「ニュートン力学すら知らないとは言わさないぞ」
「それぐらいは知っているさ!リンゴだろ?」
ヘルムートの詰問にテセウスは叫んだ。子供でも知っている事を持ち出されて、馬鹿にするなと思う。ヘルムートが教授からも一目を置かれる程の、物理学の才があるとは言えだ。
「ほう、ならそのリンゴが何なのか説明してもらおうか」
そんなテセウスを認めてヘルムートは、腕組みをすると顎を掬うようにして続きを促す。それにぐぅと息を飲んで、何故言わなければならないんだと思いつつも、仕方無しにテセウスは説明を始めた。
「リンゴが落ちるのに、ニュートンはある日気付いた。リンゴが落ちるのは……」
「落ちるのは?」
「地球に……重力があるからで……」
「それならば、その重力とは?」
「重力?僕にそれを説明させるのか?君の専門だろ?!」
「それもそうだな……重力は、地球上を基準とし1Gで表され……」
ヘルムートの説明は重力からニュートン力学、果ては万有引力にまで及んだ。テセウスにはやはりちんぷんかんぷんだった。弟の名前と同じだな、ぐらいのものである。
「───物質と物質が引き合う力もまた、証明するのが物理学だと言うわけだが……テセウス、聞いてるか?」
「聴いているさ、ただ少し理解が難しいだけだ」
「少しか……いい加減理解しろ、何度かこのやり取りをしている気がするんだが?」
「理解が出来なくても、何度も聴きたくなるんだ。君の声は心地好いから」
「眠気でも誘うか?やっぱり聞いていないんだろう」
「聴いているし、寝ていない。ちゃんと目だって開いてる。でなければ、君が見れないだろ?君が、君の好きな話をどんな風に話すのか……どんな顔をしているのか───」
そう言いながらテセウスは、ヘルムートの頬に触れた。向かい合っていた顔がぐっと近付く。親指が口角を撫でると、慣例に従ってヘルムートは瞼を下げた。長い睫毛に縁取られた透けるようなブルーの瞳が閉じられる。勿体無いなと思いつつも、テセウスは顔を更に近付けて行った。
「これだと、見えないな」
重ねた唇を解くと、触れ合わせたままの鼻先で、テセウスはそう自嘲した。
「これも引力?僕が君に引かれるのも、物理学で説明がつくということかい?───ヘル」
ヘルムートに目を合わせられる距離で、触れたままの頬の先、テセウスはピアスを着けた耳に触れた。ピクリとヘルムートの目尻が動いて眉間の皺が深くなる。
「───それは、お前の専門だろ……テオ」
「それもそうか」
人の心理なら、テセウスの専攻でヘルムートには門外だ。了見違いだと指摘され、テセウスは頷きながら笑うしかなかった。そんなテセウスに、いつものように眉根を下げ、ヘルムートは溜め息を吐いていた。
二つの物質が引き合うのは自然の理
それは必然
引き合い、廻り合い───惹かれ合う
他人は他人事に運命だと言うだろう
何故なら『神は賽子を振らない』
そう、気まぐれでも起こさない限りは───
Psychological Relativitätstheorie 〜心理学的相対性理論〜