PHONYPHONY
トラファルガー・ローは、趣味で作詞と作曲を行なっている。
普段は医学部へ通う学生だが、高校生の頃から音楽にも興味を持ち始め、色々と本を読んだり独学で勉強をしたことで、ある程度作曲の技術が身についた。最近では音の打ち込みや人工の音声による歌唱が可能となっている。そうして自分好みの曲を作ってはネットに上げることを繰り返していた。
それほど爆発的な人気は出ていないものの、じわじわと再生回数は伸びている。が、当の本人はさしてその辺りに興味はなかった。自分の作りたいという欲求を満たし続ける行動であるからだ。本業の医学部の勉強の方で、少々頭が煮詰まってしまった時などに、作曲をするとスッキリすることがある。一石二鳥であった。
そうやって、趣味としてはのらりくらりと作曲活動を続けていたわけだが。ある日、大学の食堂でふと携帯を確認した時に、彼の曲たちの再生数が急に伸び始めていることに気がついた。
(……なんだ?)
しばらく様子見をしていたが、どうにもおかしい。そうすると動画のページに初めてコメントが飛んできた。今までそのようなことも無かったので、慌てて確認すると。
──Rey&Torpeのお二人が歌っているのを聞いて来ました!──
誰だ、とローはすぐに検索した。どうやらそれは、人気のある「歌い手」らしい。その動画リストのトップに、なんとローが作った曲があったのだ。元々、一方的に曲を上げることが趣味であったので、誰が何を歌っているかへの興味はなかった。まさか、自分の曲で歌ってくれているとは思ってもおらず、さらにオフボーカルをアップしているわけでもなかったので、おそらく人工音声が入ったままの音源の上に歌ったのだと予想された。
再生回数を見ると、ローがアップした原曲よりもかなり伸びており驚いた。一体、どんな歌声なのか気になって、妙な緊張が走りながらローはその日、そそくさと家に帰ってからヘッドホンを被り、じっくり聞いてみることにした。Rey&Torpeという歌い手は、どうやら男性二人ユニットなようだ。
その歌は、入りからすぐ歌詞が始まる曲だったのだけれど。
「─────……すげェ」
何とも言い表せない惹き込まれ方をした。一気に世界観が開けたような気分であった。ローが表現したいと思っていたことに対して、感情移入をして歌ってくれている。やはり予想通り、元々の音源の上から歌ってくれているが、その人工音声とすらマッチしている。違和感がなさすぎて、感動してしまった。
最後まで聴き終えて、ローはその後、二人が歌っている動画を全て聴いてみた。どれもこれも、かなり人気のようで、再生数が百万を超えているモノもある。だが、活動履歴としてはまだ一年ぐらいなようで、初回の投稿の日時はそれぐらい新しいものだった。
どうやってローの曲を見つけたのか非常に疑問で、ただ歌ってもらえたことがローは嬉しくなってしまった。今まで、好きなように作詞と作曲をしてアップしているだけであったのに、それを聴きたい人が聴いてくれるだけで満足をしていたのに、別の喜びを知ってしまった。
ローはその勢いで、メッセージを送ろうかと画面を開いて、感謝の文を書き始めた。が、途中で指が止まる。いきなり送られても迷惑かもしれない。不快に思われたらどうしよう、と今まで他人に対して、思ったこともないようなことを考えてしまった。普段の彼であれば、あまりそういったことは気にせず、言いたいことを言っているというのに。
そうしてメッセージは送らないまま、彼らの歌ってくれたその曲を聴く日々が続く。興味が湧くばかりだが、何の行動も起こせないでいた。もやもやとした心を抱えながら、それでも思いついた曲を引き続き、ポツポツとネットに上げる日々。
そんなこんなで、しばらく日が経過してから。
ある日突然、ローにメッセージが送られてきた。
ピコンっ、と携帯にメールの通知が来たので、訝しみながら開けてみると。
──最新にアップされていた曲の、オフボーカル音源を使用させていただくことは出来ませんか?──
他にも挨拶から始まり、色々と書いてあったのだけれど、その一文がローの目に飛び込んできた。さらに差出人の名前に驚愕する。
Rey&Torpeだ。
「……おいおい、マジかよ」
ローは手に汗を握りながら、笑みを浮かべた。
あの一曲だけで終わったと、ローは勝手に一人で終わりを決めてしまっていた。
オフボーカルの音源が欲しいということは、また歌ってくれるのだろうか。そんな期待が膨らんで、ローはすぐに返事を書いた。曲を歌ってくれた感想も、その時に載せたのだ。
すると、すぐに返事が来る。やはり歌いたいらしいのと、ローの曲の感想が添えられており。またローは喜んでしまった。なので、ローはその日中にオフボーカル音源をアップした。時間差でお礼のメッセージが届き、自然と浮き足立ってしまう。
そうして、数日後。ローの最新の曲を歌ってくれた動画がアップされていた。それによって、ローの原曲の方も再生数が伸びたけれど、そんなことはすでにどうでも良くなっていた。二人の歌声に最も呑まれているのは、ローだと自覚できるほど。
この時点で、ローが歌を作る方向性が、二人に歌ってもらえる曲を作りたいという欲求へ変化していってしまっていることを、彼は気がつけていなかった。
(……───また、歌ってくれるだろうか)
そんな思いで、曲をアップするようになる。もちろん、全ての曲を歌ってもらえている訳ではない。けれど、自分が作った曲を彼らが歌うことを望みながら、今日もローはパソコンへ向かってしまうのだ。