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    Swnoten

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    Swnoten

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    CLAMPの作品『CLOVER』パロ。
    ヒバツナですが要素薄め。年齢操作あり
    トゥリニセッテ組が書きたかった話。

    三つ葉は大空の夢を見るか それは、妙な依頼だった。
     この国を治める魔術師(ウィザード)がお抱えの工作員(エージェント)ではなく、わざわざフリーランスの雲雀を指定しての依頼。
     皺の刻まれた表情は笑みが浮かび、優しげな眼差しはローブを脱ぎ捨て普通の服を纏えばただの老人に見えただろう男は、だが国のために汚い事を裏でやってきた人間だ。
     神の采配、などと崇められている人間がわざわざ自分を指定してきた。だが詳細は語られず、あるものを有るところに運んでほしいとだけ。
     普通ならば蹴ってもおかしくない依頼だが、雲雀がそれを受けたのは報酬が破格だったことと、こういった依頼にありがちな協力者という群れを押しつけられなかった事だ。
     指定の場に向かい、渡されたリングを支柱にはめ込むと目の前の柵が鈍い音を立てて開いていく。継ぎ目など一切見当たらなかった壁は立派な扉として雲雀を待ち構えている。
    「お待ちしておりました」
     雲雀の背後で柵が閉まると同時に、作り物の兎が雲雀の前に出て礼を取る。小さな子どもならば喜んだだろうが、雲雀は少し前にダークウェブでリークが出回った商品と同じであることに気付いていた。
     道を進む間にすれ違う人形も同様にリーク画像で見た特徴を有していた。最新の殺人人形(オートドール)複数の警備付きとは一体、どんなものを自分は運ばされるのか。少し面白くなってきたと下唇を舐める。
    「どうぞ」
     辿り着いた大きな扉を前にもう一つのリングを嵌める。さしずめ巨大な鳥かごといった見た目の室内を機械仕掛けの鳥が飛び回っている。限られた空を自由に飛び回る鳥の大半は、一人の人物の近くを飛んでいた。
     生きているものは雲雀の他には中央に一人だけ。真っ白な汚れ一つない服をまとった姿が作り物の木の上にいた。大きな瞳がこちらを捉え、雲雀と視線があった瞬間、琥珀の瞳が丸くなる。
     その子どもは見上げる形になっていた雲雀の元へ真っ直ぐと降りてくる。
    「あなたが、連れてってくれるひとですか?」


     運ぶ対象の子どもは目的地に行く前に一つだけ寄りたい所があると告げた。
     雲雀は当然難色を示したが、告げられた座標が寄る必要のある場所と近かったため渋々承諾した。
     向かう先にあったのはただの住宅街。再開発の対象になっていない年季の入った住宅の前で雲雀は何故か子どもと木の上にいた。
     いきなり「ヒバリさんは木に登れますか?」と質問があり、聞いたくせに自分は登れない鈍くさい子どもを抱えて木に滞在すること数分、雲雀は早々に飽きていた。
    「……あ」
     何度目かのあくびを噛み殺していると、横の子どもが小さく声を零す。視線をやると三人の子どもと女性が歩いている所だった。子どもといっても雲雀の横に居る子どもより上に見える。女性は若く見えたが、落ち着き払った様子から想像よりも上かもしれないと思わせる空気があった。
    「ママン!」
     黒髪のくせっ毛のこどもがなにやら話をし、黒髪を結った少女が何やら口を挟み、金茶の髪をした子どもが母と呼ばれた女性同様にニコニコとその様子を見守っている。
     そんな光景を子どもは、とても愛おしそうに眺めていた。そのまま家に入る姿を見送り、閉まったドアをしばし眺めた後、雲雀に視線を戻した。
    「……ヒバリさん、つれてってください」
    「もういいの?」
    「はい」
     女性によく似た顔が浮かべるのは眉を下げた笑み。最高級のセキュリティを誇る建物にいたこと、何か事情があるとしか思えない子どもを前に、雲雀はそれでも興味ないと、ただ任務をこなすためにその手を取った。



     珈琲の香りが漂う空間に軽い調子の声がかかる。
    「お前がまさかこんな可愛い子を連れてくる時がくるなんてな……おい、無視かよ」
     ディーノの言葉に視線をやるだけで雲雀は珈琲を口にする。ディーノも慣れたもので気にした様子もなく、カップを傾けた。
    「で? 結局、誰なんだ?」
     ディーノの視線の先には窓の外を熱心に眺める子どもの姿が。
    「名前はボンゴレ、名字は知らない。あの穏健派の魔術師からの依頼だ」
    「ティモッテオ氏か、護衛か何かか?」
    「   遊園地に送り届けるように、だって」
    「また随分辺鄙な所だな、それでなんでエアポートに行かずうちに?」
     分かっているくせにわざわざ聞くのか、と視線を向けるがディーノは笑みを浮かべるだけだ。
    「正規ルートで国外に出るのはマズいらしい」
     そうでもなければここに来るわけないと言外に滲ませる。
     初めて出会った頃ならともかく、十年経てば雲雀も大人になるのだ。(周囲は否定するが)そのためいくらうっとうしい存在であっても割り切って訪れる事はするが、そうでなければ用などない。だがディーノはわざとらしいく肩を竦めてみせた。
    「そういうことならしゃーねーな。乗ってやるか。ロマーリオ、移動装置の準備だ。とっておきの出してやれ、弟子の頼みだからな」
    「なった覚えはないよ」
    「その間に菓子でも味わおうじゃねえか」
     去って行く黒服と入れ替わりで別の黒服がテーブルに甘味を並べていく。いつも通り手を付けない雲雀はともかく、テーブルに着こうともしない子どもにディーノは声をかける。
    「何か面白いものあったか?」
    「えっと……」
    「無視していいよ」
    「おまっ、本気にされたらどうすんだ!」
    「僕は困らない」
     まるでコントのようなやりとりに、子どもは小さく微笑んだ。



     まるで檻のような移動装置と子どもはよく似合っていた。似通った施設にいたからだろうか、と思っていると落ち着きなく周囲を見回している。
    「少しは落ち着いたら?」
    「えっと……こういうの、乗ったことなくて」
    「君の中の文明どれだけ遅れてるの、ここ十年でこのタイプの移動装置は何処にでもあるはずだけど」
     仮に、徒歩圏内でこれまでの生活が完結していたとしても、遊園地に行きたい等と言う割にそこまでの移動手段も把握していないのは妙だと思ったが、子どもは眉を下げて笑うのみだ。
    「ボス、準備できたぜ」
     移動装置に繋がったコンソールに座標位置を入力していた部下がディーノに声を掛ける。
    「よし、じゃあな」
     ディーノのそんな言葉と共に転送装置が起動する。
     転送装置の乗り心地は自分がほどけるような感覚だ。自分という存在を離れた位置に置き換えしているのだからあながち間違いではないと思う。
     だが今回は違った。足元が崩れるような感覚に膝を付く。雲雀よりも体幹がしっかりしていない子どもは地面にへたり込んで、周囲を不思議そうに見回している。
    「……目的地じゃないみたいだね」
    「はい……」
     綱吉が俯くとほぼ同じタイミングで路地の向こうに武装した男達が現れる。
    「じっとしてな」
     守るのは性に合わないが、仕方ないとトンファーを構える。


     あっという間に全員制圧してその場を離れる。走るのも覚束ない子どもを連れてでは長距離は望めない。早い所再転送を、と重い通信機器に手を伸ばすが応答は砂嵐のみだった。決められた複数の暗号パターンを試すもいずれも返ってこない。
    「……新手か」
     更に、道の先には行く手を阻むように立つ黒服の男達が。
    「血のにおいが酷いな」
    「何しにここに来た?」
     褐色肌の青年と紫が見の青年が集団を代表するかのように前に出る。見慣れぬ二人組への警戒か手には武器が握られている。
    「答える必要はないね」
    「ヒ、ヒバリさん、だめです。この人達悪意ないです」
     子どもが雲雀の裾を引っ張って、あくまで侵入者を警戒する人間の動きであることを伝えるが雲雀はそんなことでは止まらない。
    「そうだね、でも知ったことか」
    「へ?」
    「僕は群れてる連中が嫌いなんだ。全員咬み殺す」
    「とんでもないこと言ってるこの人ーー!」
     送り届けろと言われているが無傷でとは言われていない。一発食らわせてこの手を振り払おうか、と雲雀が考えていると集団が割れる。
    「全員退け」
    「アニキ」
    「だがよう」
    「いいから」
     一触即発の空気を裂いて現れたのは同じ黒服に身を包んだ金髪の男だった。その男の容貌には雲雀も見覚えがあった。
    「うちのが失礼した。俺はγ、ジッリョネロでNo.2を張っている」
    「そう、まだここは国境内なんだ」
    「え?」
     地名にピンと来ていない子どもを余所に雲雀は考え込む。国境内で転送に介入された事、ジッリョネロの前に襲ってきた集団が使用していた武器。
    「うちの姫が是非面会をと言っている」
    「悪いけど、そんな暇はない」
    「……と、言っているがアンタはどうだ?」
    「オレ?」
     黙って二人のやりとりを見守っていた子どもはキョトンとする。機嫌の悪そうな雲雀をおずおずと見上げて説得するように言葉を紡ぐ。
    「悪い人じゃないですよ」
    「君、さっきからそればかり。ここの地名にピンときてもいない世間知らずに何が分かるって言うの」
     ジッリョネロは国境沿いの自治区だが、国の中枢の権力が及んでいない地だ。自警団を名乗る集団によって管理されており、現在のトップは目の前の男、というのが雲雀の認識だった。
    「オレの勘、はずれないんです」
    「は? 勘?」
     まさかの回答に雲雀が信じられないものを見る目を向けるとγが笑い出した。
    「いやはや、そういう所は姫にそっくりだな」
    「え?」
    「改めて招待させてもらおう。現ジッリョネロのボス、ユニの茶会に」


    「綱吉さん!」
    「ユニ!」
     通された部屋に入ると少女が子どもに向かって走りより抱きついた。雲雀にぶつかりながらもその身体を抱きしめた子どもは嬉しそうに少女ーーユニの名前を呼んだ。
    「まさか会えるなんて思ってなかった」
    「私は会えると思ってました」
    「ユニは、今しあわせ?」
    「はい、とっても」
     子ども同士の抱擁。だというのにそこには微笑ましさではなく、何者も立ち入れない何かがあった。
    「お茶会しましょう、昔みたいに。雲雀さんもどうですか?」
    「いらない。ねえ寄り道ばっかりなんだけど、僕は君の従者でも何でもないんだよ」
    「ひっ」
     明確に機嫌を悪くしている雲雀に綱吉が怯えるが、ユニは笑みを崩さない。
    「今、私の部下が移動手段を手配しています。うちは小さいですが、キャバッローネに引けは取りませんよ」
     予想よりもずっと強かな少女の笑みに雲雀は表情を歪める。
    「……好きにしたら」


    「はぁ……」
     シンとした廊下を進む。人はいないが警備システムは作動しており、どこか綱吉がいた鳥かごを思い出させた。
     ただ国外の人工島にある、今は廃墟と化した遊園地に連れて行くだけ。移動装置ならば一瞬で終わるはずの任務は中々終わりを見せそうにない。襲って来た連中はきな臭い奴らばかりだったが、大して手応えもなかった今雲雀はさっさと任務を終わらせたい一心だった。
    「まさかジッリョネロのトップがあんな子どもで、No.2がお茶くみなんてやってるとはね」
     背後からの気配に雲雀はそう感想を呟く。
    「まあ、姫がトップに立ったのはここ数年の話だ。俺の名前は出ても姫の名前は出さないように徹底している」
    「随分過保護だね。まあ、あのナリなら仕方ないか」
    「姫は三つ葉だからな」
    「?」
    「何だお前知らされてないのか」
     聞き慣れない単語に雲雀が振り返るとγはフ、と小馬鹿にした笑みを浮かべた。大人になっても沸点の低さが変わらない雲雀の怒りに火が付く。
    「何を知ってるの」
    「魔術師が何も言ってないなら俺も話してやる筋合いはないな」
     この移動が魔術師の依頼であることまで把握されている事に、苛立ちは増すがγは気にした様子もなくその場を立ち去る。
    「知りたいならボンゴレが話してくれるのを待つんだな」
    「…………ちっ」
     雲雀に用はないと立ち去るγは何もかも知っているが故の余裕があった。今ここでその背に殴りかかっても、子どもの癇癪と変わらないだろう。ソレが分かって尚雲雀は舌を鳴らした。


     用意された飛行船は民間のものにしてはそこそこ大きかった。見送りはγとユニの二人のみ。
    「じゃあね、ユニ」
    「ええ」
     飛行機の停泊位置を雲雀が確認している横で、名残惜しげにユニが綱吉に抱きつく。
    「しあわせに、なってください。綱吉さんと白蘭のおかげで私はしあわせになれました」
    「うん、しあわせになりたい」
     そう目を伏せて言う綱吉。子どもが口にする未来のように不確かな甘い響きは、だがどこか切なる響きがあった。
    「っ!」
     一転、血相を変えた綱吉が顔を上げた矢先、遠くで爆発が発生した。黒煙と崩落する建物に、γもユニも表情を変えることはない。
    「連中は、ここで足止めしておきます」
    「ユニ……」
     足止めということは目的は雲雀の横にいる子どもなのだろう。自治権を無闇やたらに振るわないジッリョネロは争いごとも避ける傾向にあるが、この少女にとってはそれ以上に少年が目的地へ行くことが大事なのだと察せられた。
    「綱吉さん達は行って下さい。行きたい場所へ行くために」
     下手したら部下に死傷者が出るだろう。あそこまで大きな建物を破壊する連中だ、手段を選ぶとは考えにくい。だが、それを理解して尚強い眼差しを少女はこちらに向けていた。
    「行くよ」
     雲雀は綱吉の手を取りタラップへ進む。ややあってその手が握り替えされた事を確認すると飛行船に乗り込んだ。


    「ヒバリさん……ありがとうございます」
     遠くなる地面を心配そうに眺めながら綱吉が礼を言う。
    「何が?」
    「もう、会えないと思ってた人に会えました。ヒバリさんのお陰です」
    「まだ付いてもいないのに随分気が早いね」
    「でも、これでもうつくんですよね?」
    「君の目的地には直接付かないよ。不便な事に近くから船で行くか橋を渡るかしかない」
    「そうなんですか、ヒバリさん流石何でも屋さんですね」
    「何でも屋さん?」
     子どものごっこ遊びのような単語に雲雀が眉を寄せると、綱吉は不思議そうに首を傾げる。
    「おじいちゃんがなんでも屋さんって言ってましたよ?」
    「おじいちゃん?」
    「はい、ティモッテオおじいちゃん」
    「国の裏を握る長老をおじいちゃん呼びとか君はとんでもないね」
     その言葉に唇がきゅっとすぼむ。叱られるのを待つような表情の子どもに、雲雀は何も声をかけない。
    「……聞かないんですか?」
    「何を」
     γのしたり顔が思い浮かぶが、素直に訊ねるのは雲雀の矜恃が許さなかった。
    「……いろいろ」
    「君は僕に聞いて欲しいの」
    「……今は、まだ。あ、一つだけ」
    「何?」
    「オレの名前、綱吉っていうんです」
    「そう」
     ではボンゴレとは何なのか、そんな疑問が頭を過りもしたが雲雀は触れず、ただ早く飛行船が目的地に着けばいいとだけ思った。



    「ぁ……」
     飛行船から降りた瞬間、綱吉が顔を青ざめさせる。その様子を気にかける間もなく周囲を取り囲む殺気に舌打ちする。雲雀の嫌いな群れなす雑魚が待ち構えていた。
     だがその塊がさっと割れる。
    「Piacere di conoscrti. Vongole」
     奥からゆっくりと靴音を鳴らして現れた男。一つに結った紺の髪が風になびく。口元だけは笑みを浮かべていたが、オッドアイは冷たい眼差しを二人に注いでいた。
    「六道骸か」
     裏の世界では有名な男の名前を雲雀は口にする。
    「ええ、正解ですよ。孤高を好む変人と聞いてましたが、ちゃんと基礎知識はあるようで何よりです。ですが、今日は君などに用はないのですよ」
     青と赤を向けられた子どもが肩をすくめる。雲雀の服を掴む姿を自分の後ろに回して雲雀は宣言する。
    「僕の預かり物だ」
    「あの偏屈な老人共からの、ね。国を裏から動かして世界は自分の思うがままだと思ってる。人間の中でも醜悪な生き物ですね」
    「君みたいなのとこの程度で足止めになるとでも思うの」
    「まあ、部隊の人員が少ないのは否定できませんね。転送に介入する所までは良かったのですが、よりによってジッリョネロに落ちるものだから予期せぬ大規模戦闘ですよ」
    「っ……」
    「その装備、エストラーネオのだろう。前々から馬鹿な所だと思っていたけど、国境沿いでドンパチとか何も考えてないんだね」
    「そうですね、まあ僕自身はあんな所、どうなったっていいんですよ。そこの子どもが手に入れば、ね」
     自分と同じように任務で動いていると思われた骸の、個人的な執着を感じて雲雀は眉を顰める。
    「何が目的? まさか幼児趣味?」
    「ふ……ベタですけど、世界征服、ですかねぇ……」
     そう言いながら骸は宙から三叉槍を取り出す。
    「その子は僕より葉が一枚多い。その力があれば夢ではなくなるのですよ。……さて、お遊びはここまでです」
     カツン、と軽く石突きが地面を付くと火柱が吹き出した。
    「!」
     火の粉が散り、熱に炙られる感覚に腕で口元を塞ぐ、熱源の向こうで揺らめく骸は同じ熱を味わっているはずなのに平然と笑みを浮かべていた。
    「所詮、ただの人間などこの程度」
     骸の足が一歩こちらへと踏み出される。来る、と身構える雲雀。そんな均衡を崩したのは綱吉だった。
    「ヒバリさん!」
     それまでオロオロとしていただけだった子どもが雲雀の腕を強く掴む。
    「こっち!」
    「は?」
     一生懸命腕引く先も火柱が上がっていたが、突っ込む綱吉は悲鳴を上げるどころか全く熱そうにしていない。雲雀の暴力を見て顔を青ざめさせていた子どもに燃えさかる熱を耐える胆力はないだろう。
     そのまま足を踏み入れると確かに身を灼かれる感覚とただ地面を踏んだだけの感覚両方に襲われる。吐き気がして頭を抑える雲雀を引いた綱吉は、ためらいもせずエアポートから飛び下りた。
     瞬間、目の前に展開されたのは子どもの背から広がる羽根。金の金具に薄いセラミックの機械羽根は二人分の体重などないように空を飛び地面に着地する。
     まるで階段を数段跳んだだけのようにふわりと着地し、すぐに羽根は消えた。その背には何もない。
     羽根を召喚する匣はこの世に存在するが、二人分の体重を支える事などできず、風の力を使っての滑空だ。今、目の前で起きた事はどれも雲雀の知識と違った。
     そのまま気配がなくなるまで走り続け、体力のない綱吉の足が縺れる頃になって二人は走るのを止めた。
    「……匣なしで飛行具を呼んだの」
     雲雀の言葉は問いかけではなく確認だった。その時が来たのだと綱吉は目を伏せる。
    「オレ、クローバーだから」
    「クローバー?」
    「三つ葉のクローバー」
     


    「クローバーは『魔法』が使える子どものことなんです」
     バイクが風を切る音に負けないように綱吉は語る。適当に奪ったバイクだったが持ち主の意向かカスタムがされており、十分すぎる速度が出ている。
    「超能力者(ソーサラー)のこと?」
     雲雀に依頼をしてきた老人の顔を思い浮かべる。そういえば先程の妙な術もそうだったのだろうか、と思っているとすぐさま否定が入った。
    「いいえ、『魔法使い』なんです」
    「ヒバリさんは、白花苜蓿計画(クローバー・リーフ・プロジェクト)って知ってますか?」
    「……いや」
    「十年前、魔法が使える子どもを政府が国中から探してテストしました。力の強さ、どんなことが出来るか……」
    「それで、特に力の強い子を三つ葉のクローバーと四つ葉のクローバーと名付けて育てたんです」
    「国中からとなると魔術師主導の計画って事? で、結果何人見つかったの」
    「三つ葉は三人。オレとさっきのユニとあともう一人。……四つ葉は、本当にいるのか、いたとして今も生きているのかオレ達には分からないんです」
     目を閉じて思い出す。四つ葉はいると断言した白蘭に、いない方が四つ葉のためだと言ったユニ。綱吉はいてもいなくても何も変わらないなんて思っていた。
    「オレ達はそれぞれボンゴレ、アルコバレーノ、マーレって呼ばれてました。おじいちゃん以外の魔術師はオレ達が怖かったみたいで、記号で呼びたかったみたいです」
    「怖いって……この国特級の超能力者が? この国で勝てる者がいないからこそ裏で国を操っていたのに?」
    「三つ葉の力は、魔術師5人でやっと一人を相手に出来ます」
     綱吉の言葉に、雲雀は思わずハンドルを緩めそうになった。そのくらい、この国の裏を知る者にとって綱吉の言葉は衝撃的だった。
    「……そう」
     ジッリョネロに入ってすぐ襲ってきた連中はエストラーネオではなかった。そして六道骸が綱吉を狙った理由。世界征服が出来ると謳ったのは何も妄想ではなかったらしい。
    「だから、君は行かなきゃならないのか」
     雲雀は一つ大事なニュースを思い出していた。
    「はい。だから、オレは行かなきゃいけないんです」
     5人いた魔術師の一角が先日老衰でなくなったことをーー。


     遊園地へはもうすぐだった。だが人工島と陸を繋ぐ唯一の橋の前には当然の如く先客が。
    「しつこいな」
    「悲願でしてね。三つ葉がふらふらと出歩く機会なんてこれを逃せばない!」
     事実焦りを感じているのだろう、骸は感情を隠さない瞳を向ける。どこにぶつける事も出来ない憎悪とも怒りとも呼べないドロドロとした眼差しに、雲雀だけでなく綱吉もバイクから降りる。
    「二葉も一葉も自由に生きられるのに何で……」
     その言葉に反応したのは骸の側に控えていた二人の男だった。
    「自由? 勝手にラベリングされてその後はポイ、のどこが自由だぴょん!?」
     綱吉の軽率な言葉に怒りを正面からぶつける男と、その男を宥めつつ軽蔑した視線を眼鏡越しに向ける男。
    「三つ葉みたいに便利でもない、制御さえままならない能力に死んでいった子ども達がどれだけいると……?」
    「オ、オレだって……」
     言葉がすぼむ。その先は便利じゃない、か。制御出来ない、か。言いよどむ姿はとてもではないが目の前の存在より強力な力を持っているようには見えなかった。
    「全く勿体ない。この国を壊滅できる力を持っているのに、何もしないまま老いぼれどもの言いなりなど、笑う気すら起きない」
     大げさに溜息を付いた骸がこちらに一歩踏み出す。踏み出された分、綱吉が後ずさりする。
    「だから、僕が有効活用してやろうというのです。2+3は5。たとえ残りの三つ葉が結束しようと、こちらには十数人の二葉や一葉がいる」
    「そうはさせないぜ」
     そう言いながら綱吉の肩をしっかりと抱く男が一人。背後からその気配に気付いていた雲雀は溜息を一つ付き再度シートに跨がった。
    「ディ、ディーノさん……」
    「お、覚えててくれたか~嬉しいぜ」
     綱吉には屈託のない笑みを向けたディーノは、頭を撫でるとバイクに乗り直すように促す。
    「行けよ恭弥。お姫様を連れて行くのはお前の役目だ」
     雲雀は無言で綱吉の手を腰に回させるとスロットルを思い切り回し踏み込んだ。骸がディーノから意識を外せない中で無謀にも前に立ち塞がった人間を容赦なく轢いていく。
     一瞬でも怯めば後はこちらのものだ。メーター同様上がっていく速度に普通の手段で追いつく事は出来ない。
    「ディーノさ……」
     だが、それでも当然追いかけようとする迷彩服をディーノ率いる黒服が止める。背後を振り仰ぐ綱吉に、雲雀は慰めでもないただの事実を告げる。
    「ほっときな、あれがあの人の仕事だ」
    「え?」
    「わざわざ国境越えてこんな寂れた所にキャバッローネのトップが来る訳ない。十中八九魔術師からの依頼だろう」
     エストラーネオが築きあげただろうバリケードを越えると遊園地はすぐ其処だった。



    「っ!!」
     咄嗟に覚えた違和感に、カスタムされた三速目のギアを踏み込むと爆発がする。橋に爆薬か何か仕掛けられていると理解すると同時に前輪を上げ崩れる地面から飛ぶ。ギリギリ対岸に着地し、速度は緩めないまま崩れていく橋から逃げ去った。
    「手段と目的を選ばなすぎじゃないのっ……」
     下手したら今ので雲雀と綱吉は死んでいただろう。これくらいでは死なないと思われていたのか、ビルの時のように綱吉が飛行具でも呼ぶと思っていたのかは不明だ。
     だがこれですぐに追っ手が追いつく可能性は低くなった。速度を緩め、入り口前で停車する。
    「ちょっと大丈夫?」
     いくらなんでも乱暴すぎる運転だったかと後ろを振り返るも、綱吉はそれどころではないようだった。
    「懐かしい……。全然変わってない……」
     閉園して久しいはずの遊園地はライトアップされ、その全貌を明らかにしていた。だが苔や錆に蝕まれた姿は痛々しさがあった。それでも綱吉は愛おしげにそれらを眺める。
    「……ここ、思い出の場所なんです」
     誰もチケットを確かめるものなどいないのに、それが正しい手順とでもいうように綱吉はゲートから園内に入る。古い回転式の入り口を同様に雲雀も潜り恐らくマップか何か張ってあったのだろうただの板を前に止まった。
    「まだ、計画が始まる前最後の家族旅行もここでした。初めて来た時は3人家族だったのに、何でか分からないけど居候が3人も増えて、毎日騒がしかった」
     まるで綱吉の目には在りし日の案内図が見えているとでも言うように、琥珀の瞳は遠くを見ている。
    「最後に、面と向かって合わなくて良かったの」
     あんな、まさしく木陰に隠れて様子を窺うのではなく、正面からドアを叩けば良かったのだと告げる雲雀に綱吉は微笑む。
    「やっぱり、気付いてたんですね、ヒバリさん」
     それは肯定だった。まるで雲雀を褒め称えるような調子だったが、目の前の子どもとあの女性を並べれば多くの人間が母子もしくは姉妹、なんらかの血縁関係にあると思うだろう。
    「でも、ここにちゃんと連れてきてくれてありがとうございます。流石おじいちゃんの見立てだ」
     そう笑う綱吉は、気付いているのだろうか。家族を見つめていた時とは違う、眉の下がった力のない笑みに。



    「オレがあそこに入ったのは十四の時でした」
    「十四?」
     改めて見下ろす綱吉はどう見ても十五以上には見えなかった。
    「三つ葉はあの中にいると年を取らないんです」
     そう苦笑する綱吉はただくるくると回っているコーヒーカップの外周を歩いて回る。エアポートから迷いもせず飛び下りた癖にジェットコースターは怖いという綱吉は、あまり乗り物に乗ろうとしない。
    「政府からあそこに行けって言われた時、母さんとチビ達はずっと泣いてました。父さんはずっと怖い顔してて、オレをどうにか行かせないようにしてたって聞きました」
     父の姿は見かけなかったが、母の表情が暗く沈んだものではなかったのできっと大丈夫だろうと言い聞かせた。十年はきっと傷を癒やすには十分だったのだと信じたかった。
    「でも、オレは母さんやチビ達を守ってほしかったから、自分であそこに行きました」
     誰も乗せずにただ回転し続ける木馬を眺める瞳は遠くを見ている。
    「研究所にはオレの他に二人いて、それからずっと研究や実験を3人で受けました。記号で呼ばれて誰も彼もオレ達の魔法にしか興味がない。それどころか自分たちの手に負えないと分かってか、ただあそこにいるだけの時間が増えて……一人だったら乗り越えられなかったと思います」
    「なのに、あのユニって子はどうして外にいるの?」
     ただ見ているだけではつまらないだろうと雲雀は綱吉の手を引き、二人乗りの出来る馬車型に腰掛ける。
     少しだけ表情が緩むが乗り物に相応しい表情とは言えないままだった。
    「……色々あって、事の始まりは白蘭が研究所の職員沢山殺して、外に出ようってオレとユニを誘ったのが発端なんですけどー……」
     急に血なまぐさい話になり雲雀が疑問符を浮かべていると、綱吉はあー、とうなり声を上げる。本当に色々あったが、詳細を説明する必要が感じられなかった。
    「……色々あってユニがγと出会って、”ここに居たい場所”が出来たから、ユニとは”さよなら”しようって決めました」
     三人一緒ならば研究所を出ることは容易い。だが研究所を出た三つ葉が長く生きる事は難しい。だからこそ無闇に自由を求めて彷徨うのではなく、行きたい場所が必要だというユニに、最後は白蘭も折れた。
    「でも、”さよなら”が”またね”だったのはびっくりしました」
     ユニは外に出てからこの時を視ていたため、ずっと再会することを待ち望んでいたのだと笑顔で語っていた。綱吉の未来はまだ視えないが、だからこそ幸せになってほしいとも。
    「だから、オレずっと考えてたんです。オレが”ここにいたい場所”ってどこなのかなって」
     自分はまだそういう場所が決まっていないから、と綱吉を送り出した白髪の青年を思い浮かべる。何度も拙い謝罪を繰り返す綱吉を白蘭はいつもの調子でからかって、そして抱きしめてくれた。綱吉の決心が鈍らないようにと研究所内でも引き離される様になってからも、心の奥でずっと謝罪を唱え続けていた。
    「綱吉」
     現実に引き戻すように名前を呼ばれ、顔を上げた瞬間、綱吉は酷く後悔した。真剣な眼差しが自分を見ている。嘘偽りは許さないとでもいうように。
    「君、本当にそれでいいの? こんな寂れた場所が”ここにいたい場所”とやらなの?」
     思ってもなかった言葉に綱吉は目を見開く。震える唇はただ開閉を繰り返すばかりで何も言葉を紡がない。
     決壊は、一瞬だった。
    「やだなぁ、話が、違うじゃないですかっ……」
     大粒の涙と共に唇から悲痛な声が漏れる。
    「オレ、おじいちゃんにお願いしたんですよっ、オレの、境遇に一切同情しない、オレが自殺するのをどうでもいいって思う人に連れてきてもらいたいって……」
     綱吉は臆病だ。だから自分で研究所に行ったし、血に濡れた白蘭の手を取れなかった。どちらかは施設を出て死ねという言葉に頷いたのも、取り残されたくなかったからだ。
    「しあわせになりたい。なりたかった……。ここなら叶うと思ったのに……!」
    「綱吉……」
     小さく震えるその肩に触れようとした瞬間、地面が大きく震えた。
     明かりが消え、一瞬にして暗闇に閉ざされる。だが闇夜の中で人を楽しませるはずの遊具が不気味に動き出していた。



    「また、君を狙う奴らの仕業?」
     綱吉の肩を抱き寄せ雲雀はすぐにメリーゴーランドから離れる。ただでさえ暗い上に周囲に物があっては支障が出ると、開けた場所へ向かった。
    「いいえ……これは、魔術師の超能力です」
     綱吉が見上げる先で遊具が重なり合って一つの影となっていく。まるで子どもが手持ちの玩具を適当に接着剤でくっつけたかのような奇怪なフォルムが二人目掛けて襲いかかる。
     何かの遊具に使われていただろうワイヤーが飛んでくる。時に何百kg、何tと支えるワイヤーはその一薙ぎで生命を奪う可能性があった。だが雲雀の相手ではない。トンファーで軌道を反らせば、それで済む話のはずだった。
    「っ!」
     左足に走る熱と遅れてやってくる痛み。トンファーに弾かれて勢いよく反対側の地面に突き刺さるはずだったワイヤーが生き物のようにカーブを描き雲雀へ襲いかかっていた。
    「ヒバリさん!!」
     綱吉が悲鳴のような声で雲雀を呼ぶ。ここに至るまで綱吉は雲雀が傷つく姿を見たことがなかった。ティモッテオが他国に狙われても簡単に返り討ち出来る人材だと説明していたのもあって、雲雀が倒れる姿など想像もしていなかった。
     この世の終わりの如く震える綱吉と違い、雲雀は至って冷静だった。裏社会にその強さを轟かせる人間ではあったが、無傷を誇るような人間ではない。皮膚や肉の一部を持っていかれたが幸い太い血管は傷ついていないことを確認し、取り出したハンカチを止血帯代わりに縛り上げる。
    「ど、どうしよう、ごめんなさ……」
    「うるさいな、あれ何とかするよ」
     まるで津波がスローモーションで襲いかかってくるように影はゆっくりと耳障りな音を立てながらこちらに倒れ込むように動いている。
     そのまま押しつぶすつもりなのか、影は更に重なり合って肥大化していく。
    「危ないです!」
     これ以上雲雀に怪我をしてほしくないと、雲雀の前を塞ぐように立つが軽く肩を押されどかされてしまう。
    「君を送り届けるのが僕の任務。その後は何をしようが知ったことじゃないね」
    「オ、オレがやります」
    「……君が? どうやって」
     雲雀の問いかけに答えず綱吉は瞼を閉じて小さく息を吐く。ややあって持ち上がった睫毛の下で輝くのは橙。どこまでも透き通った炎の色だった。
     今も尚鈍い音を立てて襲いかかろうとしている影をゆっくりと見上げた後、綱吉は右足を一歩踏み出す。左手を後方に、右手を前方に突き出すとその手には先程の瞳と同様美しい橙が宿る。
    「……」
     綱吉が何か呟いた後、炎が影に向かって放たれる。影の中枢を打ち抜くどころか全てを灰燼に帰す炎が周囲を照らしながら闇夜の向こうにに消えていった。
    「これが三つ葉の力か……」
     確かに規格外だ、と冷静な判断と、あれとやり合ってみたいと思う気持ちが雲雀の中に溢れる。
    「綱吉」
     そっと肩に触れる。振り返った綱吉の瞳は見慣れた琥珀色をしていた。また涙が溢れそうになっている。
    「ごめんなさい、オレ、あそこを出るべきじゃなかった……」
     零れる雫を隠すように雲雀の肩に額を付ける綱吉を、どうすべきか雲雀は珍しく逡巡した。
    「そこまでだ恭弥」



     とりあえず泣き止ませようと肩に伸ばした手を咎めるように、ディーノが声を掛ける。視線だけで振り返るとディーノが黒服の運転するバイクで乗り付けてきた。大きな傷こそないが、服は煤けや破れが目立つ。
    「魔術師がお前に依頼したのはここに連れてくるまで、そこから先は範疇じゃない」
     今なら引き返せると金の瞳が訴えていた。この国で活動する組織の人間としての使命感と、雲雀個人を案じる気持ちが隠せずにいた。
    「待ちなさいその三つ葉は僕が連れ帰って有効活用するんです」
     更にその奥から骸が一人でやってきた。何かの移動手段に使用していたのか匣を仕舞うと三叉槍を構え直す。ディーノ同様戦闘による擦過傷や服の乱れが目立つ姿に、ディーノが珍しく苛立ったように舌打ちした。
    「まだやるか」
    「こちらの台詞ですよ……っ?」
     にらみ合う三者の中央に風が吹く。風は何かを運んでいた。
    「移動装置?」
     それは紐だった。渦を巻くようにくるくると絡み合い、人の形を作りだす。
    「違うよ、これは僕の魔法だ」
     その過程で作られた口元が楽しそうに、まるで何か秘密を打ち明けるように告げた。
    「白蘭……」
     出来上がったのは真っ白な髪に特徴的な入れ墨をした一人の青年。綱吉よりは少し上の青年の名を綱吉が呼ぶ。雲雀がつい先刻聞いた名前だった。
    「やあ、綱吉クン♪」
    「なんで……っ」
     冷たい印象を与える瞳が、綱吉にだけ微笑む。纏う服は研究所に居たとき綱吉が来ていたのと同様真っ白の服。
    「何故研究所にいるはずの三つ葉が……」
    「久々の再会なんだ、黙っててよ」
    「っ」
     何かクローバーにしか分からないことをしたのか、白蘭の視線に骸が脂汗を流しながら唸る。直接視線を向けられなかったディーノも、白蘭の一挙手一投足に目を配りながら介入の時を窺う。
    「何で来ちゃったんだよ!」
     魔術師の一角が亡くなってから二人の三つ葉は引き離されるようになった。それが抜け出すどころか二人で居る所を確認されたらどんな目に遭うか分からないと心配する綱吉に、白蘭は軽い返答をする。
    「えー、だって、もういいかなって、先に約束破ったのアイツらじゃん」
    「それはっ、オレが、怖がったから……」
    「でも、約束を破るとか決定的な事は口にしてないのに、勝手に早とちりして動いたのは向こうだよね、性格的に、あのばーさんの方かな?」
     魔術師も一枚岩ではない。ティモッテオのように最後だからと限定的な慈悲を見せる者、怯え徹底的に三つ葉を叩こうとする者、混乱に乗じ三つ葉の力を手に線とする者がいた。
    「あの連中が何を考えて綱吉クンを外に出したか、綱吉クンが一番よく分かってるでしょ?」
    「…………」
     その沈黙が答えだった。
    「……ねえ、綱吉クン。”ここにいたい場所”見つかったんじゃないの?」
    「え?」
     その言葉に綱吉は周囲を見回す。ほぼ更地と言っていいこの場所を? と疑問符を浮かべる綱吉を白蘭は笑う。
    「”ここにいたい場所”って人でもいいんじゃないのかな、ユニちゃんだってそうじゃない」
    「ぁ……」
     たった少しだけの短い時間だったが、ユニがあの場所でどれだけ幸せだったかを聞いた。それはジッリョネロという自治区だからではない。γやそのファミリーがユニと共にいるからだ。
    「おい待て、そんな勝手なことを言うな」
     白蘭の指摘通り、魔術師の一角によって反故されそうになっている約束だが、それでも約束は約束で明確に破棄されては叶わないとディーノが制止する。
    「いいじゃん、僕らはどうせ研究所を離れたら長くは生きられない身体だ。終わりがくるその時までしあわせになりたい。そう願うことの何が問題だって言うの」
    「……こういうのは言いたくないんだがな、その子の家族が害されるとか考えないのか」
     いかにも魔術師が言いそうな脅し文句に雲雀の顔が顰められる。だがこの場において強力な力を持つ青年は歯牙にも掛けない。
    「その心配はいらないよ♪ あそこには一葉がいる。葉が多い者は葉が少ない者のことが分かる。絆が深ければ尚更だ。魔術師がどんなに策を講じても、三つ葉が気付く方が早い」
    「ぐ……」
    「だからといって三つ葉が特定の個人に入れ込むような事を見逃すとは思えませんが」
    「そうだね。研究所の時は許されることじゃなかった。でも、もう今回骸クン達がド派手に動いた裏でこそこそやってた証拠も押さえてる。老いぼれどもの大半は、使命じゃなく保身で動くからどうにでもできるよ」
     白蘭はまるで答えを全て知っているかのようにディーノや骸があげる言葉に完璧な回答を用意してみせる。



     当事者二人をおいて加熱するやりとりを余所に、雲雀は綱吉に向き直った。
    「綱吉、君はどうしたいの?」
     改めて雲雀は問いかける。今度こそ嘘も建前も要らないと、その胸の内に隠した本音を言えと黒曜石の瞳が見つめていた。
    「しあわせに、なりたい」
     唇から漏れ出たのは家族と離れてから何度も口にした言葉。叶わない諦観と背中合わせだったはずの言葉は、今狂おしい程の思いと混ざり合っていた。
    「ヒバリさん、つれてってください」
    「いいよ」
    「おい、待て恭弥!」
    「あーもう、うるさいや」
     邪魔、白蘭のその一言でディーノ達の周囲を檻が囲む。ぐにゃりと高温のバーナーで炙られたように檻がゆがみ、そして消えた。
    「装置なしで他人も転送できるの」
    「疲れるからやなんだけどね……」
     その言葉は嘘ではないようで、白蘭の額には汗が滲んでいた。
    「僕はもう研究所戻るね。綱吉クン、またね」
    「え……」
     さよならではないのか、と疑問を抱く綱吉に白蘭は微笑む。
    「ねえ、綱吉クン。僕が”ここにいたい場所”を見つけたら、その時は協力してね」
    「……ああ、約束する」
     その時綱吉が生きているかどうか分からなくとも、約束を交わす。真の意味で幸せを願う三つ葉は、願いなんてきっと叶わないと諦める事をやめたのだ。
    「行くよ、綱吉」
    「はい」
     差し出された雲雀の手をしっかりと握る。浮かべる表情は憂いなど何一つない、三つ葉になる前の子どもが浮かべていた幸せな笑みだった。




    「……いいな、早く僕もなりたいな。三つ葉じゃないなにかに」
     戻ってきた一人きりの研究所で、綱吉とユニの幸せを感じた白蘭は目を閉じてそう呟いた。


    「……ええ、きっとあなたもなれますよ。白蘭」
     同じ頃、迷惑な客人をもてなし終わった廃墟の近くでユニはとある未来を視た。
     己を笑顔で送り出してくれた青年のしあわせを。
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