ジェラート・デイ「…スター、バスター・キエラ」
野太い声でぼやけていた意識が輪郭を取り戻す。
「しつれ…いや、すみません、教授」
ぼんやりと、講義を聞く。
灼熱の様な炎天下と違い、クーラーの聴いた涼しい講義室。
…あの時は、暑い暑いと夜に涼を求めり色々工夫をして。何やら怪しい店で物珍しいからと初めてのアイスキャンディを買って、舌で舐めたそれが冷たいのなんの。
ああ、懐かしい。
思い出に浸りながら露店で買ったジェラートを口にする。
体内を満たす冷たい感覚も、すっかり慣れてしまった。
いや、正確には慣れていた、と言った方が良いのだろうか。
庭園の樹々が揺れ、生ぬるい風を運んでくる。
…あの日を、思い出を運んでくる。
7月4日。
「誕生日なんて、年を数えるだけの日」そんな風に思っていたはずなのに、その日は何故かケーキを買って、紅茶を淹れていた。
ああ、明日の講義は憂鬱だな、なんて思いながらケーキにフォークを突き立てると、スーツの袖口についていたカフスボタンが目についた。
アメジスト色の、カフスボタン。
何故か昔から持っていて、今時大人でも無しに、スーツなんて着ないのになぁ。なんて思いながら大切に、宝物の様にしまい込んで。
年を重ねてからは勿体無いからとスーツを着るようになって、毎日カフスボタンをつけてスクールに通って。
――ケーキを口に運ぶ。
『そういえば僕、今日誕生日なんですよね』
脳に、ノイズ混じりの映像が走る。
『いい、お前の誕生日を祝うのが先だ』
聴いたことのないはずの、男の声。
口付け。
『誕生日おめでとう、バスター』
優しい声と共に、映像が鮮明に、色づいて。
ケーキを、咀嚼する。
あの時と違う、甘く、塩辛い味。
――ああ、なんでこんな大切なことを忘れていたんだろう。
カップに入ったジェラートの最後の一口を口に運ぶ。
ふう、と感傷に浸りながら腰を上げようとすると彼が、アスラン・リッケンバッカーが、蒼色の瞳でこちらを見つめていた。
「おわっ、あばっ、アスラン君、なんで、」
「なんでって…ドクターライズのゼミ、1時間後だろ。…偶然通りかかったから、声をかけただけだ」
それじゃあお先に。と行こうとする彼の手を思わず掴む。
「…なんだよ」
「…ジェラート、一緒に食べません?その、先日のお礼も兼ねて」
勿論奢りますから、と付け足す。
なんとも怪訝な視線を暫く浴びた後、汗がツウ、と伝う口から「…食べる」と一言だけ発せられた。
思わず頬を綻ばせながら店まで歩いていく。
「どの味が良いです?」
「ん、これ」
と指さされたメニュー表にはあの日食べたこの味が好きだから、と選んだケーキの味と同じで。
木陰のベンチで二人、ジェラートを食べる。
あの時とは違うけど、君と一緒にまた過ごせるだけで幸せで。
アメジスト色のカフスボタンが陽の光に照らされ、キラリと輝いた。
ジェラート・デイ おわり