ヒョイ、と覗き込む様にしながらリュウが手渡して来たのはアイスだった。日本の夏は本当に暑くて蝉の声が永遠と聞こえる。耳を塞ぎたくなる程─では無いにしても、あまり心地良いとは言えなかった。
最近ではあまり見ない駄菓子屋に入ってラムネとアイスを買った。
リュウがここで休憩するか、少し待っていてくれと店内に入って行くのを見て、そのベンチに座って待っていた。手渡された袋を開けてかじりつくと冷たくて甘いアイスが口の中で溶けて暑さが少し紛れた気がした。
「なんか…久し振りに食べた気がするぜ、こういうの…」
「そうなのか?」
「おー…会社に居たら出てくるのはアイスコーヒーだしな。アイスなんかすぐ溶けちまってなかなか食えないしさ。」
人があまり通らない道を見ていると遠くの方で陽炎が見えた。ジッと見つめながらラムネを飲み干してまたアイスにかじりつく。
隣のリュウを見ると腕に汗が伝い、ケン以上に食い付いていた。リュウもやっぱり暑いと感じるんだよな、と手を伸ばして頬に触れた。
「ん…。」
「汗だくだ、ここ最近やけに暑いもんな。」
「そうだな…あまり日の下にいるとクラクラする。だからこうして休憩しながら移動するんだが…」
「危ねえ奴だな、電車とかタクシーを使えよ。」
「それも良いが…急ぎじゃないからな。暑さに慣れて置かないといけないだろ。ケンに会う時なら使ってみてもいいんだが。」
ふ、と笑う顔。何気に出た言葉にちょっと嬉しくなった。多分また時間を大幅にずらしてしまわない様に、という意味なのだろう。けれどケンにはリュウを待つ時間もいろんな意味で特別だった。
昔もこうして師匠に小遣いを貰っては下町にある駄菓子屋に二人で駆け込んだりした。今ほど暑くないにしても二人で駄菓子やラムネを飲みながらのんびりする時間はケンにとって特別なものの一つだった。それを今でも出来るのは嬉しい、リュウからの言葉を待ちわびる様に見つめる。
「あぁ、そうだ。ケンにお土産があるんだ。俺にはよく分からないがお前の写真を見せたらな、似合うのを見つけてくれて。」
「お土産?へぇ」
「ほら、これ。」
相変わらず愛用しているであろうズタ袋から取り出した似合わない綺麗な長い箱。受け取り、中を見るとネクタイだった。
「珍しいもん持ってきたな。いつも変な土産ばっかなのに。」
「…変な土産で悪かったな。俺は使わないものだから、いいかどうかは分からないが…似合うと思ってな。」
確かにリュウが選んだとは思えない、高級感あるネクタイだ。どこで買ってきたんだが、と思いながらもケンは無意識に笑みが溢れていた。正直リュウに貰ったものは全て大事にしているし、お菓子だってすぐに食べている。形に残るものは寝室に置いて汚れないように、見える所に置いておくほどだ。
それをこうして使えるものとして渡れると使わざる負えない。リュウが、自分の為に。そう思うと余計に嬉しくなった。
「ありがとな。大事に使うよ。」
「そうか、良かった。…本当は、もう少し持ってこようかと思ったんだが…」
「何言ってんだか。俺はお前が無事だって顔を見せてくれるだけでも、十分なんだぜ。」
「ケン…。」
少し恥ずかしい気もしたがそれが本心だ。何年も行方が分からない、ようやくわかった時には何か事件に巻き込まれているなんてのが何度かある。その度に誰よりも先に駆け付けてやる、という気持ちで飛び出して行くのも何度かあった。
言葉にしたところでリュウには謝らせてしまうのだがそれでも伝えておきたかった。
好きに生きててくれて良い、けれど無事にいて欲しい。たったそれだけ。
「…ありがとう、お前にはいつも迷惑をかけている。春麗にも…だが。」
「ったく、本当にな!でも春麗も俺もお前が何処かに留まるだなんて思っちゃいないんだよ。別に何処にも行くななんて思ってない、ただ…あんまり顔を見せないのは心配するって、だけだ。」
自分の言葉を乗せながら友人の名を出すのは卑怯ではあった。多分、春麗もちゃんとわかった上でリュウと接しているし自分もそのつもりだ。それでも
「いつでも俺のとこに会いに来いよ…な。」
控えめに伸ばした手をリュウの手に伸ばし、指を絡める。誰よりも自分の所に会いに来て欲しい。我儘だと分かっていても、リュウにはなんでも言ってしまいたくなる。昔からそうだ、好きだとか嫌いだとかそんな小さな言葉でリュウは動揺したりしない。その意味さえ分かれば彼にも理解は出来るだろう。
それなら、とケンは随分長いこと誰よりもリュウを口説いているようなもの。
顔は見られず、ただ話すのを待つ。汗が伝い、髪が垂れて邪魔に思える。少しの間沈黙を破るかのように強い風が吹いて風鈴がチリンチリンと音を立てた。その音を聞いてか、リュウが軽く指で握り返してきた。
「俺は、お前に会うのも凄く楽しみなんだ。闘えるから、と言うのもあるが…顔を見るだけでも、安心する、というか。」
言葉に詰まりながら必死に言い切る声音が愛おしい。受話器の向こうで聞いた時とは違う戸惑い。そして少し照れた様な様子。それだけでじんわりと嬉しくなる。少し指先が絡まっていたのがより一層深く、強く握り合う。
「本当かよ?」
「…勿論だ。」
ケンは軽く受け流したつもりでリュウの顔を見ると、滅多に見ない穏やかに笑みを浮かべて見つめ返していた。顔を近付け額を合わせて、ほんの少し。
唇を押し付けてから少し離れてうっすらと瞼を開けて、リュウを見つめながら擦り寄る。暑苦しいぞ、それ以上の密着は断られてしまったがほんのり照れた様に困った表情をしていたのを見逃さなかった。