浪漫書きかけ「こちらへ」
深みのある色の木材が使われた立派な造りの廊下を歩き、先導役に促されてある一室へ入る。陽の光が良く入る大きな窓には重そうな生地の飾りがついていた。やはり戦時中とあっても、軍の中心部にはそれ相応の品格が求められるらしい。それともあらゆる嗜好品が規制されたこの状況では、部屋を飾りつけることでしか楽しみを見出せないのだろうか。
正面の丸テーブルには年かさの男が座っている。身にまとっているのは、前線にしかいたことのない自分は見たこともない階級の高そうな軍服だ。
「よく来てくれたね。橘一等兵」
「失礼致します」
促されて向かいの椅子に腰掛ける。人当たりの良いにこやかな笑顔には歴戦の経験が透けて見えるような迫力がある。背後の扉は両脇を警備兵で固めており、前後からの威圧感は緊張感を増すには十分だった。
1929