それは、そう、たまたま、『たまたま』見えてしまった。何も自分が故意に見ようとして見てしまったわけではない、決して――。ガイは心の中で己に対して言い訳をした。
宿屋でルークと同じ部屋になったある日。ガイは自分に宛がわれたベッドに座り、自分の剣の手入れをしていた。まずは用意した布で表面を磨く。手入れを怠れば切れ味も悪くなり、それはすなわち自身を危険に晒すことになる。そして何よりも無心になれるため、ガイは手入れの時間を好んだ。
目の前の窓をちらりと見れば既に外には漆黒が広がっており、このまま吸い込まれてしまいそうだとも思ってしまう。一人ならばこの闇に飲まれそうになることもあるだろうが―少なくとも今のガイにはその心配は無用だ―、この部屋には、ガイの隣にはルークがいる。
ルークは先刻この部屋に着くや否や、持ち物の中から日記帳を取り出しベッドにうつ伏せになり、早速今日の出来事を書き込んでいた。幼いころに習慣づけられたことを素直に毎日守っているところは愛らしいし、ルークは気付いていないが彼が進んで日記を書いているところはもっと可愛らしいとガイは思う。
これが惚れた弱みだろうか。苦笑いをし、止めていた手を再び動かそうとした刹那。どこからともなく流れる音階がガイの耳に入った。とても小さな声、消えてしまいそうなそれは、もう一人のこの部屋の住人が発しているものだった。
ガイは手を動かすのを止め、静かに剣先を鞘に納めると、ルークの方を向く。声を掛ければ彼は気付いてしまうだろう。ガイはルークの邪魔にならないよう、ゆっくりと彼に近づいた。そして、最初はこう彼に伝えるつもりだった。『何の歌なんだ?』と。
しかしその問いは、ガイの喉奥に飲み込まれることとなる。ガイの場所から、ルークの日記の一ページ、それも今ルークが書き込んでいる内容が見えてしまったのだ。そこに書いてあったものは。
ルークと己の名前が書かれ、ルークがちょうど相合傘を書き終えたところだった。
「ーーーっ、」
たまたま見えてしまったものとは言え、ガイは一瞬にして鼓動を早くさせる。心なしか体温が上昇してきたかのようにも感じてしまう。それもこれも、全てこの目の前の可愛い恋人兼主人のせいだ。
ルークはまだガイが己の近くまで近づいていることに気付いていない。相変わらず鼻歌を歌いながら、今度はガイの名前を書き始めている。
これ以上こんな可愛いことをされては自身の心臓が持たない―そう判断したガイは、ルークに気付かれぬよう、そっと彼に近づき、後ろからルークを抱きしめたのだった。