休日の昼下がり。
屋内にある温水プールは季節問わずに、子供から大人まで多くの人で賑わっていた。
親子が浮き輪で水飛沫を上げ、同性のグループが笑いながらプールサイドを歩き、恋人たちは肩を寄せ合っている。
水の弾ける音、青く澄んだ水面に、おもいおもいの笑い声が響いている。
そんな楽しげな雰囲気の中、一角のベンチに座る少女の姿があった。
火渡カイ。
普段の彼女なら、このような喧騒な場に姿を見せる事はないのだが、今日は特別であった。
恋人である木ノ宮タカオに、誘われたからだ。何でも商店街の福引で当たったという。
うなじに掛かる襟足はそのままに、シンプルな黒色のビキニの上から、白いパーカーを羽織っていた。
シンプルにシンプルを重ねた姿だ。 瞳だけが紅い。
クールな顔立ちの下には、白い双乳の谷間が深い影を作っている。チャックは途中で登頂を諦めたのか、胸下で止まっていた。
そんなカイの姿は、不思議と人を惹きつける。
『カイ! ジュース買ってくるからちょっと待ってて!』
そう言って、タカオは売店の方へ走って行った。
カイとは対照的に、まだ子供っぽさが抜けきらない感情豊かな少年だ。
「ねえ、お姉さん、隣座っていい?」
唐突に降り注ぐ男の声。
カイが視線を向けると、二人組の青年が立っていた。
一人はスポーツ系の短髪男子、もう一人はちょっとチャラめの茶髪。
どちらも大学生くらいだろうか。
ナンパだ。
カイは表情は変えずに、またプールへと視線を戻した。
カイからの返事はなかったが、彼らは気にせず隣に腰を下ろした。
「君、さっきから一人?」
「よかったら、俺らと遊ばない? 泳ぎのコツ教えてあげよっか?」
男たちの声に、カイは相変わらず答えようとはしない。
温度差のある反応にもめげず、男たちはさらに食い下がる。
「ねえ、名前なんていうの?」
「友達と来てるなら、一緒にどう? みんなで遊んだほうが楽しいしさ〜。こんな美人一人じゃもったいないって」
男が手を伸ばしたのと、カイが立ち上がったのは同時だった。
ちらり、とカイの瞳が誘うように男たちを見た。口角も僅かに上がっており、これで落ちない男はいないだろう。
「おっ!」
「そう来なくっちゃっなあ!」
男たちも鼻息荒く立ち上がり、カイの背中を犬のようについて行こうとした時であった。
「カイ~おっまたせ~!」
涼しげな少年の声が響く。
ナンパ男たちが振り向くと、そこにはタカオが立っていた。
タカオの両手には買ってきたばかりの、カラフルなジュースが小さな氷と共に泳いでいる。
「こんな美人を待たせるとはいい身分だな、木ノ宮」
「え、とどちらさんで?」
ナンパ男たちは、一瞬混乱した。
姉弟にしては、似ても似つかない容姿である。
「? 何ってカイの彼氏だけど?」
それだけを言うとタカオは男たちを気にも止めずに、カイの元へと駆け寄っていく。
「ごめんって! ちょっと混んでてさー」
「……彼氏ぃ? あのガキが?」
「は? いやいや、マジで? ジョーダンキツいって……」
男たちは、カイとタカオを交互に見比べる。
このグラマラスな美少女の「彼氏」が、この少年?
タカオからブルーハワイのジュースを受け取ると、カイはもう一度男たちに視線を投げた。
「いや~悪いね~お兄さんたちっ! カイはオレの、カ・ノ・ジョ! だからさ~! んじゃ、そういうことで~!」
ご機嫌を絵に描いたような笑顔を浮かべながら、タカオはナンパ男たちに軽く手を振り、カイと共に歩いていく。
男たちは立ち去っていく恋人たちの姿を、黙って見送っていた。
「……というか、カイはなんであいつらの相手してたんだよ? いつもなら殺気で直ぐに追い返すのに」
ジュースで喉を潤しながら、タカオは隣を歩くカイに何気ない疑問をぶつけた。
「少し遊んでいただけだ」
「ふ〜ん。でもさ、あんましからかうなよ。ああいう奴らって何するか分かんねえし……」
「その時は木ノ宮が助けてくれるだろう」
カイは微笑を浮かべながら、タカオを一瞥する。
「……悪くない言葉だった」
カイが本当に遊んでいたのは――……。