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    hykw_kabeuchi

    @hykw_kabeuchi

    タイトルつける程でもない短めのお話や、R-18などワンクッション必要なもの置き場。
    お頭🏴‍☠️関連が多め

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    hykw_kabeuchi

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    「Wish for this moment」のその後の話

    ぐるぐる考えてるアンリちゃんと、大石くんの邂逅。
    出てきませんが、アマ平(アマ→平)前提です。
    大石くんが強気・イキイキなのは平等院さんにハッパ掛けられたままハイテンションモードのため

    書きたいとこだけ書いちゃった

    抽選会のあとのアンリちゃんと大石くん客席の電灯がつき、つい先程出揃った対戦カードに人々が賑わう空気の中、アンリは早足で会場内を歩き回っていた。抽選会の最中隣に座っていた男は、会の直後に慌てた様子でやってきたスタッフに連れられてどこかに行ってしまいここにはいない。
    ——『すまない。早速だがひとつ頼まれてくれるか』
    本来であれば出口に向かう他の参加者同様そのまま宿舎に戻って構わない筈のアンリがこうしてまだ会場にいるのは、男が去り際にそう己に告げたからだ。開会直前の言葉を覚えてくれていたことと、その上で男が己を頼ってくれているという事実は、アンリをいたく喜ばせた。
    しかし、それに一も二もなく頷いたことを、残念ながら既に後悔し始めている。会場内に残っている面々に目を凝らすが、求める姿らしきものは見当たらない。小さな焦燥と苛立ちはアンリの美しい眉を顰めさせた。

    『俺が戻るまで、日本代表の主将を引き留めておいて欲しい』

    さらりと告げられたそんなアマデウスからの依頼は、予想以上に難易度の高いものだった。全員がスーツを着用しているこの場では、欧州大会で見慣れている筈の近隣諸国の代表メンバーですらすぐに判別することは難しい。ましてや探しているのは顔を知らない相手、正面から胸の国旗のエンブレムを見ない限り日本代表かどうかすら分からないというのは、あまりにも効率の悪い人探しだった。せめて全員ジャージ姿であればまだ良かったものを、と独り言ちるが、日本のジャージデザインを覚えているかといえばそういうわけでもないのだからいわばただの現実逃避である。しかしそうでもしていないと落ち着かないのもまた事実であり、落ち着かない理由というのもアマデウスからの依頼がいまいち飲み込めていないという以外になかった。
    きっと、引き止める相手が明確にアマデウスと繋がりのあると知れる人間であったり、アンリ自身も知る人間であればここまで引っかかってはいなかっただろう。しかし、今回彼が求めたのは、微塵も繋がりの読めない男だった。
    どうして、彼はこんなことを頼んできたのだろう。目的は。なぜ今ここで。
    結局堂々巡りで同じ疑問に戻ってきてしまう己に呆れるが、どうにもしっくりこないのだから仕方がない。
    答えのないことを考えながら探すよりは、現実逃避の方が余程マシだ。意識的にそう自分に言い聞かせて、直前まで考えていたことを思い返す。……ジャージ。そう、ジャージだ。日本のジャージは一体どんなものだったか。もしナショナルフラッグをモチーフにしたデザインだとするならば、自国と似たようなカラーリングなのかもしれない。赤白二色、中央配置のデザインで、シンプルなモチーフ。そんな共通点に、日本語を習い始めたばかりの頃の己が興味を引かれた記憶が蘇る。馴染み深いヒノマルを思い浮かべたところで、はたと気がついた。——もしかして、だから俺に頼んだのか?
    アンリは日本語に縁があり、ネイティブ並みとまでは言い難いものの一応特技だと自負する程度の会話能力を有している。欧州、特に多言語が混ざり合う自国に於いてマルチリンガルは当たり前の存在だが、日本語話者となるとその数は極めて少なかった。相当珍しい技能を有していると言っても過言ではないだろう。アマデウスはそんな己のスキルを知った上で依頼をしてきたのだろうか。
    歩みを止めず会場内を見渡しながら浮かんだそんな考えに、しかし、アンリはすぐにかぶりを振った。アンリが日本語を話せることを代表チームの中で知っているのは、やけに選手たちの情報に精通したあの眼鏡の男くらいだ。テニスに特に関係のない己の技能について、多忙なアマデウス相手にあの男がわざわざ説明しているとも思えない。何より、先程のアマデウスの様子を見る限り、この依頼は突発的なものであるのだろう。自分が戻ってくるのを待たせるくらいなのだから、きっと初対面の相手ではない筈だ。それに、わざわざアマデウスの話せない言語を使わなければコミュニケーションを取れないような相手とアマデウスとの間に交友関係があるとは考えにくかった。かの男の対人関係を思い描きながら、アンリは会場の人波の間を縫う様に進んで行く。
    あの男と友人になる様な人間は、一体どんな人なのだろう。不意に、つい先ほど見た困り顔が過る。孤高の一匹狼の様なイメージすらあったというのに、あのほんの僅かなやりとりを経て、それを容易に覆してしまう様な大きなギャップが男に存在する可能性にアンリは気が付いてしまった。ああ見えて、実は友人が沢山いたりするのかもしれない。……いや、流石にそれは社交の場を不得手とする男には考えにくいだろうか。少なくとも、彼と同じくらい思慮深く志の高い者でなければ、彼と対等に付き合うのは難しい様な気がする。意図せぬままアマデウスに対するそんな理想像じみたことを夢想していたアンリであったが、ふと浮かんだ考えに思わず足を止めた。
    ——待て。そもそも、今回探している相手は、アマデウスと親しい人間なのだろうか。
    引き止めておくよう申付けるくらいだ、アマデウスの方からすればある程度親しみを感じているのだとは思う。しかし、相手方もそうだとは必ずしも言い切れない。こうした競技の世界に身を置いている人間同士の場合は、特にあり得る話だ。
    もし仮にネガティヴな感情も伴う因縁の相手だったりした場合は面倒なことになるな、と思いつつ、しかしそれを否定するだけの材料すら、アンリはまだあの男に対して持ち合わせてはいない。再び歩を進めたは良いものの、そう考えると心なしか足取りは重くなってくる。
    すれ違う男たちの顔と胸のエンブレムを確認しながら、せめて用件だけでも予め聞いておくべきだったと、アンリはいよいよ嘆息した。依頼に頷いたのは自分自身ではあるものの、全く仔細を把握することもないままこうして人探しをしている己が、なんだかとても奇妙に思えてくる。これまで人から頼みごとをされたことはあっても、よく分からないまま引き受けるなんてことは学校でもテニススクールでも覚えがない。そもそも、アンリ相手に曖昧な依頼をする人間自体が稀というのもあるが。閉会から十分以上が経ち、会場に残っている人数も半数近くまで減ってしまっている。正直なところ、探している相手はとっくに会場を離れてしまったと見るのが現実的であるように思えた。こんな状況での人探しなど、相手がアマデウスでなければとうに諦めているところだ。それでもこうして探し歩くのをやめられずにいるのは、あの男と関わりを持ちたいと思ってしまっているからなのかもしれない。己が、自覚している以上に。

    「……変な感じ」

    面映さを吐き出すように呟いた言葉が、ガヤガヤとした人の話し声に埋もれて消えたのとほぼ同時。出口に向かって歩く一人のアジア系の男の姿が、アンリの目に飛び込んできた。きょろきょろと周囲を伺うような挙動の途中、こちらに一瞬振り向いた男の胸に掲げられていた日本の国旗に、考えるより先に足が動いた。ようやく見つけたそれに、自然と駆け足になる。
    Excuse meと、近づいた男の背後からつい英語で声を掛けてしまったが反応はない。ハッとして、男のすぐ近くまで追いつくと同時に深呼吸をした。男の肩に手を伸ばしながら、再度口を開く。
    実際に日本人相手に対面で使うのは久しぶりで、ほんの僅かだが緊張が走った。

    「すみません」
    「はい?……って、エッ⁉︎」

    投げかけられた日本語にすぐに足を止め振り向いた男は、アンリを見るなり穏やかな表情を驚きの色に変えた。目を丸くし、口をぽかんと開けた男の姿を見て、”彼”ではない、と直感した。大多数のチームにおいて主将は最上級生が務めている。年功序列のきらいのある日本代表のことだ、なおのことその可能性は高いが、それにしては目の前の男は線が細すぎるし顔立ちも幼く見える。まだ成長途上と一目で見受けられる肉体からして、きっと男は自分と同じ中学選抜の選手なのだろう。
    しかし、当人ではなかったとは言えこれは重要な糸口だ。彼がいるということは、同伴者である主将もまだ残っている可能性がある。
    「少し、聞いてもいいですか」
    「えっ、あ、ハイもちろん!」
    わたわたとした動きは忙しないが、人の良さそうな男で内心安堵する。日本語だ……と呟く呆けた声には答えず、アンリは自らの用件を続けた。
    「日本チームのキャプテンは、今どこに」
    「ああ〜……お頭、あっキャプテンは、もう先にホテルに戻ってしまったみたいで」
    男の申し訳なさそうな顔と声音に、アンリは言葉の意味を理解する前に自身の期待が潰えたことを理解した。やはり、という考えが過ぎる一方で、たとえ一瞬でも希望が湧いてしまっただけに残念に思う気持ちが強くなる。さっきまで一緒だったんだけど俺がトイレに行っている間に置いてかれちゃって……、と頭を掻いて苦笑いする男を前に、まずは感謝の言葉を述べるべきであるはずなのに、何故かなかなかうまく言葉が出てこなかった。どうやら思った以上に自分はショックを受けているらしい。どうしたものか、と暫くの間黙りこんでいると、「あの」と目の前の男が声を掛けてきた。
    「スイス代表の選手ですよね。もしかして、中学生?」
    「……はい」
    突然の問いかけに思わずしぱしぱ瞬きをしながら返事をすれば、やっぱり!俺もそうなんだ、と明るい声が飛んできた。ニコニコと笑って随分と朗らかだ。
    「君達のチームにはプロもいるなんて本当にすごいよね。俺なんて、高校生と一緒っていうだけでも緊張しちゃうのに……」
    「……スゴイ?」
    「あっ……いきなりごめん!抽選会の前にうちのキャプテンが注目していたから、つい気になっちゃって……」
    あはは……と眉を下げ、恥ずかしそうに笑いながら頭を掻き、すぐに謝罪の言葉を口にする。そんな彼の一連の振る舞いは、男の性格をわかりやすくアンリに示していた。純朴で、遠慮がちな、お人好し。この会場に集まる者たちの中ではあまり見掛けることのないタイプの人間だ。頼まれたら勝敗すら相手に譲ってしまいそうな気配すらある男は、明日からここで繰り広げられるだろう勝負の世界とは到底縁が無いようにさえ見える。典型的とされる日本人の性格を思い出しながら、テニスにおいても彼らはこうなのだろうか、とアンリは思った。——それとも、これがランクの差なのだろうか、とも。
    アンリはアマデウスのことを尊敬している。しかし、それは決して彼がプロであるからではない。たとえプロであるとしても、それはアンリが男に平伏す理由にはなり得ないし、いつか肩を並べそして超えるべき相手であることに変わりはなかった。スイスチームとして集められた仲間達にしても、あくまで団体競技であるためアマデウスを中心に纏まっているに過ぎない。水面下では、常にジリジリとひりつくような戦いがそれぞれの間で繰り広げられている。そもそもが個々の力で国内各地から勝ち上がってきた猛者達なのだ。そうあるのが自然であるし、同じアスリートとして勝負の世界に身を置いている以上どこの国の代表チームも似たようなものであるはずだ。そう、思っていたのだけれど。
    中学生とはいえ想定される代表のタイプからは程遠く見える男の困ったような笑顔を眺めながら、そうとは限らないのかもしれない、とアンリは思った。
    「……って、関係ない話をしてしまってごめん。用があるなら、俺からうちのキャプテンに伝えておくけど……何かあるかい?」
    先ほどから変わらぬ朗らかな笑顔を前にして、アンリは答えに窮した。己が頼まれたのはあくまで目的の人物を引き止めるところまでだ。その先に一体どんな会話があるかなど、まるで想像がつかない。そう思うと、先ほどから抱えているぼんやりとしたモヤモヤが再び顔を覗かせる。黙っている己を見て不思議そうに首を傾げた男に、アンリは小さく息を吐いてから口を開いた。
    「大丈夫だ、また次の機会にする。ありがとう」
    次の機会と言ったものの、アンリがどうこうできるものではない。けれど、ここは方便だ。用は済んだという顔を隠さず踵を返そうとしたアンリに、それなら、と男が明るい声をあげたので、足を止めた。
    「俺たち、グループが一緒だから、少なくとも試合でまた会えるんじゃないかな」
    にこやかに笑って告げられた言葉にアンリはハッとした。思わず表情に出かけたが、慌てて奥底に押しやると何食わぬ顔で静かに頷いた。
    抽選会直後の頼まれごとですっかり失念していたが、確かに、つい先ほどの抽選で日本と予選で同一グループに決まったばかりだ。なんで忘れていられたのだろうと思うと同時に、嫌な考えも過ぎる。もしかすると、アマデウスの用件はリーグ戦にまつわるものだったのかもしれない。だとしたら今回相手方の主将を逃してしまったのは失態だ。きっとあの男は気にするなと言って終わるのだろうが、アンリが自分自身に腹立たしさを覚えることは避けられない。しまった、とアンリは内心嘆息した。
    しかし、だとしても、何故日本なのだろう。日本はこのグループではランキング最下位のチームだ。そして、それを覆すような下馬評も特に耳にはしていない。少なくとも、他の二カ国に比べると、我がスイスの行く手を阻む存在として警戒すべき要素は少ない筈だ。
    ——一体、アマデウスは何を考えているのだろう。依頼を受けて以降、抱え続けている蟠りが、ぐるぐるとアンリの中で渦を巻いていた。
    そんなアンリの心中を知ってか知らずか、不意に、目の前の男はくっきりとその口角を上げた。一際楽しげな笑みをその顔に浮かべた男に、おや、とアンリの目が留まった。それまで己の頭の中を占拠していた思考がつられるように静かになる。男の瞳に灯る爛々とした光は、先ほどまで男に抱いていた印象とはどこか少し違っていた。
    「君たちと戦えることを、楽しみにしているよ」
    堂々と胸を張ってそう言った男に、アンリは思わず目を見開いた。
    「…………うん」
    驚きにやや呆然としていると、じゃあまた!と男は手を振って去っていった。その背を見送りながら、ふうん、と声が漏れる。
    圧倒的なランク差を前にして、あんなにも楽しげな姿を見せつけられるとは。虚勢などでは決してない。ごく自然で、それでいて燃える闘志を隠すつもりもない、裏表のない純粋な熱量。終始柔和な笑顔を浮かべていた筈なのに、最後に残った男のイメージは、第一印象とは裏腹なそんな強烈なインパクトだった。
    妙に落ち着かない気分になって、アンリはぎゅっと胸を抑えた。じり、と内に秘めた火焔が灯る音がした。

    一つ深く呼吸をしてから、アンリは振り返って、来た道を戻ることにした。問題はこのあとだ。日本代表との不思議な邂逅にいつまでも気を取られている暇はない。
    自分で申し出ておきながら結局男の助けになれなかったことが、じんわりと腹の底で居心地の悪さを感じさせてくる。依頼を果たせなかったことを伝えたら一体どういう反応が返ってくるだろう。普段あまり大きな変化を見せない男の表情を思い浮かべながら、もしまたあの困り顔を見てしまうのは嫌だな、とアンリは男との集合場所に向かいながら小さくため息をついた。

    ——なお、日本戦のオーダーリストにアマデウスの名が並び、スイス代表チームの宿舎が騒然とするのは、これから数時間後の話である。

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