「まだ帰らないでくれ。」
その一言で伸ばしかけていたリュウの手が止まり、ゆっくりと振り返る。
寂しげな顔を見て珍しいなと言うと抱き締められた。ケンに引き止められるなんて思っても居なかったリュウは目を細めながらケンの頭を撫でていると顔を上げてちゅう、と触れるだけのキスから下を絡め合うようなキス。
視線が交じり合う瞬間、青く、綺麗なままの引き込まれた瞳に絡め取られて抵抗する気もなくなる。それどころか望んで居たのは自分かも知れないと目を伏せた。
「リュウ、今夜は雪が降るし…まだここに居るだろ。」
「そんな事言わなくても、もう暫くここにいるつもりだ。それに冷蔵庫に何もなかったから買い出しにでも行こうかと思ってな。」
「あぁ…。」
言い終わる前に安心した様に頷くと、強めに抱き締められた。強い力で抱き寄せられる度にケンがリュウ、と愛おしそうに何度も呟くのを聞きながら背中を擦る。
元々、長居するつもりは無かったのだが顔を見るなり何とも言えない顔をして、へらりと笑うケンを置いて行くのは…と思ってしまったからだった。
大丈夫だと口にしながらもずっと目を離さず、此方を見ては笑うケンを放っておくわけにもいかなかったのだ。リュウがふと、弟子に言われた「ケン師匠、クリスマス一人だから暫く居て見たらどうですか?ピザ屋でアルバイトしてるので、持っていきますよ!」なんて言葉を聞き、そういえば昔二人でピザとケーキを食べたなと思い出した。
実のところそもそもメトロシティそのものに予定があったわけではないのだが、弟子にチケットを貰い、押しに押されてメトロシティまで来てしまった。こちらに来てからも知人の顔を見たり、話したり、手合わせしたり。色々しながら、最終的にケンの元へと足を運んだのは数日後だった。
久しぶりに拳を向けてもコツンと軽く返してくれたが無理に笑っている様な気がして、今すぐに手合わせをしようとはなれずケンの住むアパートまで結局ついてきてしまった。数日だけのつもりがもう既に1週間近く経ち、とうとうクリスマスも迎えてしまった。
「…ケン、少し出てくるだけだ、待っててくれ。」
「嫌だ、ある物だけでいい。」
「ん…あぁ、ならすぐ近くにまーけっととやらがあるだろう、そこに行かないか?」
「俺は用がないから」
「そうはいっても…腹が減ってるんじゃないのか。」
「良い、そんときはピザでも頼むよ。なあ、リュウ…。」
あえて顔を見ないようにしたが、見上げてくる髪の間から覗く瞳にリュウが少し戸惑って、分かったと小さく頷いた。するとその瞬間を待っていたかのように強く抱き寄せられて背中をケンの手が這う。
「待て、靴を脱ぐ…」
カランと音を立てて脱ぐとふらりとケンがふらついたように見えて思わず支えると壁の方に、押し付けられて動けなくなり大人しくするしか無かった。
頬にそっと手を添えると犬の様に擦り寄って来て手を取り、キスをしながらじっと見返す。
「悪い、今日…それらしい事できなくて。」
「悪いも何も、それを望んで来たわけじゃないぞ。」
「…そうか。」
「それで…ケンは何が欲しいんだ?」
「え…」
「プレゼントだ。」
「プレゼント…ね。」
クリスマスと言う文化についてあまり詳しく無いが何度かした事のあるパーティーやプレゼントの交換位は覚えている。ケンにはかなり大きな規模のクリスマスパーティーに誘われたりしたこともあるくらいだ。
今はそんな事をしている場合ではないのだとリュウでも分かるが、それでもそれに乗っかって口にするしか無かった。面と向かって言うにも回りくどいなんて言われてしまうような気がして。とはいえ大した物がやれるとは思わないし、何を渡してやれば良いのか分からない。けれど欲しい物があるならせめて、とケンの口が開くのを待った。
「………お前が居るから、いい。」
「だが…」
「お前になにかして欲しいって、訳じゃないんだ。それとも──キスでも、してくれるのか?」
挑発するように笑う顔を見てリュウがぎこちなく顔を下げてケンの唇にちゅう、とキスをした。ケンがしてくれる時の事を思い出しながら繰り返し口を付けると擽ったそうに笑って、小さくありがとなと呟いたのを聞いて離すと逃がすまいと後頭部を押さえられて、口内に舌が入り込んでくる。
数回、吸い上げられて息さえ呑み込まれてしまいそうな勢いに思わずケンの服を掴んだ。嫌じゃないけれどこういう時どうしていれば良いのか相変わらず分からない。目を閉じていたくても、見つめてしまうのは見えない事の恐怖なのか、ケンの表情を見ていたいと思っている気持ちがあるのか。
「は、ッ…ぅン、ぅ…ふ…ッ!」
いつしか離れていく唇を見つめて、息を整えていると申し訳なさそうにまだ欲しい、と一言だけ呟いた。欲しがって居るのはケンか、はたまた自分がケンに見透かされているのか。
答えが出る前にケンが求めるなら、と頷いた。