海月が墓守に入らなかった世界線のお話レトロな内装。夕方時の穏やかな陽の光が射し込む窓際の二人席。
「有栖決まった?」
「ちょっとまって……うん、おっけー」
そうラミネートのされたメニューを置いて。「すみませぇん」と唯葉の間延びした呼び出しに、店員の柔らかい返事が返る。
駅から少し外れた小さなカフェ。店内は程よく空いていて。のんびりとした雰囲気と昔ながらのメニュー。放課後、カフェ巡りという二人共通の趣味で見つけた穴場スポットだ。
注文を終え、奥へ戻っていく小柄な女性店員に揃って微笑み会釈。
「――そーいえば、小テストあったんでしょ?英単語だっけ、どーだった?」
「まぁフツー?六十八点」
「んはは、微妙〜カモフカって感じ」
「うるせー。いーんだよ再試なけりゃ」
けらけらと笑う唯葉を薄く睨み、未遥はグラスを呷った。
「笑ってるけど、唯葉こそ明日なんかなかったか?真実がなんか焦ってたけど」
「明日……あぁ、漢字テストね。へーきへーき。おれはいつも満点だもん」
「ちぇっ、……真実はダメ?」
「おれには救えないレベル。存在しない漢字捏造しちゃうし」
「逆に頭良くね?」
「逆にね?あーあ、今日は早く寝たかったぁ……」
溶けだすように、わざとらしくうなだれてみせる唯葉に失笑。
「俺の部屋来るか?」
「……良い?」
「いいよ。……真実が許すか知らねぇけど」
「いーよシンなんか気にしないで。お邪魔するね。お菓子持ってく?あとリモコン」
「寝るんだよな?」
気の抜けた会話が笑いに途絶えた頃、男性の店員が料理の配膳にやってきた。その姿に思わず固まる。制服越しでも分かるほど丈夫そうな高身長。捲られた袖から覗く腕は太く逞しい。隠れ家的なこの小さなカフェとでは酷くギャップのある外見。
注文の確認に我に返り、軽く手を挙げ受け取って。唯葉はクリームソーダにカレーライス。未遥はごろりとした大切りのフルーツが得意げに乗ったパフェだ。
「以上でお間違いないです?」
想定より若く、少し砕け気味の敬語の問いかけに応えてふと目が合った。鈍色の優しそうなたれ目とシンメトリーの泣きボクロ。大人びてはいるが幼い顔立ち。
「………」
「………?」
「……………」
「……伝票、置いときますねぇ。ごゆっくりどーぞ」
数秒の沈黙の後、ふやけた笑顔を置いて戻っていく背中を見送って、既にクリームソーダへ手をつけた唯葉の失笑に意識を戻す。
「――やっぱ有栖って乙女だよね」
「は?」
「あーいう人タイプなの?」
「ちっがう、何言ってんだ!」
唯葉による揶揄いの追撃は無視し、誤魔化すようないただきますとともに頂上を飾るイチゴを口へ運ぶ。
「ごめんって、言いたいことは分かってるよ。あれくらい逞しいの憧れるよね」
楽しそうな唯葉の肯定に小さく頷く。次いで一つため息。
「せめて俺もあんくらい身長あればなぁ」
「えー、身長はそんな変わんないと思うけど?」
「だって筋肉つかねぇんだもん」
「……いいじゃん、有栖、銃上手いし」
「それは……嬉しいけど、なんか違う」
宥めるように唯葉はカレーの乗ったスプーンを差し出して。素直に口で受け取り、満足気にモグつく未遥に声を潜めて笑う。
「ま、あーいう人はやめといた方がいいと思うよ。優しそうな人ほど腹ん中って真っ黒だから」
「だから違うってば。お前がやめとけ?」
*
「いいねぇ、高校生。放課後にカフェとかエモいよなぁ」
「んー……わかんないその感性」
会計から戻った恭介の、嘆きに似た独り言に応えながら食器を片付けて。すみません、というホールからの呼び出しに伸びた返事で応じる。
(高校生……)
本来なら同学年だろうか。二人組の女性客の注文と視線を受け取りながら上手くなった営業スマイルで厨房へ戻る。
注文を伝えながら、脳裏に焼き付いた茜色とミントブルーに思いを馳せて。同年代の友人はこれまで一人もいない。だから想像でしかない、あったかもしれない関係性。ただ。
(友達には……ならないだろーな)
名も知らない彼らの親しげな距離感。微かに聞こえてきた男子らしい会話にも、不思議と女子高生のような空気感のあった二人。あのどこかメルヘンな空間に違和感なく溶け込む自分は、海月には想像出来なかった。