帰り道へと導く花 / 死者の日🐔💀🏵️
「すみません、マリーゴールドって置いてますか?」
シェアハウスから徒歩圏内にある、小さなフラワーショップへと足を運ぶ。
「ございますよ」と、店員のお姉さんに売り場へと案内される。ふんわりと膨らみ咲き誇る揺れる橙色がかった黄色の花々に、思わず頬がゆるんだ。
今日は、僕にとって少しだけ特別な日だ。
なんと昨日はカオルの誕生日でもあった。お祝いのパイ投げの光景を思い出して口が緩まる。思わず抱えていた花束に口元を埋めてしまった。こうも特別な日が続いてやってくるのは、どうにも嬉しくてしょうがない。
僕のルーツ……祖国でもあるメキシコでは、十一月二日に「死者の日」と呼ばれる大切な行事がある。日本で言うところの、お盆にあたる日だ。それが今日。
明るく楽しい話と雰囲気で、死者を迎え入れて共に過ごす日。
生きている人にとっては、亡くなった人に会える日。亡くなった人にとっては、生きている人に会いに行ける日。
弔いと再会、そして故人を想う大切な日。
夜更かしをすると、そう決めていた。
-------その夜。みんなが寝静まったであろう頃。
部屋の電気を消して、カーテンを開けた。
窓の枠いっぱいに深い藍色が広がり、星が瞬いていた。窓辺のテーブルの上に置かれたキャンドルに、そっと火を灯す。
キャンドルを囲うように飾られたマリーゴールドの花。橙色の灯りが揺らめいては、その黄色が一層温かい色を纏う。
窓辺に椅子を持ってきて、深く腰を掛けた。
柑橘を思い起こさせるような甘い花の香りに、そっと目蓋を閉じる。
頭をよぎるのは、メキシコ人である祖母から死者の日によく聞かされていた話だ。
+
『いいかい、チトリ。マリーゴールドはね、死者の日において一番大切な花なんだ』
『死者を導く役割があるんだよ。この香りとこの色に、太陽の色と熱が込められている』
『亡くなった人の魂がこちらへ帰ってくる時に迷わないように、この花を置いておくんだ。目印になるんだよ』
『私たちは故人と距離が近い。大切な誰かが亡くなったとしても、傍にいるとそう思える。見えないものを……死を恐れず、気味悪がることもなく、怖がらずに、すぐ隣にいるものだと』
『弔いに悲しみだけじゃなく温かな気持ちも持って見送れること。それはとても、幸せなことさね』
+
「……僕もそう思うよ、Abuela」
「マリーゴールドを目印に、僕のところにも会いに来てくれてるといいな」
キャンドルの灯りに手元が照らされる。写真の中の妹は、照れくさそうに笑っていた。
弔いに対する気持ちに温かさがあるのは、僕も祖母と同じだった。
………温かさだけではなかったのだろうと、今なら分かる。緧鷲見家は、暗殺者として人々の命を奪っている。儀式、生け贄、恩恵、繁栄の為と。祖母からすれば、償いの想いもあったのかもしれない。毎年の死者の日を大切にしていたのも、きっと。
先日、二人で話したからだろうか。カオルの姿が思考を過った。
僕と同じく、シャーマンの祖母を持つ彼。
人の最期に立ち会う彼はどんな想いを抱えて、向こう側へ逝く人を見送っていたのだろうと。
「あ、そういえば。どうしてカオルは死化粧師を選んだのかって……聞きそびれちゃった」
「カオルのおばあちゃん、どんな人なんだろうなあ。それもちょっと聞いてみたいかも」
カオル明日お休みかな。なんて考えながら、壁に掛けられた時計が目に留まった。
深夜一時四十分。夜更かし……としても、なかなかいい時間だ。
でもまだどうしても、眠ってしまうには惜しかった。
死者の日は決まってそうだった。亡くなった人が会いに来てくれていると思えばどうしても、いつまでだって起きていたくなる。
「……夜明けまで、僕の傍にいてくれる?」
自分以外誰もいない部屋に、そっと声を掛けてみる。
キャンドルの灯が応えるように、やさしく揺らめいた。
【帰り道へと導く花 / 11.02.死者の日】🐔