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    battaane13

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    battaane13

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    へそ先生の「18魔法学校:猫」の話です。ss集2の書下ろしでした。魔法学校、18歳、ネコ、という魅力のすべてをぶちこんだ派生、改めてへそ先生の力におののきます…

    #おそチョロ
    slowAndTedious

    ネコになりたい(魔法学校:猫) 魔法は、何かと制約が多い。授業時間外の使用禁止。指導者不在での使用禁止。当然、私用も禁止。エネルギーの前借禁止。実際、魔法を使うと、マラソン大会に出たくらいには疲れるから、まあ、こっちだってむやみやたらと使う気にはならない。
    大人になれば、こうした非効率を補うために、諸々の道具を使えるようになるわけだが、まだ免許のない未成年はどうやっても入手不可能だ。学校のなかで、地道に勉強するしかない。
     だったら、魔法なんかなくてもよかったのにな~……と思っていたのが、五分前の俺である。
     実習で使った使い捨ての道具を、校舎の一番端にある第四倉庫まで持っていくという仕事まで頼まれて、完全にやさぐれていた。魔法、マジ不便。いらない。教室前で出くわしたチョロ松に、手伝ってって言ったのに、「そんな軽い荷物一箱で、手伝うことないでしょ。僕今日図書館行くから、じゃあね」なんて澄ました顔で断られた。どうせ図書館でエロい本探すだけのくせに理不尽だ。
     第四倉庫はゴチャゴチャしていて、蒸し暑い。こんだけ頑張ったんだから、お金くらい落ちててもよくない? 運んできたものを適当に詰んで、奥の方をあさる。もともとゴチャゴチャだから、何を引っ張り出しても見た目は特に変わらない。 

    「ん? これ、杖っぽい……?」

     未成年ならだれでも欲しがる、魔力を補う「杖」。使う人にあわせて様々なデザインで作られるが、廃棄するときは、その模様をすべて削って、個々人の魔力をそぐのが基本である。だから、見た目はただの細い棒でも、実は「杖」―という展開も、なくは、ない。

    「まあ、こんなところにあるわけないよね~」

     何気なく棚の奥から引っ張り出した瞬間、かっと身体が熱くなる。え、何、燃焼系だった? 燃えちゃう? あわてて、手を離す。足元に落ちたのは、その辺の木から適当に折って来たような地味な枝だ。特に燃えている気配はない。

    「本物……?」

     拾い上げると、再び同じ感触がある。よく見ると、燃えてもないし皮膚が熱くなっているわけでもない。不快感というより、むしろ充実した身体感覚だ。頭がすっきり冴える感じまである。あ、これ、本物だ。まだ道具をさわったことはないが、これはもう間違いなく杖である。卒業間際に、杖を使った実習もあるから、何かの手違いで、まだほんのちょっと魔力が残っている杖が、ここにまぎれこんだのかもしれない。
     前言撤回。なんでもできる魔法、最高! 杖をそっと制服の中に隠して、第四倉庫を後にした。


     なんでもできると思うと、世界は一気に輝いてくる。
     いつもなら見逃してしまいそうなものも、イタズラのタネになるかと思うと、可能性の塊だ。校舎裏で陰気に体育座りするカラ松さえ、目ざとく発見して、声をかけてしまう。

    「なにしてんの?」

     カラ松は、体育座りのまま、視線をちょっとだけあげる。

    「……あそこのネコがかわいかったから、見てた」

     言葉通り、カラ松がさっきまで見ていた方向に、大きな黒猫が丸くなって眠っていた。ちょうどフェンスの向こうだから、誰にも邪魔されずに、のうのうと寝ている。

    「一松に教えてあげたいけど、ネコってすぐいなくなっちゃうでしょ。どうしようかなって思って……」

     説明が、たどたどしい。いや、どうしようもなくない? じっとしてても、一松が通りかかる可能性低いし、ネコはいったん放っといて一松を探しに行くくらいしか、できることなくない? ふだんの俺なら、ぺらぺら思いついたまま答えそうだけど、今日の俺は一味違う。

    「あ、じゃあ、カラ松もネコにしてあげようか」
    「……え?」

     魔法はイメージである。習ったことをもとに、強く願う。それが大事。杖を取り出して、学習済みの、変質魔法をベースに、フェンスの向こうの黒猫のイメージを重ねる。さっきのように、杖に向かって、身体が熱くなるのが分かる。ネコにな~れ。バカみたいな言葉だが、こういうのはシンプルな方が、集中しやすい。杖の先から、熱が放出される感覚のあとに、目をあけると、果たして、カラ松はちまっとした黒猫になっていた。

    「やった! 俺、天才!」

     カラ松(ネコ)は、視点の違いに気付いたものか、慌てて俺の足に手をかけてきた。

    「あ! 制服破けるからやめろってば。そのかっこで一松のところ行けば、ネコに会わせてあげられるでしょ。弟の悩みを解決してあげるお兄ちゃん、優しくない? じゃあね~」

     ネコカラ松を残して、さっさと校舎に入る。杖は、しっかり制服の内側に隠す。取り上げられてはたまらない。
     うすうす思ってたけど、俺、魔法うまい! 
     授業だと、中立的な魔法しか扱わないから、いまいちやる気出なかったけど、こういうイタズラはいくらでもできる。もちろん、無差別にやって怒られるのは嫌だから、狙うは兄弟。あと四回もチャンスがあるのだから、六つ子というのは、ありがたいものだ。


     校舎裏から入って、廊下の突き当りには、図書館がある。通りかかったところで、チョロ松のことを思い出す。うるさいやつを最初につぶすのは戦術の基本だ。
    チョロ松は、人気のない本棚で、難しい顔をして背表紙をにらんでいた。タイトルだけで、よりエロそうな中身を探しているのに違いない(効率が悪い)。似合わない丸眼鏡が、光を反射して、ほんのちょっとだけ頭がよさそうに見えるから、笑える。

    「ね~チョロ松、ちょっと来てきて、カラ松がなんか大変で」
    「え、なに、どうしたの?」

     適当に考えた口実だったのに、チョロ松は心配そうに眉をひそめた。さっき俺が手伝ってって言ったときは、聞いてくれなかったのに、ずいぶんな違いだ。
     適当に空いていた教室に入って、窓辺に寄り、校庭の部活中の一群を指さす。

    「ほら、あそこにカラ松いるんだけどさ、見える?」
    「え、どこ……?」

     必死に目を凝らすチョロ松は、隙だらけである。
     あんまり簡単にチャンスが来るから、どういうイタズラにするか決めてなかったけど、まあ、カラ松と同じでいいだろう。せっかくだから、柄くらい変えてあげよう。しましましっぽの、タヌキみたいな柄のネコ。ネコにな~れ。
     さっきより短い時間で、熱が集中する感覚があって、チョロ松はあっという間にネコになっていた。瞬時に状況を察したらしく、こっちに向かって、めちゃくちゃ威嚇してる。

    「そのシャーってやつ、似合う! 本物みたい」

     手を叩いて笑っていると、チョロ松は獣の俊敏さでとびかかってきた。爪も出てるし、牙も剥き出し。端的に怖い。っていうかネコの身体感覚つかむの早すぎ。なんなの、その適応力。一撃めをとりあえず避けて、杖を取り出す。チョロ松は、この杖こそが諸悪の根源であると察したのであろう、一直線に杖にむかって飛びつこうとする。
     身体だけ人間に戻れ!
     賭けだったけど、新しい魔法よりは、手抜き解除のほうが楽である。果たして、チョロ松は、耳と顔の一部だけ猫のまま、人間に戻った。とびかかった身体が、人間の重力で落下する。

    「いった! お前、ふざけやがって……」

     すぐさま身を起こすチョロ松の目は、怒りに燃えている。半端なネコ人間を笑う余裕もそこそこに、杖でもう一度ネコに戻してしまう。目を閉じなくても集中できるし、力のコントロールがだいぶスムーズになってきた。
     再びネコに戻るとは思っていなかったらしい、チョロ松は一瞬だけ遅れをとった。
    その隙に、教室の扉を閉めて出る。よしよし、猫の身体なら、あの扉は簡単に開けられまい。これでチョロ松も攻略~! 次の松は、ネコじゃなくて、もうちょっと別の生き物に挑戦してみようかな。カラスとかドラゴンとか。自分が一番うまくイメージできる生き物を考えていたら、自然とスキップしているのだった。


    「あ、おそ松兄さん、一緒帰る?」

     残りの松を探していたところに、教室前の廊下で声をかけてきたのはトド松だった。側には不良の真似ごとをしている十四松もいる。飛んで火に入る夏の虫。とはいえ、二人いっぺんとなると、やや手ごわい。

    「二人とも、もう帰るの?」
    「うん」
    「あ、俺、忘れ物した」

     トド松の返事と、十四松の声がかさなる。十四松は、大袈裟にポケットや鞄を引っくり返したあげく、「あ~、選択室だ」と嘆息した。

    「一緒に行ってあげようか」

     もちろん、これは優しさではなく、手ごわい十四松を先に仕留めるための作戦である。

    「え、僕も行く~」

     トド松も当然のようについてくるが、教室前の目立つところよりは、選択室の方がどうにかなるだろう。さらに都合のいいことに、十四松が忘れ物をしたのは、もっとも人通りの少ないところにある選択室だった。全ていい具合に進んでいる。二人いっぺんに変えられるかは分からないが、試してみる価値はある。
     率先して選択室までたどり着き、「どこに忘れたの?」なんて言いながら、教室の扉を開けたとき、中から手をグイッとひっぱられた。あ、こいつらグルだった。気付いたときにはもう遅い。
     選択室の中には、一松と、きっちり人間に戻ったカラ松がいた。揉みあった末に、押さえこまれて、あっけなく杖を押収されてしまった。

    「おそ松兄さんのイタズラは、本当にたちが悪いよねえ」

     杖を手にしたのは、一松である。
     十四松とカラ松に押さえつけられている上、背中には漬物石みたいにトド松が乗っかっているから、首だけあげて一松を見る。杖を振り回してにやにやしている一松は、絵に描いた悪者みたい。

    「俺たちのクラス、こないだ、人の魔法を中和させる薬学の授業やったばっかりじゃん。いやあ、役立ってよかった」

     一松は机にあった三角フラスコを取り上げて、演技がかった様子で振った。なるほど、それでカラ松が戻ったのか。視線をカラ松に送ると、カラ松も珍しく眉をつり上げて本気で怒っている。

    「俺もネコにする魔法、やってみたい。いいよねえ、おそ松兄さん」

     満面の笑顔で一松が言う。だからそれ、どう考えても、悪役の仕草じゃない? 俺はせいぜい、かわいいいたずらっ子だけど、お前はもう完璧に悪役。
     いいとも悪いとも答えないうちに、一松は目を閉じて、杖をこちらに向ける。なるほど、杖を向けられるのって、嫌なものだ。何をされるんだろう、という本能的な恐怖がわく。思わず目を閉じる。身体がぎゅっと内側に縮んでいくような違和感を覚えて、再び目をあけたときには、もうネコだった。

    「かわいい……めちゃくちゃその辺のノラネコっぽい。あ~でも、それがいい……最高かよ……」

     興奮した一松の変態じみた声が、だいぶ上から降って来る。
     唯一の救いは、ネコになったおかげで、三人の束縛から逃れられたことだ。身体もめちゃくちゃに軽い。開けっ放しだった扉に向かって走りこむと、あっという間に廊下に出ている。ネコの瞬発力ってすごい。

    「待て!」

     十四松と一松の声が重なって追いかけてきたが、それだって亀みたいなものだ。廊下を曲って、空いていた窓めがけてジャンプする。ほんのわずかな隙間でも、ネコの体はするりと通り抜けて、外に着地する。したいと思ったことが、思った早さで実行できるのは気持ちがいい。

    「どこ行った?」
    「わかんない、逃げ足早すぎ」

     三人の松は完璧に俺を見失ったらしい。悠々と尻尾をたてて、校舎沿いに歩く。
    校舎内に戻るとつかまりかねないので、とりあえず体育倉庫に潜りこんでみた。
    かび臭くはあるけれど、日の当たったマットは魅力的だった。真ん中に座ると、自然とからだが丸くなる。人間だったら、かたくて寝られれたものじゃないだろうが、ネコの柔らかいからだは、マットの上でも充分快適だった。ネコさいこー! 宿題も魔法も関係ないし、ほとぼりが冷めるまでネコしててもいいかも。もしかしたら、女子にかわい~って撫でてもらえるかもしれないし。
     走り回った反動か、うとうとしかけたとき、奥でカタンと音がした。人間ではない。たぶん同じくらいの大きさの生き物。「誰?」と聞いたつもりだったけど、他の生き物から聞けば「にゃあ」になっているだろう。

    「そっちこそ誰?」

     奥から聞こえてきた音は、ちゃんと意味をともなって聞こえた。つまり、あっちもネコということである。すいぶん聞き覚えのある音だ。ネコの声に「聞き覚え」というのも変だけど。

    「俺、この辺のノラネコ。ちょっと休んでただけ」

     適当な嘘をつくと、奥のネコがほっとしたような気配があった。

    「僕も休んでただけ」
     
     奥からひょこっと表れたネコの目元は、変にキラキラしている。あれってメガネ……と思った瞬間、そのネコの正体がわかって、俺は大笑いしそうになった(ネコが笑えるのかは、不明だけど)。チョロ松だ。タヌキのような縞柄も、さっき見た通り。閉じ込めたと思ったけど、どこかから抜け出したらしい。さすがチョロ松である。
     チョロ松ネコはおずおず近づいてきて、寝ている俺のだいぶ近くまできた。

    「僕さっき、人間にヒドイ目にあわされて、ここに逃げてきたんだよね。だから、できれば、ケンカとかしたくないんだ」

     チョロ松はそう言って、ちょっとためらってから、不意に鼻先をこちらの鼻に近付けてきた。いやいや、突然なに? チューしちゃうじゃん! 驚いて、身を引きそうになると、チョロ松は追いかけてくる。

    「あの、あいさつ、ごめん僕下手で……」

     そうか、ネコの挨拶って鼻くっつけるんだっけ。いつか一松に教えてもらったネコ知識を思い出す。
     チョロ松は、俺がヒドイ目にあわせた張本人であると気づいていないばかりか、俺が本物のノラネコだと思い込んでいるらしい。面白すぎる。

    「ん、じゃあ、していいよ」

     尊大に言うと、チョロ松は、改めて鼻をくっつけてくる。チョロ松からはふわっといい匂いがした。お日様とかパンとか、なんというか、認識したとたん問答無用でいいにおいだな~って感じる魅力的な匂い。思わず追いかけて鼻先をこすりつけると、ひげが触れてくすぐったい。チョロ松も、応じるみたいにくっついてきて、頭をこすりつけてくる。敵意のなさが伝わるからなのか、緊張やらこわばりがほどけて、もっともっと近づきたいという気持ちが湧いてくる。相手はチョロ松だとわかっているのに。ネコの挨拶恐るべしである。

    「……よかったら、一緒に寝る?」

     つい、そんなことまで言ってしまう。チョロ松は、尻尾をぴんと立てて「いいの?」と言った。あ、これ、喜んでる。すぐわかるのも、ネコの便利さである。

    「うん、ここ気持ちいいよ」

     少し端によると、チョロ松は、マットの上に乗って来た。敵意がないよ、ということを示すべくお腹を見せて伸びると、チョロ松はさらに近寄ってきて、毛づくろいし始めた。チョロ松をネコにしたのって、時間にしたら三〇分くらい前だと思うんだけど、チョロ松はもう毛づくろいまでマスターしているらしい。いかにもネコらしい仕草で、女子受けもよさそう。俺も真似してやってみることにする。ネコの舌はザラザラしているから、ちょうどよく毛をなでつけてくれて、なかなか楽しい。前足をぺろぺろしていると、チョロ松がふっと笑う気配がした。

    「なんか下手だね、毛づくろい」
    「え、そうかな」

     正体がバレたかと思ってあせったけど、そうではなかった。

    「僕もさっきまで下手だったんだけど、大きい黒猫に教えてもらったの」

     さっきカラ松が眺めていた猫を思い出す。確かにあいつはピカピカして立派なネコだった。知らぬ間に本物のネコとも交流するとは……チョロ松の行動力をなめていたかもしれない。

    「こうするんだよ」

     チョロ松は、俺の身体の上に手を置いて、首の辺りをぺろぺろなめはじめた。え、いやちょっと待って、それはなんか、こう、人間で考えると、ヤバくない? 焦ったのも束の間、他人(というか他ネコ)にされる毛づくろいは、ちっぽけな羞恥心などあっという間に溶かす気持ちよさだった。無理やりたとえるならば、お風呂に入っているときの心地よさだろうか。チョロ松が、俺の首から耳のうしろ、額と、顔周りを中心に、丁寧になめてくれると、細かいことはどうでもよくなって、ぽかぽか暖かい感情だけがわいてくる。毛づくろいしてるだけで、こんなに充実してしまうなんて、ネコってずるい。
     うっとりしていると、途中からチョロ松は自分の毛づくろいに戻ってしまった。毛づくろいが終わっても、なめてもらったところから、全身によろこびが広がって、お返ししたいという、ネコらしい気持ちがわいてくる。
    感情に従って、ちょっと身を起こし、チョロ松に毛づくろいを返してみる。舌が届きにくそうな背中の辺りをなめてみると、チョロ松は、一瞬だけ止まってから、すぐに身体をやわらかくした。

    「ありがとう、気持ちいい」

     ネコは笑わないけど、今チョロ松がふわっと笑ったのがわかった。動物になっているからなのか、基本的に快・不快がすごく研ぎ澄まされている。どこをなめたらチョロ松が気持ちいいのか、手に取るようにわかる。すきだなあと思って、一生懸命なめる。せっかくなら黒猫の毛づくろいよりもきもちいいと思ってほしい。毛づくろいって、する方も、大きな満足を得られるらしい。舌先から「きもちいい」と「すき」に満たされて、余計なことは何も考えられない。
     しばらくそうやってから、俺とチョロ松は、マットの中央でぺったりくっついて寝た。お互いの毛で、あったかくて、やわらかくて、ふわふわで、マットどころか、世界のまん中にいるみたい。なんかもう、人間になんか戻らなくてもいいから、チョロ松と一生こうやっていたい。
     気づくとごろごろ不思議な音がした。二カ所から鳴っているようだが、発生源は不明である。きょろきょろ辺りを見回すと、チョロ松が笑いながら(ネコの笑いはもう完璧にマスターした)、ちょっと顎をあげた。

    「喉がなってるんだよ」

     そういえばネコって喉がなるよね。きもちいい、すき、っていう気持ちを音でも全身でも感じ取ると、ますます深いよろこびに満たされて喉が鳴る。もっと聞きたくて、チョロ松の喉元に耳を当てると、チョロ松もくっついてくれる。人間のからだでは考えられないくらい、隙間なくふれあって、とけてしまいそう。
     どう、チョロ松。適当な思いつきだったけど、ネコになってよかったでしょ。戻れなかったら、ずっと二人で生きていこうね。俺もお前もめちゃくちゃかわいいから、きっと女子がお弁当の残りとかくれるよ。
     眠気でとろとろするまま、あやうく正直に呼び掛けてしまいそうになって、あわてて、口もとに手をもっていき、毛づくろいする。なるほど。毛づくろいには気持ちを落ち着けるという効果があるらしい。
     チョロ松も顔をあげて、眠そうな声で「もうちょっと毛づくろいする?」と言った。してほしい、と甘えようとした途端、パッと明るい光が広がった。思わず目を閉じる。次に目を開けたとき、しましましっぽでふわふわのチョロ松はいなかった。

    「あれ? あ、人間に戻ってる」

     今度こそ聞きなれたチョロ松の声だ。ついネコの本能で、反射的にマットから降りて奥へ逃げ込んでしまったが、それで正しかった。

    「ネコちゃん、驚かせてごめんね。おいで、僕だよ」

     チョロ松は、俺に向かって手を伸ばす。俺はバレないようにさらに奥へと逃げる。

    「……あとでごはん持ってきてあげるね」

     チョロ松は、しょんぼりした声で言って、そっと体育倉庫を出ていった。
     俺も、慌てて窓の隙間から逃げ出す。
     察するに、杖に残っていた魔力は、一回あたり一時間弱の効果を持続する程度だったのだろう。となれば、俺が一松にかけられた分も、あと少しで切れるはずである。一生ネコの夢はあえなく終わった。まあ、なんだかんだネコより人間のほうが便利だから、いいんだけど。
     いつ人間に戻ってもいいように、人気のない場所を探す。ボイラー室の裏手なら、誰も来ないだろう。毛づくろいを楽しめるのも、あとちょっとである。前足をぺろぺろして、気持ちを落ち着ける。
     しばらくすると、杖を握ったときのように、身体が熱くなる感触があった。ぐんぐん視線が高くなって、見慣れた手足が視界に入る。人間に戻ったのだ。約一時間ぶりの人間の身体をブラブラ動かしてみる。ネコのときより、格段に重いけど、慣れた身体だから、感覚はすぐに戻ってくる。
     足を動かしながら、しみじみ、ネコって身軽だったよな~と思う。そこで、やっと、考えないようにしていたチョロ松(ネコ)とのことがフラッシュバックした―顔をくっつけて、なめあって、ぴったりくっついて一緒に寝た。さっき、俺たち、ネコのからだに流されて、だいぶとんでもないことしてなかった? いや、チョロ松は俺の正体に気付いてないはずだけど、でも残りの松が、チョロ松に俺の悪行を訴えるのは目に見えているから、勘付かれる可能性は高い。
     まずいことに、ネコとしての身体感覚は人間の感覚で塗りつぶされていくのに、情感だけは消えてくれない。チョロ松と鼻先をくっつけたときの安心感、毛づくろいをしてぴったりくっついたときの気持ちよさ、一緒に寝たときの深い満足感、そういう感情が、しっかり焼き付いている。ネコだったときは、それらはネコの感情として処理されていたのに、人間に戻った今、顔は赤くなるし、身体の奥は熱くなるし、きわめて人間的に表出されてしまう。これは、ちょっと、いやだいぶ、困る。

    「おそ松兄さん、見つかった?」
    「まだ」
    「おかしいなあ、そろそろ人間に戻ってると思うんだけど」

     遠くから、俺を探す兄弟の声がする。
     杖のことといい、カラ松のことといい、怒られるのは目に見えているが、今の俺が心配すべきことはそっちではない。
     自分の頬さえコントロールできないなんて、魔法を使えない人間の身体ってなんて不便なんだろう。せめて熱くらい冷めてほしい。頬を手のひらで押さえても、余計に温度がとどまる気がする。
    今なら、魔法より、毛づくろいのほうが、百倍、役に立つ。
     人間の身体をもてあまして、俺は、物陰で体育座りをすることしかできないのだった。
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    ネコになりたい(魔法学校:猫) 魔法は、何かと制約が多い。授業時間外の使用禁止。指導者不在での使用禁止。当然、私用も禁止。エネルギーの前借禁止。実際、魔法を使うと、マラソン大会に出たくらいには疲れるから、まあ、こっちだってむやみやたらと使う気にはならない。
    大人になれば、こうした非効率を補うために、諸々の道具を使えるようになるわけだが、まだ免許のない未成年はどうやっても入手不可能だ。学校のなかで、地道に勉強するしかない。
     だったら、魔法なんかなくてもよかったのにな~……と思っていたのが、五分前の俺である。
     実習で使った使い捨ての道具を、校舎の一番端にある第四倉庫まで持っていくという仕事まで頼まれて、完全にやさぐれていた。魔法、マジ不便。いらない。教室前で出くわしたチョロ松に、手伝ってって言ったのに、「そんな軽い荷物一箱で、手伝うことないでしょ。僕今日図書館行くから、じゃあね」なんて澄ました顔で断られた。どうせ図書館でエロい本探すだけのくせに理不尽だ。
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