満足そうな様子でだ。ご褒美と称し山盛りによそわれたソレを大きな匙で口の中がパンパンになるほどに詰め込んでいく。
王城はそんな彼の姿に目を細め、微笑ましそうに見つめていた。
その2人を興味本位で見ていた水澄と畦道の2人は、宵越の料理ができるできない以前の問題ともいえる絶望的な腕に引くと同時にただただひたすら部長に対する尊敬の念を深め、全てをただ遠くから見ていた井浦は、王城と宵越の関係をよく知っていながらまるで親子のやり取りだったなと感想を漏らした。