リュウがゆっくりと扉を開けて、そのままベッドに腰掛ける。その様子を見ながら背中に手を伸ばして優しく、指で触れた。
相変わらず鍛えられた体だな、と思いながらのそりと体を起こして抱き締めながら顔を押し付ける。体温が高い体はしっかりと肉が詰まっていて、傷もよく見るとかなりの数だった。見慣れない跡もあれば多分、俺が付けたんだろうなと思える傷もある。
昔からよく手合わせをしてはまるで喧嘩をしているかのような激しさでお互いをボロボロにしていたものだった。今はそんな事はなくとも、こうして傷を残している。そう、例えば歯型とか、爪痕とか。
「どうした?」
「ん…いや、なんでも…。」
自分の眠たげな声を耳に入れながら目を瞑る。眠たいけれど、リュウをこの腕の中に収めていたい。それをどうにかして叶えたいと手を伸ばしたまましがみついてしまったが、安心ゆえかもうなにも動かせない。
「…ケン、俺も少し眠るから、そっちに行ってくれないか?」
「んー…」
返事とも言い難い言葉を聞いてから、リュウが覆いかぶさる様にして布団の中に入り込んでいった。
腰にしがみついた筈なのに簡単に抜け出して行ってしまったリュウにちょっと不服を懐きながらも隣で枕に頭を沈ませる顔に手を当て、軽くキスをした。
目がうっすらと開いて顔を見つめると小さく笑って抱き締められる。こんなデカイベットでわざわざくっつかなくても良いのだが、ケンはどうしてもくっついていたかった。おかげでリュウも抱き締めてくれるし、いいじゃないか。とさえ思う。
「寝ないのか?」
「お前が隣にいるのにそうすぐに寝れるもんかよ。」
「疲れてるだろう」
「あれくらいじゃ、大したことねぇって。それともリュウは疲れちまったか?」
「……そんな事はない、と言いたいところだが…。生憎、少し疲れたんだ。」
静かに、落ち着かせる様な声音でこうやって言われること自体珍しくないのだが、ケンにとってはなぜか妙に嬉しかった。
リュウは滅多に興味の無い話題には乗ってこない。猥談もそもそもよく分からない単語ばかりだな、とかわされてしまうし意味を教えて理解させたところで口にしようものならまたか、と言わんばかりの顔をすることが多い。
それでも時折、黙って恥ずかしそうに聞くときの顔がまた堪らないのだ。そうして、聞かせてやってポツリとやめないか、と小さく抵抗するのだ。
…愛おしい。目を細めて顔をそむけながらも話を逸らそうとする必死さに意地悪をしたくなる。
その素直な受け取り方や物言いがリュウの魅力なのだ。…時折無防備過ぎやしないかと心配になるくらいに。
「…ところで…」
「今度はなんだ」
「…いや……なぁ…たまにはお前からキスの一つ、欲しい。」
「また、いきなりだな…。」
いつも言ってるだろ、と拗ねたように言う。別に気にしてない…と、言いたいが正直キスの一つくらい欲しい。手合わせをした後はいつも熱が治まってから寂しくなる。まるで埋まらない何かを失った様な、得られたもののほうが大きいというのに。
「いいだろ?たまにはさ」
「嫌だとは」
「分かってるよ、ほら」
自分の唇をとんとんとすると一瞬固まって目を細めながらゆっくりと近寄って来た。リュウからの慣れないキス。口を付けるだけの、ほんのちょっとしたキスだ。
すぐさま離れようとするリュウの頭を抱える様にして押さえて口の中に割って入ろうとする。意外にも受け入れられたケンの舌がリュウの口の中を弄りながら、吸い付いた。
「ん…ッふ、んんっ…ん…っふ…」
逃がすものかよ。
体ごと逃げようとするリュウをしっかりと抱き締めて口を貪る。このままでも悪くないが段々眠気が消え、寧ろギンギンになってきた。とろりとした意識の中で甘えるのも悪くはないけれど、男としてこうやっている時に手を出さずに入られなかった。
キスをしたまま体を起こし、覆いかぶさる姿勢になる。下半身を押し付けるとより一層抵抗の声が漏れた。
「ん、ぐっ…ぅ…は…っケン、お前っ」
「……しないって、これ以上は」
「…そうじゃ…ない…」
「なんだよ、押し付けてるだけだろ?」
「それの何処が」
抵抗を表す腕をサッと避けてから本当は抱いてやりたいよ、と口にしてリュウの鼻を軽く摘んでやった。これじゃただヤりたいだけのガキと変わらない様な気がして触れようとした手を引っ込めた。勢いのまま抱いても、またいつもの様に昼過ぎまで泥の様に眠るだけ。手合わせをした日は大体そうなる。リュウの全身に触れて、好きなだけ貪る事だけに集中してしまうくらい必死になる。
男として余裕を持ちながらなんて、最初だけだ。目を離したらすぐに居なくなるような男の前ではケンもどうしようもなかった。
「…好きにすればいいだろう。」
「それじゃあ駄目なんだよ、お前に言われたいの。」
「またそんな事を…」
「俺だって、欲しがって欲しい時もあるってだけさ。」
顔を背けてベットに体を沈め、窓の外を見た。
「俺がお前を、欲しがってないと?」
「言わなきゃ分かんねぇ」
「拗ねるな」
「拗ねちゃ悪いか?ガキでもなんでもいいよ」
「ケン…」
見なくてもわかる、心底困っているリュウの声。このまま振り向いてやりたいがもう少し拗ねてやる。身体ごと背けてリュウから顔を見えない様に布団で顔まで覆った。
「…ケン」
揺すられたと思いきや凄い力で布団を引っぺがしてのぞき込んで来る。相変わらず無愛想な奴だと見つめ返すとんん、と声を漏らし、顔を離していった。
そのまま頬や額に手を当てて優しく撫で回される。口を尖らせれば唇を軽く指で撫でてすまない、と小さく言葉を発した。俺が欲しいのはそんなんじゃない、と体を起こして髪をかきあげながら背伸びをした。
「…はーっ、ご機嫌取りも下手くそなこったな」
「別にそういうつもりじゃないぞ。」
「子供みたいなやり方だよ、ほんと。」
「む…。」
何か言いたげな表情を浮かべているが何も言わなかった。ケンが額に手を当てて(ガキなのは俺だろ…)と噛み締めながらそのまま後ろに倒れ込んだ。
リュウに構ってほしくて、常に喋っていたくて、触れ合いたくて。とにかく自分だけを見ていて欲しいと思っているのがバレバレだ。好きだから仕方ない。自分の気持ちを分かってかリュウはいつも折れた様にこうして慰めるように撫でるのだ。
どんなに言われようがあぁ、とかそうか、とかしか言わないからケンは嫌だと言うまではと甘え倒している。今だってそうだ。
「…悪い、本当はそんな事思ってねぇのに」
「……いや、良い。どうせお前のことだからな、あまり深くは考えてはいない。」
「なんだよ、それ。」
「でも、本当のことだったろう?…ケン。」
時折こうして見透かしたように笑う。楽しげに笑いながら、目を伏せる。そんな仕草一つでドキリとするのだから、こういう部分にはいつまでも勝てる気がしない。
回りくどいの一言くらいあるだろうに、いつもの事のようにひらりとかわされる身にもなって欲しい──とは、思いつつ。
(…分かっててしてんなら厄介だよなぁ。)
無自覚な人たらし気質が何だか心配になるケンだった。