時刻は夜の十時。テレビの画面には、エンドロールが流れ始めた。甘いばかりの恋愛映画がちょうど終わったところだった。
北村宅に、清澄が泊まりに来ていた。同居人の兄は、今日は帰らない。恋人たちにはうってつけの夜である。
北村は終わりがけのキスシーンから、隣に座る清澄の様子を窺っていた。彼はそっと手を伸ばし、清澄の左手に触れた。
「北村さん?」
映画に見入っていた清澄は素っ頓狂な声を上げた。 北村は観賞したばかりの映画よろしく、清澄の頬を包み、キスしようとした。
「いい?」
念押しで、艶っぽい声での確認。しかし、
「ッ! ダメです!」
北村は清澄に突き飛ばされた。
「わっ」
「あっ、すみません!」
清澄が慌てて助け起こす。
「あの、今のは?」
「え、えーっと、映画みたいにキス、してみようかなー、なんてー」
「き、きす……。口付けのことでしょうか?」
「そう。口付け」
「は、接吻とも言いますか?」
「うん。言い換えると」
「……いけません! 北村さん!」
彼はぶわっと一瞬で赤面した。
「婚前交渉はダメです!」
「婚前交渉って、もう二十一世紀だよー?」
古めかしい言葉に北村は眉を顰める。
「宗教上の理由とか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「それじゃ、どんな理由があるのー?」
「理由も何も、北村さんに対して責任を持てるほど、私はまだ立派な人間ではありませんから」
「責任? キスぐらいで何も変わらないよー」
「か、変わります!」
「何が変わるのー?」
北村が詰めると、清澄は分かりやすく視線を泳がせる。
「そ、それは、その……虫歯、口内環境とか……」
いつまでも割り切りそうにない清澄の態度に、とうとう北村は業を煮やした。ぐっと近づき、勢いのまま唇を奪う。突然のことで目を白黒させる清澄に、彼は言った。
「責任なら、僕がとるから」
「は、はい……」
清澄は力が抜けて、その場に崩れ、北村が押し倒す格好になった。北村は何気ない様を装っていたが、彼も彼で、それより先に進むような豪胆さは生憎持ち合わせていない。むしろ、強気な態度をほんの少し後悔している。
両すくみのまま、夜ばかりが更けていった。