EXCELLENT JOGENEXCELLENT JOGEN
【登場人物設定】
■猗窩座:ボーカル。半天狗によってスカウトされる。空手道場とカフェでアルバイトしながらアマチュアバンドを組んでいた。
■黒死牟:リードギター(5弦/主旋律)担当。フリーのギタリスト&作曲家としてマルチに活躍する弟にちょっぴり嫉妬♪
■鳴女:ベースギター(4弦)。元琵琶奏者という異色の経歴の持ち主。淡々と鬼無辻の演出に従い演奏する。
■童磨:ドラム。手足が長く、見目麗しい容貌なので女性のファンが多い。猗窩座をよくからかって激怒されるが止める気はない。
■妓夫太郎&堕姫(梅)キーボード&パーカッション。堕姫は元ボーカルだがイマイチ売れないためにパーカッションに転向。美しい容姿なので男性ファンが多い。妓夫太郎のピアノは天才肌で鬼無辻のお気に入りだが容姿はイマイチ
■半天狗 スカウト担当。イマイチ業績の伸びないオフィス鬼無辻を盛り立てるために渋谷、原宿、六本木でスカウトに精を出す。
■玉壺 情報収集を得意とする事務員。いかに『EXCELLENT JOGENを売り込むか、無惨に褒められたいので頑張っている。
■稲玉獪岳 マネージャー。本当は自分がEXCELLENT JOGENの一員になりたかったちょっと気弱でまじめな人。黒死牟に憧れているので彼のギターで歌う猗窩座に少し嫉妬を感じているらしい。
■鬼無辻無惨 事務所社長。『オフィス鬼無辻』代表取締役社長。イマイチ業績の伸びない『EXCELLENT JOGEN』のテコ入れを図るため、猗窩座のスカウトを進めた。とある同業社社長をひどく敵視している。
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東京。渋谷。
若者の街とあって、スクランブル交差点のあるJR渋谷駅前は十代から二十代の大勢の若者が思い思いの格好で集っている。中にはギターを片手に路上ライブを決め込む男性グループもいた。
そんな人々を見つめながら、半天狗は大きなため息を吐いて植込みの傍にあるベンチに腰を掛け、自動販売機で購入した無糖珈琲缶のプルトップを引いた。
「なかなか難しいのぉ……」
路上ライブを開催している男性グループは常連なのか、広げたギターボックスには結構な金額の投げ銭があった。それでも、大手芸能事務所のベテランスカウトである半天狗から見れば、このグループが芸能界で生き残る確率は一パーセントにも満たない。
「それほど甘くはないんだ、この世界……十年選手のこの儂だって、社長から……無惨様から強くお叱りを受けたばかりなのだぞ」
半天狗の脳裏に、怜悧な美しい面立ちの男性が浮かぶ。その姿を思い浮かべただけで半天狗はぶるりと肩を震わせた。
『ほぉ……休憩とは随分とよいご身分だな、半天狗』
脳裏に浮かぶ男性が冷笑を浮かべ、長く爪を伸ばした右手の指をこちらに向けて近付ける。
つ、突き刺されるッッ!
「ひいぃぃ、無惨様お許しください!」
突然、滂沱の涙を流して立ち上がった半天狗が頭を抱えながら叫んだ。周囲にいた人々が怪訝な顔をして通り過ぎ、中には気味が悪いという捨て台詞を唾と共に吐きかけていく者もいた。
「おのれぇ……おのれぇ……お前らに唾棄される覚えはないぞ!
……この儂が何をしたと言うのだ。真面目に、真っ当に仕事をしているのだぞ!」
ハァァァ、と溜息を吐いていると胸ポケットから携帯電話の振動が伝わってきた。それを手に取り、表示された名前を確認すれば、それは『オフィス鬼無辻』で働く同僚……事務員の玉壺からだった。いつも鬼無辻のご機嫌を伺い、胡麻をすってばかりの要領のいい男だ。
「何だ?」
地を這うようなどんよりした声で電話に出れば、玉壺はヒョッヒョッという独特の笑い声を立てながら『さぼりか、半天狗』と訊ねてきた。
ちょうどスクランブル交差点前に建つ有名な商業ビルに備え付けられた巨大モニターから『人気アイドルグループ』が出演するCM動画が流れてきたのが聞こえたのだろう。
『この電話が私で良かったな、半天狗。もし無惨様だったら……そいつらの声が漏れ聞こえた時点でお前の命は無かったぞ』
「……たまたま駅前にいただけだ。それより新しく出来たライブハウスの情報を早く寄越せ。後方支援の役目を果たせ、玉壺!」
本当に誰もかれもが儂の邪魔をしおって……とブツクサ言っている間に、どうやら情報が送られてきたようだ。
『ほら、さっさと行け。無惨様のご機嫌が直るかどうかはお前にかかっているのだぞ。私の苦労を無にするなよ、半天狗!』
「何が苦労だ! ただ事務所の机に座り、パソコンでネット検索するだけの仕事だろう。全く……何でこの儂がこのような目に……誰も同情してくれぬこの辛さ……くそう!」
ピッと電話を切り、半天狗はスマートフォンの画面に送られてきた地図を表示すると目的の『ライブハウス』を目指して歩き始めた。
事の発端は、先日纏められた半期決算の資料を鬼無辻無惨に提出した時だった。
「なんだ、この売り上げは!」
静かだが、地の底を這うような恐ろしい声音にその場にいた者全員がすくみ上った。
呼ばれたのはスカウトの半天狗、事務員の玉壺のほかに、この『オフィス鬼無辻』の看板アーティストでもある『EXCELLENT JOGEN(エクセレントジョーゲン)』メンバー五名、そして彼らのマネージャーである稲玉獪岳だ。
そしてこの鬼無辻無惨こそ、芸能事務所『オフィス鬼無辻』代表取締役社長であり、この事務所に所属するタレント全員のプロデュースを一手に担う『鬼の祖』もとい、プロデューサーでもあるのだ。
その鬼無辻の額に、眉間に、青い筋がいくつも浮き出ている。その場にいる全員が恐ろしさのあまり鬼無辻の顔をまともに見れず、かと言ってその場から逃げ出すことも出来ずにただただ彼の叱責と懲罰を待つ状態であった。
「玉壺。単なる計算間違いを犯しているわけではあるまいな」
「ひぃぃぃ! まさかそんな……私も何かの間違いかと思い……百回……いえ、千回は見直しました!」
「ならば、この会社の屋台骨でもあるトップシンガー『EXCELLENT JOGEN』のCD売り上げが去年の二割減とはどういうことだ?」
「そ……其れは……」
そこでマネージャーの稲玉獪岳がこほりと咳祓いをして一歩前に出た。
「社長……いえ、無惨様。実はここのところ、我々に対するテレビ局やマスコミ側の対応も大変悪く」
「なんだと?」
「ああああ、いえ……その」
鬼無辻のネコ科を思わせるような瞳がぎろりと獪岳のほうに向く。その静かにも拘わらず獰猛さを感じさせる声音に、獪岳は両手を振りながら後退った。鬼無辻を怒らせたらどうなるか……それを痛いほど知っている者はとにかく余計なことは言うまい、鬼無辻からの視線を直に受け止めまいとして下を向いた。
しかし、ただ一人……『EXCELLENT JOGEN』のメンバーであり、この中で一番若い堕姫が『そぉなんですよ、無惨様ぁ』と訴えるように話しかけた。
その様を見て、他の全員に戦慄が走った。
「おいおい、勇気があるなぁ」
苦笑いを浮かべながらツッコミを入れたのは童磨だ。堕姫の兄・妓夫太郎が『梅、止せ』と止めたが元来無邪気な彼女はますます甘えるように無惨に訴えかけた。
「昨日出演した毎朝テレビの歌番組の控室もこのあいだまで一番大きいお部屋だったのに、昨日は一ランク狭い部屋に変えられたんですよ……突然! 何の連絡も無しに! 酷いと思いません? 無惨様、あの番組プロデューサーに痛い目見せてやってください!
今まで私たちが使っていた広い控室はウブヤシキ事務所のあいつらにッ……もがもがもが!!!!」
「あーはははは! ちょっと黙れ、堕姫。
……それ以上言うとお前本気で命ないぞ」
獪岳が慌てて堕姫の口を押えるが、時既に遅し。兄の妓夫太郎が土下座して平謝りに謝ったが、瞳を眇めた鬼無辻はそのまま妓夫太郎の肩に足を乗せた。
「私はお前のピアノの腕を買っているが、お前の妹は顔が派手なだけで音楽に関する才覚は皆無だ。今回の売上げ低下の原因が全くわかっていない」
「ひ! すみません! 梅はちょっと頭が弱くて……ちゃんと言い聞かせますので」
「え? どうしてですか? 私なんか悪いこと言った? お兄ちゃんッ」
ぐぐ、と鬼無辻の足が妓夫太郎の腕に食い込む。これ以上やれば彼の腕は折れるだろう。妓夫太郎は『EXCELLENT JOGEN』のキーボード担当だ。彼のキーボードやピアノ演奏は天才的だと音楽評論家の間でも高評価で、この『EXCELLENT JOGEN』を支える屋台骨の一人なのだ。その彼が、音を奏でる手や指を怪我するということは、このグループの終わりをも意味する。
「無惨様。新しいボーカルを入れてはどうでしょう?」
それまで黙っていたギター担当の黒死牟が鬼無辻に提案した。彼は『EXCELLENT JOGEN』の中では童磨に次いで人気のあるメンバーであり、このグループのリーダーでもある。鬼無辻は片眉を上げながら黒死牟を見つめた。
「ボーカルか。宛はあるのか?」
黒死牟は頷くと、玉壺に視線を投げた。情報収集と、その精査を得意とする玉壺は持っていたA4サイズの黒いクリアファイルを開き、中から一枚の写真を引きぬくと恭しく鬼無辻に差し出した。
「この写真の男か?」
「はい……」
頭を下げる玉壺を一瞥もせず、鬼無辻は写真に写った『青年』をまじまじと見つめる。
獪岳に押さえつけられたままそのやり取りを見つめていた堕姫の顔色が変わる。
「ボーカルを変えるのですか? 無惨様!」
「そうだ。『EXCELLENT JOGEN』のCD売り上げが減ったのはお前の歌唱力が弱いことが原因の一つでもある。この辺りでメンバーのテコ入れを行うぞ」
「そ、そんなぁ……えぐ」
「梅。落ち着け。泣いたって仕方ねぇ……無惨様はお前を悪いようにはされねぇ筈だから少しくらい我慢しろ?」
しくしくと泣き出した堕姫を妓夫太郎が宥めていると、リーダーの黒死牟が再び鬼無辻に提案した。
「この堕姫は歌唱力は弱いがリズム感は良い。パーカッションに転向させるのは如何でしょう?」
「……お前に任せる。黒死牟。このグループを統べるのはお前だ」
「御意」
「……パーカッションって何?」
「梅、何年バンドメンバーやってるんだ。いつも兄ちゃんがピアノの片手間にカスタネットやタンバリン叩いてるだろうが……お前は本当に頭が足りねぇなぁ」
そう言いながらも妹が可愛い妓夫太郎は堕姫の頭を撫で、ご機嫌を取っている。もう此奴らは放っておけとばかりに鬼無辻は半天狗に命令を下した。
「この男を必ずうちに入れろ、半天狗。方法は貴様に任すが逃げられるなよ?」
「は、はぃぃ!」
半天狗は深々と頭を下げると、そそくさと部屋を辞そうとした。だが、鬼無辻がその背に向けて更に追い打ちをかける。
「特にウブヤシキ事務所に先を越されるなよ」
「御意ィィィィ」
こうして、オフィス鬼無辻は新人発掘のため、渋谷にあるライブ会場へとスカウトの半天狗を遣わしたのだった。
◆◆◆
猗窩座はオフィス鬼無辻の応接室に案内され、窓の外をじっと眺めていた。
「ここが六本木か」
オフィス鬼無辻は六本木にある。場所は知っていても、実際に訪れたことはほとんどない。
すぐ目の前には有名な不動産会社所有の億ションが悠然と建っており、自分が根城にしている渋谷や原宿とは全く様相が異なっているのをひしひしと感じる。
「待たせたな」
ドアが開き、鬼無辻が半天狗を従えて応接室に入ってきた。
「私がオフィス鬼無辻の代表取締役社長であり、『EXCELLENT JOGEN』のプロデューサーでもある鬼無辻無惨だ」
「……猗窩座だ」
差し出された鬼無辻の手に自分の手を合わせ、両者は数分間『睨み合った』。
(この男が鬼無辻無惨……)
「ふふふ。そんなに警戒感を顕わにするな、猗窩座。君の歌は聞かせてもらった。さすがアマチュアロックバンドの全国大会で金賞を取っただけのことがある。確かに大したものだ……」
鬼無辻はそう賛辞を述べて猗窩座の顔をじっと見つめた。
猗窩座はほんの少しだけ眉尻を下げた後、再び鬼無辻から視線を外して窓の外を見た。
「六本木の街並みを見るのは初めてか?」
「……こんな、金持ちが住むような場所には縁がなかったからな。いつも通り過ぎるだけだった」
だが、この街には夢がある。近くにテレビ局やラジオの放送局が軒を連ね、芸能界でスターダムにのし上がったシンガーやタレントも多く住んでいる。
きっとこの街のどこかに……あの、『男』も住んでいる筈だ。
「本当に……直ぐデビューさせてくれるのか?」
「今、『EXCELLENT JOGEN』でメインのギターを担当している黒死牟が、キーボード担当の妓夫太郎と新曲を作っている。猗窩座、お前のデモテープを聞いたうえで決まったことだ。これまでは女声がメインだったがイマイチ、このバンドのイメージに合っているとは言い難かった……」
無惨の話に、猗窩座は『確かに』と頷いた。『EXCELLENT JOGEN』はそれなりに有名なロックバンドだったが詞や曲が素晴らしいにも拘わらず、堕姫のボーカルがパンチ力に欠け、最終的には息切れ状態となって音程もズレてしまうという難点があった。
それは堕姫の実力が低いというわけではなく、黒死牟が作る曲が彼女のベストよりも難易度が高く、曲とボーカルの相性が悪かっただけの話だ。現に、堕姫自身、入りの難しい歌も難なく熟せるほどリズム感が良くて、彼女のようなアーティストはメインボーカルではなくパーカッション(打楽器)やコーラスに向いていると猗窩座は瞬時に気付いた。
コンコン、と応接室の扉がノックされ、鬼無辻が『入れ』と促した。
「失礼する」
「失礼しまーす! おお、君が猗窩座殿!?」
入ってきたのは、件のギタリストであり、『EXCELLENT JOGEN』のリーダー・黒死牟。そしてドラムを担当している童磨だった。
「……どうも」
初めまして……と猗窩座が右手を出した途端、童磨がその手を両手で握りしめてきた。
「わー! 初めまして! 思ったより小柄で可愛いんだね、猗窩座殿は!」
「は?」
可愛い?
猗窩座は瞳を大きく見開いた。
猗窩座はそれほどファンサービスが上手くない。整った容姿のせいで、アマチュアであるにもかかわらず女性ファンが多かったが、猗窩座の本質はどちらかというと愛想が悪い部類に入るので昔から怖がられることのほうが多かった。
「あー、猗窩座殿は見た目が可愛らしいのだからもっと愛想よくしたほうがいいと思うよぉ? 何せ、俺たちにお金を落としてくれるのはほぼ『女性』だからね! あらゆる年代層の女の子には愛想よくしておかなくちゃ!
何なら、俺が一からじっくり教えてあげるよ?」
「……要らん」
童磨の手を振り払った猗窩座は黒死牟に向き直り、『このうざいやつはメンバーか?』と問うた。
「ドラム担当の童磨だ。ロックバンドに携わっている割に見てのとおり大変明るく人懐こい性格で女性ファンから高い支持を受けている」
「……ロックの世界を愛する者が女の機嫌を取るような真似など」
「猗窩座よ」
突然鬼無辻が遮った。静かだが、有無を言わせぬような低い声で呼ばれ、猗窩座は訝しげに眉を潜めて鬼無辻に視線を移す。
「私は『EXCELLENT JOGEN』の売上アップのためにお前をスカウトしたのだ。
ロックを愛する貴様の美学などどうでもいい。要は結果。童磨の言い方は実に軽薄で私も全面的に支持は出来ないが、アマチュアバンドで燻っていた貴様をスカウトしたのは『EXCELLENT JOGEN』を日本一……いや、ひいては世界で戦えるほどのアーティストにするためだ。わかるか、猗窩座よ」
鬼無辻の声が、部屋全体の空気をびりびりと鋭い音を立てて揺らしているように感じる。
キーンという耳鳴りが起き、猗窩座はその不快感に右手を耳に当てて唾を呑み込んだが、全く耳鳴りは収まらなかった。
(もしや、この耳鳴りはこの鬼無辻無惨という男が意図的に起こしているのか?)
そんなことが普通の人間に可能なのか? いや、そもそも鬼無辻無惨という男……妙に浮世離れした物言いと物腰で現実味に欠ける。
まるで、『人間ではない』ように思える。
「猗窩座よ、私の期待を裏切るな。貴様は『EXCELLENT JOGEN』のCD売り上げを今の倍にすべく全力を出して歌え。
絶対に、あの事務所のタレントに後れをとるなよ?」
「あの事務所?」
猗窩座が問うと、童磨が相変わらずへらへらと笑いながら手に持っていた『ビラ』を開いて見せた。
「このグループのことだよ。ああ、でも芸能界のことに疎そうな猗窩座殿は知らないか……
目下、うちの事務所は此奴らが所属する事務所とライバル関係でさ~。此奴らのせいで俺たちは最近肩身の狭い思いをしているってわけ」
ビラには若い男女が九人、それぞれポーズを決めている写真が見映えよく配置されており、どうやら新曲の宣伝フライヤーのようだった。猗窩座はセンターを陣取っている金髪の派手な青年の写真を見て大きく目を見開く。
思わずひったくるようにして童磨の手からそのビラを奪い取った猗窩座はまじまじとフライヤーを見つめた。
「猗窩座殿!?」
「黙れ……このグループ……何処の事務所だ? う、うぶ…やし?」
「口に出して読まなくていい」
猗窩座が手に持っていたビラを鬼無辻が乱暴に奪いとった。思わず『何をする』と口走りそうになったが、鬼無辻の氷のように冷たい視線に気付き、猗窩座は押し黙った。
「童磨。こんなもの……燃やせ。そして塩でも撒いておけ」
「かしこまりました。無惨様」
「ま、待て!! 捨てるなら俺にくれ!」
慌ててビラを取り返そうとした猗窩座の胸倉を鬼無辻が掴んだ。
「ぐっ!」
首が締まる。整った細い眉を潜めて猗窩座は鬼無辻の腕に手を掛けた。鬼無辻が酷薄な笑みを浮かべる。
「ほぉ? この私に逆らうか、猗窩座よ……」
「なに、を……くる……」
苦しい……
言葉にならない悲鳴を上げそうになっている猗窩座を見て、童磨は再びへらへらと笑った。
「ほらほらほら~~無惨様のご機嫌を損ねるからだよ、猗窩座殿。気を付けなよ? いくら鳴り物入りでうちに入ったって無惨様を怒らせたら未来は無いよ?」
か、はッ!!
口端から涎が垂れ、鬼無辻の腕に掛けた腕がぷるぷる震えて遂にずるりと下に落ちた。其れを見た鬼無辻が猗窩座を傍のソファに投げつけた。
「この事務所では私が絶対的存在だ。逆らうことは赦されない。猗窩座よ……この手を取ったからには覚悟を決めて私を受け入れろ」
鬼無辻はそう言うと黒死牟を振り返った。
「よくよくこの新入りに振舞い方を叩き込んでおけ、黒死牟」
「御意。無惨様」
頭を下げる黒死牟と童磨を残し、鬼無辻は半天狗と共に部屋を出た。
ソファに投げ飛ばされた猗窩座は肩で大きく呼吸しながら座面に顔を押し付けた。
「……騙されたと思っているか? 猗窩座」
黒死牟が相変わらず淡々とした口調で猗窩座に話しかける。半ば突っ伏したまま、猗窩座は横目に黒死牟と、その後ろでニタニタと笑う童磨を睨みつけた。
「……『俺』を認めてもらうには、結果を出せばいいのだろう?」
ぽつりと猗窩座が口にした言葉に、黒死牟は目を細める。
「『EXCELLENT JOGEN』の新曲がリリースされたら……その九人のアイドルグループよりも長くオ〇コンランキング一位を独占させてやるよ……今、此奴らの……記録は?」
「……大きく出たねぇ。今、四週連続一位だよ? まだもう二ヶ月は続くかもだよ、猗窩座殿?」
顎に手の甲を当てながら童磨が揶揄うよう答える。しかし、猗窩座の表情は変わらなかった。
「じゃあ……今度の俺たちの新曲は四ヶ月保たせるぞ」
「マジ? 正気で言っているのかい? 猗窩座殿」
「何だ……そんなに自信のない楽曲なのか、お前たちが作る新曲は」
ぴり、と部屋の中が張りつめた空気に変わる。
不敵な笑みを浮かべる猗窩座の視線に合わせるように黒死牟がソファに膝を掛け、長い睫毛に覆われた猗窩座の目を覗き込む。
端整な顔を近付けられ、猗窩座は『何だ』とねめつけた。
「自信が無いわけないだろう? この私の作った曲が……この私が……『弟』よりも劣っていると貴様は言いたいのか!」
黒死牟の手が猗窩座の頸に伸び、そのままゆっくりと首筋、喉元を撫でられた。
「ッ! 弟? 何のことを言っている!」
瞳を細め、口角を上げた黒死牟の壮絶な色気に中てられたのか……猗窩座は困惑した表情で頬を染めると、『近い、離れろ』と言って自分の掌で黒死牟の胸を押した。身体を起こし、ソファに座り直した猗窩座は二人を交互に見つめる。
「……俺は本気(マジ)だ。あのままアマチュアバンドで燻っていてもデビューなんて望めない。なら、ここで! 俺の歌唱力を買ってくれるというこの事務所で……音楽業界の頭を取ってやるよ」
「……か、カッコいい~~~猗窩座殿!」
「その意気だ」
だが、其の前に……
猗窩座は童磨が持っていたビラを取り返すと『此奴の名前を教えろ』と中央の人物を指で差し示した。
「……どうしてその男が気になるのか理由を訊いても?」
童磨が面白そうに目を細めたが、猗窩座は無言を貫いた。
「……名前くらいいいだろう。童磨、教えてやれ」
「ま、いいか。彼、結構有名なのにねぇ。本当に知らないんだ? 猗窩座殿」
芸能界に入ろうっていうのに、マジ? そうボヤきながらも童磨は猗窩座に、ライバル事務所のタレントの名を教えてやった。
「彼は、九人グループでトップの人気を誇る……」
◆◆◆
一ヶ月後、猗窩座を新しくボーカルに迎えた新生『EXCELLENT JOGEN』は新曲を発表。
その音が各種メディア、マスコミで紹介されるや否や、猗窩座の類稀な端整な容貌と相俟って火が付いたように世間が騒ぎ始めた。
正統派ロックバンド『EXCELLENT JOGEN』の新しいボーカル、猗窩座とは何者?
私生活は? 彼女はいるのか?
趣味は空手。スレンダーに見える身体は、実は筋肉の塊だった!
週刊誌、月刊誌、そして特別号……あらゆる音楽誌が『EXCELLENT JOGEN』を、そして猗窩座を中心に特集を組む。
実際、流された猗窩座の歌声は忽ち元々の『EXCELLENT JOGEN』ファンはおろか、それまで普通にアイドルタレントを応援していた若年層まで巻き込み、女性を中心に新たなファンを獲得していった。
新曲リリース翌日のオ〇コンランキングは当然一位。三ヶ月間、首位を不動のものにしていた九人のアイドルグループの牙城を遂に切り崩した。
『HA〇〇〇RA9を追い落とす、EXCELLENT JOGENの勢いはいつまで続くのか』
そんな煽り文句がマスコミ各誌の表紙を飾る。
世間の下馬評は、最早今シーズンの注目は『EXCELLENT JOGEN』を率いるオフィス鬼無辻と、九人のアイドルグループを擁するライバル事務所の具体的な売上額で、どちらに軍配が上がるかという興味に移っていた。
それだけ『EXCELLENT JOGEN』の人気は鰻登りであり、オフィス鬼無辻が嘗ての栄光を取り戻しつつあることを世間に知らしめた。
鬼無辻は上機嫌だった。
当初、猗窩座の生意気な態度に喝を入れたこともあったが、その後は何ごともなく猗窩座は精力的に『EXCELLENT JOGEN』のメインボーカルとしての仕事を熟していった。
メンバーとして『EXCELLENT JOGEN』の活動に慣れてきた猗窩座は、それまでは黒死牟や鳴女といったギタリストに任せていた曲作りを自分でも行うようになり、主に作詞を手がけた。
その頃には猗窩座の人気は不動のものとなり、ベビーフェイスのクールガイという二つ名を戴くに至る。
実際、猗窩座の行くところには大量の女性ファンが待ち受け、関係者専用の出入り口には常に出待ち入り待ちのファンが屯していた。
加えて『EXCELLENT JOGEN』のライバルという立ち位置となった九人のアイドルグループを推す女性ファンも競合し、二つのグループが同じ音楽番組にブッキングしようものなら、『観覧募集』には恐ろしい数の応募が殺到し、収録のあるテレビ局や音楽ホール前には大量のファンが公式やお手製のうちわ、応援グッズを持って駆け付けた。
そして……
猗窩座の宣言どおり、『EXCELLENT JOGEN』は四ヶ月半もの間オ〇コンランキングの一位を独占し、一つの伝説を築いたのだった。
その頃だった。『EXCELLENT JOGEN』の大人気ボーカル猗窩座に、『ある噂』が立ったのは……
新生『EXCELLENT JOGEN』が満を持して行う全国ツアー真っ最中のある日。
メンバーは東京から地方へ向かう新幹線に乗り込んでいた。
「猗窩座殿~」
出会った当初から常に猗窩座を構い倒し、そのしつこさにどれだけ猗窩座が辛辣な拒否行動を示してもめげずに近づいてくる、ある意味本当にウザい奴だが、ドラムの腕前だけは天才的な技術力を見せる童磨がにこにこ笑いながら隣に座ってきた。
猗窩座はモスグリーンのキャップを目深に被り、黒のサングラスにマスク、そして耳にコードレスのイヤホンを着けて周囲をシャットアウトしていたが、横に座ってきた童磨が『猗窩座殿~、ねぇ起きてよ。っていうか起きてるんでしょ?』と肩をぐりぐりとしつこく擦り付けてくるものだから、遂にこめかみをひきつらせ、童磨の襟首を掴んで引き寄せた。
「お?」
「……静かにしろ。俺は睡眠不足でいら立っているんだ、童磨」
「わー、やっぱり寝たふりだったんんだ。猗窩座殿、ちょっと話をしようよ」
「俺はしない。あっちへ行け」
そう言って背中を向けようとしたが、上背で勝る童磨が猗窩座の背中越しにするりと腕を回すと、その胴に手と腕を巻き付けて抱きしめてきたのだ。
その態勢に、猗窩座がこめかみを引き攣らせて、思い切り眉間にしわを寄せた。
「何をする! 男に抱き着かれる趣味は無いぞ!」
「またまたぁ……この芸能界、男性とか女性とかそういう細かいコト気にしていると生き残っていけないいよ? 猗窩座殿もそのうち、営業でお偉いさんに媚を売らないといけない時があるかもだし?」
今時、枕営業のことを指して言っているのだろうか?
猗窩座は憤慨して、童磨の胸に肘鉄を食らわした。
「あいて! 猗窩座殿、暴力禁止!」
「お前が馬鹿なことを抜かすからだ。俺はそんな媚を売らなくても、この芸能界で生き残ってやる。この『EXCELLENT JOGEN』を伝説のグループと言われるほどの存在に押し上げてやるから心配するな」
「ふーん?」
童磨はするすると猗窩座の身体に回した腕を解くと『そりゃありがたい』と言って笑った。猗窩座はフン、と鼻を鳴らして車窓に視線を向ける。その頬が少し赤くなっているのを見て、童磨は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いやさ、噂を聞いたもので」
「……噂? なんだ」
コードレスイヤホンのBluetoothを切ったのか、猗窩座は童磨へ視線を戻した。
「知らないのかい? 専ら女性週刊誌を中心に噂で持ちきりだよ?
猗窩座殿と、『彼』との……」
「彼……? 何を言っている。何の噂だ」
猗窩座の返答に、『本当に知らないんだ?』と童磨は呆れ返ったような声を上げた。
へぇぇぇ、そぉ~? そうなんだー、ふーん。
自覚無しなんだ? なんか羨ましいというか、妬ましいというか……
「猗窩座殿、あまり自分のファンや相手のファン、それに……
無惨様を煽らないほうがいいよ?」
「まどろっこしい! はっきり言え!」
噛みつかんばかりに怒鳴る猗窩座に、童磨は隠し持っていた写真週刊誌を差し出した。
「? なんだ、これは」
訝し気な表情で問う猗窩座に、童磨は『さっき駅の売店で買ってきたのさ』と答えた。
「今、マネージャーの獪岳がいないだろう? 何故だかわかる? 猗窩座殿……彼は今、この件でこってり無惨様から絞られている筈だ。可哀想に……ひょっとしたら首、斬られるかもしれないねぇ?」
猗窩座は童磨から受け取った週刊誌をぱらぱらと捲った。そして、ある頁を開いた時に『う』と呻いて瞠目した。
その頁には、猗窩座(自分)の写真が載っていた。いつの間に撮られたのか。さっぱり覚えていない。
だが、撮られた場所は解る。これは……この場所は。
白亜のマンションが猗窩座の背後に建っている。猗窩座の格好は今と同じ。キャップに、サングラスにマスク……更に黒のパーカーを着て、ご丁寧にフードをキャップの上から被っていた。
しかし、ほんの少しずらしたサングラスの奥に見える金の瞳、そしてフードから漏れた桃色の髪は猗窩座以外の何者でもない。
そして……
「猗窩座殿……『金髪の彼』と、えらく仲が良いんだねぇ。どこで知り合ったの? まだこの世界に入って間がないのに……既にトップアイドルとして君よりも芸歴が長い『彼』とさぁ?」
確か、彼って子役の時から活躍しているんだよねぇ? 金髪に朱の色が混ざって『炎』みたいだって、結構芸能界では昔から有名……
童磨の、揶揄するような明るい声音を聞きながら猗窩座はキュッと唇を噛んだ。週刊誌を握る手に力が入り、記事が書かれた紙に皺が寄る。
「無惨様は……猗窩座殿に言った筈だよ~? この事務所のタレントと繋がりを持つな……って」
「……何故、そこまで毛嫌いする」
「へ?」
間の抜けたような表情を見せる童磨を余所に、猗窩座は週刊誌を閉じると其れを思い切り捻った。
「ああああ! 何するんだよ、猗窩座殿!! ……あーあ、せっかく買った週刊誌がぼろぼろだ」
「五月蠅い。週刊誌に男二人が載ったくらい何だ? どっちかが女だったら騒がれもするだろうが……俺たちは男だ。問題ない」
「……新進気鋭のロックボーカリストの朝帰り……出てきたマンションは、男性トップアイドルが住む高級マンション……
彼も猗窩座殿も見た目が中性的で綺麗だからねぇ。この大衆誌、そのまんま二人の仲を疑っているんだと思う……ゴフッ!」
童磨が白目を剥く。彼の腹に、猗窩座の拳が綺麗に入ったのだ。そのままバタリと猗窩座の膝に突っ伏しそうになった童磨の頭をはたき、床に落とす。通路を挟んで斜め向かいに座っていた黒死牟が何ごとか、と妓夫太郎・堕姫の兄妹と共に近付いてきた。鳴女だけはいつもの如く、到着駅まで睡眠を決め込んでいる。
黒死牟が眉間に皺を寄せて猗窩座を睨みつけた。
「こんな公衆の面前で喧嘩をするな。万一マスコミがこの車両に潜り込んでいたらどうする?」
黒死牟の苦言に、猗窩座は『既に載っている』とぶっきらぼうに床に打ち捨てた週刊誌の残骸を指差した。それを見て、堕姫がはしゃぐように声を上げた。
「何? 何? 恋愛ゴシップでも書かれたの? 聞かせてよ、猗窩座!」
「お、おい。梅。声が大きい!」
妓夫太郎が慌てて妹の口を押えようとするが、堕姫は『何が悪いのよ。恋愛は自由でしょ!』と言って猗窩座の腕に、自分の腕を絡めた。
「私は猗窩座の味方よ? 写真週刊誌なんてへっちゃら。で? どこの誰?」
「女ではない。男と映っている」
「え? 猗窩座、そっちの趣味?」
「いい加減にしろ、堕姫。そして暑苦しい。離れろ」
猗窩座は堕姫の手を振り払うと、床に伸びている童磨を跨いでスタスタと車両内を歩き始める。
「何処へ行く気だ、猗窩座!」
「トイレ」
振り向きもせず答える猗窩座の背を見つめ、黒死牟と妓夫太郎は息を吐く。堕姫は自分の手を振り払われたことが気に入らないらしく『いーっ!』と歯をむき出して猗窩座を睨みつけた。
「……全く、困った奴だ」
「……本当だよね、黒死牟殿……」
いつ目を覚ましたのか、童磨がゆっくりと床から立ち上がった。
「コンサート前の大事な身体に傷を付けないでほしいよ。これ……痣になるかも。今日の衣装は肌が見えない奴に変更してもらわなくちゃ」
床に打ち捨てられた週刊誌を手に取り、童磨は丁寧に皺を伸ばす。
その頁には、金髪の男性アイドルと猗窩座が穏やかな雰囲気で見つめ合っているような写真が掲載されていた。
「こんな綺麗に撮られて気付かないなんて……余程猗窩座殿は浮かれていたんだねぇ」
まさに童磨の言うとおりだろう。
対人関係にクールな態度を崩さない猗窩座とは思えない表情。おそらく、猗窩座はこの男性アイドルにすっかり心を許しているに違いない。黒死牟は眉を潜めた。
「いつからの付き合いなのか……玉壺に調べさせる必要があるな」
「多分、単独でバラエティ番組に出た時だろう? 俺、猗窩座殿が出ている番組はわりとチェックしているから間違いない」
「何、それ。童磨さん、キモイ」
「堕姫ちゃん? 俺はねぇ……猗窩座殿のファンなんだよ!」
ふふふ、と無邪気に笑う童磨に堕姫は『はぁ?』と目を眇めた。
「真面目な話。猗窩座殿がうちの事務所に来た時のこと覚えてる? 黒死牟殿。猗窩座殿はいつデビューできるか、しつこく食い下がった……多分猗窩座殿はこの彼のことを既に知っていて、余程会いかったんじゃないかなぁ?」
「どういうことだ、童磨」
「少し考えたらわかるでしょ? まぁ、俺は恋愛の伝道師だから直ぐに分かったけど。
猗窩座殿は、この彼に会いたかったから芸能界入りしたかった。つまり……スカウトされた時点で猗窩座殿はもう、彼に会う気満々だったってこと。おそらく……スカウトされる前から彼のことが気になっていたんじゃって思うんだよねぇ」
突然、黒死牟の携帯が震えた。眉を潜め乍ら画面を見ると、そこには鬼無辻の名前が浮かんでいた。
「社長からだ」
「おお、怖……この件だねぇ……獪岳は無事かな~?」
面白そうに揶揄する童磨に背を向け、黒死牟は電話に出るため、猗窩座が向かったトイレ方向の扉に向かう。おそらく今から電話越しの修羅場が始まるだろう。
「あーあ。コンサート前なんだから大事なノド潰さないでよねー猗窩座殿」
「……まさかのまさかだったな。そんな理由でうちの事務所に入ったなんて」
「ええ? 別に恋愛は自由でしょ、お兄ちゃん。まぁ、私も無惨様怒らせるの怖いからさすがにあの事務所と関わり合い持ちたくないけど」
「堕姫ちゃん、今回はまともなこと言ったねぇ?」
「バカにしてる? 童磨さん!」
兎にも角にも……
『EXCELLENT JOGEN』を救ってくれた天才的なボーカリスト。ベビーフェイスのクールガイはこれからも色々とかき回してくれそうだ。
「そうそう、思い通りにはいかないよ、猗窩座殿? 俺も黙って君の恋愛を見届ける趣味は無いからね?」
ほら、俺、恋愛の伝道師の前に、猗窩座殿の『大ファン』だからさ!
いまだに帰ってこない黒死牟と猗窩座が消えた扉を見つめながら、童磨は大きな欠伸を漏らした。
「目的地に着くまで俺、寝るね~~~」
そう言うなり童磨は猗窩座が座っていた席に座り、秒で寝入った。そんな彼を見て、妓夫太郎と堕姫は互いの顔を見合わせ、呆れたとばかりに肩を竦めたのだった。
それから小一時間後。
疲れ切ったような顔で黒死牟と共に自分の席に戻ってきた猗窩座は、童磨が幸せそうな表情で熟睡しているのを見て思い切りエルボを食らわしたのだった。
『EXCELLENT JOGEN』。
それは、ボーカル:猗窩座、ギター:黒死牟と鳴女、ドラム:童磨、キーボード:妓夫太郎、コーラス&パーカッション:堕姫の六名で構成された、人気ロックバンドのことである。
猗窩座の『恋路』の正体については、また後日……
2021年8月21日/鬼さんおいで、手の鳴るほうへ 参加作品
ウズメ友の会
かとうかなめ:文/カット
【オマケ】
猗窩座くんの道ならぬ恋?が発覚、新幹線のトイレに向かった猗窩座くんを追いかけた黒死牟(無惨様から電話あり)とのやりとりについて
「待て、猗窩座」
後を追いかけてきたのか、黒死牟が何やら電話を片手に後ろに立っていた。
「なっ……何の用だ。俺はトイレに行くと言っただろう」
『……ほぉ。私からの電話より大切なものが出来たのか、猗窩座よ』
黒死牟が持っていた電話から粘着質な声が聞こえる。猗窩座は片眉をぴくりと動かした。
その声は、オフィス鬼舞辻社長・鬼無辻無惨だった……おそらく猗窩座が載った写真週刊誌の記事についてのことだろう。厄介だ。
「今回の週刊誌の記事について、お前に聞きたいことがあると仰っている」
黒死牟の、淡々とした口調の中にもいら立ちが感じられる。しかし……
「男同士が写真に収まっているだけだろう。何が問題だ」
「確かにそうだ。しかし、今回は相手が悪い」
猗窩座に向かって黒死牟が電話を突き付けた。電話に出ろ、ということか。猗窩座は黒死牟から電話を受取るとそれを耳にあてた。
『説明してもらおうか? 猗窩座』
無惨が猗窩座に答えるよう促す。
「……友人として付き合っているだけです。あの写真は無駄に人を煽りすぎだ。変な勘繰りはやめて欲しい」
『私に指図するつもりか、生意気に』
地を這うような低い声音。肝の小さい者であれば震えあがって赦しを請うだろう。しかし、オフィス鬼無辻の事務所に入ったばかりの猗窩座にとって、このような事態は過干渉の何ものでもない。
「友人だと言った。友人と自由に会うことも出来ないのか、この事務所は! ならば」
『ならば辞めるか? 最初に契約を結ぶときに言った筈だ。当社と一度でも契約を結んだ者は私の意向に逆らうことは許されない。且つ、この男が所属する事務所だけは駄目だ。あの事務所は我々にとって目の上の瘤だ。ライバル会社だ。そんな事務所に所属するタレントと懇意にするなどあり得ない。直ぐに別れろ』
別れろ、などとはまた時代錯誤的な物言いだ。猗窩座は秀麗な眉を潜めた。
「断ると言ったら?」
「猗窩座、止さないか」
横から黒死牟が割って入る。そして、猗窩座から携帯電話を取り返すとそのまま耳にあてた。
「申し訳ございません。無惨様。私のほうからよくよく言って聞かせます……はい。本当に失礼いたしました。……は、では失礼いたします」
相手は電話の向こうだというのに、黒死牟はさも上司が目の前にいるかのように腰を30度に傾けると何度か頭を下げて電話を切った。猗窩座はそんな黒死牟の横顔を無表情のまま見つめる。
くるりとこちらを振り向いた黒死牟はそのまま手を伸ばすと、猗窩座の腕を握り、自分のほうへ強く引き寄せた。
「……! 何だ!」
利き腕を手首から握られ、拳を作れない。顎を強く掴まれ、黒死牟の端整な顔が近付く。ライブの時、『EXCELLENT JOGEN』は人外の『鬼』であるという演出のもと、特殊ペイントを全身に施すのだが、猗窩座は顔や腕、背中まで藍の線模様を描き、黒死牟は眼を四つ描き足す。その姿は『異形』そのものだが、メイクさえ剥がしてしまえば黒死牟は優しげな表情の好青年の顔に戻る。その整った顔が猗窩座を覗き込むものだから無駄にドキッとしてまう。
「どうした。顔が赤いぞ、猗窩座」
「……近い。離れろ」
黒死牟の顔を空いている手で押さえたらぺろりと舐められ、猗窩座は変な声を出しそうになった。
「何をするんだ!」
「……童磨の言うとおりだな。お前は思ったより可愛い反応をする」
「……は?」
猗窩座は、黒死牟の口から出た『童磨』の名前に思い切り嫌そうな表情を浮かべた。
童磨は確かに調子がいいし、口調も嫌味半分のような言い方が時折かちんとくる時もあるがそこまで嫌ってやるな、と猗窩座の耳元にそっと囁いてやった。びくびくと肩を揺らす猗窩座が頬を染めながら『離せ、そしてもっと離れろ』と可愛くないことを言うものだから、ますますからかいたくなってくる。
こんな気持ちはちっとも自分らしくないと黒死牟自身も思うのだが、やはりこの猗窩座が……『EXCELLENT JOGEN』の新しいボーカルとして迎えた青年が、他の男に靡いているのを見るのはあまり気分が宜しくない。
「猗窩座……私は、いや、私たちはお前を離すつもりはないからそのつもりで」
「俺は『EXCELLENT JOGEN』のメンバーだ。何を心配しているのか知らんが、自分のやるべきことは成し遂げる」
「その言葉、忘れるな」
ちゅ。
猗窩座の唇に、黒死牟の唇が重なる。桃色の睫に覆われた猗窩座の瞳が大きく見開かれた。
「こ、こ、こっ!!!!!」
「先に戻る。今日のライブも期待しているぞ、我等のボーカル。ベビーフェイスのクールガイ?」
顔を真っ赤に染めて右手の甲で唇を拭う猗窩座が初々しくて可愛いと思ってしまう。
やはりこの猗窩座を、あの金髪のトップアイドルにくれてやるのは癪に障る。
「猗窩座。お前は私の……私たち『EXCELLENT JOGEN』のものだ」
『EXCELLENT JOGEN』のボーカル、猗窩座を巡る恋の鞘当ては今始まったばかり。
そして、鬼舞辻無惨の、『芸能界掌握』という最終目標を知る者は……
今夜も、彼らの熱いステージが幕を開ける。
『EXCELLENT JOGEN』了~
2021.08.20 鬼さんおいで、手の鳴る方へ 開催おめでとうございます!
元々ジャニヲタなので、芸能パロはとても楽しかったです♪
色んな新しい扉を開きそうになりました(笑)
このお話のアンサーストーリーは、10月開催のおにこいで同人誌として発表します♪