【ハッピー・トリック大作戦!】「トリック・オア・トリート!」
「……は?」
扉を開けて室内に足を踏み入れた途端、見慣れぬ衣装を着込んだダイに聞き慣れぬ言葉を掛けられたポップは、大いに困惑した。
ここはパプニカ城の一室で、レオナがダイとポップのために用意してくれたふたり部屋だ。他の仲間たちにもそれぞれに部屋が割り当てられており、パプニカに滞在する際の拠点にさせて貰っているのである。
事の起こりは、今から一時間ほど前だ。今日の用事をあらかた終わらせたダイとポップは、この部屋で他愛のない話をしながら、夕飯の時間を待っていた。すると、そんなふたりのもとへ、レオナがやってきたのだ。彼女はポップに『これ買ってきてね。頼んだわよ!』と買い物メモを押し付けると、断る暇すら与えずに、ダイを連れて部屋を出ていってしまったのである。
そして、仕方なく一人で買い出しに行ったポップがお使いを終え、中身がぎっしり詰まった紙袋を抱えて帰還したところ、この部屋のドアを開けた途端にダイに先程の言葉を掛けられた…というわけなのだ。
「トリック…何だって?」
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!って意味なんだって。レオナが教えてくれたんだ」
「なんだそりゃ…」
紙袋をベッドサイドのテーブルに置きながら、ポップは呆れ声を漏らした。
「これもレオナが言ってたんだけどさ。どこかの国の、ハロウィンっていうお祭りで使う言葉らしいよ。夜に魔物の仮装をして歩き回って、会った人にトリック・オア・トリート!って言うんだって。今日はパプニカのお城で、そのハロウィンをするんだってさ!」
「へえ。だからおまえ、んな格好してんのか」
ポップは、改めてダイの姿をまじまじと見た。ダイは今、紺色のシャツに黒っぽいズボンを履き、その上にフード付きの白い上着を羽織っている。上着の裾とゆったりとした袖口を囲うように、ダイの頬の十字傷に似た黒い模様がぐるりと染めつけられていた。
ベルトのバックルと、上着の胸元。それから、二の腕に巻かれたオレンジ色のリボンの上に付けられている小さな装飾に、顔らしき模様が黒色で描かれている。頭に被ったフードにも、同様の模様が見られた。確かに、魔物の仮装と言われれば、そう見えなくもない。魔物にしては、随分と可愛らしいが。
「うん!レオナが用意してくれたんだ。ほら、ポップの分もあるよ!」
喜々としながら説明をしてきたダイが指差した先には、ポップが使用しているベッドがあった。シーツの上に、ダイと揃いの上着と、デザインは同じだが、シャツが深緑色になっている衣装一式が畳んで置かれている。それを見たポップは、思わず渋い顔をした。
(ダイはともかくとして……おれがこれを着んのか?……色々キツくねえ…?)
装飾とバックル、そしてフードに描かれている魔物の顔は笑っているようなデザインになっていて、全体的に可愛らしい雰囲気なのだ。ダイには誂えたようによく似合っているが、それは彼がまだ十二歳で、ポップよりもずっと背丈が低く、可愛らしい顔立ちをしているからだろう。
そして、ダイにはよく似合っているからこそ余計に、色違いのお揃いをポップが着て彼の横に立ったら、失笑を買うのではないだろうか。
(…っつーか、これ、たぶん姫さんが用意した特注品だろ…?絶対にダイ用のが本命で、おれのはついでだよな…どうにか着なくて済む方法、ねえかなあ……)
ポップが用意された衣装を眺めつつそんなことを考えていると、ダイが上に向けた手のひらを、ポップに向かってずいっと差し出してきた。
「それで、ポップ!お菓子は?」
「あん?」
「ほら、おれ、言ったじゃんか。トリック・オア・トリート!って!」
「…ああ。ちょっと待ってな……ほらよっ!」
ポップはサイドテーブルに置いた紙袋の中に手を突っ込むと、取り出した物をダイに向かってぽんと放り投げる。
「わっ、と…!……えっと…これ、飴?」
投げ渡されたそれを受け取ったダイが、目を丸くする。そう。ポップがレオナに頼まれた買い物とは、色とりどりの紙に包まれた、大量の飴玉だったのだ。
ちなみに、メモに書かれていたレオナの指示(『ポップ君ならルーラもトベルーラもできるんだし、このくらいお手の物でしょ?』とも書かれていた)に従って複数の店舗を渡り歩いた為、大きさも味も様々である。
「おう。姫さんに頼まれて、しこたま買い込んできたんだよ。半分は姫さんに持ってくが、残りはおれたちが好きに使っていいとさ」
ポップがダイにそう答えると、彼は手の中の飴を見つめながら「なんだ、あるのか…」と、不満げに口を尖らせた。
「なんでえ、菓子が欲しかったんじゃねえのかよ」
「だってお菓子を貰えたら、イタズラできないじゃんか」
「……ん?」
ダイの言葉に引っ掛かりを覚えたポップが、首をひねってダイを見る。
「おまえ、まさかおれにイタズラする気でいたのか?何するつもりだったんだよ」
「え…」
ポップの投げ掛けた質問に、ダイが目を丸くした。
「……そういえば、考えてなかった…というか……考えてみたら、おれ、イタズラってしたことないかも…」
「は?マジかよ!?」
信じ難い告白に、今度はポップが目を丸くする。まさか、産まれてから十二歳になるまで一度もイタズラをしたことが無い男子なんてものが、この世に実在するだなんて。
「本当に、一回もねえのかよ?」
「うん…記憶がないくらい小さい時のことはわからないけど、覚えてる限りでは…島にいた頃は、される側だったんだよね。いたずらもぐらが掘った落とし穴に落ちたりとか、木の陰に隠れてたいたずらデビルに驚かされたりとか…」
ダイがぽつぽつと語った思い出に、ポップが眉を顰める。普通そんなことをされたら、仕返ししてやりたくなるのが心情というものだろうに。
「そいつらに仕返ししてやりてえとは、思わなかったのか?」
「うーん…あいつらはそういう魔物なだけで悪気がないことは分かってたし、友達だから…それに、そんなに大変な事にはならなかったけど、困ることはあったからね。友達が困るかもしれないって思ったら、仕返ししようなんて思いもしなかった…って感じかな…?」
(……まあ、ダイらしいっちゃ、ダイらしい理由だな…)
首を傾げながら語るダイを眺めながらそう納得したポップは、はた、と気がついた。
「んん?そんなら、なんでおれにはイタズラしようだなんて思ったんだよ?」
「レオナに言われたんだ。『見たことのないポップ君の顔が見られるかもしれないわよ!』って。おれ、それ聞いたら、すっげえワクワクしちゃって…」
「…んで、何するかも決めてねえのに、イタズラしてやろう、って?」
「うん……でもおれ、ポップを困らせたいわけじゃなかったんだ…」
しゅん、と項垂れるダイの様子に、思わず苦笑が漏れてしまう。
「…もしもお菓子持ってない人にトリック・オア・トリートって言っちゃったら、どうしたらいいんだろう…イタズラって、どうしてもしなきゃ駄目なのかな…ならおれ、ハロウィンが終わるまで、部屋から出ないでいようかな…」
ダイは項垂れたまま、そんな後ろ向きなことを呟き始めてしまった。ポップが帰還したばかりの時の勢いは、もうどこにも見当たらない。
(ったく…しょうがねえ奴だな……)
ポップは、ふう、と溜息を吐くと、ダイの頭に手を置いて、フードごと撫でくり回した。
「わっ!?何するんだよ、ポップ!」
顔を上げたダイに向かい、ポップはわざと明るい調子で声を掛ける。
「なあダイ。イタズラってえのはさ。相手を困らせるんじゃなく、喜ばせるもんもあるんだぜ?」
ポップがそう言ってパチンとウインクをしてやると、ダイの目に輝きが戻り、頬に赤みが差して、表情が見るからに明るくなった。
「えっ!?そうなの!?例えばどんなの!?」
目をキラキラさせながら笑顔を浮かべて前のめりに尋ねてくるダイの様子に、ポップも自然と笑顔になる。
「よおしっ、おれに任せろいっ!教えてやっから、一緒にハロウィンとやらをしに行こうぜ!」
ポップはそう言いながら、ベッドの上の衣装を手に取った。ポップにとっては、ダイの笑顔のためならば、気が進まない衣装を身に纏うくらい、安いものなのだ。
「…!うんっ!!」
満面の笑みで大きく頷いたダイに、ポップもまた笑顔を浮かべ、力強く頷き返す。
窓の外の空が、藍色に変わりつつあった。楽しい夜が始まる。確信めいたそんな予感に、ふたりは胸を躍らせたのだった。
***
──その夜。パプニカ城内には『トリック・オア・トリート!』と言って回る、ゴーストの仮装をした勇者と魔法使いが出没した。彼らに出会った者たちは、こう語っていたという──
廊下の隅で目頭を押さえていた、元魔王軍百獣魔団の軍団長曰く。
「…いや、驚かされたよ。オレは小腹が空いたら魚を捕まえてヒートブレスで炙って食うのでな。菓子は持ち合わせていないのだ、すまないと謝ったら、顔を見合わせて頷き合ったダイとポップに、左右の肩に同時に飛び乗られたのだ。そして『クロコダイン!いつもありがとう!』『これからも頼りにしてるぜ!』と、笑顔で言ってもらえてな……ヒュンケル……いいぞ……人間は……」
聖母のごとき微笑みを浮かべた彼らの姉弟子と、彼女の肩に乗っていた、世にも珍しい金色の空飛ぶスライム曰く。
「お菓子は無いの、ごめんなさいね、って言ったら、ダイにきゅって両手を握られて『へへっ。マァム!いつもありがとう!』って笑顔で言って貰えたの。手を離されたと思ったら、私の手の中に、小さな飴があったのよ。フフッ、可愛いイタズラだったわ。ゴメちゃんも、ダイから飴を貰ったのよね」
「ピピィ〜ッ!」
「そう言えば、ポップは何しに来たのかしら…廊下の端からこっちを見ていただけだったわよね?ダイから『ほら、ポップも!』って手招きされても『おっ、おれは別にいいんだよっ!』とか言って、全然こっちに来なかったのよね…あれは一体何だったのかしら…」
「……ピ、ピピィ………(多分、ポップもマァムにお礼を言うつもりだったのに、素直になれなかったんだと思うな……)」
執務室にて、薄っすらと色付いた頬を両手で押さえていたパプニカ王国王女曰く。
「ふ、ふふ……ちょっ、ちょっと待ってくれる…?今、顔が締まらないって言うか……ああもうっ!ポップくんがニヤニヤしながらこっち見てたから、彼の発案なんでしょうけど…見事にしてやられたわ!だって聞いてよ!ダイくんにお菓子をあげたら『まだ持ってる?』って聞かれて『あとは城のみんなの分だからもう無いわ』って答えたら、もう一度『トリック・オア・トリート!』って言われたの!あたしが戸惑ってたら、ダイくんが『レオナ、耳貸して』って…言われたとおりに屈んだら、耳元ですっごく優しい声で『レオナ、ハロウィンを教えてくれてありがとう。おかげでおれ、今すっごく楽しいよ』って……はあ…あんなの、反則よ…」
廊下の中央に立ち尽くしていた、元魔王軍の不死騎団長にしてアバンの使徒の長兄曰く。
「………クロコダイン……!!いまならわかる…おまえの気持ちが…!!」
彼と勇者と魔法使いのやりとりを目撃した兵士たち曰く。
「ゴーストの格好をしたダイさんとポップさんが、ヒュンケルさんに『トリック・オア・トリート!』って声を掛けにきたんですよね」
「うむ。おふたりとも色違いで揃いの衣装がよく似合っていて、とても可愛らしかったな!」
「ええ。まるで仲の良いご兄弟がじゃれ合っているかのようで、本当に微笑ましかったですよね!そしておふたりは、戸惑うヒュンケルさんに、ハロウィンの説明をしてあげていたんですが…」
「ヒュンケル殿が『すまない…オレは菓子を持ち歩く習慣は無くてな…』と答えたら、ダイ君とポップ君が顔を見合わせてニヤリと笑って、ポップ君はヒュンケル殿を背後から羽交い締めに、ダイ君はヒュンケルさんの懐に飛び込んで、ぎゅっと抱きつきましてな」
「ヒュンケルさん、放心してましたね。そして、ダイさんが『ヒュンケル!おれ、ヒュンケルが仲間になってくれて本当に嬉しいんだ!いつもありがとう!』とヒュンケルさんを見上げながら笑いかけて、ポップさんが『…まっ、おれも、感謝してねえこともないぜ』と、ちょっと照れくさそうに呟きながら、ヒュンケルさんの手に飴を押し付けたんですよ」
「それから『次は誰にする?』『バダックのじいさんとかどうだ?』などと笑い合いながら、ふたりで駆けていったのだが……なあ、あれからどのくらい経った…?」
「恐らく、十分くらいは…」
「だよなあ…ヒュンケル殿…ふたりが去った後もああやって立ち尽くしたまま、ずっと手の中の飴を見つめておられるのですよ…」
【END】
***
【おまけ】
「はあー!楽しかったね!」
「おう、そうだな!」
夕食を終えて部屋に戻ってきたダイとポップは、顔を見合わせて笑い合った。
夕食の場と、部屋に戻るまでの道すがらで出会った人々からもたくさんの菓子を貰ったので、今ふたりは両手いっぱいに菓子を抱えている。それらを置くために、ふたりはそれぞれが使用しているベッドの脇に置かれたサイドテーブルへと向かい始めた。互いに背を向けて歩きながらも、会話は続く。
「晩ごはんも美味しかったよね!」
「そうだな。珍しい料理も多かったし、全部美味かったよなあ!」
山のような菓子をサイドテーブルに置いたポップが、ダイに向かってニカッと笑いかけた。
「うんっ!おれ、もうお腹いっぱい!」
ダイも菓子を置いてポップの方を振り向くと、満足気な笑顔を浮かべ、膨れた腹を服の上からさすり始める。
「そういやおまえ、カボチャのパイ、すげえおかわりしてたもんなあ」
「だって、デルムリン島にはあんな料理無かったんだもん。美味しかったなあ…いつか、じいちゃんにも食べさせてあげたいよ」
郷愁に駆られたのだろうか。ブラスのことを口にしたダイが、少しだけ遠い目をする。憂いを帯びたダイの表情を目にしたポップは、複雑な心境で目を伏せた。
(……まだ、十二歳なんだもんな)
ダイより三歳上のポップだって、無性に母が恋しくなることがあるのだ。父については恐れる気持ちも大きいが、幼い頃に節だらけの大きな手で頭を撫でられたことを懐かしく思う日もある。まだ十二歳のダイが家族を恋しいと思うのは、当然のことだろう。
(…ロモスから一度戻って以来、あの島には帰ってねえもんな…なんとかして、ダイの願いを叶えてやれねえもんかな………あっ!)
突然閃いた考えに、ポップは弾かれたように顔を上げた。
「なあ、ダイ!!」
ポップが興奮気味に呼び掛けると、ダイは不思議そうな表情を浮かべてこちらに目線を向ける。
「どうしたのさ、ポップ」
「いつか、なんて言わずにさ!明日にでもじいさんとこに持っていってやろうぜ、カボチャのパイ!」
「……えっ?何言ってるのさ。そんなこと、できっこな…」
「できるさ!おれがいるだろ?」
ダイの言葉を遮ったポップは、自分の親指で自分自身を指差し、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
「……あっ!そうか、ルーラ…!!」
ポップの意図を察したダイの表情が、見る間に明るいものへと変わる。
「おう!おれはあの島に行ったことがあるからな!ルーラでおまえを連れてくことくらい、朝飯前だぜ!なんなら、焼き立てを届けることだってできるぞ!」
ポップが得意気に胸を張ると、ダイの目が輝きを増した。
「焼き立て…!そうだよな!すっげえや…!さすがポップ!!」
「フフン、だろ?まっ、途中で落とさねえようにだけは、気ィつけねえといけねえけどな。ひとまず明日になったら、城の厨房に行って頼んでみようぜ!」
「うんっ!へへっ、じいちゃん、どんな顔するかなあ…!!」
ダイはいかにも楽しみで仕方がない、といった様子で、輝かんばかりの眩しい笑顔を浮かべている。が、何故かふいにその笑みを、スッと穏やかなものへと変えた。
「ん?どうかしたか?」
「………なあ、ポップ」
不思議に思って問い掛けると、落ち着いた声で呼び掛けられて。
「うん?なんだよ」
「トリック・オア・トリート!」
呼び掛けに応じたら、ダイはなんと例の言葉を口にして、ポップへと手を差し出して来たのだった。
「……は?」
思わず戸惑いの声を漏らしてしまったポップは、困惑の表情を浮かべてダイを見返す。
レオナのお使いを終えてここへ戻ってきた時も、同じ言葉を投げ掛けられた。その時は飴を渡したが、今はもう、貰い物の菓子しか残っていない。
「一緒にいたんだから、知ってんだろ?飴玉は配りきっちまったから、もうねえっての。っつーか、菓子なら山程貰ってきたじゃねえか。そもそもおまえ、腹いっぱいって言ってたよな?それなのに、まだ菓子が欲しいのかよ」
「ううん。お菓子はもういいんだ」
ポップが呆れ声で尋ねると、ダイからはそんな返答が返された。
「…?じゃあ、なんで…へっ!?」
早足で歩み寄ってきたダイに突然腕をグイッと引かれ、姿勢を低くさせられる。何が何だかわからないでいるうちに、左耳の縁に柔らかく温かな感触が触れ、すぐに離れていった。
「あ、ごめんよ。勢いつけすぎて、口がぶつかっちゃった」
次いで耳元から聞こえてきたのは、そんな言葉で。
(…っつーことは、つまり…?今の感触は、ダイの………)
──唇が触れた、ということか。
(……っ!?………あー…でもまあ、別に気にするようなもんでもねえか……ダイだしな……うん)
一瞬驚いたものの、すぐに冷静な思考を取り戻したポップが、そんなことを考えていると。
「おれひとりじゃ無理だって諦めてしまいそうなことも、ポップとならできるんだ。ポップと一緒なら、この先何があっても大丈夫だって、そう思う。ポップと会ってから何回も思ったことだけど、今日もやっぱり思ったよ。一緒にいられて嬉しい、って。ポップ。おれと出会ってくれて、本当にありがとう」
酷く大人びた甘い声で、胸を掻きむしりたくなるような台詞を、耳元で優しく囁かれてしまったのだ。
「なっ…!?」
ポップはバッ!っと耳を押さえ、飛び上がるようにしてダイから距離を取った。
「へへっ、びっくりした?イタズラ成功、かな!」
楽しげな微笑みを浮かべるダイに上目遣いで見つめられて、ポップは思わず「ウッ…」と呻いた。
ダイの指摘通り、成功だ。大成功と言っていい。なんせ今のポップの頬は発火するかと錯覚するほどに熱いし、心臓は早鐘を打っているのだから。が、それを素直に認めるのは、あまりにも悔しい。
(…大体、おれが教えてやったイタズラ方法だってえのに、おれが振り回されてちゃ世話ねえだろ…)
そんなことを思いながらダイの様子を伺えば、彼は更に笑みを深め、満足気な様子でこちらを見ていて。
(…クソッ…やられっぱなしでいられっかよ…!おっし…!)
どうにかして一矢を報いてやろう。そう決意したポップはダイのもとへ歩み寄り、彼を真正面からガッチリと抱き締めた。
「わっ!なにするんだよポップ…わぷっ!?」
更には、ダイの後頭部を己の胸に押し付けるようにして抱え込み、彼の耳に唇を寄せる。ほんの僅かにダイの耳の縁を唇が掠めてしまったが、あえてそれを口にはしなかったし、謝ることもしなかった。
「……ダイ。おれも、おまえと会えなかったらなんて、考えられねえよ。おれだって、おれひとりじゃできねえことも、おまえとなら、何だって…!…おれ、とっ……!!」
──出会ってくれて、ありがとう。
そう伝えるつもりだったのに、最後まで言葉にすることが出来なかった。ダイと出会ってからの日々が走馬灯のように駆け巡り、胸がいっぱいになってしまったせいだ。
腕の中にすっぽりと納まる、小さな身体。服越しに伝わって来る体温と、規則正しい鼓動。今ダイが生きてここにいるのだと実感させてくれる全てのことが、ポップの感傷的な気分を助長する。
今は何とか耐えているものの、これ以上何か一言でも喋ろうものなら、涙腺が決壊してしまいそうで。
(……はあ……ダセェな……こんなんじゃ、イタズラどころじゃねえじゃん……)
ズッ、と一度鼻水を啜ったポップは、ダイの背中に回していた腕と後頭部に添えていた手を外し、彼を解放した。グシャグシャになっているであろう今の顔を見られたくはなかったが、このまま抱きしめていたら、ダイの頭に鼻水をつけてしまいそうだったからだ。そして。
「……?ダイッ!?」
ダイの顔を目にしたポップは、驚愕の声を上げた。見開かれた彼の両目から、音もなく涙が流れていたからである。
「なっ!?何だ!?どうした!?腹でも痛ぇのか!?」
「…ううん」
思わぬ事態に感傷的な気分も涙もすっかり引っ込んでしまったポップが慌てて尋ねると、ダイは緩やかに首を左右に振った。
「じゃあ、なんで泣いて……」
「ポップの泣き声聞いてたら、ポップと出会ってから今までのことを一気にブワッて思い出して…なんだか、胸がいっぱいになっちゃったんだよ」
ダイはそう言って穏やかな笑顔を浮かべ、ポップを見上げてくる。
「なっ……!?」
泣きそうにはなったが、まだ泣いてはいない。一瞬、そう言い張ろうかとも思ったのだが。
(………まあ、いいか…そんな細けえことは…)
自然と、そう思えてしまった。静かに涙をこぼしながらポップを見上げてくるダイの笑顔が、真っすぐで、透き通っていて、どこまでも綺麗だったからだ。それに。
(…ダイも、おれと同じ気持ちでいてくれたんだな……)
そう思ったらじんわりと胸の奥が温かくなって、意地を張ること自体が無意味に思えたのである。
「これからもよろしくね、ポップ」
ダイが、ポップに向かって手を差し出してきた。ポップはすかさず「おう!」と答えて、ダイの手を力強く握り返す。
(ダイと初めて会った日にも、こんなことがあったよな…)
ふいに懐かしい思い出が蘇り、鼻の奥がツンとした…と、思った時にはもう、涙腺が決壊した後で。すぐに鼻水も垂れてきて、あっという間に、啜っても啜っても追いつかなくなってしまった。
「ポップ、すごい顔になってるぞ」
「うるせえ…おまえだって、泣きべそかいてやがるくせに…」
ポップが鼻を啜りながら口を尖らせて言い返すと、ダイはむう、と頬を膨らませる。
「ポップほどは泣いてないもん」
「泣いてることに変わりはねえだろうが」
「それは……そうだけど」
お互いに不満気な表情で顔を見合わせたダイとポップは、数秒間、そのまま見つめ合っていたのたが。
「……フッ…」
「……クッ…」
やがてふたりはお互いにお互いを指差して、ほとんど同時に噴き出した。初めは小さかった笑い声はすぐに大きくなり、部屋の外まで響き始める。
ふたりの楽しげな笑い声は、部屋の前を通りがかった者たちを、みんな笑顔にさせて。その日パプニカ城は、甘い香りと楽しげな雰囲気に包まれたまま、賑やかな一日を終えたのだった。
【おまけ・END】