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    ぶぜまつ現パロ初恋の話
    数ヶ月眠っておりました。なんとなくで読んで頂ければ幸いです。

     中学校の卒業アルバムをめくると、必ずある一枚の写真に目を奪われる。一人の生徒が教室の机に向かってノートを書き取っているだけの、どうということはない日常の一場面。それなのに、彼の周りだけは特別な空気を纏っていた。
     窓から入り込む陽光が白皙の顔をよりいっそう白く照らし、風に煽られたアシンメトリーのボブヘアが頬にかかって陰っている。伏し目と相まってアンニュイに拍車をかけているが、感じるのは暗さではなく神々しさだ。
     行事の風景や、笑顔のクラスメイトの写真が並ぶ中、その一枚だけは明らかに異彩を放っていた。自然の作用だけで幻想的な世界を作り出す被写体、それこそが今、目の前に座っている松井の7年前の姿だった。

     松井とは中学、高校と同じで、20代になった今でもなんだかんだ付き合いがある。高校当時からあるこのカフェは小ぢんまりとしていて、手作り感のある繊細なメニューと、ゆったりとしたソファ席が落ち着くのだと、松井のお気に入りだった。店内はいつもクラシック音楽が流れている。
     俺は特別知識があるわけではないが、音楽には不思議な力がある、と思う。目の前の些細な日常が、ピアノの音色一つでドラマチックに色づくし、弦楽器が加われば、優雅に茶会でもする映画の登場人物の気分になって、思わずしゃんと背筋が伸びてしまう。
     その曲を聴いていた頃の一番印象深い記憶が、鮮明に蘇ってくることもある。匂い、場所、空気感、会話。ぱちんと照明が消え、スクリーンが煌々と照らされ、勝手に思い出が上映される。

     中学に入学してすぐ出席番号順に配置された席は、松井とほどほどに近かった。名字の五十音順で振られた出席番号では、俺たちは後ろから数えた方が早い。選ばれし者のように窓際から射し込む光を浴びる松井を、気がつけばいつも目で追っていた。
    「いつもどんな曲聴いてんの」
     初めに話しかけたのはそんな言葉だったと思う。当時の会話の取っ掛かりの常套句だった。
     返ってきたのは、いま店内でかかっているようなクラシック音楽だった。流行のアーティスト名を挙げて、ああそれいいよな、と適当に同調するのが暗黙の了解となっていたから、聞き慣れない曲名に思わず面食らってしまった。
     松井はそれだけ答えると、いつも机の脇にかけている楽器ケースを持ち、部活だからと行ってしまった。暗に仲良くなる気はないのだと言われているような気がして、それ以降再び話しかけるまでに少々時間を要した。
     後から聞けば全くそういうつもりはなかったようなのだが、安易に人を寄せ付けない部分が、女子たちが松井に気を寄せつつも近寄りがたかった理由なのだろう。それを告げると、松井は小さく舌を突き出した。
    「豊前は、クラスの女子全員が一度は好きになったことある、なんて伝説になってたもんね」
     実際はそれほど大袈裟なものではないのに、噂が噂を呼び尾ひれをつけて、妙な語り草となっていた。
    「あのくらいの年なんて、スポーツが出来るってだけで好きになったりするもんだろ」
     脚が疾いとか、と付け加えたのは、元陸上部としての自負でもある。松井は眉を顰めた。紅茶が熱かった所為ではないのだろう。俺がモテる、というような話を否定すると、あからさまに厭な顔をする。
     学校みたいに閉じられた世界では、その中で相手を決めて恋をしなければならないと強迫されているかのように、簡単に人を好きになるものだ。そして別の興味が出来れば心は移ろっていく。
     しかし、俺はそうではなかった。正確に言えば、何度か彼女は出来たが、どの恋も本気にはなれずすぐ別れた。
     初恋を忘れられないのだ、と気付いたのはいつ頃か。そして忘れられないのではなく、あの頃から今でもずっと好きなのだ、という確信に至ったのは、つい最近のことだった。
     自覚したならば居ても立っても居られないのが俺の性だった。話があるからこの後時間いいかと約束を取り付けると、松井は快く了承してくれたものの、こう言ったのだった。
    「丁度良かった。僕も紹介したい人がいるんだ。初恋の相手」
     告白する前に振られた。この一大決心の勢いをどこに持っていけば良いんだ。
     初恋の相手をわざわざ紹介するということは、既に恋人なんだろうか。もしくは、婚約するとか、告げられるんだろうか。
     カフェに着いた今でもその考えばかりがぐるぐると頭を巡って、目の前のコーヒーも喉を通らない。
    「なあ、紹介したい人って、俺の知ってる奴か」
    「うーん、あんまり詳しくはないと思う」
     あまりにも手持ち無沙汰で、苦し紛れにコーヒーカップに手を付ける。よくつるんでいる篭手切や桑名、五月雨、村雲ではないということか。無意識に愁眉を開いたが、余計に気になって仕方ない。もうじき現れるんだろうかと、そわそわと窓の外を見る。
     松井はあまり自分のことを語らず、今まで彼女の話も聞いたことがなかったが、恋人がいてもなんら不思議ではない。怜悧で気丈夫な松井だから、相性が良いのは聡明で清楚な文系黒髪女子だろうか。それとも活発な姉御肌か。と、朧気なクラスメイトの顔を次々と思い浮かべる。どんな奴でも松井が選んだのなら、祝福するのが本当に相手を想うってことだ。と、自分の手の甲を抓りながら言い聞かせる。でも、男だったら一発殴ってしまうかもしれない。
    「どんな奴なんだ」
     気になりすぎて直球で聞いた。
     松井の元に、注文したケーキが運ばれてくる。丸い形のムース生地に、赤いカシスソースと3種類のベリーが乗っていた。端っこへ遠慮がちにフォークを沈めながら、松井は答える。
    「自分のことには疎いくせに、人のことには敏くて、そのくせ絶対に自分から人の心に入り込もうとしない」
     甘酸っぱい思い出話をしているはずなのに松井の表情は険しく、俺は首を傾げた。
    「そんな顔しながら言うか?」
    「そういうところが嫌なんだよね」
    「初恋の奴の話じゃねーのか」
    「そうだよ」
     口の中の甘みとのバランスを取るように、ストレートティーをゆっくりとすする。甘いものを食べる時には、砂糖は入れないらしい。
    「なんで好きになったんだ?」
     松井の妙な口ぶりに、思わず嫉妬を忘れて聞いてしまう。音を立てないようにカップをソーサーに戻す姿は相変わらず上品で、深みのあるチェロの音色と相まって、さながら上流貴族のようだった。なら、俺はなんだ。馬か。当て馬の方の。
    「中学の時、僕が隠れて泣いてるの気付かないふりして、あとでジュースくれたんだ。自販機で当たったからって。絶対嘘なんだけど」
    「良い奴じゃねーか」
     肯定的な言葉を言っているはずなのに、何故か松井の眉根がどんどん寄って皺になっていく。まずい、このままだと綺麗な顔に跡が残ってしまう。
    「それと、よく鼻血を出してた僕をからかってた奴らを『くだらねえ』の一言で辞めさせたんだよね。あの気迫はすごかったなあ」
     その言葉と状況に妙な既視感があった。すすったコーヒーがまだ熱いのを忘れて飲み込んでしまい、喉をひりっと焼け付くようにして通り過ぎた。遅れて、胸が痛いほどかっと熱くなる。
    「ちょっと待て、それ俺じゃねーか」
    「やっと気付いたか」
     俺はぽかんと口を開けた。
    「豊前って、大事なことを言おうとする時、瞬きが多くなる癖があるよね。気付いてないと思うけど」
    「瞬き?」
     確かに大事なことを言おうとしていた。一大事だ。これから松井に告白しようと言うのだから。
    「もしかしてと思ったんだけど、あまりにも遅かったからちょっと意地悪したくなったんだ、ごめん」
     そう言うと、ようやく松井の口元が綻ぶ。天使の悪戯のような微笑みに見えるのは、補正がかかっているのだろうか。もしかしたら卒業アルバムの写真も、俺の中のフィルターがそう見せていたのかもしれない。
    「陸上の神様の異名が聞いて呆れるね」
    「わりぃ、気付くの遅すぎたな」
    「本当、自分のことには詳しくない。まあ、まだ間に合うから良いけど」
     苦いコーヒーが飲めるようになったのはいつからだろうか。苦手な味を我慢しながら飲み込んでいくうち、楽しい記憶で上書きされていつの間にか美味く感じるようになった。興味がなかった音楽も、甘酸っぱい果実のように色づいていつの間にか自分の一部になっている。
    「今流れてる曲、まつがよく聴いてたよな」
    「そういうことは覚えてるんだ」
     皮肉っぽく目を光らせる松井に何と言っていいか分からず、「わりぃ」ともう一度言って鼻の頭をかくと、松井が吹き出して笑った。
     ピアノとチェロの音が終止符を打つ。コーヒーと角砂糖が溶け合うように、余韻を残して消えて行く。
     この曲を聴いた未来の俺たちは、今度はこの日のことを思い出したりするんだろうか。
     松井の瞳を見つめ、7年越しの「好きだ」の言葉を伝えると、松井は少し泣き出しそうな顔をして微笑んだ。
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