季語シリーズ① 麦の秋 黄金色の穂と言えば秋頃に見かけるイメージがあったから、私はいささか驚いた。首を垂らした稲穂と混ざっていたのだろう。夏の麦はまだ青々としているのだと思っていた。
眼前に広がるのは一面の麦畑。夕陽に照らされた麦の穂はより黄金色を強めて、さわさわと風に揺られている様子はどこか神々しさすら感じる。
五月の終わりのこの時期に麦の穂は成熟して色を変えるらしい。陽の光をたっぷりと浴びて豊かな穂先を蓄えた姿に、つい「実りの秋」という言葉を連想してしまう。現地の方によると、「秋」という言葉選びは間違いではないらしく、穀物が成熟した収穫の時期を秋と呼ぶこともあるのだと教えてもらった。晩秋から初冬にかけて種を蒔き、初夏に黄金色の穂を実らせる。前年収穫した麦や米を食べつくした頃に麦は収穫時期を迎えるから、黄金色に変わりゆく畑に人々は安堵したのだとか。
ドラマ撮影で地方へ来てからちょうど一週間だった。明日の昼の電車でこちらを発つ。撮影前の慌ただしい時期も含めて十二日、北村さんに会えていない。麦に比べたら取るに足らない時間だろう。しかし恋に身をやつしているような私にとっては一日千秋の思いだった。彼に会えたら、私も安心するのだろうか。
すうっと風が吹いて、また麦穂を揺らした。さわさわそよそよと、内緒話をしているようだった。この景色をどんな言葉で北村さんへ伝えようか。もし彼がここにいたら、どんな句を詠むのだろう。
久しぶりの再会へと胸を躍らせて、私は麦の穂に触れた。