「リュウ!」
「何……いッ」
いきなり叫んだかと思えばあまりの冷たさに思わず驚いて変な声が出てしまった。それをゲラゲラと笑いながら悪い悪いと手を叩いているケンをじとりと睨みつけた。
「や〜手が冷えたから涼ませてやろうかと思ってさ、冷たいお茶も用意しておいたんだぜ」
「だからといって急に触るな、びっくりしただろう…。」
「なんだよ、冷たくて気持ちいいだろ?お前こそそんな汗だくになっちまって」
確かに真夏の雑巾がけはすぐ汗だくになる。拭いたそばからベタベタになっている気がして何度か往復してようやく拭き切れた気になれる。
まだ肩を揺らして笑っているケンを横目で見ながら、首にかけていたタオルで顔を拭くと立ち上がると桶を持ち上げて、水場の方に足を向かわせた。
「なぁ、あとどこ掃除するんだ?」
「さぁ…汚れている所があれば全部するつもりだ。」
「全部!?今日中じゃなくてもいいだろ?」
「それは…そうだが…」
「じゃあ今日はそれ片付けたらやめよーぜ、疲れたし」
あぁ、と返事をしながらキョロキョロと辺りを見渡す。大方の掃除は出来ているが、もう使っていないであろう物が多い。それにも手を付けなければと思うとなかなか休憩を挟もうにも挟めずにいた。ケンがいて、ある意味良かったかもしれないと心の何処かで安堵していた。
水で雑巾と桶を洗い、乾かそうと外に出るとケンが水撒きをしていた。珍しい、と顔があった瞬間ニィっと笑ってホースでリュウの方まで水を飛ばしてきたのだ。
「やっぱ夏は水を被るのが一番だよなぁ」
そういう本人は濡れていないじゃないか、と言う視線を向けたがケンには軽く受け流されてぐっしょりと濡らされた道着を見下ろして手に持っていたものを日当たりの良いところに置いた。
「川の方にでも行くか?」
「…いや、それはちょっと勿体ねぇかな…」
道着を脱ごうとした手の動きを止めてケンの方に視線を向けると腕を引かれながら付いていくように歩いた。なんだ、と聞いたが縁側方にただ座らされてしまう。
ケンを見上げる形になり顔を下から覗き込むと目を伏せたままそっと、鉢巻を指で緩めてストンと首元に落とした。
「ん…?」
「その鉢巻、もう汚れてんな。新しいのやろうか。」
グイ、と指で引っ掛けて持っていこうとするのを阻止する様に手を握りリュウが首を振る。
「……いや…まだ、これでもきちんと洗っているんだが、なかなかな。」
「そりゃそうだろ、何年経ってると思ってんだよ。」
息を短く吐いて、嬉しそうに微笑んでするりと手を引いた。縛りなおそうと鉢巻を手に取ると俺が結ぶ、と言われて頷く。目を瞑り、そういえば昔もこうしてくれたなと思い出す。ケンに貰ったこの鉢巻をまだ手放す訳には行かないのだ。
くしゃりと頭を撫でられた感覚がして薄く目を開けたが鉢巻が上まで上がっていて何も見えなかった。話しかけようとした瞬間、口が塞がれて下唇を少し吸い上げられて驚いた。そのままちゅ、と音を立てながら離れていきやがて視界が広がっていった。
「…ッ…ケン…。」
「こっち、は良いだろ?」
ギュ、と強く結ばれた鉢巻を撫でる様に、指を滑らせながら小さく笑っていた。