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    misaki_MHR

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    ユズアキ温泉月見酒編

     昼下がり、夕飯のおかずを釣りに出かけようとした時のこと。水車小屋の前で、ばったりと友人に出くわした。なかなかの量の荷物を背負っている。夜逃げでもする気か、と、ちょっと冷や汗をかきそうになり、しかし、それはすぐに杞憂だとわかった。
    「なあ、温泉行こうぜ」
     挨拶もそこそこに、そいつはそう誘ってきたからだ。ものすごくほっとしたのを気付かれないように、返事をする。
    「なんだ、珍しいな。別に良いけど。これから?」
    「その方が嬉しいな」
     行くのは別に問題ない。聞けば、双子が二人で教官と一緒に訓練に出て、しばらく戻らないのだという。なるほど。一人が寂しいって訳だ。
    「ついでに酒持っていってさ、温泉に浸かりながら月見酒……っての、どうよ」
    「だからそんな大荷物を背負ってたってことね……。いいよ。ちょうど、温泉の側の宿泊用のテントの点検、頼まれてたし」
    「おーおー、勤勉ですこと」
    「そんなんじゃ……言われてから一ヶ月くらい経ってるし」
    「お、おう……」
    「誰も使わないしさ、あんなの」
    「まあ、そうだよなあ」
     里から少し離れた場所にある温泉は、それなりに人気はあるのだけれど、ハンター以外の人間が宿泊出来るほどの設備はない。なので、泊まるのは必然的にハンターの資格を持つ者に限られてくる。しかし、ハンターの資格があるなら、そのまま里に帰ってちゃんとした寝床で寝た方が良いし、ここに泊まるのは、何かしらの事情がある者――と言っても、朝早くからこの近くで採取に出たいとか、そういう程度の理由だ――になる、という訳である。もちろん、そんな奇特な者はそうおらず、結果、温泉の近くに設えられたキャンプ設備は、ほとんどほったらかしで埃を被っているのであった。
     ともあれ、月見酒兼、テントの点検、という訳で、となると、それなりの準備がいる。目の前の友人の大荷物を見るに、もとより泊りがけのつもりのようだし。水車小屋に戻り、出かける準備をしてから向かうことにする。簡単な修繕のための工具はテントにあるが、風呂に入るなら手ぬぐいやら着替えもいるし、飲むならつまみがいるからだ。


     荷造りを済ませ、温泉へ向かう頃には、少し人通りも増えて来ていた。
     見知った顔に声をかけ、温泉のテントの点検に行って、ついでに泊まってくる、と伝えておく。正式なハンターへの依頼という訳ではないから、誰かに不在の理由を伝えておかねばならない。面倒な話である。
     里を離れて、温泉へ続く最低限整備された程度の山道をぽくぽく歩く。道に慣れた里の人間なら、小一時間程度でたどり着く場所だが、完全に安全という訳でもなく、暗い時間にここを通るのは危険だ。行って帰って来るには、今ぐらいの時間に向かうのが限界、というところだろう。誰かしらと一緒になるかと思ったが、前後に人影はない。まあ、貸し切りの方がありがたいけれども。
    「で、双子たちはどこまで行ったの」
    「大社跡」
    「すぐそばじゃん。ああ、あれ? 外で泊まりになった時の実地訓練」
    「そうそう、それだよ」
    「俺もやらされたなあ……懐かしい」
    「どんなことやるんだ?」
    「大したことは……火起こしとか、水の確保の仕方とか、そういうのだよ。いや、飯は現地調達だから、空きっ腹で終わることもあるけどさ」
    「なるほどな、じゃあ、アンタは苦労しただろ」
    「残念、その時は大漁だったよ。捌くのヘタだからチクチク言われたけど」
    「その頃から変わんねえのかよ」
    「うっせえ、加減が難しいんだよ……」
     道すがら、くだらない話をしていると、途中で、里長とすれ違った。テントの点検に、という話をすると、おうおう、ご苦労、ついでにゆっくりしてこい、と豪快に荷物ごと背中を叩かれ、よろけて転びそうになった。いくつになっても元気なお人である。
     そんなこともありつつ、温泉には予定通り到着した。もうもうと湯気をあげる温泉はさておいて、まずはテントの点検だ。
    「何か手伝うことは?」
    「んー、備品の確認と、設備の点検と……って感じだから、手分けしようか」
    「じゃあ備品の方は見ておくわ」
    「ダメになってるやつは寄せといて。量が少なかったら持って帰るけど、多かったら人を寄越すから」
    「はいはい」
     持ってきた荷物を下ろして、めいめいが仕事に移る。明るいうちに済ませた方が色々とやりやすいし、わざわざここまで来たのだから、温泉にはじっくり浸かりたい。
     点検はすぐに終わった。思ったより不具合もなく、その場で修繕出来るものばかりだったから、カゲロウさんの手を煩わせることもなさそうだ。中でごそごそやってるヤツの手伝いをしよう、と、テントの中へ入る。
    「こっちは終わったけど……わ、埃っぽいな」
    「いやあ……なかなか、中はヤバいな。色々」
     中からまあまあ派手な音がしていたが、備品もかなりイカれているようだ。
    「掃除もしとくか……ここで寝ようと思ってたとこだし」
    「だな。とりあえず、ちょっとでも良いから毛布干しておこうぜ」
    「ほい」
     テントの入り口の覆いを開けっ放しにして、とりあえず換気だ。毛布は外の物干し竿に引っ掛けて干しておく。まだ夕暮れには早いから、少しはマシになるだろう。そうであって欲しい。
     中の掃除は、なかなか大掛かりになった。
     消耗品の備品のほとんどは虫やら経年劣化やらでダメになっていて、それらを片っ端からゴミ袋に入れた。備え付けの設備、香炉や寝台や食器は埃まみれだったから、とりあえず拭いたり洗ったり、綺麗にしておく。こんな時間から洗濯しても……という気はしたが、今晩は晴れるらしいし、明日の朝洗濯をして、乾くまでここから動けないというのも嫌だし、と、布類もざっと洗濯して、毛布と入れ替わりで物干し竿に干した。
     ――ここまでで、日はすでに暮れている。
    「……これで、だいぶマシになったな」
    「もうへとへとだよ、風呂入ろうぜ、風呂」
     随分とこざっぱりとしたテントの中には、とりあえず虫除けの香を炊いておいた。これでしばらくは清潔さを保てるだろう。
    「よし、これ持ってな」
    「お、おう」
     荷物からごそごそと月見酒一式――酒瓶と、徳利と、お猪口を二つ。それを乗せる盆も――を取り出した友人は、それを俺に押し付けて、自分は網に入った卵を取り出して、へへっ、と笑った。
    「なんだそれ」
    「こいつをさ、源泉の近くに吊るしとくと、いい具合に茹だるんだよ」
    「へえ……」
     卵と言えば、焼くか茹でるかという感じだが、温泉の温度でも茹であがるんだろうか。ちょっと不思議に思ったが、とりあえず、とっとと風呂に入りたいので、深くは聞かずにおいた。


     ぽっかり浮かんだ月が明るくて、綺麗な夜だ。ざっと体を洗って、とぶんと湯に体を沈める。疲れた体に、ぬるめの湯が沁みた。
    「ほあ……いい湯だな……」
     思わず声が出て、隣の友人がくすくす笑う。
    「アンタも年だなあ」
    「そりゃあ、もう三十だし」
    「そうだよなあ……早いもんだな」
     知り合った頃は、まだ二十歳過ぎの若者だったのに、なんて、恥ずかしいことを言いながら、そいつはお盆の上の徳利を手に、とくとくとお猪口に酒を注いでいる。
    「ほい」
    「ありがと」
     冷酒がするりと喉を滑り落ち、ほわんと胃を熱くする。それがお湯の暖かさと混じって、体からどんどん力が抜けていく。空きっ腹に酒を入れたからか、早速頭がとろとろしてきた。つまみに持ってきた干物や木の実、米も食いたいから、と、友人にはおにぎりを握ってもらったから、炙って〆に食べよう。茹でた卵も楽しみだ。
     そんなことを考えていると、隣で同じくとろんとした顔になっている友人が、こちらをじっと見ていることに気付いた。
    「……アンタも、随分派手な体になっちまったなあ」
    「んー? まあ、そういう仕事だしなあ……」
     職業柄、あちこち怪我をするし、中には消えない傷跡もある。十年近く経って、それもかなりの数になった。怪我は少ないに越したことはないとは思うが、肌を見せる相手なんて、大体が同業者か、こいつくらいだし、あまり気にしたことはない。それに。
    「そっちも似たようなもんだろ」
    「比べもんにならないでしょ、アンタとは」
     それはまあ、そうかも知れない。でも、こっちはガンナーとは違う。そもそも、強いヤツは怪我をしないように立ち回る訳だし、半分は自業自得というヤツだ。そんなことよりも。
    「双子のこと、心配じゃないの」
     こういう仕事に就こうとしてるんでしょ。そう言うと、俯いてしまった。
    「……そりゃあ、心配だよ。だけど、あいつらが自分で決めたことだし。応援してやんなきゃ……父親としてはさ」
    「そっか……」
     俺と一緒にクエストに出る時は守ってやるから心配すんな、そう言おうかどうかは、ちょっと、悩んでしまった。それでお前が怪我したら、それはそれで嫌だとか、面倒なことを言われそうな気がして。
    「でもさ、おとうさんに憧れて、とかじゃないんだぜ、あいつら。アンタに憧れてんの、わかる?」
     絡み酒をするほど飲んでもいないのに、こいつは急に愚痴り始めた。なんだよ、そういうのをぶちまけたかったのか、と、思わず笑ってしまう。
    「俺に言うなって。憧れて欲しくて仕事してんじゃねえし」
    「そりゃわかってるけどさあ……複雑だよ……。どんな武器が使いたい、って聞いたら、操虫棍って言うんだぜ。すぐ側に弓使いがいるってのにさ」
    「弓も良いもんだけどな……アンタにはいつも助けられてるし」
    「だろ? わかってねえよなあ……」
     そう言ってちびちびと酒を飲む友人は、自分が年を取ったのと同じだけ、年を取った。当たり前の話なのだけれど、俺もこいつも、年を取ったのである。あれから成長したかというと、別にそうでもない。人間、そう大きくは変われないものだ。
     相変わらず人付き合いは苦手だし、淡々と仕事をこなすだけの日々だ。とんでもない依頼を持ち込まれることはあるけれど、それはなんとか乗り切って、今日を生きている。
     でも、自分は変わらなくても、周りは変わる。
     俺はともかく、こいつの生活は、ここ九年で、かなり変わった。妹さんは家を出て、優しい旦那さんと家庭を築き、子供だって生まれている。そして、こいつが養っている双子は、そろそろ独り立ちをするところだ。ハンター修行、それも、野外演習となると、試験を受ける日も近い。そうなれば、一人前の人間として、家を出ていくか、家になかなか帰ってこなくなるだろう。喜ばしいことだけれど、こいつにとっては、寂しいことでもある。
     いつかした、ずっと一緒にいよう、という、ふんわりした約束。それが果たされる日が近づいてきている。その日が来るのは、素直に嬉しいと思う。けれど、家族がいなくなって、寂しそうにしているこいつを見るのは、きっと辛い。こういう気持ちを、どう表現したら良いのか、消化したら良いのか……九年経っても、俺にはわからないでいる。幸せでいて欲しいな、って、そう思うだけなのだけれど。
     こいつにとっての一番はいつだって家族で、それはおかしいことじゃない。それが手から離れて、次に自分の番が来たとして……自分じゃあ、足りないだろうな、と、思う。二番目……もしかしたら、それより下かも知れないけど、とにかく、一番じゃない何かで満足して生きていくしかない。
     俺だって、一番欲しかったものを諦めて、そこそこで良い、って思って生きてきた訳だし。そんな自分が、誰かの一番になりたいだなんて、おこがましいってもんだ。
     それに、一番じゃなくて良いって諦めるのは、案外、気楽なものだ。なれないことに苦悩するより、なることを諦めてしまった方が良い。誰かの代わりだって、何だって、一人ぼっちよりはマシなんだし。
    「……なあ、随分待たせちまったよな」
    「何が」
    「……一緒にいるって言ったけどさ、もうちょっと、待ってもらうことになると思う」
    「……覚えてたの」
    「そりゃあな。忘れる訳ねえだろ」
    「そっか」
    「そうだよ」
    「……良いよ、ゆっくりで。いつまでも待ってるから」
    「ん……」
    「双子が家から出ていったらさ、アンタきっと、めちゃくちゃに泣いちまうよ。妹さんが結婚した時みたいに」
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