ムーサ 秋、嘉市さん(R)樋口家の母屋の一部屋に秋は両手で持っていた原稿用紙の束を運び机の上にそっと置いた。
少しずつ嘉市の品が増えている部屋を見ると自然と笑みが溢れる。
あと数ヶ月したらこの部屋に新しい主がくるのだ。
それが嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。
そして自分の部屋についても相談中だ。
嘉市の部屋の隣部屋を使うことは決まったのだが、元から秋は物をほとんど持たない。
蔵から下ろした必要な荷物は小さい箪笥と文机、後は資料の本くらいで嘉市の私物よりも少ないだろう。
だから何を揃えたり買い足すかを相談してはああだこうだ意見をすり合わせるのだが、そんな小さな事も今は楽しい。
「おぅ、運んでくれてありがとさんよ」
大きめの箱を運んできた嘉市が荷物を床に下ろした後に秋の頭を優しく撫でた。
頭を撫でられ条件反射的に目を閉じ手の感触を楽しんでいると頭上で小さいため息が聞こえた。
ゆっくり顔を上げると
「だからそんなに無防備になると危ねぇって言ってるだろ?おめぇさんも懲りねぇな」
額を軽く小突かれる。
何かおかしな事をしたのだろうか?
「嘉市さんになら何されても困りませんから?」
首を傾げながら言うと彼は自分の頭をガリガリかきながら「ああもう……!」と何が呟いていた。
グイッと身体を引っ張られ、嘉市さんの胸元になだれ込むと耳の端を甘噛みされた。
「んっ……」
突然の甘い攻撃に驚きながら嘉市さんを見ると
「煽ったのはお前さんだからな?」
と唇が塞がれ強く抱きしめられた。
煽ったつもりはないが、抱きしめられて鼓動が少しずつ早くなる。
どれくらいそうしていただろうか?
長いような短いような甘やかな時間を堪能していると
「今晩覚悟してろよ?煽られた分、きっちり責任とってもらうぜ。」
ぞくりとするくらい艶がある声が秋の耳元で囁き、軽く口付けしたあと荷物を取りに行くと行って離れていった。
恋人が居なくなった場所で秋は崩れるようにへたりこみながら1秒でも早く日が暮れますように、とまだ青い空を見上げて強く願った
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「これで俺はあんたのもんだ。あんたも、もう俺のもんだ…秋」
頬を撫でられながら言われた言葉で心臓が止まるかと思った。
一気に自分の身体が真っ赤に染まるのがわかり、視線を逸らす
この人はどれだけ私を溺れさせるつもりなんだろうか?
「嘉市さんは……ずるいです……」
嘉市さんの言葉がどれだけ威力があるか私の心の中を見せれるものならば見せてあげたい。
貴方の小さい言葉にすら私の全てを揺さぶる言霊が詰まっているのだと……
いつもは言葉を飲み込むけれど、自分より恋に臆病なこの人には言葉を紡ごうと決めたからちゃんと言葉にしよう。
少しだけ勇気を出すため愛しい人にそっと口付け、私はゆっくり唇を開いた
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背後から背中を舐められながら貫かれ、秋は思わず甘い声を洩らした。
内部がキュッと絞まり、中を穿つ楔に絡みつく。
背後から聞こえる呻き声を腰を捕まれ揺さぶられて快楽に染まる頭で朧気に聞いた。
ぴたりと背後の身体が重なり、秋の白く細い首を嘉市の唇が優しく食み、何度か位置を変えて小さな刺激を作っていく。
「ひうっ……っ……だめ……」
涙に滲む声で気持ちよさを堪えるが溢れる波のような快楽がよせてはかえし、まともに考える事すら出来ない。
背後から顎を掴まれ耳を甘噛みされ、胸をやわやわと優しく揉まれて深い部分で繋がり何度も攻め立てられる。
その度に茶緑色の瞳から快楽の涙が零れては顎を掴んでいる嘉市の腕を少しずつ濡らした。
小さな快楽の波に身体を震わせて浅い息を繰り返していると、仰向けにされ、膝裏を大きな手で抱えられて先程とは違う角度で嘉市の雄が新たに蜜壷に挿入される。
ぐちゅり、と蜜を滴らせ卑猥な音を立てながら自分の奥に入り込む快感を指を噛んで声を耐える。
しかし色を含んだ黒曜石のような瞳が揺らぎ、噛んでいた指を腕ごと長い手で布団の上に縫いとめ動きを止める。
「我慢してねぇでちゃんと声を聞かせろよ……秋」
汗で濡れた髪の間から嘉市の熱い視線がぶつかり、ゾクリとする色気のある声が寝室と秋の子宮に響いた。
嘉市の香りに包まれながら両手を布団に縫いとめられ、深く楔を出し入れされて幼子がイヤイヤをするようにして首を振るが、深い口付けで更に蕩けさせられ耳を甘く齧られ我慢出来なくなった秋の甘く艶やかな嬌声が部屋に溢れた。
「やぁ……き、いちさんの……んっ……意地悪……」
涙を零しながら少し恨めしげに抗議の声をもらすが「おめぇさんが可愛すぎるのが悪い」と言われニヤリとされただけであった。
悔しいけれど気持ちよさとそんな姿に鼓動が早まる。
やっと自由になった手で意地悪な想い人の顎に生えるまばらな髭をなぞり、愛おしそうに自分を見る艶のある瞳を覗き込む。
深い快楽の時はその肩を噛んで耐え、お互い汗や体液でドロドロになりながら長いような短いようなその時間に終わりが近づいてきた。
少しずつ繋がっている部分の律動が速さを増し、深く蜜壷をえぐられながら秋は縋るように嘉市にしがみついた。
耳元に荒く熱い息がかかり、出すぞ、と呟かれたあとに一際激しく揺さぶられ、じわりとお腹の中に熱いものがひろがった。
同じタイミングで大きな波にさらわれ、朦朧とした耳元に染み込むような優しい声が「愛してる」という言葉を紡いだ。
それは世界一愛おしい、と思える言葉で……
「嘉市さん……あいしています……」
反射的に、だけど初めて使う言葉を呟き、秋は気だるい快楽の残り火に身体を委ね、つかの間の微睡みの世界に入っていった。
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旅に行こう
嘉市さんの一言は私の心に深く染み込んだ。
祖父が死ぬまで私が見れたものは蔵と蔵から見える景色、そして母屋の庭だけが世界の全てであった。
そして祖父が亡くなり蔵から出る事が出来ても私が見たのは近所を少しと知り合いがいる場所まで行く事だけで、旅に出ることは出来なかった。
時間もある。
お金もある。
私が蔵を出ることを止める人もいない。
……だけど心はずっと祖父と蔵の呪縛から逃れられず誰に誘われても遠出も出来ず、私の戻る場所はやっぱり蔵しかなかった。
そんな私を蔵の呪縛から解き放ってくれた唯一の人だから……
他の人に言われても横にしか振れない首を嘉市さんの前では縦に振っていた。
「嘉市さん……」
「おぅ?」
「私、行きたい場所があるのです……もちろん今すぐとは言いませんが」
どこだ?と問いかける嘉市さんに思い描いていた場所が鮮やかに思い浮かぶ。
ある作家友人さんがくれた小さい絵画のその景色。
その絵画は蔵ではずっと額縁にいれ、事あるごとにいつか行こうと勇気をためた美しい場所で嘉市さんと出会う前の心の拠り所になっていたその場所
「吉野の桜を……私と一緒に見に行ってくれませんか?」
あの美しい桜の場所を嘉市さんと見に行きたい。
私の世界を広げてくれた大切な大切なこの人と絵画でなく実物を見て感動を分かち合いたい。
朗らかな肯定の言葉と共に"私も一緒に行く"と小さな家族が可愛く鳴いた。
そんな優しい光景を見ながら私は本当に幸せ者だと心から思い1人と1匹に微笑んでみせた