明日宿儺が消えた。
それに伴い、呪力も無くなった。
もちろん、呪霊を払う事も、出来なくなった。それ自体は、当然の事だと受け入れられる。
もともと、自分の力ではなかったし。一時、借りていたものを返したようなもんだ。
ただ、そうなると呪術師としていられなくなる。と、高専は役立たずになる。
「呪力が無くったってできることがあるだろ。高専にも呪力はなくても事情を把握して、サポートする仕事は沢山ある。それにお前の体術なら後任の指導とか」
ほんと伏黒は優しいな。
「わかってる、そうじゃないんだ。ここにいたら、やっぱり出来なくなってしまった事を数えてしまいそうなんだ。それじゃダメだろ?今の自分で出来ることをちゃんと探したいんだ」
ひと呼吸おく。決して後ろ向きな気持ちではないという気持ちを込めて。
でも…
「俺、弱くてゴメンな」
この場所で、探せなくて。
「お前は弱くねーよ」
やっぱり、伏黒は優しーな。なんか嬉しくって笑えてきた。ニマニマしてたら、「何笑ってんだよ!」って頭叩かれた。相変わらず容赦ないな!
でもって、気づいてないかもだけど、伏黒、お前もむっちゃ笑ってっからな!
「ふーん、で、仙台帰って、何すんの?」
「まだ決めてねぇ」
「はぁ~、ほんっと無計画ね!だからダメなのよ!あんたは!」
イヤだってそんなすぐ、決めらんないだろ?今後の事とかさあ、とゴニョゴニョ言っても、相変わらずな野薔薇は、全然こっちの話聞く耳持たずで、
「だーかーらー、モテナイのよ!詰めが甘いのよね~」
結局、野薔薇からの、モテの評価は上がらずじまいだったなぁ(トホホ)
「で、仙台って何が美味しいの?喜久福はいいわよ、美味しいけど、あいつが喜ぶだけだから!」
「ん?」
「土産よ、土産。笹かまとかしょーこさん喜びそうよね?あ、私あれ食べてみたい!なんか粉に?埋まった飴?」
あー、ハイハイ。確かにそんなのあった気がする。
いやでもさ、土産って、
「いや、出張とかじゃなくてさあ、仙台に帰るんだってば」
「わかってるわよ。バカにしてんの?まだ住むとこも決めてない無計画野郎にバカにされる筋合い無いんですけど????」
何でそう強気なの?そんなにゴリ押し強火で炙るネタなのこれ?!
「それとも何?もしかして、虎杖お前、もう二度とここ来ないつもり?」
ハア~ん????と睨めつけられて、えええぇ、いやそういうつもりはゴニョゴニョ。
「あんっっっだけ迷惑かけられて、これで済むと思ってんのかよ?」
思わず息を飲んでしまう。自分のしてしまった事…
に、思いを馳せる間もなくかぶせてくる野薔薇。
「向こう三年は、手土産持って月一で詫びに来るもんだろうよ!!!」
「ええーーーー!!それ、厳しくねえ?」
「いや、ぬるぇーよ!月一で許してんだから、野薔薇様の優しさに咽び泣いて感謝しろよ!」
東京まで時間かかんだよ~ってブツブツ言ってたら、「新幹線通ってるくせに甘えたこと言ってんじゃねえ!」ってケツ蹴られた。
イッテェー!!!!
ちょっと睨みつけた野薔薇の顔見たら、笑うしかなかった。二人して何となく爆笑した。
目尻に浮かんでたのは、笑いすぎて出た涙だ。
「ふーん、でいつ行くの?」
「明日」
「そっか」
沢山、言わなきゃいけないことがあるはずなんだけど。なんだか、言葉にならない。
ちょっと黙ってしまった俺を、先生はジッと見つめて。でもその沈黙は優しい空気で。
柄にもなく、心がきゅーーってなってきた。
落ち着こうと息を吸ったら、
「ハーイ、ここで虎杖悠仁くんに、サプライズプレゼント~!!!!!」
ジジャーン!!!って言いながら、握った手を出してくる。
「えええ?!何?なにーーー?!」
ほんとにビックリしたから、ちょっと声でかかったかも?先生は、ニッコニコだ。早く手を出せと言わんばかりに、握った手をこっちに突き出してくる。
手の中に何か持ってるんだろうな。先生の握った手の下に、両手を差し出す。変なものじゃないといいんだけど。こう、びちゃっとか、ネチャっとかしたサプライズだったらヤダなぁ、とか思ってたら。
チャリン
金属音だ。見ると、2つの鍵。マスターキーとスペアだろう、同じものだ。
「え?」
目が釘付けになる。その形も重みも、付いてる傷も、全部覚えてる。ましてや一つの鍵には、中学の修学旅行でじいちゃんに買ってきた東京土産のキーホルダーが、ついたまんまだ。
「これって…」
「そ。悠仁の仙台の家の鍵」
「どうして?」
仙台の家は、高専に来るときに、処分した。一介の高校生には、住んでいない家を維持できるほどの余裕はなかったし、あの時は、生きて戻れるとも思ってなかった。
家の売却などの煩雑な手続きは、高専で代行してもらった。未成年が簡単にできるもんじゃないし。
でもそのおかげで、少しふところに余裕出来たのはありがたかった。任務につくまでは、ホントに何もなかったからさ。通帳に余裕あるのとないのじゃ、気持ちの面でだいぶ違った。
「家は売るって、俺、伊地知さんに言ったし…それに、売ったお金振り込まれてたよ?!」
「うん、相場の金額振り込んどいてって伊地知に頼んだから」
「先生が?!」
てことは、先生のお金だったの?!いや絶対、相場より上乗せしてるよな?!じゃなくて、そーじゃなくて。どゆこと?ドユコト?
「だぁーって、帰る家、無かったら寂しいでしょ?」
「?!」
先生は。先生は、最初から。
「人の手が入らないと家は悪くなっちゃうって言うからさぁ、定期的にメンテナスはしてあるけど」
「えええ?!先生が?!」
「まっさかあ!僕、ちょーーー忙しー身よ!?そこは人に頼んだよー。だから他人が家に入っちゃってるけど、そこはゴメンね?」
「いや、先生が謝ることじゃないよ…」
まだ、気持ちが付いてきてない。
宿儺の指を喰って、秘匿死刑が決まった、その初めから…
「僕はたまーに、休息にお邪魔したくらいだから~」ニヘ。
?!
「家、行ってたの?」
「うん」
「は?なんで?!」
「え~、せっかく買った家だし?いいよね、あの家、縁側で喜久福のずんだ生クリーム味食べてさぁ、まったりするの。癒やされる~」
「ええ~?!?!」
ねぇ、俺、どんな顔すればいいの?!ねぇ?!
嬉しくて恥ずかしくてびっくりして困って懐かしくて少し寂しくて。
「泊まったときは、悠仁の布団借りちゃった」
キャ、悟ハズカシーィ!って。
?!?!いや恥ずかしいのはこっちだよ!何してんの?何してくれちゃってんの?!
いろんな感情吹っ飛んで、真っ赤になって、何か言おうと口を開いたら、先に先生が、目隠し上げて、
「カーワイ」
って言ってきて、余計何も言えなくなった。
なんだよ、何なんだよ、ずりぃよ、先生。
いつまで経っても、追いつけないよ。
「ゆっくり考えるといいよ」
そっと、俺の手ごと包み込んで鍵を握らせる。
「うん、ありがと、センセ」
感謝してもしきれない。何かお返ししたくても、返せるものがない。
あ、そうだ!!
まだ握られてる先生の手に、キーホルダーのついてないスペアキーを、滑り込ませる。
先生が、ん?て顔してきたから、
「またさ、疲れたら休憩しに来てよ。喜久福のずんだ生クリーム持ってさ。お茶くらい出すよ!」
そんな事で、受けた恩は返せないけど。
先生の、見つめてくる目の碧さが濃くなった気がした。
「もう!!悠仁ってば、サイコー!!」