佐宵 ディテール固め目に焼き付いて離れない存在が、この世界にもう1人現れた。
彼の自信に満ちた瞳、その瞳に負けずごうごうと燃え盛る熱、それを1番近くで目の当たりにした時からコートに立てば彼の姿がイメージとしてそこに立つ。
緩やかな勾配とカーブの多い道を走ると、誰にも負けないという強い意志、常に考え何度も繰り返し磨いた技術により魅せる何よりも綺麗な走りと意地を思い出す。
1番尊敬する憧れの人、その人が育てていると紹介した1年生。特別な思いはあれど、ただそれだけの存在だったはずなのに。
『もう少し話してみれば良かったなあ』
別れ際、挨拶もそこそこに見送ってから数日後だ、自分の異変に気がついたのは。
元来受け身な性格だ、流石に個人的に会うことはないと思っていたのも相まって連絡先すら聞いていなかった。
憧れの人を追い求めるものとはまるで違う、突然きっかけもなく脳裏に浮かぶ彼の姿とそれによる緊張感。
今までに感じたことがないような、妙な感覚だった。負けたことに対して悔しがっているのかもと一瞬は思ったけれど、それとは違うものだとすぐに思い直す。
だって合宿での1週間を思い出してはあの時声をかければよかったと後悔している自分に気がついていたから。
悔しいだけならきっと、こんな風には思わない。
これっていったいなんだろうと不思議だった疑問を、なんとはなしにヒロに聞いてみる。
別に答えを求めていた訳ではない、下校途中にいつも交わすただの雑談のような感覚だった。そして彼もまたそのレベルで話を聞いていたように思う。
数日前の合宿は記憶に新しいうえ2人共通の話題だったからそれなりに花が咲いた。しかし本題に差し掛かかった途端、彼は酷く複雑そうな顔をしたかと思うと言葉を挟んでその先をさえぎった。
「いやいや!まて、今なんて言った??」
「え?えっと、もっと話してみればよかったな〜?」
「違う!その前!!」
「宵越君の事が忘れられなくて?」
「惜しい!確かにそれも気になった!」
声を上げるヒロに誘導されながら自分の発言を思い出していく。すると一つ、確かに自分でも引っかかる部分があることに気がついた。
なんでこんなことを思ったのかわからない。
渦中の男と結びつくイメージではないとわかるのに、口にした時に違和感は覚えず、それどころか自分の中でしっくり来る表現だと思ったのは確かだった。
「……可愛い顔で笑う、し……?」
それだ!とヒロは人差し指をこちらに向ける。
彼の指摘は思ったものとほぼそのまま、可愛いという表現が出てくるのはおかしいのではないかということ。
そして、そもそも話したい理由にソレを上げてくるということへの指摘だった。
「この流れは、例えば意外と気が合って仲良くなれるかもしれないからとか、そういうのが入んだろ。なんだ可愛いからって」
「うーん……気が合うかはまだわからないかな」
返答に困って曖昧に返せば、ヒロは顎に手を当てながらじろじろとコチラを観察してくる。
たじろんで思わず体を後ろに下げるが、彼は意に介す様子もない。
「……もしかしてお前……」
「も、もしかして?」
「いや、俺が言うことじゃねーか」
勝手なことを言って勘違いだったら困るしと彼は付け足してその先を口にはしなかった。
しかし彼なりの気遣いも虚しく、さすがにここまで気付かされればその後に続く言葉くらい目星がついてしまう。
『もしかして僕は、キミのことが好きなのかな……?』
「ま、どっちにしろ来週抽選会もあるんだし、そこで会うだろ」
「あっ……」
ヒロはそう言って背中をたたく、そして何事もなかったかのようにコンビニを指さして寄っていこうと誘った。
「そっか、もう来週なんだね」
彼の後ろに続きながら、実際に会ったらどんな気持ちになるのかと想像をすると、恥ずかしくなって顔を伏せる。
自然と吐露した言葉、それが表す意味とはなんなのか、この感情の真意がもう一度会う事でハッキリするものなのかはわからないけれど。
『そうか……』
自動ドアが開くと冷房がかかった室内から流れ出る、ひんやりと冷たい空気が全身をなでる。
ほのかに熱を持つ頬が早く収まるようにと思うばかりだった。
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佐倉は宵越の連絡先を知らなかったようなので、積極的にアピールやデートに誘うのであれば技伝授以降かなと思うけど1番触れ合いがあったのはやっぱり合宿なので、この時点で意識はしていたのではと思ってます。
合宿中に自覚している場合、コミュ力お化けのヒロがついてるから絶対連絡先聞き出すくらいするだろうなと思い、合宿後に自覚する形に。
因みに、抽選会場は思いのほか慌ただしく連絡先を交換できなかったとかで何とかしてもらって、技伝授以降に連絡を取り合う仲になるといいなというところまで妄想。