望月夜「……ったく、無謀なことしやがって」
「なんだよ〜結局リヴァイの希望通りになったんだからいいだろう?」
まだ秋の気配がある都内のスタジオで、人気絶頂バンドのボーカルとドラマー、リヴァイとハンジは雑誌の新年号用の撮影に臨んでいた。表情は撮影用に作っているが、漏れる言葉は文句ばかりだ。
来年はウサギ年。それにちなんだグラビアを撮ろう、とそこまではよかったが、衣装担当のニファがなんと、バニーガール姿をオファーして、ハンジがそれをリヴァイの知らない間に受けてしまったのだ。
(冗談じゃねえ!)
慌ててリヴァイはNGを出して、今撮影している、燕尾服に黒長耳という出立ちとなった。耳なんぞつけたくなかったが、ハンジがバニーガールになるよりはマシなので仏頂面ながらもリヴァイは黙って付けられていた。
「てめぇ、その肩幅でバニー着ようってのはちょっとずうずうしくねえか?」
「君、いっつもそうやって私を雑に扱うからさ〜、かわいいうさぎちゃんにでもなれば少しは可愛がってくれるかと思ったのに」
シューティングの合間の戯言に周りからどっと笑いが起きる。
(可愛がるだと? チッ、人の気も知らねえで……)
当初の企画であれば、リヴァイはシャツにズボン、至って普通の格好でハンジ扮するバニーに誘惑される役どころだった。
「はーい、次はタバコ咥えて下さーい」
「やった! 仕事中に堂々喫煙だ〜」
ハンジは上機嫌でモデルをこなしている。
(ほんとはこいつだって髪の毛をあげ、細いうなじを出して、目元はラインを引かずにまつ毛を生かして、いつもと違うピンク色のチークでもすれば……いや、アイシャドウは紫、チークはワインレッドにして、腰からこれでもかとレースを垂らす、妖艶な感じのバニーも悪くない。だがどっちにしろバニー姿なんかになったら、いつも抑えている胸や薄いんじゃなくてくびれた腰、張りのあるケツが白日の元に晒されてしまう。絶対だめだ!)
「はーい、次はリヴァイさん、腕まくりしてください」
ディレクターの指示で今回の元凶、スタイリストのニファが腕まくりを整えにきた。
「てめぇニファ、覚えてろよ……俺のケツにウサギのしっぽなんかつけやがって」
バニーハンジを阻止できた代償に、これからリヴァイのシャツは剥かれるし、露出した腰にしっぽをつけたカットも予定されているのだ。
「ふーんだ、黙ってればバニーハンジさんを間近で見られたのに」
ニファは完全におかんむりである。タレントに対する態度とも思えない。イメージに合わないと事務所が難色を示した、と言うことになっているが、そもそもはリヴァイが反対したことを知っているのだ。
*
「はいカット!お疲れ様でーす」
即座にリヴァイは立ち上がって腰のしっぽをむしり取った。いつもは自分の仕事がなければ先に帰るくせに、ハンジはしっかり残って半裸のリヴァイがあれこれポーズをつけられるのを見ていた。ニヤニヤしてるのが憎たらしい。
「リヴァイさん、いいですよこれ!世の女性の目がみんなハートになること間違いなし!」
言われて見たモニターに映るカットは確かに出来が良く、スタッフもみな興奮しているし、リヴァイにしても手ごたえがあった。経緯はどうあれ、いい仕事が出来たとリヴァイは満足を覚えた。
「ふーん、これはまたリヴァイに女性ファンが増えちゃうね。妬けちゃうな〜」
ハンジが大きな声でわざとらしく言った。
(思ってもいないことをまた棒読みで言ってやがる)
苛立ちを抑え、せっかく残っていたハンジを逃すまいと声をかける。
「おい、打ち上げだ。着替えるまで待ってろよ」
「え〜お腹空いちゃったからなぁ」
「俺は焼肉を食おうと思っている」
「えっそれ奢りなの? じゃあ待ってる!」
ハンジはニコニコになり、周りのスタッフにも良かったですね、などと言われて頷いている。
(チッ、全然良くねぇ)
滅多に使わない焼肉カードを切らされてリヴァイは最大限に眉間に皺を寄せて更衣室に急いだ。
*
今日もすっかり遅くなった。肌寒くなってきたこの頃、ハンジは革ジャンの前を寄せて入り口を見返す。
(リヴァイまだかなぁ、マジでお腹減った!)
普段なら待たずにさっさとご飯を食べさせてくれそうなところに行くのだが、焼肉に釣られて空腹で待つ羽目になった。満月がハンジを見下ろしている。
(ほとんど裸だったからあと着るだけなのに、何やってんだよ)
シャツの胸をはだけ、裸足になり、肩を出し、上半身裸になって、最後はしゃがんで際どいところまで腰を露出、ウサギのしっぽをつけての見返りバックショットだ。見惚れるような腹筋、滑らかな僧帽筋、引き締まった広背筋などをハンジは思い出す。若い女性スタッフ達が頬を染めながら見ていたのをハンジは見逃さなかった。
(なんだよ、ドヤ顔しちゃって。自分が脱ぎたかったのかよ、この露出狂!)
たまにはかわいい格好でも、と思ったのにリヴァイに邪魔され、肩幅まで揶揄されたことを思い出してだんだんハンジは腹が立ってきた。もう帰ってやろうかという時に声が聞こえた。
「ハンジ」
反応するまもなくリヴァイはハンジの腕を掴むと強引に向きを変えて歩き出した。
「えっどこに行くんだよ、焼肉ならいつもの波羅泥苑じゃないの?」
「気が変わった。うちで作ってやる」
「ええー! 話が違う! お腹減った! もうムリ!」
暴れるハンジをものともせず、リヴァイは自宅までハンジを引きずって帰った。
*
「はあ〜やっぱりリヴァイのご飯は美味しいね! 待ってる間は空腹で死ぬかと思ったけど……」
目の前の皿を空にしてハンジは満足気に呟いた。
「大袈裟な。レコーディングの時なんか何日単位で食わなくなるくせに」
一旦部屋に連れ込めばこっちのものだ。リヴァイの作る料理を気に入っているハンジはその機会を逃したことは一度もない。
「ははっ。まあ今日は思いがけなくリヴァイの手料理が食べられて良かったよ。さて、そんじゃお暇しようかな〜」
「おい。打ち上げがまだだ」
「打ち上げ?」ハンジは意表を突かれてキョトンとした。お酒かな? ご飯はアルコールなしだったし。明日はオフだから酔っ払ってもまあ支障ないし。
「これだ」リヴァイはそこそこの大きさの紙袋を出すと、ハンジにドサッと手渡した。
「なにこれ? 食べ物じゃなさそ……なんだよこれ!!!なんでリヴァイが持ってるんだよ!!」
ハンジは驚いて叫んだ。中に入っていたのは……バニーガールの衣装だった。
*
先程リヴァイが楽屋で撮影用メイクを落としてもらっているところに、ニファが衣装の回収に来たのだった。わざとらしくぶつぶつと言いながらリヴァイが脱いだ衣服を畳んでいく。
「あーあ、とっておきのバニーを用意したのになぁ。ハンジさんにあげちゃおうかなぁ、そしたらステージで着てくれるかもしれないし」
(おいおいおいおい待て待て待て待て)
ぎくりとしてリヴァイが思わずニファを見ると、これまでで一番悪い顔をしてこちらを見ているニファと目が合った。
結局、今回のギャラが吹っ飛ぶくらいの額でリヴァイはバニーの衣装を引き取ることになった。
「お前……ちょっと強欲すぎねぇか……」流石に青ざめてリヴァイが愚痴る。
「だーってハンジさんのバニー姿見たかったのに! これくらい当然です! ハンジさんのサイズで探すのなかなか大変だったんですよ。結構お直しもしたし」ニファは涼しい顔で言った。
「かわいいんですよ〜。フワフワピンクのうさちゃん。あとスタンダードなやつはハンジさんが着るとめちゃくちゃかっこいいと思います!」
それにしたってなんで俺が……とリヴァイがぶつぶつ言うのを遮ってニファは小声で付け加えた。
「リヴァイさんだって本当はバニー姿、見たいですよね? 明日はオフだそうだし、感謝して欲しいくらいなんですけど……」
リヴァイは手を差し出したニファとハイタッチするほかなかった。
*
というあれこれはハンジに伏せ、ただ「ニファに押し付けられた」とリヴァイは説明した。動揺して顔の赤くなったハンジに真顔で迫る。
「さあ、着ろよ。飯食っただろ」
「飯は関係ないだろ! なんでこれが打ち上げなんだよ!」
「今日はよく頑張ったからご褒美だ。俺に可愛がられたいんだっけか?」
「いっ! 意味が違うよそれは!」
「どう違うんだ? 俺がお前を可愛がるってぇと俺はひとつしか思い浮かばないが……」
意味あり気な顔をして見てやるとハンジはもうのぼせたように真っ赤だ。
「な、なんだよ、意地悪かよ。似合わないって言ったくせに! 着たら笑うんだろ!」
「俺は似合わないとは言ってない。その見た目より華奢な肩を世間様に晒すのはどうか、と言ったんだ」
「そ、そんなの!」言ったきりハンジは絶句した。
「なんだ?」
もじもじとしつつ、ハンジはボソボソと言った。
「え、リ、リヴァイは見たいの……?」
「見たい」もう一押しだと感じたリヴァイは素直に言った。
「笑わない?」
「笑わねぇよ。多分押し倒す」
「!」
硬直して目線を逸らすハンジに近づいてリヴァイは耳元で囁いた。己の声の威力は自覚している。
「なぁ、いいだろ? 誰も見てない」さらに唇を耳に押し付け、吐息だけで鼓膜を震わす。
「俺だけだ。可愛がらせろよ」
ハンジは真っ赤なまま、こくん、と頷くと、「のぞかないでよ!」と言いながら別室に消えていった。
さあて、どっちを先に着て出てくるか、まずは王道の方か?リヴァイは両手を擦り合わせるとワイングラスを取り出し、鼻歌を歌いながらセラーでワインを選び始めた。
お楽しみの夜は更けていく……。