「うわ、なんて格好してんだよ…。」
久し振りに会ったケンに言われた最初の言葉がこれだった。
リュウ本人は然程気にしていないのだが、最近朝と夜が冷え込む様になったなとは思っていた。珍しく自分から連絡し、ケンの居る家へと足を運び辿り着いたのだが扉を開けた途端笑顔の後、すぐ眉を潜ませて腕を組みながら首を振って言われたのだった。
「…今、外は10度も無い筈だぜ。」
「ならまだ温かい方か?」
「バカ言えよ!もう暖房つける時期だってのに。お前ってやつは…上着位羽織ったらどうなんだ。」
「いや…荷物入れの袋に入らなくてな、どうしても必要な時にでも」
「もう良いから、ほら入った。」
言い切る前に玄関の中へと腕を引っ張られバタンと扉が閉まる。
じんわりと温かい空気を感じ取りながらガサゴソと袋の中を漁るとコツンとお目当ての物に指が当たる。
「何してんだ?」
「ああ、いや、チョコレートを勧められてな。ケンも嫌いじゃないだろう。」
「まぁ…。」
取り出しながらニコリと笑いながら取り出し、ケンに手渡すと少し間を開けてからありがとうと口にした。もしかして要らなかっただろうかと見つめていると手にするりと指が這ってきて抱き寄せられる。驚いたが、すぐにケンの背中を撫でると今度は後頭部を押さえられてキツく、抱き締められた。
「ケン…?」
「久しぶりだな、この感じ。匂いも変わってない。」
「……来る前に…シャワーは浴びてきたんだが…」
「別に臭いとかそういう訳じゃない、お前の匂いだよ。…安心する。」
耳元で囁くような声音にゾクリとして、ケンの肩に顔を埋めるとペットを撫でる様にワシャワシャと撫でられて身体が離れていった。
リュウが不思議と少し寂しく思いながら、受け取ったチョコを開けてぺたぺたと歩いて行くケンの背中を見つめてから、追いかけて行くとパクリと食べながら何やら冷蔵庫から取り出している。牛乳を鍋に注いで温めながらコップを2つ出して、ころんと何個かのチョコを中に入れた。
「それは…」
「ホットチョコレート、たまに飲むとうまいだろ?」
「そういえば昔、アメリカから戻ってきた時作ってくれたな。」
「そうそう。ちょっと、もったいないか?」
「いや、良いと思う。形が少し違うだけだろう?」
下を向いてふ、と笑う横顔に知らない表情だと密かに思う。久しぶり、だなんて言ったが本当にここ数年はケンの名前を聞くくらいで、連絡をしようにもなかなか出来なかった。本当はもっと言う事があるのに、口にするにもすぐに言葉に出来そうになかった。
「さて、どうする?このあと手合わせでもするか?」
「俺はいつでも──いや…やっぱり明日にしよう、その格好だと仕事終わりなんだろう。」
「何だぁ?気を遣ってんのかよ」
「俺と違ってお前は忙しいからな、無理は…言わない。」
今にも確かめたい気持ちはあったが、心なしか疲れているように見える。いくら何でもそんな状態のケンと拳を交える事は出来ない。ケンにはケンの時間があるのだから。昔ならば、伸ばされた手を掴んで手合わせしていたのだろうが。
(…会いに来るのにも時間がかかってしまったな…。)
そう考えていると、ケンがおっ、と声を上げて温まった牛乳を注いでスプーンでくるりと何度か混ぜる。ケンがコップをリュウに渡すとソファに腰かけて口を付けながら手招きした。横に腰かけてじんわりと熱くなったコップにリュウも口をつけてこくりと飲み込む。テーブルにコップを置いてから少しの間、沈黙の時間が続いたがそれを終わらせたのはケンの方だった。
「んー、コーヒーもいいがたまには甘いのも良いな。」
「…そうだな。」
「なぁ、リュウ。お前さ、暫くここに居ろよ。次の大会なんてしばらく無いだろ。」
「そうだな。でも良いのか、忙しいだろう。」
「……そればっかだな、お前に気を遣われる程じゃないって。それに、居て欲しいんだよ。俺が」
どこからどこまで見透かされているのか。分からないけれどケンに肩を抱かれて頷いてしまった。寂しい、というのは自分だけじゃなかった。ただ口にして良いのかという迷っていた心がバレてしまっていたのか、ケンが覗き込んできて頬にキスをされる。触れた唇を見つめ、そっと指でなぞると小さく笑ってそのまま胸を押され、されるがまま後ろに倒れる。
「…たまには話して終わりたかったけど無理だな…。どう足掻いても、お前に触りたくて仕方ない。さっきだって我慢したけど、目の前に居るんじゃ触っちまう。」
ハァッと大きく息を吐いたと思ったら抱き枕の様に抱きつかれて身動きが出来なくなり、体温が上がって行く。頭を抱えて腕の中のケンを見つめると、安心した様に目を瞑っている。相変わらず鍛えられた体に弾力のある筋肉だが、ケンはケンのままで懐かしく思える。
「たまには許してくれよな、明日は…そうだな…近くのジムにでも、行こうぜ…。そこは…俺の…行きつけ、で…」
言葉がやがて途切れてそうだな、と声をかけようとしたが、いつの間にか寝息を立てていた。
肩を掴んで揺らしてはみたが疲れているのか声一つ上げることなく、寝続けていた。なんだか起こすのも申し訳ないと、頭を柔らかく撫でながらリュウは諦めてそのまま抱き枕になるしか無かった。