季語シリーズ⑰ 梅雨「いよいよ明日、出発だねー」
「出発前日が、このような雨模様とは」
「梅雨時だもん。仕方ないよー」
九郎先生は明日から映画撮影で遠方へ行く。全編現地ロケというのが監督の強い希望らしく、約三週間かかりっきりで撮影をするそうだ。
「雨に気を取られて、忘れ物しないようにねー」
「荷造りはもう終えたのですが、そう言われると不安になってきます……」
事務所を出ようとすると偶然九郎先生と居合わせ、駅までの道をだらだら話しながら歩いていた。
一昨日から降り続く雨で、街はどんよりとしていた。太陽は出ていないのに、じめじめと湿っていて蒸し暑い。好天とは程遠い気候だ。
「それにしても、こんな時期に全編ロケってすごいこだわりようだよねー。セットの方がずっと快適なのにー」
「このような時期だからこそ、ではないでしょうか。雨は再現が難しいと聞きますから」
「こだわりが招くは徒労か傑作か。こっちに帰ってくる頃には梅雨が明けちゃいそうだねー」
こんな風に他愛もない話をしていると、いつの間にか駅に着いていた。入り口は、傘を閉じる人開く人で混みあっていた。人と人の合間を縫って、僕たちも傘を畳んだ。
「しばしの別れになりますが、どうぞお体に気をつけて」
「それって見送る側の台詞じゃないー? じゃあ、また三週間後にー」
「梅雨明けの晴天で会えますように。それでは」
九郎先生に手を振り、僕はホームへの階段を下りた。地下は風の通りがなくて、湿った空気が溜まっており、息が詰まった。
「三週間かー」と、一人小さく呟いてみる。雨は嫌いじゃないけど、こうも毎日続くと考えると、気が滅入ってしまう。
少しでも早い梅雨明けを焦がれながら、僕は到着した電車に乗った。