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    Cloe03323776

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    Cloe03323776

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    ドフ鰐。
    魔法使いのクロコダイルと、堕天使のドフラミンゴの設定で練習。
    以前、構想していたネタを再び。

    #ドフ鰐
    DofuWani

    VANITAS ─災難─(calamity)
     この世の中のことは、何事によらず、人間の定め得るところではないということを、並外れて、と言い得るほど明瞭かつ明白に、改めて教えてくれるもの。災難には二種類ある。───一つは自分自身にとっての不幸、いま一つは他人にとっての幸運。

     ─誕生─(birth)
     数ある災難の中で、最初に訪れる最も恐ろしい災難。

    『新編 悪魔の辞典』(ビアス著)

    ***

    <双子の天使の話>
     その日、二つの産声が上がった。天界にとって、それは待望の誕生であったはずなのだ。辺りは祝福の光で満ち溢れ、これからの天界にとって、大いなる存在となるはずであった。
     そうならなかった理由は、誕生と同時に、数多の凶星が天空を駆け巡ったからだ。
     ──凶星、流れ堕ちる夜。生まれた双子の天使は、片割れが天界にとっての、破滅の申し子となる──
    「言い伝えは本当だったんだ、とうとう破滅の申し子が誕生したんだッ!」
     一人が、そのように慄きの声を上げれば、まるで輪唱するかのように恐怖は天界に伝染した。
     まるで天界へ降ってきそうなほど、大きな赫く蒼く輝く幾つもの星々は、鮮明に天空を覆い、確かに時の終わりを表すようであった。
     こうして生まれた双子の赤子の天使は、言い伝え通りに片方が破滅の申し子だと称され、いっそのこと二つの命を奪ってしまった方が良いとまで意見が上がったのだけれど。この言い伝えにはもう一つ、続きがあったのだ。
     ──破滅を阻止し、天界を救うことが出来るのは、その片割れのみ──
     つまり、選択を誤れば、天界に一切の救いはなくなり、確実に崩壊の一途を辿る。
     皆が慎重にならざるを得なかった。どちらがそうであるのか、はっきりと明確になるまで。誰も手を出せなかったのだ。

     ────……なので。

    「ねェ、兄上」
     成長した、その先で。
     そう、言いながら。
     弟は、兄を突き落とした。
     その瞬間の、弟の笑顔は。
     兄の網膜に焼き付いて。
     届きもしない腕を、弟に伸ばそうとしながら。
     直後、彼の体は苛烈に燃え上がりながら、真っ逆さまに。
     地上へと一直線に、落下した。

    <森の中に住む男の話>
     顔の真横に一直線、傷跡が走っている男は。陽が昇らない内に、目を覚ます。
     くぁっ、とベッドの中で欠伸をして。右手の人差し指を振ると、家中のランタン全てに火が灯る。じわじわと、温かい光が部屋に満たされていく。ゆらゆらと揺れる家具の影。それをぼーっと眺めるのが好きなのだ。
     意識が覚醒して、数分経って、モゾッとベッドから這い出す。眠気の宿った目のまま、男は黒いローブを羽織って、裸足でぺたぺたと床を歩く。ひんやりと冷たい。逆にそれが、心地良かった。
     木の階段で一階へ降りれば、キッチンへ向かう。また指を振って、ボゥッと、火をつけて鉄のフライパンを温める。そのまま外へ出て、育てている鶏が産んだ卵を二個手に入れる。燻製にして保存が効くようにしたベーコンも用意して、一緒にフライパンで焼いた。畑でトマトも持ってきて、作っておいたパンも切って。朝食が出来上がる。これが、男にとっての至福の時だ。
     朝食が終われば。まだ薄暗い。そのまま、外の井戸の水を汲んで、顔を洗う。そうしてカゴを持って、杖を持ち、薬草摘みに出かける。ここは、深い森の中。杖の先端から黄金の光を灯す。魔除けの光でもある。翳しながら歩みを進めると、チラホラと魔物の影もチラつくが、寄っては来ない。それは、この男の力を見定められているからだ。
     どこのどんな薬草が群生しているのかも、すでに掌握している。そうやって、一人でこの男は生きている。

     名前はクロコダイル。彼は何十年も、ずっと前から、この生活を繰り返している。

     彼は魔法使いである。魔法使いとは、悪魔と魔女の間に生まれた存在のことで、素質として魔力が体に宿っており、それを扱うことが出来る。日常生活でもそれを活用して、生計を立てていた。諸事情により、左手を失っている彼は、主に右手を活用して様々な魔法を使っている。
     そして、人間に効果のある薬を作っては、森を抜けて近くの街へ売りに行き、その金で必要なものを買って、また帰ることを繰り返している。

    <落ちてきた天使の話>
     その日は、晴天であった。
     ここは奥深い森のため。それほど強い日差しは届かないのだけれど。そんな中で、クロコダイルは洗濯物を外に干していた。こういう日はベッドのシーツも洗って乾かす。綺麗に並べてから、右手を翳して水分を奪っていく。便利なもので、洗濯物は一気に乾いていく。
     だが、突然。雲行きが怪しくなった。暗雲が立ち込め、雷鳴が鳴り響く。突然の天候変化にクロコダイルは驚いた。それと同時に、空気の密度が変化するのが分かる。今まで生きてきて感じたことがない力の波動だ。急いでベッドのシーツも他の洗濯物も回収して、中に入る。そして、すぐに杖を手に取った。
     大きな魔法を使う場合は、杖を経由した方が魔力が増すのだ。
     案の定。何かしらの大きな力が、家全体を圧迫してきた。ミシミシと天井の梁が音を立てる。クロコダイルはさらに、一階にある薬草から魔法薬、毒薬などなど。全てを地下に仕舞うことにする。杖を一振りすれば、瓶に入ったそれらは自らフヨフヨと浮きながら、階段を降りて避難する。
     同時に。家が潰れないように対策を立てなければいけない。上空から感じる「巨大な気」は、クロコダイルの今の力量で対抗が出来るかどうか、客観的に考えて厳しいと思われた。
     が、被害を最小限に抑えるために。行動を起こすしかない。この家が消し飛んでしまったら困るのだ。クロコダイルは杖を振って、空気中に大きな黒い魔法陣を描くと、それをまるでシールのように天井にへばり付かせた。それによって、どこまで耐えられるのか。賭けである。大きく膨れ上がってくる上空からの気配。近づいてくるスピード、距離感。カウントダウンは心の中で。
     ついでに、最大限の防御壁も家全体を覆うように張ってみる。ぐぐっと負荷がかかる。黒い魔法陣が力強く、白く発光する。とうとうだ、と覚悟を決める。どうにか杖を掲げて全力の魔力で押し返そうとした。家全体に走る衝撃。クロコダイルの体にも伸し掛かる。
     だが。
    (無理だ)
     バァァアンッ!と、けたたましい音を立てて天井は突き破られた。
     これ以上、抵抗したところで。意味はない、と諦めて良かった。と、クロコダイルはその代わりに目の前に防護壁を張り、飛んでくる木片などを防いだ。何かが部屋の中に降ってきた。家が丸ごと吹っ飛んでしまわなかったことだけ、幸いだった。魔法をかけていた保険がきいた。
     どうにか床は突き抜けないで、その物体はクロコダイルの足元に転がる形となる。まず覚えたのは臭いだ。これは、肉が焼けている臭い。そして見た目は真っ黒に近い。が、それは煤である可能性が高いと判断した。微動だにせず床で沈黙する物体。近づいてよくよく観察すると。それは蹲って丸くなっている人の形をしている何か、であった。
     クロコダイルは。その正体におおよその予想はついているものの。それが当たっているとすれば信じられない事態に遭遇していることになる。
    (……翼か)
     その物体の「背」には、翼の付け根の名残と思われる肉と骨と羽根の跡。断面を見てると、おそらく引き千切られたのか。その上で全身を焼かれてしまったようだ。
     といっても。その皮膚を見ていると黒くはなっているが爛れているわけではない。翼だけがもぎ取られてしまったようだ。
     つまりは、───堕天だ。
    (本来、地獄に行くはずだが)
     しげしげと。クロコダイルはその物体を興味深そうに眺めた。微動だにしない。もしかすれば、死んでいる可能性もある。天界から落とされ、二度と天使には戻れなくなった命。
     しばらく、ジッと眺めて様子を見ていたが。全く動かないところから「死んでいる」と判断し、クロコダイルは魔法の杖を振るった。浮遊させて外に出そうとした。そのまま森の奥深くに遺棄してしまおう、と。
     しかし。クロコダイルの魔法がそれに触れた瞬間。ジュゥッと肉の焼ける音がした。驚いて咄嗟に魔法を解除すると、その物体がようやく反応を示した。
    「………?」
     ガラガラに掠れた声だ。蹲っている体勢から、手足が伸びる。随分と大きい。もそり、と上体を起こした。クロコダイルは改めて防護壁を用意する。目の前の存在が何をしでかすか分からない。
     と、思って。相手の顔を見れば。クロコダイルは息を呑む。その顔の上半分の皮膚が、焼け爛れてしまっている。目も開けられないのは当然の状態で。
     しかし、天使が堕天をするとは、そういうことだ。本来であれば、地獄の世界にまで叩き落とされ、その身は悪魔に転ずる。このように、人間界に堕ちることはない、はずだった。クロコダイルの知識の中では。
    「……どご?」
     あまりに小さ過ぎて、聞き取れないかと思ったが。周囲を窺うように頭を動かす素振りから。どうにか、何を問いたいのか認識する。クロコダイルはどうしたものか、と思ったが、とりあえず。答えることにした。
    「ここは、俺の家だ」
    「……だ、?」
    「クロコダイルだ」
    「……グォ?」
    「喉もやられてる。あまり、喋るな」
     というよりも。まともな箇所など、一つもない。クロコダイルは注意深く、目の前の存在を観察する。おそらくは、元々大きな白い翼が生えていたであろう背中は、見るに耐えないほど焼け爛れ、真っ黒に焦げている。断面を見れば、やはり引き千切られた傷であることを確信する。
     どういう経緯で堕天してしまったのか。と、気にしても仕方ない。クロコダイルは悩んだ。このまま、この堕天使をどうするか。
     いや、正確に言えば「まだ」堕天使ではない。完全には転換されていないのだ。先程、クロコダイルの魔法で肉が焼けたのはそのせいだ。天使は、悪魔の力の要素が入った魔力を受けると、傷が付いてしまう。
     しばらく、沈黙したクロコダイルの様子に。相手は、何かを思ったようだ。
    「……こ、ォす?」
     そのように、問われた。
     クロコダイルは目を見開いた。瞬間、目の前に流れ込んできた光景は。かつて、見たことがあるモノで。あの日も、目の前で火炎が舞い上がり、対象物を焼き殺した。黒炭と化してしまえば、ただのモノだ。
    「……いや」
     そう、否定して。
     クロコダイルは、地下室へと足を運んだ。避難させた薬草の中で、どうにか役に立つものがないかと探す。天使や堕天使にまつわる文献など、生涯関係がないと思っていたので、持っていない。とにかく、出来ることをするしかなかった。
     当たりをつけて、いくつか瓶を握りしめて戻れば。堕天使はそのまま、動かないでいる。というよりは、動けない。命を落としていてもおかしくはない損傷であるのだから、当然だろう。
    「おい、聞こえるか」
     そう呼びかけると。ピクッと頭が震えたのが見えた。意識があるのも、ある意味で奇跡的だ。
    「お前に何が効くのかは分からんが、治療をする」
     魔力を使うのではなく、薬草の力であれば。おそらく、この体に攻撃的な反応にはならないはず、と。とりあえず、クロコダイルが知っている中では一番治療効果の薄い薬草から試すことにした。副反応がどうなるか、確認をするためだ。それで様子を見てから、効果の強い薬草を試そうと考えた。
     手で握り潰して、薬草の汁をポトポト落とす。黒焦げた皮膚にそれが滑り染み込んでいく。若干の白い煙も上がるが、悪い方の反応ではないようだ。堕天使は、痛覚にも鈍くなっているようで。クロコダイルのされるがまま、薬草を浴びせられ続けた。
     徐々に、効果の高い薬草も同じように、浴びせてみても。特に問題はないようだった。程よく、薬草の成分が染み込んだことを確認する。
    「動けるか?」
     そう問えば。堕天使は、僅かに身じろいだ。どうにか立とうとしているようだったが、全く起き上がれず、徒労に終わる。ため息をついて、仕方なく。乾かしたばかりのシーツを巻きつけて、クロコダイルが直接体に触れないようにして、堕天使の左腕を掴んで引き上げると、肩を貸した。そのまま、ベッドに運ぼうとした。その時に、この堕天使がかなりの高身長であることに気が付いた。ベッドからも足がはみ出てしまうだろうけれど、致し方ないが、そのまま寝かせるしかない。
     その間にも薬草の効果は続いているようで、白い煙はじわじわと立ち上っている。しゅわしゅわと音も立てながら、回復していく。
     ベッドにどの向きで寝かせるべきなのか。クロコダイルは迷ったが、肩から滑り落ちるように、本人がそのままベッドへ横向けに倒れ込んだ。
    「……その向きで大丈夫か?」
    「……ァ」
     それを返事と受け取って、クロコダイルは息をついた。その後すぐに、微かな寝息と取れる音が聞こえてきた。とにかく。どうなるか分からないが、そのまま。安静にさせることにする。

     それから、クロコダイルが想像していた以上に、回復は順調に進んだ。堕天使が寝ている間にも、薬草の効果が切れるたびに、新しく薬草の汁を振りかけてやった。そうなるとみるみるうちに皮膚が元に戻っていく。顔の皮膚は特に慎重に、薬草をかけて行った。そうすれば、回復していく。顔の上半分が焼け爛れていたが、綺麗に戻っていく様がなんとも不思議であった。
    「面倒をかけたな」
     三日後。ベッドから上半身だけ起き上がらせている堕天使は、まだ全体的な白の色合いとしては天使のようにしか見えない。やはり、まだ堕天をしきれているわけではないのだろう。だが、ようやく、その声を聞くことが出来た。また、その双眸も開かれる。幸いなことに、眼球も元に戻ったのだ。そこには、なんとも言えない色をした瞳があった。
     クロコダイルは感慨深い気持ちになる。
    「今更だが、てめェは誰だ」
    「……誰とも、名乗るほどの者じゃない」
    「フッフッフ! 俺の傷をここまで回復させた野郎が、ただの人間ってこたァねェだろ」
     えらく、楽しそうな声色だ。
    「俺は、ドフラミンゴだ」
    「……クロコダイルだ」
    「そうか、クロコダイル。───なぜ、俺を助けた?」
     簡単に、名前だけ伝え合えば。堕天使であるドフラミンゴは、何よりも優先してその質問を繰り出した。クロコダイルはすぐには応えられなかった。
     そこには、ある程度の。複雑な気持ちがある。
    「……てめェは、この屋根を突き破って堕ちてきやがった」
     クロコダイルが天井を指差せば、まだ直りきっていない天井の梁。どうにか、魔法で作った透明な膜を張らせているままになっている。
    「てめェが修理しろ」
     等価交換。その代わりに助けてやったのだ、とクロコダイルは言い放った。ドフラミンゴは、予想外の言葉だったのだろうか、目を丸くする。
    「……病み上がりの俺に、それをやらせるのか」
    「出来なきゃ、出ていけ。迷惑だ」
    「なんだそりゃ、結局てめェが損するだけじゃねェか」
    「どうせ、帰る家もねェんだろ? ならごちゃごちゃ言ってねェで、働け」
     帰る家もない。その言葉に、ドフラミンゴの瞳が僅かに揺れたのをクロコダイルは見過ごさなかった。
    「……なぜ、堕ちてきた」
     核心をつく質問に、答えが返ってくること期待はしていなかった。
     が、存外。ドフラミンゴは、あっさりと答えた。
    「正確に言えば、突き堕とされた、だ」
    「……誰にだ」
    「弟に。………───フッフッフ!」
     突然、高らかに笑い出したドフラミンゴをクロコダイルは訝しんだ。何を考えているのか、さっぱり分からないからだ。だが、何かしらを誤魔化したい意図は感じられた。そこを追求する好奇心は、今は持ち合わせていないクロコダイルは、流すことにした。
    「弟に突き堕とされるなんざ、よほど恨まれてたのか」
    「さァな。あいつがどう思ってるかなんて、俺にはこれっぽっちも分からねェ」
     こうして、回復したドフラミンゴは、この家の屋根を修理する日々を始めた。クロコダイルの魔法で直すことも出来るけれど、一切手伝うことはしない。これは責任を持ってドフラミンゴがしなければならない。地に堕ちたことで
     完全に堕天するにはまだ至っていない彼は、その力も使えない。今は、ある意味、何の力もない人間と同等なのだ。本来、地獄に落ち、悪魔の世界に触れることで堕天使となる。そうなった場合は、天使として元々持っていたエネルギーと悪魔の力が融合することになるため、再び力を得ることができる。
     なので、屋根に使われている丸太と、トンカチと、釘を持ってハシゴで屋根に上がるドフラミンゴの姿を、下から眺めるクロコダイルは、興味深そうにその姿を見ていた。それらの使い方も分からなかった彼だが、クロコダイルが少し教えればすぐに習得。持ち前の巨体も活かして、片手で丸太を担いで器用に屋根に上がり、心地よいトンカチの音を響かせるドフラミンゴを、しげしげとクロコダイルは眺め続けた。
    (思ったより、良い人手になりそうだな)
     確かに、魔法の力があればなんでも出来るのだ。だが、やはり一人で暮らすのと、誰かと暮らすのとでは、生活の幅が広がることは確かだ。一人の方が気が楽で、過ごしやすい面もあるだろうけれど、この森の中での生活は過酷なこともある。誰かの手が借りたい、と思う時も今まで、なくはなかった。
     舞い降りた天使、などという言葉が、まさか現実になるとは思っていなかったクロコダイルは、ある意味でこれは贈り物だと認識するようになった。
     ドフラミンゴの手際の良さもあって、屋根は三日ほどで完璧に修繕された。しばらくそうやって日差しに当たったためか、ドフラミンゴは全体的に日焼けし、白い肌が健康的に若干黒くなっていた。
    「これでどうだ」
    「良いな、ほぼ元通りだ」
     部屋の中から見上げたとしても、問題はなく。クロコダイルが試しに、魔法で屋根の上に水を流してみたとしても、漏れて落ちてくることもない。
    「で、これからてめェはどうする」
     クロコダイルがドフラミンゴを見上げて尋ねる。
     彼は、その問いに対して、ただ。
    「ここに、俺は住む」
     笑っていた。
     クロコダイルは、その答えに満足していた。であれば、一つ必要なことがある。
    「なら、部屋を一つ、増設するぞ」
     そこからは共同作業が始まった。一人暮らし用の家から、二人暮らしをするための家に建て替える。クロコダイルの魔法の力も使いつつ、ドフラミンゴの地道な大工作業によって、一週間ほどで新たな家へと生まれ変わっていった。

    <魔女の話>
     時代は、魔女狩りを求めたのだ。
     誰かの役に立つために、その力を使っていた女性もいたというのに。都合の良い生贄としてターゲットされてしまったのだ。迫害する人間を作れば、世間は王政の元に安定する。ならば、こうなってしまうのも致し方なかった。この世など、理不尽から生まれたようなものであるのだから。
     ゆっくりとした足取りで、火刑台に上がった女性。
     火刑に処される彼女の、最期の笑顔は。果たして、誰に向けられていたのか。
     大量に敷かれた藁の柔らかさが足の裏から伝わってくる。これが、最後に踏み締める感触だ。そして女性は空を見上げれば、真っ直ぐに天にまで届きそうな青。吐き気がした。なので、地面を見れば。少し、安心する。その下の下、生きている人間では手が届かない世界が、広がっているのを彼女は知っている。
     もうすぐ行けるのだ。この、腐ったくだらない世界から解放され。それを想像し、彼女は幸せだった。そうして、木で作られた十字の磔台に、縄で拘束された。
     足元から這い上がる黒煙に覆われた彼女の姿。直後、風が吹いて。火が煽られ、燃え移る。彼女の高笑いが絶叫へ、さらには断末魔に変わり。業火の音と共に舞い上がっていく。肉の焼ける臭いが大衆に届き、空間に充満した後、沈黙が訪れる。ただの黒炭と化した火刑台は崩れ落ちた。そして、彼女の肉塊もまた、価値はなくなる。
     黒いフードをすっぽり被り。その光景を、最初から最後まで。見ていたのは、唯一無二の彼女の子供だ。
    「クロコダイル」
     その三日前。もうすぐ眠りにつこうとベッドに入っている子供は、耳元で母に名前を呼ばれた気がした。それが夢なのか現実なのか、分からなかった。曖昧にしか、返事はしなかった。
     それを最後に、彼女は消えてしまった。正確に言えば、人間たちに捕まってしまったのだ。少年が気がついて、その後を追いかけた時には。もう、彼女は火刑台から逃れる術はなかった。

    「あなたの父親は。地獄の王なのよ」
     そのように、言い聞かされて。クロコダイルは、育てられてきた。
     それがどこまで本当なのかは、もう分からない。
     だが、彼女がその話をする度に。とても幸せそうな顔をしていたことだけ。少年の脳裏に焼き付いていた。それが事実であるかどうかなど、関係がなかったのだ。
     少年は、母が幸せであれば、それで良かった。それだけで、良かったのだ。
     火刑に処された彼女は、果たして幸せであったのだろうか。
     それはもう、分からない。
     一人、残された少年は。どうにか生き残るしかなかった。魔女の子であることが分かれば、彼もまた殺される。人目のつかない世界で、ひっそりこっそりと生きていく力をつけて行くしかなかった。
     幸いにも、彼の体に巡る血が、彼を生かしてくれた。母から教わっていた魔法を使いながら、どうにか生きていく基盤を整えた。

     奥深い森の、小さな一軒家で。
     少年から大人へと成長をした彼は。
     ひっそり、生活を送っている。

     周囲には魔物が潜んでいるため。他の人間はこんなところまで足を運ぼうとは思わない。家自体には魔物除けの結界を張り、杖とカゴを持って薬草を摘みに出かける。途中で出くわす魔物は全て、攻撃魔法で退ける。それ以来、おおよその魔物は彼に手を出すことは無くなった。抑止効果が働けば、さらに生活は楽になっていった。川で獲る魚、森で狩る鹿、飼っている鶏から得られる卵、畑で育てているトマト。などなど、食材はどうにかこうにか調達が出来る。たまに魔法で外見を偽れば、街まで足を運んで米やらパンやらを得ることも出来る。その代わりに、薬草から調合した薬を渡す。そうやって、彼は生計を立てていた。
     住んでいる一軒家も、彼が魔法で建てたものだ。その力によって、風雨にいくら晒されようとも、それほど老朽化することはない。安泰で、快適だ。

     そんな生活を始めて。
     かれこれ、二百年ほど経過していたところ。
     突然、空から天使が落ちてきたのだ。
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