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    riho_7777

    @riho_7777

    ほとんど五七

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    riho_7777

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    web再録本(7/24発行予定)に入れる予定の書き下ろし短編その1の冒頭になります。
    サラリーマン時代の七が五さんと再会する話。
    再録本に収録予定のこの話の前日譚です。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15665619

    推敲前のため、誤字脱字等はご容赦を。

    恋は思案の外 金曜日の夜、どうせ明日も出勤だからと仕事を切り上げ、まだパソコンとにらめっこしている同僚を残して七海はオフィスを後にした。
     就職して半年、証券会社の仕事は思っていた以上にハードだった。来る日も来る日も他人の金のことばかりを考える日々。これまでは主に先輩社員のサポートについてきたが、つい先日、単独で顧客を持つことが決まったと、内々に上司から伝えられた。新入社員としては異例の早さらしい。これからますます忙しくなるだろう。
     早めに会社を出たつもりだったが、オフィスビルの通用口から外へ出て腕時計を見ると時刻は十時を回っていた。空腹は感じるものの、外食して帰る気分にならず、疲れ切った身体を引きずるように、週末で賑わう繁華街を駅に向かって歩く。夏日超えの暑い日が続いていた今年の秋も、十月半ばを迎えようやく秋めいて過ごしやすくなった。きっちり締めていたネクタイを緩めながら歩いていた七海は、駅前の開けた空間に人集りができていることに気付いた。多くの人がちらりと視線を送るだけで通り過ぎていく中、十人ほどの人は立ち止まり、遠巻きに何かを見ている。七海は歩くスピードを上げて人だかりの側を通り過ぎようとして、思わず足を止めた。人だかりの中心にいたのは、七海がもっとも会いたくなくて、誰よりも会いたかった男だったからだ――逃げるように去った世界に置き去りにしてきた、青い春の残像。
     あふれ出る呪力を纏ったその男――現世最強の呪術師、五条悟は、人々の好奇に満ちた視線を気にもせず、電話で何やら捲し立てていた。濃い色のサングラスをかけた白髪の大男はそれでなくても目立つ。その上、アスファルトの上に転がされたスーツの男の肩を足で押さえ付けていた。男は手と足を拘束され、抵抗する気力もないのか、されるがままになっている。
    「例の一般人、捕まえたから。動けないように縛ったし、ここに置いていく……え?誰かがお巡りさんでも呼ぶだろうから、ほっといていいよ。あとはケーサツの人たちが何とかしてくれるって」
     一方的に言って電話を切った五条と七海の視線が重なる。ななみ、五条の唇がそう動いたのが分かった。足元の男をひと蹴りして、大股で七海の方へと近づいてくる。勢いよく抱きつこうとした五条をかわし、七海は尋ねた。
    「五条さん……アナタがなぜ、こんなところに」
    「こんなところって、それは僕のセリフだよ」
     ほんの数秒、会話を交わしただけで、不躾な視線が七海にも突き刺さる。居た堪れなくなった七海は、五条の腕を引き、雑居ビルの谷間の寂れた路地に五条を連れ込んだ。
    「七海さんったら、こんなところに僕を連れてきてどうするつもり」
     ふふっと若干気持ち悪い笑みを浮かべて五条が言う。二人が会うのは、半年ぶりだというのに、五条の態度はそれを全く感じさせない。むしろ、軽薄さを増しているようだった。
     
     最後に会った時、七海はまだ大学生で、五条は七海の住むアパートを訪ねてきた。いつものように狭いベッドで身体を寄せ合って眠り、翌朝、向かい合って朝食を摂った。ベーコンエッグとチーズを載せたトーストの簡単なメニューだった。牛乳を流し込む五条の形のいい喉仏が上下するのを眺めながら、これで会うのは最後になるだろうとぼんやり思ったことを、七海は昨日のことのように覚えていた。三月の卒業を間近に控え、引っ越し先は決めていたが、五条に新しい住所を伝えるつもりはなかった。
     呪術高専の二年と三年だったふたりに降りかかった大きな喪失を、寄り添って眠ることで乗り越えた、あの秋。ひとりで眠ることができるようになってからも、五条は時々、七海の部屋にやってきては一緒に眠ろうと誘った。それは七海が高専を卒業後、一般の大学に編入してからも変わらなかった。忙しいはずの五条は、月に数回、なんの前触れもなく七海の住むアパートに上がり込み、当然のことのように一晩を過ごし、朝には帰って行った。
     自分の腕の中で穏やかに眠る五条の顔を見ていると、ずっとこのままでいたいと甘ったる感情が込み上げた。不遜で傲慢、軽薄。そんな言葉で形容されることの多い五条だが、現世最強の呪術師であり、呪術高専の教師も務め、さらに呪術界を牛耳ぎる御三家の一つである五条家の当主でもあるのだ。全く表には出さないが、本人にかかる重圧は相当なものだろう。自分の腕の中にいる時だけでも、全てから解放され、何も考えず眠ってほしい。
     だが、七海はもう、呪術の世界から逃げ出した側の人間だ。いつまでも五条の側にいられるわけがない。ましてや、五条と七海は恋人同士でもなんでもない、ただの先輩と後輩。この先もその関係に変化が起こることはないだろう。ひとつのベッドで眠るようになってから三年以上が経つが、どんなに触れ合っても、何も起こらなかったのだから。高専に入学して出会ってから、ずっと五条への思慕を拗らせていた七海は、このひとになら何をされてもいいと、密かに思い続けていた。しかし、五条にとって七海は親しい後輩であり、それ以外の感情はもっていないようだった。
     もう、高専生の頃とは違う。五条は自分だけ強くてもダメなんだと、呪術高専の教師となった五条は、若い世代の指導をそれなりにキチンとやっているようで、生徒たちにも慕われてるらしい。学長となった夜蛾先生をはじめ、高専関係者にも五条の味方となってくれる人物も何人かいるという。一般人となった七海と会うことに、なんのメリットもない。
     ――これ以上、このひとの側にはいられない。
     七海は五条と二度と合わないと決め、何も伝えず引っ越しし、就職した。五条から携帯電話へ連絡が何度かあったが、全て無視した。しばらくすると、五条からの連絡はなくなり、これでもう完全に五条との関係は途切れた、そう思っていたのに。

    「――帳も下さず、何をしていたんですか」
    「呪詛師と組んで悪さしてた一般人を捕縛しただけだよ。あいつ、呪力も何もない一般人だもん、帳なんていらないでしょ。」
     呪力のない一般人の捕縛なんて、補助監督でも対応できるはずだ。最強の五条が高専から離れた都心まで出向いたことを疑問には感じたが、あえて突っ込まないでおく。五条のこと、いつもの気まぐれだろう。
    「だったらもっと目立たないように行動してください」
    「どう頑張っても僕は目立つからねえ」
     全く悪びれず、へらへらとした態度の五条に七海は肺から空気がなくなるほどのため息をついた。帳を下ろさず任務に当たって何度も夜蛾先生に説教を食らっていた、学生の頃と何も変わっていない。
    「あ、七海、紙とペン、持ってない?できたら油性ペンがいいな」
    「ありますけど……」
     相変わらず五条の言動は訳がわからない。バッグから仕事で使っている油性ペンと、ノートの一ページを破って渡してやると、五条はビルの壁に紙を置き、さらさらとペンを走らせた。そこにはいい加減な性格に似合わずきれいな字で、私は善良な市民を騙して大金を巻き上げた極悪人です、と書かれていた。捕縛した一般人の男とことだろう、と思い当たったが、五条が何をしようとしているのか、見当がつかない。
    「七海、紙をもう一枚、ちょーだい」
     ノートをまた一枚、破って渡すと、五条はまた迷いもなくペンですらすらと何かを書いた。口に咥えていたペンの蓋をかちりと嵌め、七海に返しながら、五条が言った。
    「こっちは本当のことだけど」
     五条は一枚目の紙をひらひらさせた。
    「こっちは僕のでっちあげー」
     二枚目の紙の内容をなぜかドヤ顔で読み上げた。
    「私は女王様に虐げられるのが大好きなド変態です♡」
     ご丁寧に最後のハートマークまで発音した五条に、七海は頭が痛くなった。
     ――なぜ、私はこんなひとがずっと好きなのだろうか。
     五条に出会ってからというもの、数えきれないほど自分自身に投げかけた疑問が、久方ぶりに心の中をよぎった。頭を抱えたくなっていた七海を尻目に、五条は二枚の紙を手に捕縛した男の元へと歩いていく。アスファルトに転がったままの男を軽々と持ち上げると、街灯を背もたれがわりにして座らせた。男の身体に先ほどのペタペタと紙を貼り付た後、七海のいる場所へと戻って来た。男の前を通り過ぎる人々は、貼られた紙の内容を読み、くすくす笑ったりあからさまに嫌悪の混ざった視線を投げかけていく。
    「僕の呪力でヤツの身体から剥がれないようにしたから、半日くらいはあの紙、くっつけたままでいることになるね。ザマーミロって感じ」
     笑って言った五条が声のトーンを落として続けた。
    「警察に詐欺グループの情報は流してあるから、法律に則って相応の罰は受けるはずだけど、ちょっとすっきりしたよ」
     あまり他人を顧みない五条が捕縛するために自ら足を運び、子供じみたやり方とはいえ、自らの手で嫌がらせまでしたのだ。あの男はかなりあくどいことをしたのだろう。
     黙り込んだ七海の顔に、五条の手が触れた。
    「ずいぶん疲れた顔してる」
     七海の目の下にうっすらできた隈に、そっと指を這わせた。その手つきのやさしさに、七海は思わず泣きそうになる。七海の頬を撫でながら、五条が口を開いた。
    「ラーメン食べに行こっか、七海」
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    riho_7777

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    再録本に収録予定のこの話の前日譚です。
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    推敲前のため、誤字脱字等はご容赦を。
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     就職して半年、証券会社の仕事は思っていた以上にハードだった。来る日も来る日も他人の金のことばかりを考える日々。これまでは主に先輩社員のサポートについてきたが、つい先日、単独で顧客を持つことが決まったと、内々に上司から伝えられた。新入社員としては異例の早さらしい。これからますます忙しくなるだろう。
     早めに会社を出たつもりだったが、オフィスビルの通用口から外へ出て腕時計を見ると時刻は十時を回っていた。空腹は感じるものの、外食して帰る気分にならず、疲れ切った身体を引きずるように、週末で賑わう繁華街を駅に向かって歩く。夏日超えの暑い日が続いていた今年の秋も、十月半ばを迎えようやく秋めいて過ごしやすくなった。きっちり締めていたネクタイを緩めながら歩いていた七海は、駅前の開けた空間に人集りができていることに気付いた。多くの人がちらりと視線を送るだけで通り過ぎていく中、十人ほどの人は立ち止まり、遠巻きに何かを見ている。七海は歩くスピードを上げて人だかりの側を通り過ぎようとして、思わず足を止めた。人だかりの中心にいたのは、七海がもっとも会いたくなくて、誰よりも会いたかった男だったからだ――逃げるように去った世界に置き去りにしてきた、青い春の残像。
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