季語シリーズ② 噴水 事務所近くの公園には大きな噴水がある。噴水といっても、噴き出る水を受け止める鉢のない、浅いプールに近い形のものだった。夏になると小さな子どもたちが水遊びをしているのをよく見かける。
猛暑日の今日もたくさんの子どもたちが遊びに来ていた。ジリジリと照りつける太陽をものともせず、元気いっぱいはしゃぎ回っている。
「北村さん、私たちも少し涼んでいきませんか?」
「えっ?」
九郎先生は予想外の提案をした。
「端の方なら子どもたちもいませんし」
「別にいいけどー。着物濡れて困らないー?」
「濡れないよう、気をつけます」
九郎先生は心なしかうきうきしているようだった。
僕たちは靴を脱いで、噴水の辺りに近寄った。乾いたコンクリートは火傷しそうなくらい熱かったけれど、噴き出た水はうんと冷たかった。足の裏からすうっと体温が下がっていくのを感じた。
本当のプールではないから爪先が沈むくらいの浅さだ。歩くたびぱしゃぱしゃと水飛沫が小さくはねる。
「気持ちいいですね、北村さん」
「うん。でもこんなこと、一人だったらやらないかもー」
「ええ、私も猫柳さんでもいない限り、しないと思います」
「じゃあ何で?」と僕が言うより先に、九郎先生が口を開いた。
「北村さんがどんな反応をされるか気になったのです」
「ふふっ、おかげさまですごく楽しんでるよー」
えい、と九郎先生の足の甲をめがけて水をかける。「やりましたね」と笑いながら返す。子どもたちのはしゃぐ声が遠くに聞こえた。