季語シリーズ⑮ 緑陰 生い茂った樹木が広く地面に影を落とす。日差しがなくなるだけでも暑さは和らぎ、ぐっと過ごしやすくなる。
「こうして木陰に避難してるのって、雨宿りみたいだねー」
「言い得て妙ですね。こう暑いと、もう一度出るのが億劫です」
九郎先生はそう言って、タオルで首元を拭った。
体力づくりのため、ランニングをしようと外に出たものの、僕も九郎先生も慣れていなくてばててしまい、こうして木陰で休憩している。
呼吸は落ち着いたけれど、じっとしているだけで汗が出てくる。この暑さの中、走り回るのは危険かもしれない。現に、公園には僕たち以外の姿は見当たらなかった。遊歩道には陽炎さえ浮かんでいる。
「帰りは歩きましょうか。今日ランニングしようとしたのは失敗でしたね」
僕の考えを見透かしたかのように九郎先生は発案した。正直なところ、冷房が恋しくてたまらなかった。こういうところで、現代人なんだなと自覚する。
「賛成ー。今度は屋内でできることしようねー」
僕が木陰から出ようとすると、「あ、少し待ってください」と九郎先生が発した。
「上着だけ脱いでしまいます」
ジジ、とファスナーを開けてジャージの上着を脱いだ。いつも和装な上に、露出の多いステージ衣装も滅多に着ないから、Tシャツで軽装の九郎先生は珍しい。
白くて陶器みたいな腕が二つ、あらわになる。表面はなだらかなのだけれど、きちんと血管は浮き出ていて男性的でもあり女性的でもあった。
「すみません。では行きましょうか」
「……は、はいー」
話しかけて咄嗟に目をそらしたけど、気づかれなかっただろうか。僕の視線が彼の腕に釘付けになっていたことに。まっすぐ前を向くようにはしたが、どうしても視界の隅をよぎる。僕はおかしな高揚感を抱えながら、帰路につくはめになった。